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【Ⅶ】#5 武人は夢を見ない、凶人は現を見失う



 しんしんと雪が降り積もる街──雪華の近くで、突如正気を失った状態の「エラー」に襲われた虚華は、イドルと雪奈の二人を少し離れた所に移動して貰い、彼女の猛攻をなんとかやり過ごしていた。


 (私だって、あの頃の私じゃない。けど、あの子もやっぱり強くなってる……!)


 初めて彼女──“もう一人の私(Error)”と遭遇した時もこうして奇襲を受けていた。最終的には雪奈と臨に助けられたから良かったものの、一騎打ちならば確実に殺されていたのだ。

 そんな懐かしい記憶の自分は、魔法すら禄に発動出来ずに、只々自分が持っていただけの銃を乱射していただけの幼子だった。

 必死に攻撃を躱し、距離を取り、拙い手付きで鉛玉を放っていたが、「エラー」の所持していた展開式槍斧(ハルバード)で簡単に断ち切られ、彼女の間合いに踏み入った瞬間に凶刃を振るわれ、勝負は決してしまっていた。

 最終的には勝てた。彼女を仲間に取り込むことに成功し、虚華は生きて帰る事が出来た。

 けれど、それは自分が強かったんじゃない。仲間が優秀だったからだ。リーダーである当の本人は呆気なく自分に敗北した。

 虚華は自分自身の情けなさに絶望し、この世界の罪に手を出した。どんな手段を用いてでも強くなる必要があったと言い訳をして。

 

 (あれから私は、魔術の勉強を始めた。自分の弱さを自覚したのもそうだけど、この世界じゃ安易に“嘘”を使うことも出来ないから)


 幸い、虚華に呪属性と闇属性の適正があることが判明し、その二つの属性の魔術を重点的に勉強することで使える魔術が少しずつ増えていった。一つが使えるようになると、達成感を感じる事で成長する意欲が増えていく。

 その結果、それなりの種類を使えるようになった虚華は、魔術単体だけではなく、“嘘”無しでもある程度は戦えるようになっており、それ以外にも“嘘”を使っていなくても、似た効果を発生させる魔術を修めることで効果を上昇させることも出来るようになっていた。


 (あの頃のリベンジマッチ、あの子は殺す気満々だけど、今回は負けない)


 虚華は「エラー」の展開式槍斧の間合いを読み切り、「欺瞞」に込められた弾丸を発砲しているが、彼女は全てを重々しい槍斧で綺麗に捌いている。

 一度だけ虚華も「エラー」の展開式槍斧を握らせて貰ったことがあるが、彼女みたいに軽々と振り回すことは愚か、持ち上げることすら出来なかった。


 (あんな数十kgはある物で弾丸を切り落とすだけでも正直化け物なのに……)


 高速で飛んでいく弾丸をいとも容易く切り落とすだけでも正直化け物だと思っているのに、彼女はそれだけではなく、どれだけ距離をとっても展開式槍斧を投擲し、自身の元へと帰還させるせいで実質間合いが「エラー」の膂力につれて伸びていく。

 遠距離で戦うことを主軸にしている虚華が一人で相手取るには、些か脅威度が高過ぎるのだ。

 虚華も魔術や“嘘”を絡めることで弾丸の威力や速度、属性などを弄ることは出来るが、小手先の技術にも程がある。


 (非人がどうのって言ってるけど、あの子も人外の領域に足踏み込んでるんだよね)


 「エラー」の投擲した槍斧をなんとか躱した虚華が「欺瞞」に弾丸を装填していると、虚華の視界から「エラー」が忽然と消える。


 (「エラー」が消失した……?あの槍斧ごと?そんな戦術をいつの間に……)

 

 周囲を最大限警戒していたにも関わらず、消えた彼女の行方を虚華は慌てて探知魔術で周囲を探る。

 元々明るく輝いていた翡翠色の瞳に赫黎い光が混じっていた彼女の瞳は、とても目立っていただけに隠密が出来ないと思いこんでしまっていた。

 あんな重たい物を抱えて、即座に消えるなんて芸当を“魔術”を使わない「エラー」が使えるわけがないと思いこんでしまっていたのだ。

 全方向を警戒していた虚華は背後から濃密な殺気を感じた。恐らくは何らかの方法で潜伏していたのだろうが、頭隠して尻隠さず。殺意が漏れてしまっては意味がない。

 相手の居るであろう方角を見ずに、虚華は数発分、発砲した。

 「エラー」に回避する気など毛頭なかったのか、銃声とほぼ同時に呻き声が聞こえてくる。

 

 「ぐ……背中に目でも付いているんですかね、非人という存在は……」

 「魔術に引っ掛からない隠密術、殺気以外の全てを隠せた化け物に非人なんて言われたくないなぁ」


 虚華の放った一撃は「エラー」の左肩を掠めた。苦悶の表情を浮かべ、左肩口を抑えている「エラー」の手からは赤い血が垣間見えていた。

 「エラー」が口汚く虚華を罵るも、虚華がヘラヘラと笑って言葉を返すと、「エラー」はこめかみに青筋を浮かべて咆哮する。


 「私をぉ!私をぉ侮辱するか!やはり貴様は生かしておけない!結白の名に置いて、貴様を殺すと誓いましょう!」

 「人の努力を理解出来ないとこうなるんだ……簡単に殺すなんて言わないで欲しかったなぁ……」


 虚華は「エラー」の言葉を聞くと直様、「およよよ」と泣き崩れるフリをして「エラー」を挑発する。彼女の性格上、こういった手合には頭に血が上って行動が単調化する傾向がある。

