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【Ⅵ】#9 『虚飾』は真実を見紛う



 蒼の区域の僻地に位置している琴理のアトリエ──その外にちょこんと建てられている人間用犬小屋で一人、お茶を啜りながら雲一つ無い青空を眺め、黄昏れている人物が居た。


 「空は蒼いなぁ。ココ最近は専ら黒い空ばっかりだから、心が洗われる……ケヒヒ」

 

 葵薺──中央管理局が管理していたはずの大罪人の集団、『七つの罪源』の一人。アラディアが名乗っているその名は、蒼の区域で有名な鍛冶師の一族、葵家の長女と奇しくも同じ名だった。

 薺は、クリム、ホロウ、出灰、葵琴理の四人とアトリエまで共に行動していたが、琴理との姉妹喧嘩に敗北し、今の環境に身を甘んじていた。

 幸い、犬小屋と呼称されている割には、滞在する上で必要最低限のものは一通り用意されており、贅沢をしないのであれば、それなりに快適な場所であった。それ故に、薺は今の状況に置かれている割には、特に気に病むこともなく、呑気に茶をしばいていた。

 けれど、ふと思い出した。自身を地獄から連れ出した人物が、自身に言っていた言葉を。

 

 「ヴァールを守れ。奴に何かあれば、その時は覚悟しておけ」


 白と黒、どちらも似合わないのに、二つを混ぜれば彼女だと言わしめる。そんな不思議な少女が鋭い眼光でそう言っていたのを、薺は思い出した。

 薺にとって、彼女の言葉は絶対だ。それは、ただ彼女が怖いからではない。薺には、パンドラに従わねばならない理由があった。そうでなければ、蒼黒い扉を人間風情(クリム)の為なんかに使う事もなかった。

 薺は頭の中でヴァールを守れという単語を反芻する中で、数刻前にアトリエから模擬戦闘場に向かっていく四人の姿を目撃していたことを思い出す。

 

 (あの時のあの子(ヴァール)、かなり嫌がってたのを赤い髪の女、確かクリムって言ってたっけ。その子に半ば無理矢理連れて行かれてたけど……もしかして不味い状況?)


 薺がヴァール──虚華と一緒に居た時間は多くない。その短い時間で薺は、虚華の戦闘スタイルが一風変わった投擲系の武具を用いている。という程度しか知識を得ていない。

 何故か()()()()()()()()()()()()()()次々と死体の山を築き上げていたことは、不思議に思っていたが、それでも、身体能力などを加味しても、他三人と戦った場合に勝てる可能性はほぼ皆無だ。

 その事実を知った薺は、自身のしていたことの罪深さを知り、後悔する。

 半ばぬるくなっていた緑茶を一気に飲み干し、虚華達が向かったであろう模擬戦闘場へと駆け抜ける。

 出灰依音の事はあまり詳しく知らないが、琴理は知的好奇心が凄まじく、見たことのない武具を見た際には奪ってでも観察しようとすることがある。

 そんな琴理が虚華の『銃』という武器に興味を持って、攻撃を仕掛け、大怪我なんてさせたら……きっとパンドラに色んな物を剥奪されるだろう。 

 そうなってしまえば、やっと取り戻した束の間の平穏は、また牢獄の中へと閉じ込められる。

 それだけは避けなければならない。必死に走り抜ける薺にとって、普段ならば、呑気に踏みしめる柔らかい土の道も、今回ばかりは邪魔でしか無かった。




____________


 口の中に鉄の嫌な匂いが広がりながらも、走り続ける薺は、ようやく目的の場所まで辿り着いた。けれど、その場所では剣戟の音も、魔術の詠唱音も、他者を貶す罵詈雑言の一言も聞こえてこなかった。

 もしかして、やりあったのは此処じゃない?と薺は自身の記憶を疑いながらも、こっそりと中を覗く。


 (おやおや……ケヒヒ、伊達にパンドラの秘書じゃないって訳?)

