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【Ⅶ】#3 世の咎は、己の蝕む毒にはなり得ない



 氷漬けになったイドルを、虚華が覚えたての中級炎魔術で解凍し、なんとか場を収めた会議が終わった日の夜。

 虚華は宿屋の一室で一人、外の景色を窓から覗いていた。

 既に二人(イドルと雪奈)は別の部屋で眠っている頃だ。こんな夜更けに眠れずに、やれることも無く、ただ呆然と外を眺めているだけの時間は、虚華にはどうにももどかしく感じてしまっていた。

 雪華──ジアの東部に位置する常冬の街。此処から更に東に向かえば青の区域に辿り着く。

 雪華は、ブラゥ──依音達が暮らしていたアトリエがある大きな都市との中間地点にある街で、虚華達はジアへと戻るべく、ここで一晩を明かすことにしていた。

 虚華がぼうっと積もりゆく雪を眺めていると、右手の薬指に嵌めていた指輪が黒い光を放っている。


 「あぁ、お呼び出しだ。久方顔を出せていなかったし、顔を見せに行かなきゃ」


 指輪から放たれる黒い光は、虚華の仮初の主、「喪失」以外の居場所である「七つの罪源」が一柱、パンドラからの呼び出しの合図だった。

 大体は自分が退屈そうにしている時、もしくは誰かに助けを求めたい時に光ることが多かったが、今回も丁度、虚華は時間を持て余していた。

 依音達の事、丁度力を貸してくれていた薺──「七つの罪源」が一柱、『虚構』のアラディアにも世話になった件の礼もしていなかった。それに今回の件も、パンドラの耳に入れればなにかの有益な情報を得られるかも知れない。

 そう考えていた虚華に、彼女の誘いを断る理由がなかった。

 

 「えーっと、確か……こうだっけ」


 虚華は指輪に対して周囲に聞こえないように小声かつ、早口で詠唱をする。

 詠唱しているのは闇属性の極々簡単な魔術で自身の影を増幅させ、その影を特定の物に被せて隠す魔術。闇属性と呪属性に適正のあった虚華は、この魔術を簡単に習得することが出来た。

 詠唱を終えた虚華は、対象を指輪に指定して、魔術を発動させる。

 

 「覆い隠せ、影縫(カゲヌイ)


 黒い塊がにゅうぅっと虚華の影から生み出され、その塊が指輪を覆うと、虚華の周囲には黒い花弁が舞い上がる。

 音もなく吹き荒れる黒い花弁が虚華の身体を覆い隠し、花弁が消え去る頃には、周囲の景色がガラリと変わっていた。




 _________________



 虚華が目を開けると、見覚えのある景色が視界に写り込んだ。

 所々に白と黒が入り混じり、どうにも不快感を増長させているのに、それでいて悪くないと思わせるような絶妙な配置と配色。それ以外を除けば富豪が暮らしているような屋敷なのに、そのたった一つの要素が全てを狂わせている屋敷。

 虚華はパンドラ達「七つの罪源」が根城にしている白黒屋敷に転移していた。

 何度かこの指輪と魔術によって転移を経験していた虚華は、経験を重ねても尚、目を輝かせて指輪を眺める。


 「相変わらず凄いなぁ。フィーアでは純粋な転移は準禁術だけど、この指輪は使っちゃってて良いのかな……」

 「良いに決まっておろう。特定の場所に転移させるだけの魔導具に、制約の価値など無いわ」


 虚華が指輪を眺めてそう独り言を呟くと、背後から呆れを孕ませた声色が聞こえてきた。

 ギョッとした顔で虚華が振り返るとそこにはこの屋敷の主、パンドラが白黒が入り乱れた傘の柄で頬杖を付き、こちらを半目で見ていた。

 白い髪に所々黒髪が入り混じっており、瞳も白と黒のオッドアイ。

 普段は聖女が身を包む修道服を艶やかに改造した物を着込んでいるのだが、今回虚華を出迎えたパンドラは、灰色の質素ながら美しいドレスに身を包んでいた。

 年齢も普段は自分と同じぐらいに調節されているのに、今回は一回りほど大人の姿で顕現している。


 (普段の姿だと目立たないけど、凄い身体してる……)


 胸元が露出しているドレスを着込んでいるせいか、パンドラの身体はあちこちが艶やかに露出している。同性である虚華がこれだけ魅力的に見えているのなら、男性はどうなっているのだろうと思ってしまうほどだ。

