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【Ⅵ】#13-Fin 同類+同類+ツッコミ役→完璧



 虚華がショックを受けている時、雪奈は少しの間虚華を一人にさせる。

 これは雪奈が心掛けている数少ない気遣いの一つだ。過去に雪奈が頑張って励まそうとしたら、かえって落ち込ませてしまったことから、臨にアドバイスを受け、以降ずっと実行している。

 だから、雪奈は依音達の居る来賓室から出ると、一旦外に出る。


 (蒼い空。こんなに青いのは見たこと無い)


 空を見上げても顔色一つ変えない雪奈は、心の中で此処まで蒼い空は初めてだと感嘆していた。それもそうだ、ディストピアではいつも曇り空、ジアがある白の区域ではディストピア程ではないが、白煙で空が濁っていることが多かった。そんな中、蒼の区域である此処は空気は美味しいし、空も澄み渡っている。

 虚華はきっとそれどころじゃなかったから楽しめなかったんだろうけど、落ち着いたらまた二人で空を眺めても良いなと、雪奈はぼんやりと考えていた。


 「おや、こんな所にボク以外の来客なんて珍しいね……って、キミは……」


 聞き覚えのない声に雪奈が振り返ると、光の当て方で銀にも見える白髪セミロングの少女がこちらの方へと歩き出していた。

 片目が髪で隠れており、雪奈の記憶にない顔だったが、白髪の少女が着ている服には見覚えがあった。下に白を貴重とした軍服のような服装をし、その上からボロボロのマントのようなものを羽織っている。

 雪奈は白の軍服のような物を制服にしている組織に心当たりがあった。


 (中央管理局の人間……か)


 ディストピアでの格好とは若干違いはあれど、大枠は同じだから直ぐに思い出せた。

 雪奈が一歩後ずさり、警戒心を引き上げていると白髪の少女は肩を竦め、眉を下げる。


 「そんな警戒しなくてもいいじゃない、お互い初対面でしょ?「全魔」の名が泣くよ?」


 えーんえーんと目元を擦りながら、自分で擬音を出している眼の前の滑稽な光景を見ながら、雪奈は少女の正体を記憶内から探し出す。

 「全魔」は、白の区域内の探索者が雪奈を呼ぶ際の仇名だ。そんな物を蒼の区域の人間が知る筈もない。つまり彼女は情報に長けた人物、もしくは白の区域の探索者である可能性が高い。

 そう言えば一人だけ知っている。情報に長けた人物で、何故か探索者にも関わらず不思議な格好をしている奇々怪々な人間を。

 もしかしてそいつだろうか?実際に見たこともないし、知っているのもあくまで噂話程度の物だが、口に出して見る価値がある気がして、雪奈はボソッと呟く。

 

 「お前……「屍喰(コラプスイーター)」?」

 「おやおやおや、ボクのコト知ってるんだね。ただ、その名前は好きじゃないんだ。呼ぶならイドルって呼んでくれないかい?クリム・メラーちゃん?」


 別にボク、食人嗜好(カニバリズム)屍食嗜好(コラプニズム)も無いし、とイドルは言葉を付け足す。

 さっきまでは手で目を覆い、悲しんでいる風を装っていたのに、今では満面の笑みを浮かべている。

 ヘラヘラとしている眼の前の白髪の少女──イドルにはどうにも掴み所がない。それに自分の事を知っているのなら、虚華のことも知っている可能性が高い。敵か味方かは兎も角として、警戒して話を進めなければならないと、雪奈の本能がそう訴えかけてきている。


 「イドルは、此処に何の用?」

 「ん〜?仕事仕事〜。本業は「運び屋」だしね。そういうクリムちゃんこそ、確かジアの探索者だよね?此処まで結構遠い筈なのにどうしてこんなとこに居るのさ?」

 「ジアが焼き討ちにあって、その避難で此処に」

 「焼き討ち……あー。そう言えば【蝗害】が派手にやらかしたらしいねぇ。わざわざブラゥまで逃げてくるなんて、よっぽど【蝗害】がしつこかったと見える」


 雪奈の言葉を聞いたイドルは顎に手を置き、雪奈をじぃっと見つめる。大して何も話していない自分の事を見つめて何が分かるのだろうかと思った雪奈は暫くの間、イドルの視線を一身に受けていた。

 イドルが見つめ、雪奈がその間に考え事をしている、そんな誰も説明できない奇妙な間に耐えきれなくなったのはイドルだった。

 あーもー!と声を荒げたイドルを見て、雪奈は不思議そうに首を傾げるだけ。相手の反応を見て自分の動きを変えるタイプのイドルはやりにくいなぁと感じながら、ボロボロのマントを正す。


