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【Ⅰ】#6 邪魔者は誰であっても殺してみせる



 新アジトへ到着してから暫くの間、臨は虚華の顔を見ることが出来なかった。

 自分のしたことが間違ったとは思っていない。実際に処分するだけの理由があり、妥協案も出した。

 それを相手が呑まず、交渉決裂した結果があの惨状だった。

 けれど、自分のした行いを虚華は咎めず、雪奈が咎めた。

 

 ──あんたのしたことは間違ってない、けど呼び戻すのは間違ってる。


 実際、どうして呼び戻すべきだと思ったのだろう。これも感情がないせいで分からないのであれば、あのストーカーの言う通りで、自分の方が劣っている証拠なのではないだろうか?

 そんな事を新アジトの中に入ってからずっと考えていた。

 臨が、ふと、虚華を見ると、やはり彼女は窓から外の景色をぼんやりと眺めている。

 その近くに雪奈も座っているが、臨の座る場所はない。椅子は用意されていたはずなのに、自分用のものは少し離れた位置に置かれている。

 恐らくは雪奈が、お前は虚の近くに来るなと言いたいのだろう。言われずとも今は行く気にはならない。


 (やはり、感情がないままでは駄目なのか?感情とは一体何なんだ?)


 虚華があそこまで悲しんでいるのは臨が、透を事故で死んだように装った処分をしたからだ。

 それでも、彼女はこれまでに何度も仲間等を失ってきた。それが今回は自分達を付け回して、その金で無理矢理感情を維持するクスリを買っていたドブネズミだ。

  

 (そんな奴が死んで、どうして悲しむ?感謝されてもおかしくないんじゃないのか?)


 臨が答えの出ない問題について考えている間に、雪奈が虚華の隣の椅子から立ち上がる。


 「ちょっと、このアジト、見て回ろっか」

 「急にどうしたの?雪。臨の探知魔術と、地形把握術でこの建物の構造は把握しているんじゃないの?」


 (そりゃあそうだ。ボクが念入りに調べているからな。現地調査はまだだけど)


 虚華は首を傾げながら、既に臨が調べたのにどうしてもう一度調べ直すの?と、至極最もな質問をされた雪奈は、いつも通りの無表情にちょっぴりの殺意を滲ませた顔で、臨の方をじぃっと見る。

 

 (なんだかよく分からないが、言う事聞いておいたほうが良さそうだな。後で燃やされそうだ)


 雪奈と視線のあった臨は、半目で何かを訴えかけている雪奈を見て首を傾げる。

 理由は分からないが、どうやらこのアジトを見て回りたいようだと思った臨は、しょうがないなと、息を吐く。


 「ボ、ボクの探知も完全じゃない。それに誰か不審者が居る可能性もあるから、念の為に見て回るのは良い案だ。それに、こういう雨の時は、体を動かさないと、気分も沈む」

 

 臨の半ば苦しい言い訳を聞いた虚華が、一瞬だけ眉を顰めたのを臨は見逃さなかった。

 その表情はほんの一瞬で、瞬きを一つした頃には、「臨が自分の魔術が完全じゃないかもだなんて、珍しいことを言うもんだなぁ」と不思議そうな表情で雪奈と話していた。

 雪奈が、臨の魔術の不完全さの部分の相槌で、過剰に首を縦に振っているのを見て、臨は少しだけ雪奈のことを睨みながら涙目になっていたことに、虚華は気づかずに階段を登ろうとするが、雪奈が呼び止める。


 「待って、三階建を、三人で回るのは、非効率。あたしは二階、臨は三階、虚は一回を見てきて欲しい」

 「あくまで確認だから、さっと見て回れば良いよ。じゃあボクらは上に上がってるから」


 それだけを言い残して臨と雪奈は、虚華を一階に残して階段を登った。 



___________



 二階へと上がった二人は、雪奈が物音を極力消す魔術──消音魔術を詠唱し、発動させる。

 その後、雪奈は臨には何も言わずに、階段の近くにある部屋から、一部屋ずつ中を確認して回っている。

 雪奈の行動を少しの間、黙って見ていたが、一連の行為に意味を見出だせない臨は、自身の思いを雪奈にぶつける。

 

 「雪。この分散、この見回りに一体何の意味がある?」

 

 臨の問いを背後から聞いた雪奈は、くるりと臨の方を向いた。

 雪奈が少しだけ優雅にターンしたせいか、足元からは埃が舞って臨は鬱陶しさを感じている。


 「時間を上げた。物事を整理する時間、虚にも、あんたにも」


 雪奈は、言葉にこそ出さなかったが、雪奈の目は「君が虚の友人を殺したから、落ち込んでいるんだぞ」と言っている気がしてならなかった。

 当然だが、この三階建のアジトは、既に臨が数種類の探知魔術で調べ上げている。

 簡易的な地図を紙に起こした物を、照らし合わせながら雪奈と進んでいるが、特に目新しい物も無く、適当に雪奈の探索に付いて回る。

 雪奈は雪奈で退屈そうにあくびをしながら、周囲を見て回りながら歩いているだけだ。もう直、見る場所も無くなって、見回りの時間も終わるだろう。


 (物事を整理する時間が、ボクに必要?そんな物、要らないのに)