 味方としては大きな欠点ではあるが、こうして相手取ると使える点だと思って虚華は、敢えて指摘はしなかった。この部分が変わっていなかった事に安堵しながら、今度は観客二人(雪奈とイドル)をどうするか考える。


 (“嘘”だけならイドルをどうにかすれば良いけど、例の物を試すには雪奈もこの場には居て欲しくない)


 虚華はちらりと雪奈達の方を見る。雪奈は目を閉じ、両手を握り、何かに祈っている様に見えた。イドルは只々心配そうにこちらを見ている。

 普段ならば間違いなく「エラー」の味方をするのに、今回ばかりは毛色が違う事を理解しているのだろう。

 流石は情報屋、こういった状況判断も秀でているのだなと、感心していると、声が聞こえてきた。

 少し離れた場所に居る「エラー」の怒号ではない。とても優しい声色で、語りかけてくる。


 (あたしが、あたし達が、居ない方が良いなら、躊躇わないで)


 赤子をあやすような、そんな優しさを内包した声は、雪奈のものだった。けれど、雪奈の方を見ても、彼女はただ目を瞑り祈りを捧げているだけに見える。

 

 ──考えても答えが出ないのなら、考える時間は無駄だ。そう言っていた仲間が居た。

 昔はそんな事はないと言えたのに、今は共感出来る。


 (先生。今目の前には同じ顔の化け物が居ます。私もきっと化け物なんでしょうね)


 口にはせずに、雪奈に謝罪すると、こちらを見ていないはずの雪奈が首を縦に振った。

 虚華は小さく笑うと、イドルは不思議そうな顔で虚華の方を見ている。

 何が何だか分からないと言わんばかりの表情で虚華と「エラー」を交互に見ている今のイドルにならば、何故だか勝てる気がして、更に笑顔になっていく。


 (おーけー。ならちょっとだけ退席してね。その間に勝負をつけるから)


 虚華は二人から元気を貰い、得意げな顔で改めて「エラー」の顔を見る。

 赫黎い光を孕んだ瞳でこちらを睨んでいる顔は確かに自分と同じだった。けど、今は違うって言える。

 虚華はふうぅっと息を吐くと、人差し指を唇に添え、魔力を込める。

 

 「存在を許可されし者(この場に居るべきは)私と同一存在のみ(私とエラーだけ)他は席を外せ(他人は退席して)

 

 虚華の言葉に影響を受けた雪奈とイドルは、さもこの場に自分達が居てはいけないものだと思い込み、すぐにこの場から居なくなってしまった。

 この場に残されたのは虚華と「エラー」だけ。虚華が“嘘”を使ったのを見ると、「エラー」は先程以上に顔を顰め(しかめ)、眉を顰める(ひそめる)


 「相変わらずですね、その力。味方(イドル)にも隠しているのですね?」


 「エラー」の素朴な疑問に、虚華は露骨に疲れたような顔を見せる。

 虚華の声色には絶望の色が混じり、全身から不快感を顕にしているのを見るに、なにかがあったことは容易に想像がつく。

 

 「人間って無知で無能な程、幸せなんだ。知識があり、能力があると不幸になるの」

 「……ふん、持つ者の嫌味ですか。理解は出来ますが、共感は出来ませんね」


 虚華が今まで「エラー」に語ってこなかった内容の一部だったが、彼女にはすぐに理解出来た。目を細め、何処かを見る「エラー」の姿が少しだけ気になったが、今は敵。話は後だ。

 “嘘”で退席させた二人が完全に探知範囲から消え去ったのを確認すると、虚華は再度「欺瞞」と「虚飾」を握り直す。

 寸での所で槍斧を躱す立ち回りのせいで、装備品がぼろぼろになっていることに気付かない程に虚華は、目の前の敵(Error)に意識を集中させていた。

 そんな全身に込められていた力をすぅっと抜く。ここからは誰にも見られない。

 一回分の“嘘”は「エラー」の数時間分の記憶消去のために取っておく。そうすることで、虚華が一体何をして、彼女を打ち負かしたのかを知るものは自分以外存在しなくなる。

 脱力している虚華を見た「エラー」は虚華の姿を見て、鼻で笑う。嘲笑うような真似をしないのはきっと、こちらを哀れんでいるのだろう。こちらを見る目で、大体の事は分かる。


 「大人しくその命を捧げるのなら、これ以上の痛みはありませんよ?」

 

 なるほど、「エラー」は自分が勝ち目がないから死に目を誰にも見られないようにしたと思っているのか。幾ら対非人殲滅モードになっているからといって、思考デバフがかかり過ぎではないのかと心配になってきた。

 虚華は目を細め、人差し指を唇に添えてウインクをする。敵ではなく、友に向けたものを。

 

 「私は負けない。持てる力は全部使ってでも貴方を倒すから」


 白い銃を懐のホルダーに戻し、左手にパンドラから貰った歪な銃を取り出す。

 何時でも自分の脳天を打ち貫けるように。自身の罪を解放するために。

 もし仮に、己の罪が存在そのものだったのなら、いったい自分は何者なのか。

 そんな答えを出せないまま、虚華は「エラー」が槍斧握り直すのをただ待っていた。



 

 

Q.虚華の“嘘”を現状知っているかどうか


虚華・ホロウ→知っている

虚華・エラー→知っている

雪奈・クリム→知っている

臨・ブルーム→知っている

イドル→虚華が全力で隠しているので知らない

「歪曲」・パンドラ→知っている

「禁忌」・禍津→知っている

「虚飾」・薺→残念なので知らない

白月楓→(色々と)盲目なので知らない

紫野裂しの→知らないが、なにか違うことに気づいている

ディルク→興味がないので知らない

出灰依音→知らないが、何かあることは気づいている

葵琴理→馬鹿だから知らない

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