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【Ⅶ】#7 観客無き今、縛る枷は何も無い


 虚華と“虚華”の争いに観客が消えた今、互いに手札を隠す必要が無くなった。

 片や、殺してしまえばどんな手段を用いても感知されることはない。

 片や、記憶を“嘘”で消してしまえば、罪の力とやらを使ってみても良いと考える。

 そんな二人の、誰にも知られていない命懸けの戦いは熾烈を極めていた。


 (肩口を一発掠めただけじゃ流石に動きは止まらないと思ってたけど……)


 虚華が両手に銃を握るも、回避に専念しているせいで攻めあぐねている中、“虚華”こと「エラー」は嬉々として虚華の脳天めがけて展開式槍斧を振り翳す。

 片腕の筋力が落ちている彼女は、聞き手ではない右手を主軸に得物を振り回しているにも関わらず、速度が一切衰えていない。お陰様で虚華は回避に専念せざるを得なくなり、攻撃をする機会自体が少ない。

 それでも人間である「エラー」は肩で呼吸をしながら、虚華を睨み付ける。


 「一発も当たらないなんて有り得ます?それもお得意の“嘘”ですか?」

 「いや……力任せの攻撃だから何とか回避できてるだけだよ」


 呼吸も乱れずに眉を下げて困り顔で平然と言ってのける虚華を、「エラー」は化け物風情が何をヘラヘラと……と唾を吐き掛ける。

 虚華は顔には出さないものの、心の何処かがギリギリと軋む音が聞こえてきた。

 

 ──心無き罵倒が、どれだけ彼女の心を抉り取ることを知らずに。


 汚物を見るような目で牽制し、呼吸が整えば再度命を奪わんと槍斧を投擲する。彼女は自分の行っていることが正しいと信じ込み、行動している。

 この世界に存在する人間以外の知性ある種族を全て根絶する。其の行いがどれだけ傲慢であるかを語ろうにも、彼女が他人の言葉を聞き入れることはなかった。

 虚華も旅の途中に、彼女の信念が何処から来ているのかを探ったが、詳しい答えは見つからなかった。憎むようになった理由すら分からないのでは、最早どうすることも出来ない。


 (ただ記憶を消すだけでいいのかな……どうして非人をこんなに憎むの……?)


 確かに虚華はこの世界に「人間ではない」と判断されている。

 其の結果、自分が何者なのか分からずに居るが、フィーアで生きていく上で不自由なんてものはなかった。探索者として生活するのにも人であるかを問われず、周りの人も非人であることを隠せば、誰にも嫌な顔をされることはなかった。

 だからこそ、虚華には今の今まで「エラー」の思想には共感出来なかった。

 けれど、別の世界とは言え、彼女は自分だ。そんな簡単に殺してしまおうとは思えずに居た。

 それは、今こうして槍斧を突きつけられ、投擲され、寸での所で躱している今も変わらない。


 (命を奪わずに無力化することがどれだけ難しいのか、分かってるけど……)


 それでもやるしかない。きっと彼女は完全に動きを止めないと正常に戻すことすら困難だろう。

 自分とは違って、「エラー」は根っからの武人。搦手を学び、生き恥を晒しながらも生きてきた自分とは大きく違う生活を送れてきたのだろう。

 羨ましくないかと言われれば嘘になるが、自分の生きてきた道を否定は出来ない。

 どれだけ目の前の彼女が自分の生きてきた道を否定しようと、貶そうと悲しいなぁと、眉を下げて悲しそうに呟くだけだ。

 「エラー」の放つ攻撃を躱しながら、虚華は魔術を付与できる白い銃「虚飾」の照準を怒り心頭の「エラー」に向ける。

 そして、たどたどしい言葉で詠唱を開始する。属性は虚華の得意属性である闇、内容は移動する物体の軌道を自身の意のままに変更させるのと、速度を多少上昇させる簡単なもの。

