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【Ⅵ】#Ex 自傷寂縛


 「エラー」が展開式槍斧(ハルバード)を戦闘形態に移行し、「カサンドラ」に突きつけても、「カサンドラ」はおっとりとした雰囲気を纏ったまま困った顔をしている。

 分かっていないのか?今、彼女は命を奪われようとしているのに。どうしてそこまで余裕の表情──自分が殺されると理解出来ていないのだろうか?

 目の前の存在が非人(あらずびと)──人ではない事は自供済み。ならば「エラー」の起こす行動はたった一つ。その命を奪い、天に帰すのみ。生きてて良い道理など無い存在は今すぐに排除するべき。

 そんな考えが脳を支配し、ただただ相手を殺すことしか考えられない「エラー」が「カサンドラ」の瞳にはどう映っているのかを知る由はない。

 「カサンドラ」は眉を下げて、どうしたものかという表情で、「エラー」の方を見る。

 頬に手を置いて困った顔をしている彼女は、どう考えても命を狙われている大罪人には見えない。

 傍から見れば、スーパーでどの野菜が新鮮かを品定めしながら迷っている──その程度の物だ。

 その態度に怒りを覚えたのか、無言の時間を「エラー」が壊す。


 「命が狙われているのが分かりませんか?この武器は鈍ら(なまくら)じゃないんですよ?貴方の弱そうな身体なんて真っ二つなんです。どうしてそんなに余裕なんですか!?」


 声を荒げ、展開式槍斧を握り締め、改めて「カサンドラ」に突きつけると「カサンドラ」も口を開く。


 「話し合いで解決できればって思ったんですけどぉ、思ったより「エラー」ちゃんの決意が硬くて困ったなぁ……てね。()()()()()()()()()()()()()()()()、ちょっとは大人しくなってくれるかな〜?」


 そんな事、私には出来ないけど〜と困り顔の「カサンドラ」が冗談めかして言った言葉に、「エラー」は底冷えするような感覚に再度襲われた。どうにも冗談に聞こえない。

 彼女はきっと出来る、いいや、()()。何の根拠もない上に、冷静に分析してみれば出来る筈のない芸当なのは分かっているのに、どうしてか、出来る気がしてならないのだ。

 

 ──人間は理解できない物、取り分け未知の存在には恐怖心を抱く物である。


 何故だか分からないが、「カサンドラ」は危険である。

 「エラー」の頭の中は半ば暴走状態であり、彼女を殺すことしか考えられない状況下にあるのに、その状態の彼女が未だにその刃を振るわないのは、きっと本能が危険だと訴えかけているのだろう。

 武器も持たず、装備もただの食事処の店員と言った見た目の町娘相手に、探索者としての完全武装で身を包み、町娘相手に得物を突きつけ、あと一歩で命を奪える状態にまで追い込んでいる側であるはずの「エラー」が尻込みをしているのだ。

 「エラー」が「カサンドラ」に槍斧を突きつけ、牽制したまま幾許の時間が流れた。

 その間も「エラー」の心はどんどん擦り切れて行き、疲れが生じているに見えている。

 時折立っているのが疲れたのか、「カサンドラ」は()()()のテーブルに用意されていたとうに冷め切っていた紅茶で口を潤しながら、「エラー」の表情を眺めていた。

 裏で一連の行動を見ていた監視者達は、暫く流れが変わらないことを悟り、主は一時退席していたが、その間に「カサンドラ」は懐から何か黒い物を取り出した。

 その行動を見逃さなかった「エラー」はより槍斧を「カサンドラ」に近づけ、語気を強める。

 

 「何身勝手な行動を取っているのですか?貴方の生殺与奪の件は私が握っている事、理解出来ませんか?」

 「まぁまぁ〜。どうしても私を殺したいみたいだし、私もお相手しなきゃな〜って思っただけだよ〜」


 相手に命が狙われているにも関わらず「カサンドラ」の口調は変わらない。そんな彼女が懐から取り出した物を見た「エラー」は目を見開く。それはこの世界にあるべきではない物だったからだ。