 そんな友であり、主であるパンドラから貰った道具に不満を述べていた様に聞こえていたのなら、処罰は免れないと焦った虚華は頭を深々と下げた。


 「すみません!私が無知なばかりにパンドラさんに不快感を与えてしまって……」

 「構わぬ。此度はよぅ来たの。早う座るが良い」


 妾が呼び出したのじゃからなと、既に茶菓子が用意されているテーブルへと促され、虚華はパンドラから一番離れた席に着く。

 すると、露骨にパンドラの顔色が曇る。

 頬まで膨らませている仕草を見ると、機嫌の悪い子供にも見えてしまっていて随分と可愛らしいなぁと虚華は心の中で思ってしまった程だ。

 ただ、相手は仮にも上の者。虚華はゴホンと咳き込み、パンドラの顔色を窺う。


 「えーと……、何か不味かったですか?」


 虚華が眉を下げながらそう聞くと、パンドラはプイッとそっぽを向く。


 「その位置に座るのは、あくまで仕事上座らざるを得ない場合じゃ。『歪曲』と『虚妄』の間柄でしか無いのなら間違ってはおらぬが、友と語らいながら夜明けを待つにはちと寂しいんじゃが?」

 「ふふ、そうですね。分かりました」


 パンドラがそっぽを向いているうちに、虚華はパンドラの隣の席に着席する。すると、パンドラは虚華の方を向き、ニッコリと笑う。


 「それで良いのじゃ。して、随分と退屈そうにしておったが……む?これホロウ」

 「え?なんですか?」


 コロコロと表情を変えているパンドラを見ている分には虚華もそれなりには癒やされていた。

 そんなパンドラが虚華の胸の方を見て、急に機嫌が悪くなった。虚華は流石に困った。席を移動するぐらいなら難なく出来るが、流石に貧乳だからと言って豊胸が出来るかと言われたら、それは無理だからだ。

 虚華が申し訳無さそうな表情で胸を抑えていると、パンドラは虚華の右手を掴み、自分の方へと寄せる。

 不満げな顔のまま、パンドラは虚華がしていた指輪をさっと抜き取った。どうしてそこまでの怒りを買ったのか分からなかった虚華は、パンドラの顔を見て尋ねた。

 

 「えっと、そこまで私の胸に罪が……?」

 「は?何の話じゃ?……あー、違う違う。指輪を付ける位置が違うから付け直してやるだけじゃ」


 そう言ったパンドラは虚華の左手をさっと取ると、薬指に指輪をつけ直す。

 虚華が自分の左手の薬指に付いている指輪を見て、目を輝かせているように見えていたのか、満足げな表情でうんうんと頷いている。何故だか分からないが、パンドラが急に上機嫌になったので、この指に付けたらなにか良い事があるだろうと思った虚華は、パンドラの方を向き、笑顔を見せる。


 「あんまり指輪に詳しくないんですけど、こっちのほうが良いならこれからはここに付けますね!ありがとうございます、パンドラさん!」

 「お、おおう。指輪の嵌める場所の意味も知らぬのか……此奴は……」


 虚華はパンドラが小さな声で何かを言ったのには気づいたが、聞き取れなかったので聞き返すも、パンドラは顔を真っ赤にして「なんでも無いわ!」と叱られたのでそれ以上を追求するのを止め、自分が何故呼び出されたのかを聞くことにした。

 改めて着席したパンドラに、虚華は今日の要件を尋ねた。


 「それで、今日はどうしました?何か御身に不具合でもありましたか?」

 「妾の事を不出来な機械とでも思っておるのか?お主、何やら不味いことに巻き込まれては居らぬか?その指輪にはな。主、まぁ要は妾じゃな。その主に装備者の身の危険を知らせる機能があってな。それが作動したからこうして呼び出したのじゃ」


 パンドラは長い言葉をつらつらと述べていたが、要するにお前が心配だから声を掛けた。もし何かあるなら力になるから話してみよ。とそう言っているのだ。

 それが理解出来た虚華は、涙腺が暴走してしまう羽目になった。慌ててパンドラが宥めようとすると、更に活性化してしまい、パンドラは困り果てた顔で笑っていた。


 (この人は、本当に私のことを心配してくれてるんだ……嬉しい)