 以前なら貴重な現実改変能力“嘘”を用いて発動させていた「偽弾(フェイクバレット)」これをついに“嘘”無しで再現することが出来ていた。

 詠唱短縮を扱えない虚華は、一言一句略さずに詠唱を終えると「虚飾」のトリガーを引く。

 

 「彼の者を追い続けて。「偽弾」!!」

 「チッ!何処までもしつこいですね!けど、当たった所で……ぐっ!?」


 放たれた四発の弾丸は何処までも「エラー」を追い続ける。最初のうちは躱していたが、遂に躱しきれなくなった「エラー」は槍斧で弾丸を叩き切ろうとするも失敗し、全弾命中する。

 殺すことが目的ではない虚華は鉛玉ではなく、制圧用のゴム弾を装填していた。高速で放たれたゴム弾は、想像以上の火力を誇る。並の人間なら一発当たれば、青痣が出来たり、当たりどころが悪いと骨折する場合だってある。

 

 (「エラー」が抑えていた肩口を狙ったけど……どうだろ)


 負傷している肩口を狙い、戦意を落とす方向で攻撃したものの、骨折した所で「エラー」の執念は落ちることはないだろうと虚華はふと思った。

 着弾した際に舞い上がった砂埃が風で飛んでいくと、そこには展開式槍斧を地面に突き刺し、柄の部分に手を置きこちらを憎悪の目で見つめている「エラー」が立っていた。

 確かにダメージを与えることには成功しているが、それでも彼女の戦意は収まる所を知らない。

 

 (殺すつもりのない人間の身体に鉛玉をぶっ放す訳にも行かない……。困ったな)


 呼吸を整え、身体のあちこちが悲鳴を上げているであろう「エラー」は吠える。

 憎悪が込められた目で、自分と同じトライブに所属している同姓同名に狙いを定める。


 「私は、結白虚華!!!白の区域の区域長が()()!こんな所で非人に屈していい人間ではないのです!!」

 「……私も虚華だよ。世界から逃げ出し、己の咎に苛まれてる大罪人さ」


 「エラー」の心からの慟哭に、虚華もふっと寂しそうな笑顔を浮かべ答える。

 世界が違うだけでこんなにも変わってしまうんだと、虚華は唇を噛み締める。


 「こんなにも厄介な非人は初めてです……。もう私もなりふり構っていられないですね……。使いたくはなかったのですが……」


 「エラー」は愛用している展開式槍斧を折りたたみ、自身の懐へと戻す。驚くべきサイズまで折り畳めることにも驚きは隠せないが、それよりも彼女が「非人」相手にあの武器を収める事が何よりも信じられない。

 虚華が目を見開いて驚いていると、「エラー」は口角を吊り上げ、邪悪な笑みを浮かべる。

 そして、独り言のようにボソリと呟いた。


 「おいで。私を執行者足らしめる、悪夢すら奪う物」


 「エラー」が天に手を仰ぐと、何処からか鐘の音が鳴り響いている。

 祝福の鐘の音のようにも、断罪する際に鎮魂歌に添えられる鐘の音にも聞こえる。

 鐘の音が収まると、「エラー」の手には見覚えのない武器が顕現していた。

 展開式槍斧は機械的な美しさが兼ね備えられた武器だったが、今「エラー」の手に握られているのは禍々しさが際立っている。どちらもカテゴリとしては槍斧に含まれるのだが、展開式槍斧は斧の刃部分が多いのに対し、今手にしているのは十字槍の方が近い。


 「聖なる十字架を武器に融合させたヰデルヴァイス──罰槍(ばっそう)ジェルダ。本当は見せるつもりはなかったんですよ?さぁ、仕切り直しです。癒せ──ジェルダ」


 何処からともなく現れたヰデルに「エラー」が祈りを捧げると、みるみるうちに「エラー」の傷が癒えていく。

 肩口を集中して狙う戦術を取っていたせいで、癒やす部分が少なくて助かったと「エラー」は嘲笑う。


 (あんにゃろ……、ヰデルを隠し持ってたのか……持ってないって言ってたのに)


