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【Ⅰ】#7-Fin 幻想に足を踏み入れる覚悟は出来たか?



 臨がドタバタと階段を駆け下り、雪奈の元へと向かうまで一分も掛からなかった。

 ただ、雪奈が自身の読書用に展開していた消音魔術に気づかずに、臨は虚華が行方不明になった旨の話をしていた。

 何度言っても、一切反応もなく、読書を続けている雪奈を見た臨は、先程の自分の行いが良くなかったのかと、思案するも、特に無視されるようなレベルのものでもないし、ましてや今は緊急事態だ。

 そんなしょうもない理由で無視されるならチーム決裂まであるぞと思い、雪奈の本を取り上げようとしたら、雪奈が眠そうに大きなあくびを一つして、本を閉じる。

 雪奈が眠たそうな目で首を傾げると、臨は冷ややかな目で雪奈を見下す。


 「おい、人の話聞いてたのか?さっきから一大事だと何度言えば……」

 「あー……ごめん、読書用に消音魔術使ってて、外部の音聞こえなかった。で、なに?」


 雪奈は指をパチリと鳴らし、消音魔術を解除させると、臨の方を見る。


 「虚が何処にも居ないんだ!ボクの探知可能範囲全域の何処にも居ない!」

 「んーむ。まず、一階を見てみる」

 

 二階部分でずっと読書していた雪奈は、階段のすぐ近くで読書をしていたが、階段から虚華が登ってくるのは見ていなかったらしい。 

 そうなると、虚華は一階の何処かに痕跡が残っているだろうということで、二人は一階へと降りる。


 (ん?じゃあ、さっきボクをガン無視していたのは、気づいていたけどわざとってことか?)


 話の流れで雪奈にさらっととんでもないことを暴露され、臨は青筋を浮かべそうになる。

 でも此処でなにか不味いことを言って、機嫌を損ねられると虚華の身の危険にまで発展しかねない。

 右手を固く握って何も言わずに雪奈の後ろについて行っている臨を一瞥した雪奈は、目を細めるが、それを見たものは居なかった。

 

 一階に降り、窓や扉といった外に出ることが出来る場所はすべて内側から施錠されており、内側から出た痕跡は一切無い。

 雪奈はこの建物内での魔術の使用履歴も確認するも、使われたのは雪奈の消音と、臨の探知のみ。

 他には何も使われた痕跡もないことから、虚華のことが心配な臨を雪奈はじぃっと見つめている。

 雪奈は何も言わずに毛先を整えていると、しびれを切らしたのか、臨が雪奈に近寄る。


 「何か分かったのか?虚は?」

 「外出の痕跡も、魔術の痕跡も無い。一階全域を見たわけじゃないけど、この家の何処かに、何か魔術以外の手段で外部に出る手段がある……のかも」


 かも。雪奈は断言せずに、自身が間違っている可能性を残した。

 その事実に臨は納得できなかったのか、アジトの一階を懸命に探し始める。

 まるでとても大事な宝石を砂漠にでも落としたかのような焦り方だった。

 そんな、臨のひたむきな探し方に呆れたのか、雪奈は何も言わずに臨の探し終えた部屋の再確認をしながら、後を追っていった。


 (虚が居なくなってしまったら、ボクらは……一体何のために此処まで……)


 雪奈の仮説は、この家の一階にある何かを虚華が触れることで、虚華は何処かに転移した。その転移手段は魔術ではない何かしらによる物。

 としてはいるが、こんな物は仮説でもなんでも無いと雪奈は心の中で唾棄している。

 何故なら、その何かが分からない時点で、悪魔の証明にも並ぶ理不尽なものになっているから。


 「此処にも居ない……何も怪しい部分がない……」


 懸命に一部屋ずつ探して回っている臨の肩を雪奈はぽんぽんと叩く。

 半ば、我を失いかけている臨をどうにかするためにも、雪奈は声を掛ける。


 「もしも、虚が死んでたせいで、探知に引っかからなかったとしたら、どうする?」

 

