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【Ⅵ】#8 犬小屋in七つの罪源


 虚華は、フィーアに存在する依音と琴理に案内されている中、辺りの景色を見渡しながら、昔のことをぼんやりと思い出していた。

 相談部という一風変わった部活の部長にされ、部長である自分とは関係のない所でメンバーがどんどんと増えていった。

 勿論、依音や琴理も部員だった。部員にしてしまったから、失ってしまった。

 その後悔が、今自分を此処に引き寄せているのだとしたら、とんだ皮肉だ。

 虚華が無言で拳を握りしめていると、その拳を誰かが手で包み込んできた。


 「あんまり、思い詰めないで」


 虚華の手を包んでいたのは雪奈だった。先程までの強烈な固め技の後だからか、妙に優しく感じる。

 虚華はこれがきっと「飴と鞭」という奴なのだろうと、勝手に納得しながら、小さな声で「ありがとう」とだけ言って先導している二人を追い掛ける。


 (それにしても、此処は一体何処なのかな。琴理が居るって事はやっぱり蒼?)


 白の区域の街、とりわけ首都とも呼べるジアでは、あちこちに蒸気機関の家や店が立ち並んでおり、臨曰く和風スチームパンクのような雰囲気だった。けれど、今虚華達が居る場所には蒸気機関も、和風らしさも無い。

 何処かに塩が沢山あるのか、塩の匂いが何処かしこから漂ってきて、ジアと比較すると開放感を強く感じさせるような建物の建て方が特徴的に感じる。辺りを見回していると地平線まで伸びている巨大な湖がある。塩の匂いが漂う風もそこから発生していることに虚華は気づく。

 店や家なども見知らぬ金属では作られておらず、何処も煉瓦や岩等で作られている。こうして見ると、白の区域のほうが文明が進んでいるのだろうか?様式に違いはないが、どう考えても見知らぬ金属の方が加工難易度が高く見える。

 物珍しそうにあちこちを見渡している虚華を見た琴理は、不思議そうな顔をしながら虚華に尋ねる。


 「何そんなに珍しそうに見てんすか。もしかしてうちのアトリエまでの道を暗記しようと……?」


 琴理の言葉にはかなりの棘が含まれている。顔には憎悪、態度には不快感が充満している。

 寒気がする時にするジェスチャーまでしているのを見ると、どうやらこの世界の虚華はかなり彼女らに嫌われているのは、明白だった。あの快闊で誰も嫌ってそうにない琴理が此処まで不快感を募らせているのだ。余程のことをしたに違いない。

 そんな琴理の質問に、虚華は眉を下げ、笑ってこう返す。


 「あはは……手厳しいね琴理は。来たこと無い場所だから物珍しいなって思っただけだよ。不快にさせたのならごめんね」

 「そんな顔……しないで欲しいっす。それに、来たこと無いは嘘っすよね?何度かうちと来たことあるはずっすけど」


 虚華の言葉を聞いた琴理の顔と言葉に陰りが見える。どうして自分と会話する度にそんな顔をするんだろうと考えると、虚華の胸がズキズキと痛みだす。

 ──あんなに快闊で誰も憎まないし、憎めないような琴理をこんなにさせているのは、自分(彼奴)だって言うのに、どうしてこんな感情を抱かなくちゃならないのか。

 

 (それよりも、琴理の言葉にどう返事しよう。「エラー」が琴理とどう過ごしたのかなんて知らないよ……)


 虚華が曖昧な表情で困っているのを見かねたのか、依音が琴理の肩をぽんと叩く。


 「積もる話もあるのだろうけど、そういうのはアトリエで話しなさい?ね?」

 「はぁいっす。まぁ、話すことは沢山っすからね。あ、お姉だけは外の犬小屋で良いっすよね?」


 依音に嗜められた琴理は、怒りの鉾の向け先を薺へと変える。こめかみに青筋を浮かべながら笑顔でそういう事を言う限り、薺もそれ相応のことをしたんだろうと思い、虚華は心の中で合掌する。

 虚華自身は、ディストピアで琴理の姉に出逢ったことがないせいで、どんな人物か知らなかったが、こういう性格の人物だったのなら、きっと仲良く出来ただろうと思いながら、依音と雪奈の三人で先に道を進む。

 琴理に犬小屋で待機しろと言われた薺も、琴理と同じようにこめかみに青筋を浮かべて反論する。

 