 いくら攻撃してもあの罰槍と呼ばれているヰデルで回復されるなら、最早攻撃の意味がない。

 虚華は自分の手にある歪な銃を見つめる。使う可能性があったから人払いをしておいたのが正解だった。相手は切り札を持っていて、それを使った。ならば自分も切り札を切ろうじゃないか。

 使ったことのないこの銃に身を任せるのは癪だが、他の罪源達が使っているのは何度も見た。


 「こうなったら手段を選んでられない……」


 虚華は目を瞑り、こめかみに歪な銃を突きつける。

 「エラー」は意外そうな顔で、自決ですかぁ?と余裕綽々な表情でこちらを見ているが、虚華は意に介さない。

 呼吸が荒くなり、自身の命を失う可能性がある事に恐怖を覚えながら、引き金を引く。

 弾が出ない事は分かっている。けれど、今まで使っていた武器でも不慮の事故はあった。

 絶対にないと言いきれない恐怖心から、引き金を引く手が止まりそうになるが、引いた。

 ずだぁん!と本物の銃さながらの発砲音が鳴り響き、虚華の首がガクリと落ちる。


 「あらあら?本当に死にました?非人にしては随分と潔いですね……!?」


 「エラー」は地面に跪いている虚華の死に顔を見ようと近寄ると、急に黒い靄が虚華の周囲に立ち込める。「エラー」が目を見開き、急いで距離を離すと、黒い靄は虚華を包み込む。

 黒い薔薇の花弁が靄の周囲で舞い上がっているせいで、ヰデルを持っている「エラー」でさえ、容易に近づくことが出来ない。

 「エラー」は周囲に誰も居ないことを良いことに、舌打ちをすると、黒い靄の方向を睨み付ける。


 「何処かで見覚えがあるんですよね……。この靄と花弁の組み合わせ。おかしい、どうして思い出せないんでしょうか……?まぁ、それはともかく。これで大罪人ホロウ・ブランシュは死にました。最期は自死という哀れな末路でしたが……」


 黒い花弁が散る間も待たずに去ろうとする「エラー」を呼び止めるかのように、花弁はすぅっと音もなく消え去った。そしてそれと同時に黒い靄も消え去り、虚華が居たはずの場所に見慣れぬ存在が立っていることに「エラー」は気づいた。


 「貴方は……いえ、私が切り札を隠していたのと同じですか。随分と禍々しいお姿で」

 「初めて使ったけど、悪くない。これでその眩し過ぎる槍に対抗出来るかな」

 

 黒い拘束着の様にも聖女が着る修道服の様にも見えるその格好は、とても艶やかに見えるがそれでいて敬虔さを感じさせるような絶妙なバランスのものだった。

 全体的にゆったりとしている装束を黒い結束具のような物で、体のラインを強調させるように縛り上げ、|普通の修道服より相当長いくるぶし丈のタイトスカートも、太腿の辺りまでバックリと切られているスリットのお陰で動きやすさも確保されている。

 総じて戦闘向きの格好でありながら、相当こだわりを持って作られているものであると、「エラー」は瞬時に判断した。

 しかし、それでも自身のヰデルヴァイス(罰槍ジェルダ)には勝てないと高を括った「エラー」は嘲笑する。

 

 「たかが服装が変わっただけで、私に勝てるとお思いですか!?」

 「それは戦ってみてからのお楽しみだね、聖女さん」


 顔を黒いヴェールで覆い隠されているのにも関わらず、虚華の余裕そうな笑みは「エラー」に届いたらしく、「エラー」は青筋を浮かべ罰槍ジェルダを構えて突進していった。

 変わっていたものが服装だけであるならば、彼女の言うことは何一つ間違いはなかった。









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