 「なんで貴方がそれを持ってるんです……?それはリーダー(虚華)の……」

 「これですかぁ?私の仲間に銃使い(ガンナー)っていう変わった役職の人が居てね〜。その人の武器をちょっと改変したものを貰ったんだ〜。これをね〜こうして……」


 「カサンドラ」が取り出したのは、黒い銃。この世界(フィーア)には存在せず、あの世界(ディストピア)で生きてきた「ホロウ」が持っていた得物だった。

 よくよく見てみれば、ホロウが持っていた物とは微妙にデザインは違うが、恐らくディストピアでの銃という物は大半がああいうデザインなのだろうとか「エラー」が思考を巡らせていると、「カサンドラ」は黒い銃を徐に自身のこめかみ辺りに突きつける。

 銃という武器がどういう物なのか知っている「エラー」は「カサンドラ」の行動の意味を理解出来た。彼女は銃で自分の頭を撃ち抜こうとしている。それも()()でだ。

 心底驚いた表情で「エラー」は彼女の銃を握っている手を切り落とそうと距離を詰める。

 自身の全力で距離を詰め、槍斧を躊躇いもなく振るったが、槍斧に人を斬った感覚は無く、虚空を斬った事を理解させる。

 

 「チッ!その武器はそうやって使うものじゃないんですよ?」

 「危ないじゃないですかぁ。幾ら何でもいきなりそんな危ないもの振るっちゃダメですよぉ。う〜ん。殺しは禁止だって、主から言われてるんですけど〜……」


 少し悩んだ素振りを見せた「カサンドラ」は目を輝かせ、黒い銃を見つめる。


 「流石にこの状況下で貴方を殺しても、正当防衛って事になりますよね〜?じゃあいっか〜」

 「貴方、何を……するつもり……!?」


 「エラー」の怒声を無視し、「カサンドラ」は笑顔で自身のこめかみを銃で撃ち抜いた。

 こめかみ付近に赤い薔薇のような紋様が一瞬浮かぶと、「カサンドラ」は首をガクンと落とし、そのまま立ち尽したまま、意識を飛ばしたように見えた。

 「エラー」自身も銃に詳しい訳ではない為、けたたましい発砲音とホロウの銃身いつも漂わせていた煙のような匂いがしたこと、「カサンドラ」から血が流れている事から、彼女が自殺したものだと判断し、「カサンドラ」の元へ走り出した。


 「なんてこと……、()()……()()()()()()()()()()()()()()()……!」


 自身で殺せなかったことを悔やみ、立ち尽くしている「カサンドラ」を睨み、唇を噛み締めている「エラー」は何故、もっと早くに自分の手で命の灯を掻き消してやれなかったのかと、後悔の念を抱き、拳を強く握り締める。

 「カサンドラ」の自決によって、決着は付いたように見えたその時だった。

 立ち尽くし、反応がなかった「カサンドラ」の周囲を赤い花弁が覆い尽くし、「カサンドラ」の身体を覆い隠した。更に赤い靄が立ち込めて来たせいで、「エラー」は一時的に「カサンドラ」が居た場所から距離を取る。

 幸い、彼女が案内してくれた応接間(ドローイングルーム)がそれなりに広かったため、赤い花弁と靄が覆う範囲から逃れられたが、もし狭い場所で飲み込まれていたらと思うと、「エラー」はぞっとした。

 「エラー」はこの応接間から出ようとした際に、ふと彼女の言葉を思い出した。

 

 「あの反応(靄と花弁)に、「カサンドラ」の挙動……。それに彼女は自身が「寂寞」とは言ってなかった。けれど非人ではある……もしかして……!」



_______________________



 「エラー」はすぐにでもこの応接間から脱しようとしたが、扉には何かしらの魔術が掛けられていて開く気配はない。

 どうやら、この部屋の主の許しがない限りは開くことが出来ないのだろう。

 「エラー」の嫌な予感も虚しく、赤い花弁と靄が消え去ると、そこには「カサンドラ」が黒い拘束着のようにも、修道服のようにも見える衣服を身に纏い、禍々しい雰囲気を漂わせていた。

