【Ⅶ】#2 心に刻んだ傷から、何を見出す?
虚華のベッドに侵入していたイドルに、雪奈はそれ相応の罰(それなりに重い)を与えた後、虚華の隣に肩を並べて座る。
雪奈が虚華の顔を見ても、曇った表情が拭われることはない。それ程に虚華の見た夢が重かったのだろうと察する雪奈は、部屋の隅で逆さまに吊られたまま、不満そうな顔でこちらを見ているイドルの紐を手早く引く。こうするとイドルの身体が上下して、苦痛を感じやすくさせる。
苦悶の表情を浮かべながら、イドルが雪奈に噛み付く。
「痛い痛い、何するの。というか何で僕が縛られてるのさ……。反抗したのに結果こうなっちゃってるし、「全魔」って言うよりかは「魔人」なんじゃないかな、イタタタt、止めて!僕が悪かったから!」
「イドル、反省してて。いつか解放する」
雪奈の言う「いつか」が死んでからでは困ると思ったイドルは身を捩って振り子のように揺れているが、縄が外れる気配も無く、ベッドの上で女子を慰めている女子と、何故かそれを忌々しそうに見ながら紐で縛られている女子という意味の分からない構図が宿屋の一室で出来上がっていた。
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「ったく〜。酷い目にあった……。にしても相変わらずクリムちゃんは強いなぁ。これでも僕、割と本気で抗ったんだけど……本当に純魔術師なの?」
「愛の力は、無限大」
両手でVサインをしながら勝ち誇った顔を無表情ながらも演出している雪奈を見たイドルは、眉をピクピクと動かしながら雪奈に反抗する。
「ふーん?僕も“虚華”ちゃんへの愛は負けてないんだけどね?」
「それなら、殺る?」
イドルの挑発じみた言葉に触発されたのか、下から目線で威嚇し、物騒なことを言い出している雪奈の頭を虚華がぽふぽふと撫でながら両者を嗜める。
「殺らない。落ち着きなさい、クリム。イドルさんも年下相手に何やってんですか」
「だってぇ〜。クリムちゃんが煽るんだも〜ん」
「だってー、あのゴミがホロウをバカにするんだもーん」
雪奈がイドルの言動を悪意も含めて真似したせいで、ついには取っ組み合いにまで発展してしまった。虚華は頭を抱えながら、二人の見解を眺めているが、収まる所を知らないようだった。
虚華が嗜めても効果は薄く、イドルが言動を真似したり、その逆も然りでお互いがお互いに油をぶち撒け合っているせいで火が収まりそうにもない。
虚華は深い溜め息を一つ付いて、声に魔力を込め、人差し指を唇に添えて一言放った。
「一旦、二人は大人しく座れ」
虚華の“嘘”が正常に作動した事で、虚華の体内の魔力を代償に二人はフローロングに正座の状態で座らされている。
雪奈はむすっとした顔で何も言わずに虚華の方を凝視し、イドルは困ったような顔で雪奈と虚華を交互に見ている。
「はぁ……、それでクリム。会議、するんでしょう?その姿勢でも話は出来るよね?」
「ん。大丈夫。第n回「喪失」会議を始めます」
「ほえ?なにそれ?てか僕も混じっていいの?」
会議開始の音頭を取った雪奈の言葉を皮切りに、虚華と雪奈はぱちぱちと拍手しているのを、イドルはキョトンとした顔で見ている。そんなイドルをお構い無しで雪奈は話を進める。
「今回の議題は、ホロウの見た夢について。結論、ホロウに、魔術痕跡が残ってた。つまりは意図的な可能性が高い」
「あぁ、夢の話なんだね。僕を完全に置いてけぼりにしてるから分からなかったや。そうなんだ」
イドルがなるほどな、と相槌を打っているのにも関わらず、雪奈は言葉を続ける。
「ホロウ、一応夢の内容……話せる?」
「うん。大丈夫。ありがとね、クリム」
虚華がわしゃわしゃと頭を撫ででやると、雪奈は満足げな表情を見せながら、虚華の話す内容を黙って聞いていた。
ジアに酷似した場所で自分以外の仲間──イドルや雪奈、「エラー」が惨たらしく殺されており、長らく行方を眩ませていた臨と、その臨が主と呼んだ謎の人物によって殺された事等、覚えている範囲でなるべく分かりやすく話した。
最初の方は茶化して聞いていたイドルだったが、後半に進むにつれて、真剣な表情で虚華の話を聞いてくれていた。
話し終えた虚華は、涙をポロポロと零しながら雪奈に抱き締められながら肩を震わせていた。
「私、あんまり魔術とか分からないけど、この悪夢を見せて、一体何になるんだろうって思っちゃってさ。馬鹿だよね。夢だって分かってるのに、こんなに泣いちゃってさ」
「ホロウちゃん、それは違う。今の話でどれだけキミがブルームくんとクリムちゃんの事を大切にしてるかはよく分かった。けど気になるのは……」
──ご覧の通り、ボクは感情を取り戻している。つまりこの世界で虚がしたかった事は完了した訳だ
──ふん、あんな女に微笑むから悪いんだ。屋敷にいる阿婆擦れ共ならまだしも、あいつには指一本触れさせない
イドルは虚華が口にしていた内容をメモに取っており、気になった発言の部分を指差す。
その発言はどちらも、臨が虚華に宛てて言った部分で、どちらも虚華の心を抉るのには、充分な刃だった。
虚華はその言葉を反芻し、涙を流し、雪奈が止めろと言わんばかりに、イドルのメモを燃やそうと詠唱を開始するが、虚華が手でそれを制止する。
「止めて、クリム。今は私の心を気にしている場合じゃない。イドルさん、続けてください」