 

 薺の目に写ったのは予想外の光景だった。

 虚華は傷つきながらも、立ったまま、倒れている依音と琴理を見下ろしている。クリムと呼ばれていた赤髪の少女も、重度の火傷から完全回復していなかったはずなのに、恐らくは虚華陣営で参戦したのだろう。所々、倒れている琴理達からは、虚華からは感じられなかった魔力の残滓が付着していた。

 薺が呆気にとられていると、クリムは、半ば放心状態になっていたのか、身動き一つ取らない虚華の肩を抱いて、涼しそうな木陰に移動する。勝負に勝利したのであろう二人は、先程薺がしていたのと同様に、ただただ青い空を眺めていた。


 (こりゃあ、予想外。てっきりこの二対二は、蒼組が勝つと思ってた。だって、どう考えても、ホロウちゃん達のが圧倒的に不利だしね)


 基本的に、模擬戦をやる際には前衛と後衛が同数の方が強いというのが定石だ。

 薺は、依音と琴理が得物を見せている場面を目撃した際に、依音が後衛寄りの万能タイプ、琴理が魔術でサポート出来る前衛だと見抜いていた。

 言ってしまえば、二人共が後衛でも前衛でもある程度は戦える様に鍛錬を重ねていたのだろう。探索者にでもなる気だったのかまでは薺には知り得ないが。

 その一方で、虚華は完全に後衛。クリムに至っては火傷から回復したとは言え、手負いの状態。得物を持っていない様子から純魔術師、要するに完全な後衛とチームとして非常に相性も構成も悪いと言わざるを得ない。

 虚華が銃とプラスアルファで何かを持っていた所で、いくら模擬戦とは言え、琴理の殺傷性の高い棍棒(メイス)の猛攻を一身に受ければ、ひとたまりもないだろう。それに、琴理達の武具は葵家の鍛冶師が作った特別製。武器からしても実力差は明白。つまり、虚華達は、後手にしか回れない上に、琴理側の攻撃を凌ぐ手段も薄い脆いチームであると薺は判断していた。

 薺にはその結果が見えていたから、それをなんとか防ごうと必死に虚華達を探していたのに、結果がこれだ。依音と琴理は、虚華たちと模擬戦をした結果敗北し、地面に身体を預けている。

 

 (キヒヒ……流石ヴァールってわ……ん?あれ、どういう事……?)


 薺は、倒れている二人を見て、一つの疑念を抱いた。


 「彼女達は、どうやって倒されたんだろう……とか思ってるんじゃないですか?」

 「げ、気づいてたの?ホロウちゃん」


 草の茂みに隠れて覗き見をしていた筈の薺を、虚華はこちらを見て苦笑いをしている。

 バレてしまってはしょうがないと開き直り、薺は茂みから出て、両手でパンと音を立てる。

 少し離れた木陰で休んでいた虚華は、隣のクリムを木に持たれ掛けさせ、薺の元へと駆け寄る。

 

 「“独り言、此処まで聞こえてましたからね……”」


 虚華が居た木陰から、薺の居る茂みまではそれなりに距離がある。

 どれだけ耳が良くても、ちょっと声に出してた程度の物音を聞き取れるものなのだろうか?

 そう思った薺は、頭を掻き、おどけながら虚華にさり気なく質問した。

 

 「えっ、嘘?そんな私声おっきかった?」

 「まぁ、嘘ですけど」


 あまりにも呆気なく虚華がそういう物だから、つい盛大にコケてしまった。

 それもそうだ。口に出した覚えすら無い物を、聞いていたのだったら、それはもう人間じゃない。


 (……人間じゃない?って、私、とっくに人間じゃないけど)


 「もー!ホロウちゃんってば!にしても、これ、キミがやったんだよね?」

 

 ブラックジョークで自分の心を騙した薺は、少しだけ不機嫌そうに顔を背ける。そうすれば、多少は虚華の罪悪感を掻き立てて、何かしらの情報を引き出せるだろうという最大限の打算の元、薺は動く。

 薺の反応を見た虚華は、へにゃりとなんとも言えない笑顔を浮かべる。

 

 「そりゃそうですよ。ツーマンセル(虚華と雪奈)で依音達と模擬戦したんですから。何でそんな質問を?」

 「だって、キミのメインウェポンはあの三本の奇特な投擲武具()よね?そしてクリムちゃんは純魔術師だから武器らしき武器は持ってないよね?魔力増幅用の杖とかも無さそうだし、違う?」

 「いいえ、違いませんけど……何でそんな怖い顔をしているんですか……」

 