 「誰もツッコまないから会話が進まない!キミは対話が嫌いなのかい?まぁ、良いや。此処の主の葵琴理は居た?クリムちゃん、中には入ってない?」

 「居るけど、多分気絶してる」

 「えぇ……なんで……、荷物届けに来たのにまず看病から……?」


 雪奈の言葉にイドルは大きなため息をつく。頭を抱えながらフラフラと雪奈の周囲を歩き回る。雪奈がイドルの顔を見ると、感情を持っていない雪奈でも落ち込んでいるんだって分かる程にオーバーリアクションで落ち込んでいる。


 「大丈夫?頭」

 「言い方の悪意が凄いなぁ、大丈夫じゃないよ。あぁ……こんな時に“虚華”ちゃんの匂いを吸えたらなぁ……」


 普通ならドン引き必至のイドルの発言を聞いた雪奈は、無表情でイドルに質問する。

 雪奈は肩を落としながらそう愚痴ったイドルに急接近して、顔を覗き込む。

 イドルは、無表情で先程までは何にも興味を示していなかった少女が、ゼロ距離まで距離を詰めて来た上に凄まじい眼力でこちらを凝視していることに気づき、少し気圧される。


 「な、なに。どうしたのクリムちゃん……」

 「“虚華”ちゃんって、槍斧使いの子?」

 「そ、そうだけど……キミと同じトライブの「エラー」だよ……?なんでそんな鬼気迫った顔でこっち見てるの、ちょっと何どうしたの怖いから止めて、ねぇ誰か助けて!」


 雪奈はイドルが匂いを吸いたい対象が自分の愛する人 (ディストピアの虚華)ではないことを知ると、イドルから離れる。凄まじかった眼力もいつの間にか消え去り、いつも通りの気怠そうな目に戻っていた。

 胸を抑え、呼吸を整えているイドルを背に雪奈は腕を組み、自慢気に首を縦に振る。

 

 「好きな人の、匂いを嗅ぎたいの、分かる」

 「え?あ、あぁ、そう……なの?それは良かったけど……いや怖かったわ……じゃ、じゃあさ。もしボクがホロウちゃんの匂いを嗅ぎたいって言ったらどうするの?」


 イドルがそう聞いた途端、雪奈の目のハイライトがすぅっと抜け落ちた。明るい色の瞳は昏い闇に呑まれ、周囲からは魔物を惹き付けそうなオーラまで醸し出している。

 イドルがすすっと後退りで逃げようとすると、雪奈がイドルの肩を掴む。それなりに鍛えている筈のイドルが、純魔術師である雪奈の掴む手を外すことが出来ない。

 雪奈がずいっと顔をイドルに近づける。先程と同じ筈なのに、雰囲気や殺気といったいろいろな負の感情が巻き上がっているせいで本能から逃げなければいけないとイドルに思わせる。

 

 (一体何人殺せば此処まで濃密な殺意を抱けるのかなぁ。少なくともボクよりは殺してると思うけど……いやぁ、ヤバい。ホロウちゃんが本当に死んだらどうなるんだか、この子)


 「痛い、痛いよ。クリムちゃん、てか物凄い力。魔術師なのが勿体ないぐらい」

 「犯人ぶっ殺して、あたしも死ぬ。アンタは?「エラー」盗られたら、どうする気?」


 (面白い子だなぁ。どうして“虚華”ちゃんのトライブの子はみんな面白いんだろう。もしかしたら、此処でなら楽しく探索者になれたりするのかも知れないね)


 小さい声でイドルが笑うと、雪奈はハイライトが消えたままの瞳でじっとイドルを見つめる。

 ごめんごめんとイドルが謝り、雪奈の手を振り払って制服の襟を整えて、言葉を続ける。


 「勿論、ボクも犯人見つけ出してぶっ殺すに決まってるじゃん。その後はそうだなぁ、最近噂話で聞いた蘇生術でも試すために、旅に出るかも」 

 「蘇生術?」

 「クリムちゃん、知らない?並行世界の同一人物を殺して、自分達の世界で蘇生させると、死体にその世界の人格が乗り移るって話。ま、並行世界なんて実在するか分からない物を真面目に探す奴なんて居ないけどね」


