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【Ⅵ】#7 私が部長!?無理無理無理!



 虚華達は臨の先導の元、今は何処の部活も使っていないという教室へと向かう。

 虚華だけは右手を琴理が、左手を雪奈が掴んでいる為、半ば拘束状態で運搬されている形ではあるが、四人は雑談を混じえることなく、目的地へと進む。

 そろそろ高学年になる年に近づいている虚華だったが、今、自分達が向かっている方角には詳しくない。というのも、方向的に今向かっているのは、普段の授業で使う場所ではなく、なにか特別な設備が必要な場合に開放される教室棟であり、普段の入室が禁じられているエリアだったからだ。

 そんな場所へと両腕を掴まれ、抵抗することすら許されていない状況の虚華を見る目は、いつも以上に厳しいものだった。

 虚華が周囲を見渡す度に、こちらに憎悪の感情や不快感を顕にしている生徒を散見する。

 特に虚華自身が何かをした訳でもないのに、どうしてそんな表情をされているのだろうと、思いながらも雪奈が握っている方の腕を見ると先程よりもより強固に虚華の腕にくっついている。

 反対側の琴理は、周囲など気にせずに楽しそうに歩いているが、彼女も彼女だ。話があるのならば、今この場であるきながら話せばいいのに、何故律儀に部室(?)まで付いてくるのか。


 (分からないことばっかりだ。隣の葵さんのことも、緋浦さんの事も)


 きっと、自分が常識がないせいで、臨達の行動が理解出来ないのだろうと思いこんでいる虚華は、反抗する意思を完全に放棄し、廊下の窓の外の景色を眺める。

 相変わらずの曇天、晴れる気配のない灰色の雲は雨を降らそうとはせず、ただただ空を漂う。

 この空を見た虚華は、変わらない平穏が如何に幸せかを噛み締めながら、特別棟へと足を運ぶ。


 ___________


 本来、特別棟に入るには、教職員の同伴か、特別棟進入許可証のどちらかが必要なのだが、一番前を先導していた臨が、制服のポケットから許可証を取り出し、認証機に慣れた手付きで翳していた。

 その様子を見ていた琴理は驚きの声を上げる。それもそのはず。生徒だけで特別棟に入ることなど殆どありえないと言っても過言ではないのに、転校生がそれを成し遂げたのだ。

 琴理だけでなく、虚華も臨が許可証を持っていたことには目を見開いて驚く。

 

 「なっ、なんでアンタがそれを持ってるんすか!?それを持っているのは生徒会長位なモンすよ!?」

 「キミが知る必要は無い。行くよ、結代、葵」


 臨は、琴理の質問もおざなりに、本来、生徒だけでは入ることの出来ない特別棟の中を、地図も案内も無しに進んでいく。

 虚華は入ったことのない場所という事もあって、雪奈に連れながらも周囲に何があるのかを目に焼き付けながら、臨達の後を追い掛ける。

 人の出入りが少ない筈の特別棟だったが、虚華が想像していたより掃除などが行き届いている。

 教室の中を確認することは出来なかったが、中で何やら難しい内容を議論しているであろうことは虚華にも理解出来た。


 (あちこちに教室がある。何処も厳重に鍵が掛けられてる……そりゃそうか)

 

 看板を見ると、「高度魔術研究室」と書かれている。虚華はなるほどと思った。

 この世界の大半の大人は感情を喪失している。その喪失を免れるには、特定の職業に就く必要があるのだが、その中に小等部などの教職員も含まれる。そういった人物がこっそりと研究する施設がこの特別棟にもあるのならば、その中で喪失化を回避する研究もしているだろうと。