 あっけらかんとしている虚華とは対称に、薺は目の前の状況が信じられないのか、脳内で思考を巡らせながら質問攻めをしている。

 虚華は虚華で、何をそんなに不思議に思っているのだろうと首を傾げながら、質問に答えていく。


「あの子達の体の傷、殆ど無いように見えるけど、よく見たらあちこちに打撃痕みたいなのがある。あれはどんな攻撃をしてできた物なの?ホロウちゃんの銃って、弓とは違って超高速で射出する事で一定の火力を得る投擲武具よね?もしそうなら、あの子達の身体なんて貫通してる筈だけど……」

「あぁ、銃に込めている物が違うんです。貫通性のあるものではなく、あくまで訓練の……これですね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 虚華はゴム弾を薺に見せてから、愛用している黒い銃に込める。照準を近くにある木に合わせ、トリガーを引くと、ずだぁんと高い音を立てて虚華の銃から弾丸が射出された。木には銃痕が出来ていたが、貫通はせずに弾丸が樹の下に落ちている。これが依音達の身体に残っていた打撃痕の原因だと虚華から説明を受けた。

 それでも納得の行かない薺は、虚華に詰め寄る。


 「でも、あの子達の武具はかなりの高性能。連携は同程度だったとしても、相性とかの関係から負けるのは君達だと思ってた……どうやって勝ったの?」


 未だに気絶しているのか、地面に寝転がっている喧嘩別れした妹に悲痛そうな視線を送りながら薺がそう聞くと、虚華は不器用な笑顔を顔から剥がし、眉を下げて困った表情を見せる。


 「「勝負は時の運」って言葉があるじゃないですか。そういう事ですよ。そろそろ依音達起こしてアトリエに戻りましょう?もう日も落ちそうですし」


 そう言った虚華は踵を返し、木陰に居るクリムに一声かけると、倒れている依音達を起こしてアトリエへ戻ろうとしていた。

 その姿を見た薺は、何も言えずにただ立ち尽くしていた。倒れていた妹を起こしていた虚華の表情には、殺意などは一切なく、旧友に向ける生暖かい笑顔だけが貼り付けられていた。



_________________


 

 虚華達に掛ける言葉が見つからず、ただ一人で虚華の言葉を反芻させていた薺の近くに、今では見慣れた黒い扉が急に出現する。

 相変わらずの黒い靄に、黒い花弁が周囲に撒き散らされながら出現するその様を見ると、急襲する場合とかには使えないなぁと薺は苦笑いしながら、主の到来を待つ。

 黒い扉から出てきたパンドラは、満足そうな笑みを浮かべながら模擬戦闘場に降り立った。

 

 「久し……くはないか。それにしても、先程のヴァールの模擬戦。とても良い物であった。と、アラディア。どうしたのじゃ?そんな料理中に塩と砂糖を間違えたうつけ者のような顔をしおって」

 「ケヒ……、私は見れてないけど、そんなに良いものだったの……?」


 悲痛そうな顔をしているアラディアを見たパンドラはうむ、と頷く。

 笑顔を浮かべている辺り、パンドラの嗜好を凝らした試合だったのだろうと推測したアラディアは、パンドラに問いかけた。


 「ねぇ、パンドラ。さっきヴァールは「勝負は時の運」そんな試合だったって言ってたけど、あの子は運勝ちをしたってこと?」

 「呵呵。そんな事を言ったのか、あの童。益々妾好みに育っているではないか。アラディアよ。言葉のまま受け取るとそう聞こえるが、奴の言いたいことはこうじゃ」


 まるでそういう意味じゃないと嘲笑されたような気がしたアラディアは不機嫌になるが、パンドラの言葉の意味を知るために、どういう事?と聞き返す。


 「「運なんて物は、様々な要素が重なり合った結果に過ぎない。結果、私達が勝っただけ。運は努力の末に確実な物になる」それをまぁ、ヴァールは「勝負は時の運」と表現したんじゃろうな。まっこと、面白き者よ」


 暫くは可笑しくて堪らないとクスクスと笑うパンドラだったが、あまりにも苦虫を噛み潰した様な顔をするアラディアを見かねたのか、懐に入れていた記録水晶を取り出す。


 「まぁ、際に見るが良い。この試合が奴の言う運ゲーじゃ」



 

 



  

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