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【Ⅶ】#1 夢見た絶望、反芻する慟哭


 虚華は()()()焼け落ちる匂いで目が覚める。

 寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見回す。どうにも状況が飲み込めない。周囲の建物は燃え盛り、自分は何処かの広場のような場所で倒れていたようだ。


 (どういう事?なんでこんな場所で寝……いや、気絶されられていた?)


 動きが鈍い脳を無理矢理フル稼働させ、状況把握に全力を注ぐ。記憶は甦らないが、段々と状況が理解出来てくる。

 付近には真っ赤な髪の少女がうつ伏せで血を流して倒れている。この出血量だ。恐らくは即死だったのだろう。背中には大きな槍斧が突き刺さっている。見覚えのある槍斧だ。


 (え……雪だよね。なんで……?)


 虚華は泣き叫ぶ選択肢は取らず、おぼつかない足取りで赤髪の少女の元へと向かう。灼けた煉瓦は靴を履いていても、虚華の足にダメージを与える。こんな劣悪な地面に顔を付けていては、死に顔を拝むことなど夢物語だろう。それでも虚華は足を進める。

 ──この現実がどれだけ劣悪であろうとも、逃げたりしないって決めたのだから。

 着ている服も見覚えのある物だ。虚華がディストピアに居た頃に雪奈に上げた数少ない衣服。雪奈は数年経った今でもぼろぼろになった部分を直し直し、大切に着ていてくれた。

 血が溢れ出していたようだったが、灼けた煉瓦で無理矢理傷口を焼かれ、既に塞がっている。駆け寄った虚華は赤髪の少女を抱き抱えると、やはり顔は焼け落ちていて誰だか判別できないようになっていた。

 それでも、顔が分からなくても雪奈だって判断できる材料はある。太腿に刻まれた魔術刻印だ。この世界に来て間もない頃、臨と三人で刻んだ仲間の証がある場所を虚華は確認する。


 「ある……どうして……なんで刻印があるの……もう否定できないじゃん……」


 虚華が声を殺し、雪奈の死を悼んでいると、転がっている人らしきものが他にもあることに気づく。

 白髪のセミロング、ボロボロのマントに何処か堅苦しい軍服のような制服を着込んでいる少女が一人、腕や足が本来ならばありえない角度で捻じ曲がり、絶命している。


 「イドルさんまで……。それに隣で倒れているのは……「エラー」……?なに、どうなっているの……?」


 捻じ曲がっているイドルの手を取るように、倒れている「エラー」は普段付けている変装用の仮面が剥がれ、自分と同じ顔で目を見開いて絶命している。死者を弔う方法など知らなかった虚華は、「エラー」の瞳を瞼に隠し、神に祈りを捧げる。

 一通り、付近を確認し終えた虚華の悲しみは、雪奈の死を見た時から最高潮に達していたが、辺りを観察し終えても尚、虚華はどうにも状況が理解出来ずに居た。

 そもそも、()()()()()()()()()()()()。限りなくジアに近い場所ではあるが、ここがジアな訳がない。

 ──だって、ジアは既に【蝗害】の手によって焼き討ちにあっている。それから大した月日が流れていないのに、再興され、その町並みが再び燃え上がってることなんて、()()()()()

 虚華は、涙を流しながらジアに酷似した町並みを眺める。蒸気機関と近未来な様相が見事にマッチしている。そんな美しい建物や、大地、この街を構成する全てが轟々と燃え広がっている。

 

 「一体どうなってるの……?」

 「まだ生きていたのか。虚、……いいや、ホロウ・ブランシュ」


 虚華が虚ろな目で燃え盛る街を眺めていた所に、懐かしい声が聞こえてきた。

 虚華がギョッとして振り返ると、忌々しい物を見る目でこちらを睨んでいる臨が居た。走って臨の方へと向かいたかった虚華だったが、どうにも彼の反応、というよりかは声色に違和感を覚えた。

 若干怯えた様な声色で虚華は、少し離れた場所でこちらを睨んでいる臨に尋ねた。

 

 「ね、ねぇ。ここは何処なの?なんで皆死んでるの……?一体何がどうなってるの……?」

 「はっ。この期に及んでそれか?いつまで虚構の夢に溺れている」


 半目でこちらを呆れたような表情で見ている臨は、虚華との距離を縮めんとこちらへと向かってくる。手には暗器を持っており、こちらを殺そうとしている可能性が高い以上、いくら臨と言えども安易に距離を詰められるわけには行かないと判断した虚華は、バックステップで距離を離す。

 虚華の行動に、臨は意外そうな顔をしている。感情を奪われている筈の臨が、あんな顔をすることは()()()()()


 「ボクが感情を表に出しているのが信じられない。そんな事考えてるのか、虚」

 「だって……、私がこの世界に来た理由の一つに……」


 声を震わせながら、どもりながらも賢明に話す虚華を嘲笑うかのように、臨は言葉を被せる。


 「ボクと緋浦の感情を取り戻す。だったか?笑わせる。無意味だ」

 「何でそんな酷い事を言うの……?私は、臨と雪の為に……」


 虚華は涙を流しながら、酷いことを言う臨に反論しようとするも、臨は口角を上に歪ませながら、邪悪な笑みを浮かべる。

 確かに今の臨には感情があるように見える。とても心を喪失していたようには見えない。

 