 「はぁ!?良い訳無いでしょ!?ケヒ……姉のことを何だと思ってるの」

 「数年間、一切音沙汰もなく何処かでのらりくらりしてた愚か者……っすかね?」

 「くっ……事実だからぐうの音も出ない……それには深い事情があってですね……」


 (二人共、楽しそうに喧嘩してるけど、それは言わない方が良いんだろうな)


 久方振りに再開した姉妹が少し離れた場所で大喧嘩しているが、残りの三人は意に介さずに、目的地である琴理のアトリエへと向かう。

 案内役だった琴理が喧嘩しているので、依音が代役として案内して貰っているが、彼女は彼女で変わっていないように見える。

 ──丁寧な口調とは裏腹に、抱えるものはしっかり抱えている。

 そんな印象の少女がそのまま17歳になった。虚華にはそう見えている。

 ただ、どうして依音にまで「エラー」が嫌われているのか、それだけは知っておいた方が良いと虚華は思った。


 「ねぇ、依音……」

 「……何かしら?……ごめんなさい、貴方は彼奴(エラー)じゃないって主張だったわね。アトリエまでもうすぐだけど、何か私だけに言いたいことでもあるの?」


 依音は少しだけ表情を和らがせると、ちらっと雪奈を見て、また苦い顔をする。それもそうだろう、雪奈はフィーア内では既に死亡している。

 死亡している仲間と同一人物の他人に逢いに来た自分達と、死亡した仲間と同一人物の他人が逢いに来た彼女らでは、抱く感情が違いすぎるのだ。

 死んだ筈の仲間が自分達の前に現れたら、自分だってそういった態度を取るだろう。

 虚華の場合、お前が殺したようなものだと、恨み辛みの言葉を浴びせて黄泉へと帰っていく。そんな妄想ばかりして、夜も眠れなくなる。

 けれど、依音や琴理はひとまず話は聞くと、人目につかない場所へと案内してくれている。それだけ彼女達は大人なのだ。自分達が奪ってしまった時間さえあれば、彼女らは此処まで成長したのだと知ると、どれだけの罪なのかを改めて再認識する。

 虚華がボロボロと涙を流しながら、口を開こうとすると、依音は首を横に振った。


 「泣かないの。後で話くらい、ちゃんと聞くから。それにもし貴方が本物だったとしても、今なら許せるかも知れないわね」

 「ふえ……?どゆこと?」

 「な、なんでも無いわ。ほら、行くわよ。アトリエまではもうすぐなんだから」


 虚華が涙を拭いて、首を傾げると、依音はぷいっとそっぽを向いた。耳まで真っ赤にしていることに虚華は気づかなかったが、隣りにいた雪奈はバッチリ見ていた。感情を失ったままの雪奈は、表情には出さずに、ただ黙って虚華の隣について歩いていた。

 雪奈は表情には出していなかったが、虚華の服の袖をぐぅっと引っ張る。その行動を疑問に思った虚華が雪奈の方を向く。


 「……?クリム?どうかした?」

 「ん。なんでも無い」

 「そう?もうすぐ着くんだってさ。あの琴理がアトリエまで建てるなんて、凄いよね。やっぱり私達が連れて行かなかったら、私達の知るあの子だって……」


 虚華の表情に陰りが見えると、雪奈は虚華の手をぎゅっと握る。


 「そんな事、言っても無意味。今は前だけを向いて」


 雪奈が虚華の手を握る力を強くすると、虚華は痛がって無理矢理手を離そうとする。

 けれど、虚華は雪奈から離れられないことを悟ると、ふぅっと息を吐き脱力して諦める。

 その様子を確認した雪奈は、一度、虚華の手を離し、腕を組み直す。

 再度依音に付いていくべく進み出した雪奈は、虚華には聞こえないぐらいの大きさの声量で、ポツリと言った。


 「あたしの方だけ、見てればいいのに」


 聞こえないように言ったはずの独り言に反応した虚華が、雪奈の方を見る。


 「何か言った?」

 「んーん。なんでも」

 「そっか」


 感情を失ったはずの雪奈は、独り言を聞かれたくないと思ったことも、聞かれていなかったことへの安堵も、どちらも久方振りに感じた「感情」であることに気づかないまま、目的地へと辿り着く。




 _____________


 琴理のアトリエなる場所に、虚華達は案内される。

 あちこちに途中まで錬成されていたであろう武具が転がっており、整理整頓が苦手そうな琴理が大半の時間を此処で過ごしているであろう事を、虚華は言われずとも理解した。

 そのアトリエの中でも、比較的片付いている場所に椅子を置き、琴理が簡単なテーブルを出すと、簡易的な会議室の完成だ。

 琴理は薺と喧嘩していたので、途中から別行動だった。その琴理が今こうして場のセッティングをしているのならば、薺も何処かに居るはずだと思い、虚華が薺の所在を尋ねると、琴理は窓の外を指した。