 仲間の前ではなるべく泣かないように心掛けていた虚華だったが、パンドラの前では大声で泣いてしまった。情けないと思いながらも、虚華はパンドラの胸を借り、衣服をびしょ濡れにさせてしまう位泣いていた。

 そんな虚華をパンドラは我が子を慈しむような表情で頭を撫で、泣き止むまで只々二人の時間はゆっくりと流れていた。

 

__________________

 



 


 涙腺が落ち着きを取り戻し、顔を塗りつぶされた従者のような影が、テーブルの上に置かれていた紅茶を淹れ直すと、虚華は昨日今日の出来事を簡潔に話した。

 その間、パンドラは終始真剣な表情で虚華の与太話にも聞こえるような悪夢の話を聞いており、時折羽ペンで何かをメモしていた。


(やっぱりデキる人はメモしているものなのかな?イドルさんもそうだったよね)


 一通り、悪夢の話をし終えると、パンドラはその話をした「喪失」会議の内容まで問われたので、そちらも簡単に話した。

 彼女にはディストピアでの話をしていないので、勿論その部分は誤魔化しながら、イドルにした話と同じ内容を簡潔に話す。

 粗方話し終えると、パンドラはちょっといいか?と虚華の話の腰を折る。



 「メラーはホロウに魔術痕跡が検出されたと言っていたな。方法はどうやったか聞いておるか?」

 「いいえ。聞いていないです。確かに魔術の痕跡が残ってたとは言ってましたけど、根拠までは聞いてなかったですね。何か引っかかりますか?」


 虚華が雪奈の発言に引っかかったパンドラに少し噛み付くと、パンドラは首を横に振る。


 「いや、妾もホロウから「影縫」以外の魔術を使用した痕跡がある事は気になっておった。じゃが、それは……まぁ良い。それで、次の質問だが、その悪夢に出てきたのは、ホロウ、メラー、「エラー」、運び屋、ノワール、声の主──運び屋の話だと「背反」だったか。の六人で間違いはないな?」

 「えぇ、あくまで自分が見ていた夢ではそうでした。けれど、もしかしたら見ていない部分で誰かが居た可能性は無いとは言い切れないという結論に至りましたけど」


 パンドラは虚華の言葉に、小さな呻き声で答える。達筆な字で書き殴られたメモには色んな事が書かれており、虚華は中身が気になったが、敢えて聞かずに居た。


 「幻想に舞う蝶について討論しても無意味じゃ。妾にもホロウにも解は出せぬ。ただその悪夢は、悪夢に非ず。誰かしらの手によって見せられた()()()()みたいなものじゃろうな。犯人が誰かを断言できぬのが心苦しいがの」

 「犯罪予告……ですか?」


 虚華の深刻そうな表情を見て、パンドラは虚華の頭を優しく撫でる。雪奈や他の人とは違う、自分の欲だけを満たす撫で方に驚きながらも、虚華はパンドラに身を委ねる。

 幾分かリラックスできたと判断したパンドラは、撫でる手を止めずに、虚華に語りかけるような口ぶりで話を続ける。


 「そうじゃ、これからお前はこうやって死ぬんだぞっての。もしくは仲間の内の誰かが最悪の未来を予知して見せたヴィジョンかも知れぬが、そこら辺までは分からぬ」

 「結局の所、私はどうしたら良いのでしょう……」


 虚華は分からなくなっていた。ディストピアに居た頃は、生きていくことだけを考え、その次に仲間のこと、余った最後の一部分で食事や最低限のことを考えていれば生きていけた。

 けれど、この世界、フィーアでは、そうも行かなかった。

 お金を稼ぐ手段、どうやって生きていくか、失うものや得るものが多すぎて常に選択の日々だった。そんな選択に疲れた虚華は、誰かに頼りたかった。自分一人で決めた結果があの悪夢(臨に殺される結末)なら、誰かに助けて貰いたかった。()()()()()()()()()()()

 パンドラに抱き着き、肩を震わせて泣いている虚華を、パンドラは先程とは打って変わって、我が子を慈しむように抱き締め返した。

 

 (あっ……)