 イドルの言っている事は、依音達がやろうとしていた事だ。自分を殺して、フィーアでの雪奈を蘇生させたかった、とあの二人は言っていた。

 最終的に雪奈が殺されることはなく、返り討ちということで半殺しで済ませたが、今後も自身の命が狙われる可能性があることに雪奈は気づく。

 噂の出処を叩けば、命を狙われることはないだろうか?この世界に居ては自身が命を狙われるが、虚華が狙われるぐらいならば、自分が標的の方が幾分かマシだ。

 そう考えた雪奈は、雪奈に掴まれた部分を痛そうに擦っているイドルに声を掛ける。

 

 「その話って、誰が広めてるの?」

 「なになに、クリムちゃんも興味あるの?白の区域にあるレギオンの一つ、「終わらない英雄譚」のリーダー。「背反(オートリバース)」だよ。レギオンって分かる?複数トライブを束ねる大規模集団のことね」


 イドルが不機嫌そうに「終わらない英雄譚」の事を話すも、雪奈はイドルの表情を既に見ていなかった。雪奈は記憶の中に埋もれている「終わらない英雄譚」という単語を探していると、何件かヒットした。

 盗賊関係の職種を齧っている臨に、勧誘か何かで何度か接触してきていた人物の所属先がそういった名前のトライブやレギオンだったと思い出す。

 雪奈は臨のこと等特に興味もなかったので、記憶の片隅に留めておく程度だった。

 虚華と食事をする際に、臨が何度か接触されて鬱陶しいと言っていた事は読書をしていながらも、話半分で聞き流していた。

 虚華自体も、相手は大御所だからやんわり断っておいてねと臨を慰めていたのは記憶に色濃く残っている。正直羨ましかったし。

 ただどうして、盗賊関係のレギオンの主がそんな噂を流したのだろうか?答えの出ない自問自答に掛ける時間など無いと考えている雪奈は、虚華を休憩室で休ませたままにしていたことを思い出す。

 イドルと会話していると、琴理のアトリエから誰かが出てくる足音が聞こえてきたので、振り向くとそこには虚華が若干疲れた顔で扉を開けていた。虚華は雪奈とイドルを視認すると、目を見開いて驚いたような顔をし、イドルの方で小走りで向かっていった。

 

 「外で誰かが話してる声が聞こえてきたから、出てきてみればイドルさんじゃないですか。お久し振りです!」

 「あら、ホロウちゃんじゃん、おひさ〜。ホロウちゃんも居るってことは「エラー」も居るの?」


 此処に居る可能性が高いと考えたのかるんるんと喜びを表現しているイドルに、虚華は申し訳無さそうに眉を下げて謝罪する。

 

 「いえ、私とクリムの二人です。イドルさんは「エラー」が今何処に居るかご存じないですか?」

 「ホロウちゃんも知らないとなると、ボクも知らないなぁ。……もしかして」


 若干顔を引き攣らせているイドルに、虚華は益々恐縮しながら言葉を続ける。

 虚華が悪いことをしたわけじゃないのに、イドルによって詰められていることに怒りを覚えながらも雪奈は黙って二人のやり取りを見ている。

 

 「……はい。【蝗害】によるジアの襲撃から音信不通です。ジアの住民は近隣の都市レルラリアに大半が避難しているようなので、クリムの治療が終わり次第、ジア、レルラリアの二都市を回るつもりです」

 「ボクも行く。この荷物運んだらもう仕事終わりだし。速攻終わらせるから待ってて。クリムちゃん、葵琴理は何処に居るんだっけ?」


 虚華の報告を聞いて、不機嫌になっているイドルは雪奈の方を向く。雪奈はいつも通りの無愛想な態度で答える。


 「無駄に派手な来賓室で伸びてる。多分」

 「OK、秒で決める」

 「え、何?何を決めるんですか?なんで砲丸投げみたいなポーズを……、何投げたんですか!?依音の悲鳴凄いんですけど!?」

 「いやぁ。ツッコミ役居るとやりやすいわぁ。これからよろしくね!ホロウちゃん」


 かくして、一時的ではあるが探索者トライブ「喪失」に「運び屋」イドル・B・フィルレイスが仲間に加わった。

 これから「エラー」が発見されるまでの間、イドルがボケ倒した際には、一人で捌き切らねばならないことが確定した虚華は、この世界で増えた体重が一気に減っていくことを虚華は知る由もなかった。


 

此処で第六章 蒼への移動編は終わりとなります。暫く更新は不定期のままですが、応援の程よろしくおねがいします!!!

※屍喰嗜好にそんなルビは存在しないので、ご安心下さい。

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