 案の定、直ぐに二階部分を見終えた雪奈は、埃を被った椅子をぱっと払い、そこに座る。


 「三階、見ないの?」

 「見ても良いけど、虚を一人にするのは良くないんじゃないのか?アジト内とは言え」

 「虚を一人にしたことなんて、何度でもある。別に保護対象じゃない」


 それに……と、雪奈は言葉を付け加え、相変わらずの無表情で椅子をくるっと180度回し、ぼそりと小さな声で言葉を続けた。


 「君の探知魔術は、そんなに信用ならない?」


 それだけ言って、臨は三階担当だから早く上に行けと、言わんばかりに雪奈は階段の方に顎をしゃくった。

 臨も何か言葉を返そうかと悩んだが、雪奈は取り合うつもりもないのだろう、既に何処から持ち出してきたのか、読書をしていた。

 一つだけ小さなため息を付いた臨は、雪奈の方を一瞥だけした後、階段の方へ向かった。

 

_____________


 そこまで広くもない上に、物がそこまで残っていない廃墟のような一軒家なんて、探知魔術で調べれば、わざわざ現地でまで見て回る必要がないと思っている臨は、渋々雪奈の指示通り三階に登る。

 一階と二階は、生活の跡はあまり無く、最低限の家具しか置かれていなかった。

 三階部分はどうやら子供部屋が主な構造だったようだ。そういった情報は探知魔術では分からない部分ではある。

 埃を被り、かなり古ぼけてしまってはいるが、子供部屋らしき内部には、昔人気だったアニメの玩具や、ゲーム機、カードゲーム等といった今のディストピアには存在が許されていない遺物が多数残っていた。

 勉強机の上には、他の階には無かった家族の集合写真も残されていた。

 臨が写真の部分を指でさっと拭うと、小さな男女と父親と母親らしい顔も見えてきた。


 (家族……か)


 臨の家族は、虚華が指名手配されてから直ぐに中央管理局に処分されてしまっている。

 自分だけはその時、感情が残っていたから逃げることが出来たが、喪失していた両親は問答することも出来ずに射殺されていた。

 その光景を少し離れた場所で見ていた臨達は、一生中央管理局を許すことはないと誓ったものだ。

 でも臨は逃げたことを後悔はしていない。家族よりも大切な虚華を自身の選択で優先した結果、自分が今此処に立っている。

 もし、あの時両親と共に死んでいるよりかは、今こうして死物狂いで生きている方が良い。


 (それが中央管理局への小さな復讐……なのかもしれない)


 臨は懐かしい感傷に浸りながら、埃と汚れが蓄積された子供部屋をくまなく探す。本来なら見ないであろうクローゼットや、机の引き出しなども、全部見て回った。

 その結果、この家族がどういう道を辿り、どうしてこの家が無人の城になったかの見当が付いた。


 (けど、恐らくこの感じは……)


 一階、二階部分は綺麗に生活の痕跡が消されており、三階部分だけはこうして遺物が多数残っている。

 きっと子供を匿って、大人達二人は感情を失う前に中央管理局へと自主的に出頭したのだろう。

 自分達が犠牲になり、子供なんて居なかったことにすれば、子供達まで被害が及ばない筈だと。

 そんな親心から自らの家財だけ持ち出した両親は失踪し、戻ってきた子供は、暫く此処で過ごすが、両親は帰ってこず、二人の兄弟は親を探しに行くも、帰らぬ人になった。そんな感じだろう。

 臨は、今もざぁざぁと激しい雨量が降り注いでいる外を見る。彼の瞳は少しだけ寂しそうだった。


 「……この地獄ではよくある話だ」


 虚華を巡る争いで、かなりの数の血を見てきた臨は、人が一人死んだ程度で一々心を動かすことを無駄だと思っている。

 そう思わないとやってられない程には、大切な仲間の命を失い過ぎた。

 ふと、自分が処分した夜桜透との一連の出来事を反芻するように思い出す。

 本当にアイツを殺す必要があったのか。


 (あったと信じたいけどな。分からなくなってきたかも知れん)


 虚華があんなに悲しむのなら、きっと殺さないでおいたほうが正解だったと雪奈は言いたいのだろう。

 ただそれでも、彼の目的や、本性、裏社会との繋がり、その他諸々を重ねた上で、アイツは間違いなく近い内に自分達の障害になることは目に見えていた。


 (夜桜の存在は、ボクらの道を阻むものでしか無い。けど、此処まで追い込まれたボクらに未来なんてあるのか?)


 七人居たはずの仲間も気づけば既に三人だ。それに未だに幹部クラスの人間がしつこく追い回している。

 余程虚華にお熱なのだろうが、こちらとしては不愉快極まりない存在だ。

 虚華が捕まってしまっては、既に命を散らしてしまった仲間達に申し訳が立たない。そう思っている臨は、なんとしても虚華を安全な場所で平穏に暮らさせてやりたいと思っている。


 (そんな場所があればな……。この地獄にはそんな安寧の場所なんて無い)


 夜桜が消えた今、少しは安全に暮らせると信じたい臨は、子供部屋で座れそうな勉強椅子に腰かける。

 今考えても意味のない事を考えてしまったと、ため息を付いた臨は、この建物に探知魔術を展開する。

 埃塗れの三階を見終えた臨は、探知魔術の結果に目を見開き、顔を真っ青にする。

 その結果を急いで伝えようと、二階で読書をしていた雪奈の元へと、地面を蹴って駆け出した。


 (虚の反応がない……!この周辺にも、アジト内にも……!アイツ……何処行ったんだ!)


 


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