【Ⅵ】#Ex 笑顔の裏に冷えた紅茶が一杯
「七つの罪源」が根城にしている白と黒の入り混じった奇っ怪な屋敷──白黒屋敷は、とても広大ではあるが、その実主である「歪曲」以外はその全貌を知らない。
そんな迷宮じみた屋敷の主である「歪曲」と、その従者のような見た目とは裏腹に主を馬鹿にしきっている様な態度を取っている「禁忌」が、居間で昼下がりの頃、退屈そうに紅茶を啜っていると、誰かが屋敷に侵入した気配を感じた。
先程まで退屈を極めていた「歪曲」が侵入した人物の方角を見て、薄い笑みを浮かべる。
「帰ってきたのは「寂寞」じゃが、もう一人異物が混じっておるの。奴は……」
「ブランシュの“オリジナル”だろうな。介入するか?」
「歪曲」は「禁忌」の言葉に、露骨にがっかりしたような態度を見せる。どうやら“虚華”に興味がないらしく、どうでも良さそうに銀器の上に並べられているクッキーをボリボリと貪り食らう。
とても広いテーブルに一人座る「歪曲」は隣で立ったまま、自身の相手をしている「禁忌」の方を向く。
「あっちの方角は応接間じゃ。どうせ話がしたくて招いたんじゃろうが……」
「どういう繋がりであの二人が接触したんだろうな、とでも言いたげだな?」
「妾の思考を呼んだような発言はせんでいいわ!戯け。全く……これだから禍津は……」
クツクツ笑う「禁忌」とブツブツと独り言を呟いている「歪曲」は、久々に自身から侵入してきた人間の行動に興味を示しながら、「寂寞」の使用している応接間を盗み見する気満々だった。
「本当に趣味の悪い主だ。従者のプライベートなぞありゃあせんのだから」
「ふん、「寂寞」が応接間に“紛い者”を呼んだ理由なぞ、貴様にだって分かるだろう?」
最近パンドラがハマっているお菓子、フィナンシェを二人で頬張りながら、「歪曲」は「禁忌」に向かって邪悪な笑みを見せる。
そんな下卑た表情を見せるな、と「歪曲」の頭をポカリと叩くと、「禁忌」は小さな溜息を一つつく。
「痛ぁ!?殴らんでも良いじゃろうが!」
「気苦労の耐えない部下の感情爆発パンチだ。で、解答だが、感情が暴発した際に止めてくれる相手が欲しかった、だろ?」
「なんじゃそりゃ?……んむ。奴の脅威を止めることが出来ないのは己自身だけじゃからの」
「厄介な体してやがる。しかもお前じゃ止められんから、結局俺が行くことになるからな」
「歪曲」は小さな溜息をつくと、半目で「禁忌」を睨みつける。椅子に座っているのもあって、上目遣いになっていることにも気づかずに、綺麗な姿勢で立っている「禁忌」の澄まし顔を憎らしそうに見る。
暫しの間、無言で見つめ合う時間があったが、直ぐに「歪曲」が目を逸らす。
「いかんいかん、こんな男に妾の視線などくれてやる道理はない」
「勝手に睨まれて、この謂われよう。もし敵ならすぐに切り捨ててたな」
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「エラー」は「カサンドラ」によって連れられてきた「衣食住」の待合室らしき場所に座らされていた。不躾であることは重々承知していたが、あちこちを見渡していると「カサンドラ」がニコニコしながらテキパキとおもてなしの準備を進めている。
(どう考えても、あのボロい食事処の待合室じゃない……。やっぱりこいつは……)
彼女が「七つの罪源」であることはほぼほぼ間違いないだろう。此処に案内される直前まではそんな気配が一切しなかったのに、転移用の扉を前にした時の「カサンドラ」は恐怖の化身そのものだった。
今でも思い出すと寒気が止まらなくなるのに、当の本人は鼻歌交じりでお茶を用意している。そのギャップが却って「エラー」の精神を大きく揺さぶりつつある。
「話が出来る場所があるの。寒そうにしてる貴女の為に温かいスープも用意してあげる」
この言葉を言った時の彼女の顔は一生忘れられそうにない。きっと彼女を殺すことに成功したとしても、一生モノのトラウマになるのだろう。
その上、今の彼女は出逢った時と同様の優しい表情を顔に貼り付けている。その落差がどれだけ怖いかは当の本人にしか分からない。
全身の震えが止まらず、椅子に座っているのにプルプルと震えている「エラー」を見た「カサンドラ」は、紅茶を淹れたティーカップを二つ、テーブルの上に置き、慈母のような笑みで「エラー」に声を掛ける。
「えーっと、大丈夫ぅ?これ、温かいお紅茶だから、飲んだら身体が温まるよ?」
「あ、ありがとうございます……じゃなくて!私は貴女が本当に「寂寞」なのか知りたいんです!どうなんですか!?」
お前のせいで身が凍える程の寒気がしている、なんて事を「エラー」は言えず、ただ出された紅茶の薫りと温かみだけを頂戴し、「エラー」は精一杯の眼力で「カサンドラ」を睨みつける。
「エラー」の語気を強めた物言いに、「カサンドラ」は眉を下げる。けれど狼狽えるような事はせずに、真っ直ぐに「エラー」を見つめる。
「もし仮に、カサンドラがぁ〜「寂寞」?って人だったら「エラー」さんはどうするつもりなんですかぁ?」
「勿論、討伐するつもりです。非人を殲滅するのが私の最優先事項ですから」
それが私の使命だ、と言わんばかりに「エラー」は自身の決意の硬さを示す。「エラー」の言葉を聞いた「カサンドラ」はあらあらぁと言い、呑気に紅茶を口に含む。
紅茶を淹れ終え、席に座った「カサンドラ」から何の返答もないまま、少しの時間が経った。
何の情報も得られないまま、トラウマの発生源が目の前で紅茶を飲んでいるだけの時間が耐えられなかった「エラー」の堪忍袋が切れそうになったのか、「エラー」はドン!とテーブルを叩くと立ち上がり、座っている「カサンドラ」を睨みつける。
「それで、どうなんです?」
「確かにぃ、貴方の言う通り。カサンドラは非人だけどぉ、貴方に迷惑を掛けた覚えも無いのよねぇ。カサンドラはただ平穏にあの場所で暮らそうとしてたじゃない?それの何が問題なのかしらぁ?」
自身が非人であることを認めた「カサンドラ」の言葉を聞いた時、「エラー」は自身が掴んだ情報が間違っていないことを確信し、自分がこれから彼女を始末できることを喜んだ。
「カサンドラ」を観察した結果だが、どう考えても彼女は戦闘向きじゃない。魔力に秀でているわけでもなく、筋力なども並以下だ。それに引き換え、自分はこの半年もの間、探索者として鍛錬を積んでいる。そんな自分が負けるはずがない。
──生殺与奪の件は自身が握っている。「エラー」はそう思ってならないように見える。
その慢心が──この世界での大罪人相手に抱くことがどれだけの罪なのか。
それを知ったのは、「カサンドラ」によって体躯全てが地へ堕とされた後だった。