 雪奈のもしも話(If)を聞いた臨の視線は、透を見ていた時と、近いものを感じた。

 汗で濡れた毛先も心做しか、臨の熱で乾きだしている。相当必死に探し回っているのだろう。

 そんな臨も、もしもの話だと気づくと、ふぅっと息を吐いた。


 「そりゃあ、降参(Resign)だ。ボクの生きる意味も理由も失うからな……ん、あれは……?」


 臨は階段の下に人が一人入れる程度のスペースがあるのと、その奥に見知らぬ扉があり、その扉が開いたままになっていることに気づいた。

 雪奈に、こんな場所、地図にはなかったけど、と言いたげな顔をされたが、そんな事言われても臨だってこんな場所に隠し扉があるなんて知らなかったのだ。


 「入ってみよっか。きっと此処」

 「だと信じたい、明らかに虚が入った痕跡があるからな」

 


______________________



 二人が見知らぬ扉を潜ると、そこは他の部屋とは違い、長い間放置はされていたものの、埃は舞っておらず、清潔感が保たれていた床も壁も全てが真っ白な部屋だった。

 中央には、不思議な機械が一台だけ鎮座しているだけで、他には何もない。

 ゲーム機のような機械はあるのに、コントローラーも、ゲームをするためのモニターもこの部屋にはない。

 臨が部屋の隅で機械に近寄らずに観察しているのに対し、雪奈は中央部まで近づき、不思議な機械をまじまじと見つめる。

 様々な角度から近寄ったり離れたりを繰り返している雪奈は、まるで専門家のように臨には見えた。


 (この機械のことも知ってるとか、博識にも程がある、流石に尊敬せざるを得ないな)


 機械の近くで、腕を組んだ雪奈はうーむと唸りながら考え込んでいる。

 部屋の扉の近くで見ていた臨には、雪奈の姿が救世主のように見えたのか、固唾を呑んで雪奈の反応を待っている。

 それから少しの沈黙の時を経て、雪奈が前髪を直して、臨の方を向いた。


 「さっぱり分からん。でも、この機械自体に、魔術は発動されてない。触らない方が良い」


 雪奈は簡潔に自分の意見だけを述べて、白い部屋の壁や床などをペタペタと触り、物色している。


 (期待して損した……でも……)

 

 この部屋の扉が既に空いていたこと、自分がこの部屋の存在を探知で発見することが出来なかったことを踏まえた上で、思案する。


 (恐らくはこの機械で何らかの作用が起きるんだろうな)


 ただ、雪奈も言った通り、安易に触るわけには行かない。

 虚華の性格上、こういった未知の物に真っ先に飛びつく姿は想像に難くない。だからこそ、雪奈は臨にこの機械に触るべきじゃないと言ったのだ。


 「人が入った痕跡あるし、多分……」

 「この機械に触れた結果、あのお馬鹿さん(虚華)は、何処かに飛ばされた」

 「あたし達も触ってみる?」

 「止めとこう。そもそも何か分からない物は触るべきじゃない」


 雪奈と臨の意見が一致し、間接的にこの場に居ないリーダーが何故かディスられる結果になった。

 普段から無表情の二人は、笑うことこそしないものの、少しだけ頬を緩ませる。

 臨達が機械をまじまじと見ても、目の前の不思議な機械は何も答えてくれない。


 (手がかりは目の前にあるけど、触る気にはならないな……)


 うーん、と機械の前で腕を組んで、臨と雪奈はこの機械をどうするかを黙々と考えていた。

 そんな時だった。目の前の機械の周辺から轟音が鳴り響く。



 ゴゴゴゴゴゴオゴゴ……


 轟音が部屋の中で鳴り響きながら、先程まで何もなかった場所に、黒い靄が湧き立ち、黒い花弁がぶわっと舞い上がっている。

 何かの魔術なのかと思った臨は、雪奈の方を見る。

 普段の眠たげな雰囲気は掻き消え、目の前の事象が《未知》の物であることを指し示してる。


 (まずいな、これも魔術じゃないなら、これは一体何なんだ?)