 「ご覧の通り、ボクは感情を取り戻している。つまりこの世界で虚がしたかった事は()()した訳だ」

 「え……?」


 虚華は臨の言っていることが分からず、情けない声を上げる。その態度を見た臨は傑作だと言わんばかりに声を上げて笑う。

 本当に滑稽だと思わない限りは、あんなに人を馬鹿にしたような笑いなんて出来ない。そう思った虚華は、自分がこの世界でしてきたことが全部無駄だったんじゃないかと思う程には、心を破壊されかけていた。

 ひとしきり笑って満足したのか、臨は呼吸を整えて、再度虚華を侮蔑の目で見る。

 ふわりと何処からか、聞き覚えのない声が聞こえてくる。いつの間にか、臨の隣りにいた人物は、虚華には見覚えのない人物だった。臨は先程までの不機嫌そうな表情から一変、破顔一笑している。

 その笑顔、もう何年も見れていなかったその笑顔を、自分以外の他人に見せている。その事実が一番虚華の心を傷つけた。

 悔しそうな表情で二人を睨み付けているのに気づいた声の主は、こちらを見てニコリと微笑む。その笑顔に嫉妬したのか、臨がまた不機嫌そうな表情に戻り、声の主の袖を引く。


 「もう是位で良いだろう?主人(マスター)。これ以上は元仲間とは言え、哀れで仕方ないんだ」

 「おや、キミは随分と優しいんだね。僕にもその優しさを分けて欲しいものだね」

 「ふん、あんな女に微笑むから悪いんだ。屋敷にいる阿婆擦れ(アバズレ)共ならまだしも、あいつには指一本触れさせない」

 

 自分には理解出来ない内容で楽しそうに談笑している二人を、離れた場所で膝から崩れ落ち、ただ見てるだけの虚華は、それでも考えることを止めなかった。

 臨の隣りにいる男が誰なのか。見たこともない男だったが、恐らくは何処かしこで関係があるのだろう。

 臨に主人と呼ばれるほどの親密な関係を、自分から離れている間に築き上げたのだと考えると、自分の情けなさに怒りを覚える。

  

 「おぉい、虚」

 「臨……」

 

 思考の海に溺れていた虚華の意識を無理矢理臨が引き戻させ、虚華の視線を自分に移させる。

 半ば虚ろな目で視線を移していた虚華は、臨の方を見ると、目を見開かせる。

 いつの間にか目の前に臨が居て、こちらに向かって微笑んでいる。それだけで虚華は涙を流していることに気づき、臨はふと視線を逸らす。


 「こっちだよ、ホロウちゃん。まぁ、僕を見ることは出来ないんだけどね。バイバイ」


 突きつけられた物がなにか判断させる時間すら与えずに、声の主は虚華の命を刈り取った。

 




 _________________


 虚華が目を開けると、そこは宿屋の一室のベッドの上だった。先程まで自身の体を蝕んでいた痛みなども一切なく、変な違和感も一切無い。

 虚華はベッドの上で体を起こす。ベッドで寝ていたということは先程の出来事は全部夢だった?今までの悲しい気持ちも、悲惨な言動も全てが夢だったと思うと、涙が止まらない。

 安堵の気持ちを噛み締めていると、布団の中から自分以外が居ることに気づいた。布団をペラリとめくるとそこには、白髪セミロングの美少女がこちらを苦笑いで見つめていた。

 先程の()で全身の骨が変な方向に曲がりまくって死んでいたイドルが、今こうして人のベッドに侵入している。普段ならばすぐにでも雪奈に報告して痛い目を見てもらうのだが、今回はそういう気にならなかった。

 

 「何してるんですか?人のベッドで。クリム呼びましょうか?」

 「止めて!半殺しじゃ済まないから!」

 「で?どうしたんです?」


 虚華がため息を付いていると、イドルはベッドから出てきて虚華の涙を指で拭う。


 「キミの寝言が妙にリアルでさ。心配して様子見てたんだけど、何事もなく起きてよかったよ」

 「イドルさん……」


 イドルが男顔負けの美声とキメ顔で君のことが心配だったんだ、そう言うと大抵の人間は落ちるんだって昔「エラー」が言っているのを思い出し、今の言動が誤魔化しだと虚華は気づく。

 ふぅっと溜息を付いた虚華は、ニコリとイドルに微笑む。


 「でも乙女のベッドに侵入してる罪は罪ですよね?クリムー」

 「ん」

 「イドルさんがベッドで私を襲おうとしてたの」

 「ん。死ぬ?」

 「わああああ、やめてぇ!!!!!」


 (二人とも生きてる、良かった……。でもあの夢をただの夢だって思って良いのかな)


 宿屋の窓の外には、真ん丸お月様が神々しく照っている。

 その月が一瞬だけ赤く光ったような。そんな錯覚であって良いのだろうかと、虚華は思いながら雪奈のイドル三分クッキングを眺め、朝食の時間まで笑いの耐えない時間を過ごすのだった。


 

 

此処から第七章、白の区域の完結編が始まります。

ここ最近体調不良でただでさえ遅い筆が更に遅くなってしまって、超遅筆ですが、今後とも応援の程よろしくお願い致します!

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