 虚華は脳内で大真面目にそういった考察を行っているが、現実では何も口にせずに雪奈と琴理の二人に歩かされている客寄せパンダ状態だ。

 特別棟の廊下を歩いている際にも、虚華は周りの視線を釘付けにしている。

 普段の虚華ならば、視線を感じると小さく呻き声を上げて萎縮するのだが、今回は周りの事など気にならない程には、好奇心が虚華の心を支配している。

 他の教室の看板にも、何やら小難しい文字が羅列されている。魔術だけではなく、剣術や武術などの研究もしているらしく、それなりに広い特別棟は殆どの教室が埋まっているようだった。

 虚華が、様々な教室に目移りする中で、臨は全く他の教室には興味を示さずに、奥の教室で歩みを止めた。

 看板を見ると、「荷物置き場」と書かれている。虚華が訝しげに臨を見ると、臨は半目で虚華を見返す。たったそれだけの行動で、虚華は言葉にしなくても、臨の言いたいことは分かる。だから、虚華は何も言わずに臨の言葉を待つことにした。

 

 「此処だ。入るよ」

 「中、先客居るよね。いいの?」


 雪奈が臨の行動に口を挟んだからか、少しだけ臨の眼光が鋭くなる。

 虚華は、あぁ多分先に言われたのが悔しかったんだなと、分かった上で黙って雪奈に捕縛されたまま、借りてきた猫状態を維持する。


 「構わない。ボクらは呼ばれた側だからな」

 「呼ばれた……?ん。大体分かった……。十中八九私絡みだろうね」


 虚華が自嘲気味にそう呟くと、琴理と雪奈が揃って首を傾げる。

 二人して同時に首を傾げられたせいか、虚華は少しオドオドしながらも言葉を待つ。


 「そりゃそっすよね?じゃなきゃ呼び出しされないっしょ」

 「ん。このちんちくりんの言う通り」

 「誰がちんちくりんっすか!この馬鹿力女!」

 

 虚華は、自分が当たり前なことを言ったせいで二人から咎められると思っていたのだが、何故か二人が口喧嘩を始めていた。人を待たせているのなら、こんな場所で言い争いをしている場合ではないということをきっと二人共理解していないのだろう。

 このままヒートアップされるとまずいと思った虚華は、一度、二人の間に入る。


 「ま、まぁ。とりあえず、待ち人が居るなら中に入ろう?」

 「ん。結代さんが言うなら」

 「はいっす〜」


 二人は暫くの間視線すら合わせようとしなかったが、なんとか喧嘩は収まった。

 はぁっと、大きなため息を付いた虚華は、臨が開けたドアについていく形で入ることにした。



_________________________


 虚華達が教室の中に入ると、椅子に座って虚華達を待っていた人物は視線をこちらに向ける。

 虚華は見覚えのない少女の姿をまじまじと見る。この学園の生徒は大抵が制服を着崩したりしているが、目の前の人物はリボンの先まで整えられており、規範的な着こなしをしているように見える。

 昏い灰色の髪を綺麗に纏め上げ、三編み状にした髪をオシャレにアレンジしている辺り、かなりのファッションセンスがあるのだろう。

 灰色髪の少女は、入ってきた雪奈、臨を一瞥した後、虚華に焦点を合わせる。爪先から顔まで舐めるように見た後、少女は乱雑な態度で椅子に座り、口を開く。


 「貴方が学園内で疫と呼ばれている結代虚華さんね」

 「え、ええまぁ……そうですけど、貴方は……?」


 虚華が、灰色髪の少女のことを知らない意思を示すと、少女は目を見開いて驚く。

 灰色髪の少女が自己紹介しようとすると、先程まで虚華の右腕を掴んでいた手が離れる。

 

 「誰かと思えば、依音先輩じゃないっすか。そりゃ生徒だけで来れるのは生徒会長さんだけっすもんね〜。なんでまた結代先輩を呼び出したんすか?」

 「あら、琴理さん。御機嫌よう。ちょっと話があってね。琴理さんはどうして此処に?」

 「うちも結代さんに用があるんすよ。そしたら、此処に来る用事があるっていうから、ついてきたんす」

 