「分かった。1つ目の気になった部分だけど、キミがしたかったことって、二人と旅を続けることで、希薄になってしまった感情を取り戻すことだよね?」
流石に本当の事を伝えるわけにも行かなかった虚華は、イドルにこの話をする際に、矛盾が生じないように話を少し改竄した。
自分達はこの世界を旅することで過酷な環境下に置かれ、家庭内暴力やその他多数の条件で失ってしまった感情を取り戻そうとしていると説明した。勿論真っ赤な嘘だが、この嘘を虚華は魔力を代償に現実と変えることはしなかった。
どちらにせよ一時的な現実改変以外は出来ないが、もし仮に虚華が改変できたとしてもこの出来事を歪めることなかっただろう。
虚華が黙って頷くと、イドルも頷いて言葉を続ける。
「もし仮にブルームくんが感情を取り戻していたとしても、クリムちゃんがそうである根拠がない。なら、何故彼は完了したって言い切れたんだろうね?ブルームくんがクリムちゃんが感情を取り戻していた上で、それを知っていない限りは言えないはずだよね?まぁ、クリムちゃんを知らない第三者が見せている可能性もあるから、一概に言い切れないけどね」
イドルの言葉は実に的を得ていた。確かにそうだ。何故臨が目的が既に完了したと言い切れたのか。もし仮に臨の感情が戻ったとしても、雪奈が昔のままなことを知っているはずの臨がそんな事を言えるはずがない。
臨が虚華を裏切っている可能性などを考慮した上で、虚華はイドルの目を見て反論する。
「クリムの感情は戻っていません。それをブルームが知る由もないでしょう。だから、きっと、この悪夢を見せた犯人はブルームを知る第三者、その可能性が高いと思います。ただ、その上で犯人はブルームとそれなりに親しいのでしょう。だって、私達の旅の目的を話すに至っているのですから」
「おや、それだと、僕もそれなりに仲が良い事になっちゃうけど、良いのぉ?」
半ばニヤけ面で虚華の脇腹を肘でえいえいと小突いているイドルのことを、殺意を孕んだ瞳で見ている雪奈を制止しつつ、虚華は言葉を続ける。
「構いません。信頼に足ると、私が判断したことに間違いはありません」
「冷静だなぁ、ホロウちゃんはぁ。そこのクリムちゃんみたいに爆発してもいいのに」
「皆が皆、爆発しては、組織として成り立たないでしょう?」
そりゃそうだ、とイドルは頷いた後、話を戻すねと言って2つ目の疑問を口に出す。
「2つ目の阿婆擦れ〜の部分も気になるんだけど、まぁ。最終的に殺されてる辺り、聞けてない部分も多そうだよね。この悪夢を見せて一体何のメリットがあるのかすら分からないし。それで気になったんだけど……この主って奴の声はどんな感じだった?」
虚華はイドルの言葉を聞いて、何か心当たりがあるのかと思い、脳にこびり着いていた筈の記憶を遡りながら声の主を思い出す。
「甘い声なのに、それでいて軽薄そうな感じ……ですかね?お知り合いにこんな雰囲気の話し方の方が居るんですか?」
「あはは!やっぱりそんな感じだよね!あいつの声って軽薄そうだもんね!」
イドルは虚華の言葉を聞いて腹を抱えて笑い出した。余程面白いと感じたのか、笑い終わる頃には目に涙を浮かべ、息を荒くなっている。
その仕草を見た雪奈がまたもや顔を顰めているが、まぁまぁと虚華が宥めて、イドルに話をするように促す。
「あ〜、笑った笑った。多分そいつ「背反」だよ。益々アイツに会いに行く理由が出来ちゃったね」
「会ったこと無いですけど、あそこまで軽薄そうな声になんでブルームが……」
部屋の中を歩き回りながら、爪を噛んでいる虚華を見て、あっけらかんとした態度でイドルは答えた。
「アイツは欲しいものは何が何でも手に入れようとするんだ。でもその対象は女と物だけなんだ。だからきっとブルームくんが欲しいんじゃなくて……」
虚華ははっと目を見開いて、イドルの言いたいことを分かったような顔をする。
「つまりはクリムが目当てなんですね!クリム!何が何でも守るから!」
虚華がドヤ顔でそう言って、雪奈に抱き着くと満足げな顔をしながらも時折、雪奈は困ったような顔をする。
イドルは虚華の挙動を見て、机を叩きながら笑っている。そのイドルの反応を見て、虚華は首を傾げる。
暴走気味の虚華に口出ししたのは、虚華の無い胸に挟まれてご満悦だった雪奈だった。
「多分、狙いはホロウ」
「えぇ!?何で!?普通「全魔」の方が戦力的にも、見た目的にも、価値が高いでしょ!?私なんて何処にでも居るような貧相な子供だよ?」
本気でそう思っているのであろう虚華は、雪奈の良い所を羅列しているが、イドルと雪奈はお互いの顔を見やる。
どちらも呆れたような顔をしていた、けれど不快感は一切なかった。
困った顔をしているイドルは、雪奈が抱き締められていて、逃げる気が一切無さそうだったので、ため息を付いた。
「キミは自分を卑下し過ぎだよ。僕は「全魔」と同じ位「魔弾」を買っているんだから。じゃなきゃ、大切な虚華ちゃんを預けないし、一緒に行動もしないよ」
だから、自分を卑下しちゃダメだぞっとイドルは虚華にウインクを一つした。
虚華は雪奈とお互いを見つめ、久々に大声で笑った。
一時的にとは言え、仲間としての絆とやらが生まれたのだろう。イドルが虚華の胸を揉みしだいて、雪奈に氷漬けにされるまでの間、旧知の友と同程度、心を許していた様に見えた。