 感極まったのか、虚華は抑えていたはずの涙腺が再度暴発した。

 啜り泣く声は夜通し続き、それ以外の音が部屋の中から聞こえることはなかった。



__________________



 「落ち着いたか?」

 「……はい。ご迷惑おかけしました」

 「ふふ、良い。友が泣いていれば、胸を貸す。それは当たり前の事じゃろう?」


 泣き止んだ虚華の肩を叩きながら、パンドラは満面の笑みで答える。


 「貴方みたいな人が、どうして世の咎だと言われるんでしょうね」


 虚華の肩を触る手が一瞬震えたのを虚華は見逃さなかったが、何も言わずにパンドラの言葉を待つ。

 パンドラは少し寂しそうな顔をしていたが、すぐに優しい笑顔に戻り、懐から何やら見慣れたものを取り出した。

 

 「それが世の答えじゃ。そうだ、行く前にこれを持っていけ」

 「……?これはっ」


 パンドラが手渡したのは、黒く光る銃だった。この世界に存在しないはずの武器、あってはならない武装が彼女の手にあったことに虚華は目を見開いて驚く。

 虚華は声を震わせ、パンドラという存在に一抹の不安を抱くも、それをお首にも出さずにパンドラの顔を見る。


 「これは己が咎を力に変える物。黒き戦闘装束に身を包み、己の罪を解放する代物。ホロウも含めて、「七つの罪源」はこの銃を己に突きつけ、引き金を引く事で真価を発揮する」

 「で、でも弾は……?」


 恐る恐る弾丸のことを聞くと、パンドラは神妙な顔付きドレスからもう一つの銃を取り出す。

 そして(おもむろ)に黒い銃を自身のこめかみへと突きつけ、躊躇いもなく引き金を引く。

 すると、パンドラは首をガクリと落とし、身体が黒い花弁に包まれる。

 虚華はただ呆然と見ていたが、すぐに花弁は姿を消し、そこにはいつものパンドラが居た。

 黒い聖女が身に纏うような修道服を艶やかに改造し、所々が怪しく妖しく映えているその姿は、まさしく罪の権化のようにすら見えていた。

 パンドラは手を握り、開きを数度繰り返すと虚華の方を見る。


 「勿論入っておらぬ。だが、我々以外が所持した所で、ただの鈍器にしかならぬ。だが、ホロウよ。この銃で己の頭を撃ち抜くのを安易に見られるな」

 「な、なんで……?」


 パンドラはふぅと息を吐き、眼光をより一層強めて、虚華の瞳を見つめる。


 「罪を解放したホロウは、今のホロウから掛け離れた姿になるだろう。それにその姿は「七つの罪源」としての物。その姿がホロウだと知られて良いことなど無いからな。まぁ使わないに越したことはない。じゃが……」


 パンドラは近くの椅子に座り、足を組みながら虚華に背を向ける。


 「命に関わると、そなたが思うのなら躊躇わずに使え。もし居場所が無くなれども妾が、妾達が共に居る。だから、自分がしたいようにすれば良い」


 虚華はずっと悩んでいた。この世界でしていたことを臨の影に否定され、完全に自分自身を否定されていた気分に浸っていた。その泥の中から掬い上げてくれたパンドラや雪奈達には感謝してもしきれない。

 

 (行方不明になっている臨も含めて、誰も死なせるわけにはいかない)


 己のしたいこと、旅の目的を再確認できた虚華は、パンドラに深く頭を下げた。

 これっぽっちで感謝なんて伝わらないと思いながらも、それでも必死に思いを伝えるべく。

 そんな虚華に、パンドラは穏やかで、それでいて強い声色で言う。


 「もう時期夜も更ける。そろそろ眠りにつくと良い。寝不足は幼子にも毒じゃろう」

 「そうですね、安心したら眠くなっちゃいました」


 パンドラは再度銃を取り出し、引き金を引いた。

 すると、先程の灰色のドレス姿に戻り、虚華が帰っていくのを見送った。 

 帰っていったのを確認したパンドラは、机の上に残された茶菓子を一つ摘んで食べる。

 

 「何故妾が咎められたのか、か……そんな物、誰が知っているのだろうな」


 独り言のようにぼやいたパンドラは、私室の茶菓子を従者に片付けさせ、部屋を後にした。

 

 

「幻想の蝶」は所謂シュレディンガーの猫箱理論と考えて頂ければスッキリ話が読めると思います。

「七つの罪源」は各々が不思議な銃を持っているようですが、一体銃使いは誰なのか……

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