 虚華達に話し掛ける時は、最大限警戒している声色だったが、琴理が話し掛けた際の依音──出灰依音は随分と雰囲気が柔らかくなっている。

 薄幸な笑みを浮かべ、琴理と会話している時はまるで妹と話しているようだった。

 だからこそ、虚華達に向けた表情と声色とのギャップが恐ろしく感じたのだ。

 適当に会話を切り上げた依音は、眼光の鋭さを戻して、虚華の方を向く。


 「何故、此処に呼ばれたか、何か心当たりはあるかしら?」


 正直、心当たりがありすぎて困っている。けれど、此処最近はずっと学校に来れてすら居ない上に、虚華は()()()に被害者だ。

 虐められているのかすら怪しいと思っている虚華が、生徒会長である依音に咎められる謂れ自体はないと考えていたので、虚華は首を下げ、何も言葉を発さずに、依音の言葉を待つ。

 依音の方も、沈黙は肯定だと考えたのか、一度こめかみに手を当てる。表情は……呆れだろうか?虚華は俯いているせいで、あまり顔は見えない。


 (私が不甲斐ないせいで、怒るなら……黙って怒られよう)

 

 「分からないのね……実はね。一つ言っておかないといけないことがあるのよ」


 冷酷に、それでいて淡々と物事を言うような機械的な対応をする依音に一定の恐怖心を植え付けられながら、虚華は頭を垂れながら、依音の言葉をただ聞いている。

 虚華は、ギロチン台に立たされる直前の罪人や、火炙りの準備をされている罪人も同じ気持ちなのだろうなと、涙を堪え、歯を食いしばっている。

 何を言われるんだろう。退学勧告?甘えてるから虐められる?もっと強くなれとか?

 虚華は妄想の中の依音にどんな罵りを受けるのだろうと、考えていた。けれど、その考えが間違っていることに気づいたのは、依音が眉を下げてこう言った時だった。


 「実は、貴方にはとある部活に参加して欲しくて来て貰ったの」


 これは聞いている。部室に行くって言われた時点で、何かしらの部活の初期メンバーの数合わせにするんだろうという考えは虚華の頭の中には既に合った。

 実際、今虚華達が居る教室の中には、特別棟の他の教室にはあると思われる専門的な設備などは一切無い。普段過ごしている教室と何ら変わりのない一室だ。

 強いて言うなら、中央に大きなテーブルがポツリとあり、それを囲うように数個の椅子が置いてあるだけ。こんな場所で一体何の部活をするのだろうか?

 未だに何も聞かされていない虚華は、依音の言葉にも曖昧に返事することしか出来なかった。


 「それは……黒咲くんから聞いてたけど……一体何をするのですか?」


 虚華が何も知らないことを知った依音は、臨の方を見た後に再度、厳しい目つきに戻る。


 「貴方には、()()()の部長になって貰うわ」

 「そ、相談部?」

 「えぇ。相談部よ」


 虚華は相談部という聞き覚えのない部活名を理解することに脳のリソースを割いたせいで、依音がもっと大事なことを言っていたことに気づくのが遅れた。 

 そうだん、相談?と自問自答を繰り返していた虚華は、直ぐにフリーズした。すぐに依音に詰め寄って、普段出さないようなボリュームの声量で声を荒げた。


 「って、部長!?私が部長!?無理無理無理!!」


 虚華が涙目で首をブンブン横に振っていると、誰かに肩を叩かれる。琴理だった。


 「青春しましょうよ。部長。うちも参加しますっから」

 「いやちょっと待ってよ。もう突っ込み所が多過ぎて、何がなんだか……」

 

 琴理も何故か、部活に参加すると言い出し、無駄に笑顔でサムズアップをしている。

 二人のやり取りを見た雪奈達は笑いを堪えているのか、離れた場所で体を震わせている。

 虚華は心の中でいつか全員ぶっ飛ばしてやると、意気込みながら全力で涙を流していた。


 

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