 雪奈の知識に、今目の前で起きている現象に対する解答がない。だから臨は、目の前の事象により一層の警戒しなければならない。

 全身が強張って動けない雪奈に、臨が怒鳴る。


 「雪!警戒しろ!結界系の魔術を!ボクが迎撃する!」

 「ん、ん……!」


 目の前の事象に遅れを取っていた雪奈も臨の声を聞いて、何とか事象に立ち向かわんと黒い靄に向かう。

 臨の指示に従って、手早く防御結界の魔術を詠唱し、展開する。

 雪奈が結界を展開している間に、臨は雪奈の前に立ち、懐にいつも収めてある短剣を構える。

 臨は詠唱短縮(クイックスペル)で、この部屋全域に高密度の探知魔術を展開させておく。

 

 (希望論だが、目の前の事象から出てくるのが、リーダーな可能性もある。というか、他の生物なら全滅の可能性だって出てくる)


 自分達の亡骸を、一人残された虚華が涙を流しながら抱き抱えている姿を想像すると、それだけは避けなければならないと、目の前の事象に臨自身の全神経を集中させる。

 雪奈も、最悪の事態を避けなければならない事を理解しているのか、普段とは違って真剣そのものだ。


 (さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……)


 雪奈が防御結界を展開して数刻が経った後、変化は訪れた。

 部屋の中で巻き上がっていた黒い花弁は徐々に弱まり、黒い靄も薄れてきた。

 いつしか、何処にも黒い靄も、黒い花弁も見えなくなり、その二つの発生源からは黒い扉が鎮座していた。

 そこには虚華も居らず、自分達の命を脅かすような者も居らず。

 ただただ、凄まじい重厚感を感じさせる扉が一枚、そこにあった。


 「と、扉……?」


 臨がそう言葉にした時だった、消えたはずの黒い靄が再度、重厚な黒い扉から溢れ出す。

 そして、がちゃりと扉が開かれる音がする。誰かがこの扉を開けて出てくる。

 その真実だけが、臨と雪奈を支配し、出てくる人影に全神経を集中させる。

 危険な生物だったら直ぐにでも戦わなければならない。臨達はそう思い、固唾を呑んで待った。

 扉から出てきた小さな人影が、ぽてぽてと何とも威厳のない足音を立ててこちらに向かってくる。


 (誰だ……?)


 「はぁ……はぁ……。あー、疲れた……。ん?どしたの?二人共。臨は迎撃体制バッチシだし、雪は防御結界なんて展開しちゃって。二人していつにも増して顔が険しいけど……もしかして何かあった!?」


 両手に色んなものを持ちながら、コロコロと表情を変え、こちらのことを心配している眼の前の少女は、紛れもなくボクらのリーダー、虚華だった。

 虚華は、目の前の状況だけを見た結果、何やら見当違いを起こして自分も戦うよ、と言って銃をホルスターから取り出す。

 臨は急に襲いかかってきた頭痛と虚華の帰還による安堵の板挟みに合う。

 

 「で!敵は何処なの?この感じだと防衛戦してたんだよね?」

 「良かった、生きてて」


 未だに勘違いしたままの虚華に、先程まで全身が強張っていた雪奈は物凄い勢いで虚華に飛びついた。

 タックルのような飛びつきだったせいで、虚華はそのまま壁に激突するも雪奈の頭をぽふぽふする。


 「今まさに私、死にそうだよ……」

 「大丈夫、あたしが、守る」

 「いや、雪が今まさに虚を殺そうとしてんだけど……。虚は虚で、何処行ってたんだ。心配したんだぞ?」

 


 半ば意識が飛んでいそうな虚華に、顔を近づけて指摘する臨の顔を、雪奈が払い除ける。

 そして、ハッと急に覚醒した虚華は、改まって二人の方を向いた。

 

 「あー、その件で私、報告したいことがあってさ」


 雪奈は、虚華の話などお構いなしにへばりついているが、体裁上と、あくまでリーダーの話くらいはまともな姿勢で聞いてほしいという臨本人のエゴから、全力で虚華から引き剥がす。