 艶やかな足を魅せるためか、スリットが足の付根にまで伸びており、とてもではないが、聖女の格好には見えない姿の「カサンドラ」は憂鬱そうな顔を「エラー」に向ける。

 先程までのおっとりとした雰囲気は既に消え去っており、彼女を見ると何故だか、重厚な悪意や殺意等の悪しき感情を抱かせるような感覚に陥りそうになる。

 

 「開戦。戦う準備は出来ました。「エラー」貴方の望むように私を殺して見せなさい。それが貴方の望みというのならば、それを叶える義務が貴方にあるでしょう」

 「え……?でも……」

 

 「エラー」が「カサンドラ?」を攻撃することを躊躇うと、「カサンドラ?」は呆れたような顔をする。

 目を仮面のようなもので隠してはいるが、口だけでも存外思っていることは伝わるらしく、彼女が呆れの感情を抱いているであろうことは「エラー」でも容易に想像がついた。

 

 「嘆息。一応名乗っておきましょうか。私は「寂寞」、「七つの罪源」が一人。貴方が忌むべき存在であり、殺されるべき大罪人です。正義感の強い貴方ならば、私を殺して当然ではありませんか?」


 名乗りを上げた「寂寞」は自身の心臓がある部分を親指で突く。挑発している訳ではないのだろうが、此処を刺せば殺せるぞと言いたいのだろうか?と「エラー」は恐怖心に支配されつつも冷静に判断する。

 「エラー」は言い得ぬ恐怖心に抗いながら、「寂寞」を睨み付ける。


 「殺されて当然だと思うのならば、何故中央管理局から逃げ出したんです?」

 「辟易。あの場所に私を負傷、もしくは殺すことの出来る人間が居ないからです」


 彼女の脱獄した理由がとても幼稚で稚拙なものだったせいか、「エラー」の心に炎が灯る。

 たったそれだけの理由で、大罪人が脱獄し、シャバでのうのうと生活し、食事処でアルバイトをしている。その事実が「エラー」の正義感を刺激し、再度槍斧を握らせる。


 「そうですか。やっぱり私は貴方が理解出来そうにないです。そして、私が始末しなければならない。お覚悟を!」

 「期待。貴方に私が殺せるのならば、この命、喜んで差し出しましょう。ただ、私にもやることがありますので、多少なりは抗いましょう。我が災禍は人の身にはさぞ厳しいでしょうが……」

 

 「寂寞」は寂しげな表情で何処からか赫黎い(あかぐろい)大鎌を取り出した。扱い慣れているであろう大鎌を携え、凄まじい速度で「エラー」を自身の間合いに捉え、大鎌を頭上から無情に振り下ろす。


 (!?避けられない!?なんで!?なんで身体が動かないの!?)


 「エラー」は避けようとしたが、体が動かない。何故かは分からないが、あの大鎌に斬られることを身体が望んでいるかのような錯覚に襲われ、ただただ振り下ろされる大鎌を眺めることしか出来なかった。

 重厚感などは感じられない大鎌だが、魔力が大量に含まれている武器はとても危険な代物だと言われている。一度そういった武器で斬られると、そこから武器の魔力に侵食され、ダメージを負う。

 そんな危険な武器で頭から真っ二つにされんと斬られた「エラー」は、死を覚悟した。

 死を覚悟した際に硬く噤んだ瞼が未だに閉じている感覚が残っていることに気づき、「エラー」は恐る恐る目を開く。


 「あれ?死んでないし、傷もない……?」


 「エラー」は自身の身体を見回し、傷がないことを確認すると「寂寞」の方を見る。

 確かに彼女の手には赫黎い大鎌が握られている。刃の部分を床に付け、柄先に両手を置き、その上に顎を置いてこちらを興味深そうに見ている。

 どういう事なの?そう「エラー」が聞こうとする前に、露骨に残念そうな空気を出した「寂寞」は大鎌を手放し、鎌の姿を靄の中に隠した。


 「嘆息。所詮“紛い物”は紛い物でしか無い。あの子の代わりにはならない様子。我が災禍の影響も受けているようですし。ここらが潮時でしょう」


 「寂寞」は「カサンドラ」の姿の時に持っていた黒い銃を何処からか取り出す。身体のラインがくっきり分かるあの衣服の何処に、あんな物を隠せるのか理解出来なかった「エラー」は数多の矛盾点に気づき、半ばパニック状態になってしまう。