 虚華と雪奈が窓の外を覗くと、そこには人用に調整された大きさの犬小屋があった。その犬小屋の中では、かなり機嫌の悪そうな薺が、あぐらをかいて不貞腐れている。

 虚華は直ぐに薺から視線を外した。きっと後数秒でも見ていれば、笑いが止まらなかっただろう。

 「七つの罪源」の一柱である彼女が犬小屋で不貞腐れているのを見て、笑わない罪源が居ようか、いや、居ないだろう。現に虚華は笑いを堪えるので精一杯なのだから。

 平常心、平常心と心を落ち着かせようとしている虚華の前には依音と琴理。隣には雪奈が座り、少し離れた場所の犬小屋には薺を座らせて、各自が席についたのを確認すると、依音が咳き込みをする。


 「全員集まったようね。じゃあ、話し合いを始めましょうか?」


 話し合いを始めると言っても、まずは自分達がどういう存在かを説明するのが先だと思った虚華は、直ぐに手を挙げる。

 結白さんどうぞ、と依音から発言の許しが出たので、虚華は立ち上がる。


 「まず私達が何者なのか、を説明するべきだと思うので、簡単にだけ。私と雪、私達はこの世界の人間じゃない。別の世界から来たの。信じてもらえないかも知れな……」

 「へぇ、そうなの。それなら辻褄も合うし、信じてもいいわ」

 「いけど……って、ええぇ!?信じてくれるの!?何で!?普通なら「鏡の中の私」とかを疑わない!?」


 虚華が意を決して、身の潔白を訴えると、依音は「そりゃそうでしょうね」と言った表情で頷いた。  

 まるで、事前に自分達が来ることを知っていたかのような対応に虚華は驚く。それと同時に、それならもっと早くからその柔らかい態度で接して欲しかったなぁと心の中で嘆く。


 「だって、私達の知る結白さんなら、自分の顔に魔術刻印なんて刻まないわ。あの人は自分の頭から爪先までに価値を見出す人だもの。だから、顔の刻印はどうしたのかって事情を聞こうとしていたんですもの。だからその時点で魔術は関係ない。じゃあ誰?って質問に別世界から来た──並行世界と言われてしまえば、隣りにいる緋浦さんが居るのも合点がいく。まさか、二人の仲が良い上におそろいの魔術刻印を刻んでるとは思ってなかったけど」

 「そうっすね、うちが知ってるあの人はもっとこう……余裕がない感じなんすよね」


 ふふっと微笑みながら虚華達を肯定する依音と、顎に手を置いてうーむ、と考え事をするような姿勢でさらっと「エラー」をディスる琴理の姿を見て、虚華も思わず笑顔を零してしまう。


 「なぁんだ、そっか。私が別世界の人間だって知ってたんだ。もっと早く言ってくれれば良かったのに。あれ?じゃあ何で此処まで私達を招待したの?」


 虚華が首を傾げ、そう聞くと依音と琴理の二人は顔を見合わせる。

 どっちが話す?みたいな会話をした後に、琴理が眉を下げながら話し始める。


 「実は、ちょっと手合わせをしたいなって思ったんすよ。結白さんのその懐に忍ばせている得物……こっちでは中々存在しないものっすよね?それを戦いの中で見たいなぁって」

 「えっ、別に見たいなら渡すけど……それじゃあ駄目なの?」


 虚華が弱気な事を言ったのが気に入らなかったのか、琴理は怒りの表情を顕にする。


 「駄目っすよ。戦ってこそ、得られるものがあるんすから。それに……」

 「生きる世界を違えば、どう変わるのか。興味があるの。緋浦さんもいいかしら?」

 

 依音が雪奈の方を見ると、雪奈も立ち上がる。


 「ん。分かった。虚、行こう」

 「え、行こうって、何処へ?ちょっと皆して模擬戦闘場みたいなとこに行こうとしないでよ。ちょっと、え、私の意見は通らないの?ねー、待ってよ〜」


 虚華の反対も虚しく、アトリエの近くにある少し開けた草原で、2on2の模擬戦をすることになった。その頃、薺は、不貞腐れながらも、久方振りの平穏を全身で享受していたのだった。




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