 不満げな表情をしている雪奈は、臨と今にも争わんとしていたせいか、虚華が慌てて口を開く。


 「私、ディストピアじゃない場所に行ってたかもしれないの」


 私、ディストピアじゃない場所に行ってたかもしれないの。

 虚華が真剣な表情でそう言った時に雪奈は、やれやれと半目になりながら、再度虚華にくっつき、臨は再発した頭痛を抑えるために頭に手を置いて空を見上げた。


 二人は虚華が嘘をついているわけではないことを理解しているからこそ、面倒事が起きそうだなと思い、現実逃避をすることにした。


 《嘘ではないと思い込んでいる少女に現実を教えることは、二人にとって一番難しい問題だからだ》



_____________



 臨と雪奈は、虚華が黒い扉の先で見た物や、起きた出来事について大まかに説明を受けた。

 正直に言えば、信用に値しない。とても信じられる話じゃない。まだ、この扉の先に行くと夢の世界に入れるからって前提があれば受け入れられるレベルの絵空事だ。

 特に死んだ筈の透に、ナンパされて怖くなって帰ってきただなんて、どんな顔をして聞けばよかったんだろうと、顔には出さないものの、臨は頭を悩ませていた。


 (でも、虚華の言葉に何一つの嘘もない。何かしらの魔術などの効果も掛けられてないことは、雪のアイコンタクトで確認済み……)


 仮に虚華の話を信じたとして、確かに夜桜透は虚華に気があったのは間違いないし、それを虚華は知らなかった。

 だから作り話で突拍子もなく話す話題だとしてもおかしい。臨の前では作り話など意味を成さないが。

 一通り話し終えた虚華は、異常に甘えたがる雪奈の相手を楽しそうにしている。その隣で一人、臨はこれからどうするかの思案をしていた。


 (えーと、じゃあ虚の話を最大限信じるなら……)


 ・虚はこの部屋を偶然発見し、不思議な機会に触れると《此処じゃない何処か》に居た。

 ・《此処じゃない何処か》は、限りなく此処とは違う場所であり、人も生息できる可能性が高い。

 ・森を散策していると、透に酷似した人間と思わしき生物と遭遇、対話も可能。

 ・相手は、自身の事を虚華ちゃんと呼び、知っていた。臨と虚華の名前を出してきた。

 ・証拠として、今のディストピアには存在しない「林檎」を虚華は持ち帰っている。


 臨がうーんと頭を捻らせながら考えている中、困った顔をしながらじゃれてくる女の子の相手をする白髪の少女と、全力で白髪の少女にくっついている赤髪の少女が全力でじゃれ合っている姿が目に入る。

 世間では百合と呼ばれている光景には目も暮れず、臨は冷静に情報を分析する。


(うーん。この情報から考えるに)


 高確率で、此処じゃない何処かへと転移することが出来る遺物、と考えるのが妥当だろう。

 自分で言うのも何だが、正直本当に信じがたい。

 だってこの装置は、自分達が置かれている状態──チェックメイト寸前、詰み寸前の状況から脱することが出来る。そう言われているのだ。


 (そんな甘い手に乗っても良いのか?でも……)


 臨は二人を見る。楽しそうにじゃれあっているが、元々は此処に後四人も居たのだ。今となっては、抗う力も殆ど残されておらず、逃げ続け、戦力も精力も何もかもをすり減らしていくだけの日々。

 二人ももう疲れ切っているのだ。なら、この不思議な機械に運命を委ねるのもまた一興ではないか。


 「虚の話は大体分かった。虚が望むなら、ボクも乗ろう。夜桜に似た何かが居た世界に」

 「えっ、良いの!?本当に!?」


 雪奈と遊んでいた虚華は、臨が自身の提案を飲んでくれないと思っていたのだろう、かなり驚いていたが、それ以上に喜んでも居た。

 虚華に引き剥がされた雪奈は反抗することも出来ずに、のっそりと臨の近くに寄る。


 「臨、正気?」


 言わずとも分かる。雪奈が「普段の貴方なら絶対に許可しないような博打みたいな判断してるけど、頭でも打った?後あたしの楽しみ奪うんじゃねぇぞ」と言わんばかりに含みを込めた一言を臨の耳元で囁いた。