 「寂寞」は少しだけ悲しそうな表情で黒い銃を自身のこめかみへと突きつける。我を忘れ、目を見開いて頭を抱えている「エラー」の事を想い、哀れみながら引き金を引く。

 

 「安堵。安心して下さい、貴方を死なせはしません。痛みは全て引き受けましょう……」

 「あ、ああああああああああ!!!!」

  

 半ば錯乱状態の「エラー」は槍斧を掴み、無闇矢鱈に振り回しながら、「寂寞」へと突撃する。恐怖心で壊された精神ではまともな思考などは出来ずに居た。

 「エラー」が意識を失ったのは、「寂寞」が引き金を引いた瞬間だった。



__________________


 「寂寞」の身体からぽたぽたと血が滴り落ち、彼女の視線の先には気絶している少女が横たわっている。

 勝負は決した。「寂寞」の勝利だ。

 本来ならば、キチンと殺して弔うまでが「寂寞」の流儀なのだが、殺しを禁じられている以上、記憶を消去してシャバへと送り返さねばならない。


 「苦悶。痛みに慣れたこの身が悲鳴を上げている。あの大鎌のせいか、もしくは銃とやらの痛みなのか……」

 

 「寂寞」のこめかみ辺りに鈍い痛みが襲う。自身が引き金を引いたのだから当然ではあるが、相変わらず携帯できる大きさの割に効果的だなと感心しながら銃を眺める。

 血の匂いが充満している応接間の扉を誰かがノックし、返事を待たずに開かれる。

 入ってきたのは白黒混じり合った少女であり、屋敷の主である「歪曲」だった。

 自分の屋敷なのに、人が入っていれば一応ノックはする彼女の行いを意外に思いながら、「寂寞」は「歪曲」の言葉を待つ。

 部屋の中の惨状を見た「歪曲」は調度品が一部破損しているのを見て、顔を顰める。けれど、倒れている「エラー」をまじまじと見て、にんまりと邪悪な笑みを浮かべる。

 

 「んむ。殺しては居ないようじゃな。ならば調度品の破壊の罪は許そう」

 「感謝。それは助かりますね。にしても彼女は何故、「カサンドラ」を知っていたのでしょう?」


 再びこめかみに銃を突きつけ、引き金を引いた「寂寞」は「カサンドラ」の姿に戻る。

 ふんと鼻息で返事をした「歪曲」を細目で見ると、「カサンドラ」は困ったような表情を見せる。


 「惰性。まぁ良いです。面倒ではありますが、記憶を消去して彼女を送り返さねば」

 「宜しく頼む。この部屋の後始末ぐらいは妾がしよう。往くが良い」

 

 「寂寞」は「歪曲」に一礼し、部屋を立ち去る。

 おっとりとした顔つき、服装ではあるが、話し方は「寂寞」の時と同様だった。詰めが甘いなぁとパンドラは愚痴を零しても良かったが、零しても無益な事を零す理由もなかった。

 部屋を魔術で綺麗に修復すると、白黒混じり合ったソファに深々と座り込んだ。


 「さて、結論は得たが。どうしてくれようか。久々にヴァールと遊びに行くか?」


 応接間のテーブルの上に水晶を置くと、詠唱短縮でさらりと魔術を発動させる。

 映った物は、ホロウ──ヴァールが、運び屋イドルの天然(?)ボケに必至に突っ込んでいる場面だった。楽しそうにヴァールを弄って楽しんでいる女には見覚えがあった。先程まで此処で伸びていた女が懇意にしていた情報屋だ。

 そんないけ好かない女がお気に入り“で”遊んでいる。傲慢なパンドラはそんな事実が許せなかった。


 「しょうがない。妾もたまには外に出るとしようか。身バレなぞせぬ身が便利で助かる」



 

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