 自分が許可を出した所で、このグループの最終決定権は全てリーダーの虚華にある。

 だから、不許可でも押し切られることもあるから、根拠を持って否定することが大事なのだが、臨自身ももう疲れていたのだ。この理不尽な世界で逃げ続けることに。

 臨は、目を輝かせている虚華に尋ねる。


 「どうせ詰みの一歩手前のような状態だ。ボクらの目的は何?虚」

 「え?えーと。二人の感情を取り戻すことと、私達が平穏に暮らすことと、」


 えっとえっとと、色々考えながら虚華は楽しそうに自分達の目的を考えては、違うなぁと悩んでいる。

 実際此処に来るまで彼女が明言した目的は一つもなかった。

 逃げるので精一杯だったから。臨達も、虚華を守るので精一杯だったから。

 だからこうして逃げるチャンスが出来たから改めて聞いておきたい。虚華が自分達と何をしたいのか、この残された三人で何を成したいのか。

 虚華の答えを何も言わずに待っていると、虚華が少し震えた声で手を上げながら話し始める。


 「の、臨には、お、怒られるかもしれないけどさ」


 虚華はそう念を押しながら言葉を続けた。臨と虚華にまたへばり付いていた雪奈も、虚華の方を見る。


 「もう一回、死んだ仲間に会いたいなって。だって透が居たんだよ?もしかしたら居るかも知れないじゃん、皆が。だからあの不思議な場所を旅して仲間を探したい。そうやって成長すればこの絶望的な状況も打破できるかも知れないから」


 そうポロポロと涙を流し、虚華は嗚咽を零しながら二人に言った。きっと仲間のことを想い、涙したのだろう。

 臨と雪奈は泣きながら自分の思いを初めて自分達に話した虚華に、雪奈は頭をぽふぽふと撫でてやり、臨は彼女にこう言葉を掛けた。


 「分かった、なら虚の言った場所に三人で行こう。どちらにせよ、もう此処にはボクらの味方は居ない。その場所で探すのも一興かも知れない」


 臨ぃぃと涙を垂れ流しながら、抱きついてくるように見せかけたタックルにしか見えない動きでこちらに飛んできた虚華をさりげなく躱す。


 床にぺしょりと落ちている虚華をそっと抱き上げ、雪奈の元へ返却する。「おぉあう……臨に避けられたぁ」とべそをかきながら雪奈に撫でられているが、撫でている雪奈の方が満足げなのは二人には内緒にしておこう。


 「でだ、虚。どうやってその場所に行くんだ?」


 ぺっしょりと半ば溶けかけていた虚華に臨が声を掛けると、急に復元して、中央にあった機械を何の遠慮もなく触りだした。 


 「ん。こうやって機械を持ち上げれば……前は飛ばされたんだけど」


 そうやって、虚華はその不思議な機械を警戒心も一切出さずに持ち上げるも、転移などは起きなかった。虚華は嘘を言っていないとなると、他の条件面が合わなかったのだろうか?

 虚華が「あれぇ、おかしいなぁ」と首を傾げながら機械を上げたり下げたりしていたら、先程黒い靄が掛かった扉が出現したときと同じ音を響かせながら、扉が出現する。


 「臨、さっきの扉が出てる。此処から?」


 相変わらず虚華が居る前だと猫を被って……いるわけではないが、最低限の言葉で伝えようと意味を端折る彼女の話し方は時々分からなくなるから、早く辞めて欲しいと思いながら臨は相槌を打つ。

 虚華が早々に扉に手をかけ、振り向いてこちらに手を差し伸べる。その時の笑顔は年相応の物だった。


 「行こっ、臨っ!」


(ボクが守りたいのはこの笑顔なのかも知れないな)


 その手を取って、臨と雪奈も黒い靄の掛かった扉を潜り、此処ではない何処かへと向かう。

 ただ、彼らは未だに知ることはなかった。その何処かが新たな悪夢を産み出すことを。

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