表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/240

【Ⅵ】#5 私が見ているのは



 依音と琴理は虚華のかつての仲間だった。

 依音は、頭脳明晰で雪奈と並ぶほどの知性で、雪奈が苦手な分野である心理的な観点から作戦を立案し、誰がどう動くかを的確に指示をしていた。

 その結果、想定外の人物に出くわしてしまった虚華を庇って命を落としてしまった。

 厳しく丁寧な口調の裏には、仲間の誰も死なせないという覚悟が織り交ぜられていた事を虚華が知ったのは、依音が命を落としてからだった。



 _________________


 虚華が、依音と出会ったのは、今から八年前。歳で言えば八歳の頃だった。

 その頃の虚華は、数少ない友人である雪奈と臨と一緒に暮らしながら、自身の力を周囲に隠しながら生活をしていた。

 小等部では、他のクラスメートから(えやみ)と呼ばれ、蔑まれ、誰からも話し掛けられず、稀に話し掛けてくる人物にも「あの子と関わるのはやめておいた方が良いよ」と陰口を注ぎ、虚華に干渉しようとする者を枯渇させる。

 そんな学生時代を送ってきたせいか、自身の自信等はとっくに喪失させられ、相談する相手も居らず、家に帰っても味方は居ないという地獄のような環境に身を置いていた。

 地獄のような環境から逃げる為に虚華がとった行動は、心を閉ざすことだった。そうすれば自分が傷つくことがない。そうやって、虚華は硬い硬い殻に閉じこもった。

 そうして、殻に閉じこもり、誰にも助けを乞うことが出来なかった虚華は、一人寂しく自室でつい独り言を呟いた。


 「“誰でも良いから……私を助けて……”」


 助けなんて、来る訳がないのに。虚華は自嘲気味にそう言葉を足した。

 言葉を発したのなんて、いつぶりだっただろう。思えば、機械的に話し掛けてくる家族以外で、最後に誰と会話をしたのだろう?覚えていない程には、人と会話をしていないことに気づいた虚華は、乾いた笑い声を上げる。

 虚華の笑い声に呼応してか、虚華は何かを揺さぶられるかのような感覚に襲われる。

 虚華は、その揺さぶりを地震だと判断して、すかさずテーブルの下に潜る。

 

 「わっ、な、何?じ、地震?完全に管理されている地獄で……地震なんて起きるんだ……びっくりした……」


 揺れが収まったのを確認して、虚華はおずおずとテーブルから這い上がる。部屋の中を確認しても、特に倒れたものはない。あれ程の揺れならば、何かが落ちても可笑しくないのにと思いながら、今度は家の中を歩き回るべく、自室の扉を開く。

 家の中でも、特に地震の影響を受けたものはないようだった。母親に聞いても、いつもの答えを機械的に返ってくるだけ。もう慣れたから、何も感じないが、どうにも先程の揺れが気になった。


 (なんだったんだろ。今の揺れは……地震じゃ無いのかな……まぁ揺れるわけないもんね)


 この出来事が虚華の“嘘”に関係する初めての出来事だったが、彼女がなにかに気づくまで、それ相応の時間が掛かった。

 首を傾げながらも、もう遅い時間だった為に、明晰夢の類だと思った虚華は、直ぐにベッドに潜り込み、眠りについた。何故かどっと疲れが溜まっていたらしく、普段ならば、何度も目が覚めるのに、この日からは夜眠ると朝までぐっすりになっていた。


 ______________


 その出来事が起きてから少し経った後、黒髪の少女と出逢い、黒咲と緋浦に出会った。

 黒髪の少女とはそれっきりだったが、黒咲と緋浦との出会いは虚華の世界を大きく変えた。

 機械的反応しか返さない虚華の居場所は、同世代の奇妙な二人との三人暮らしに。

 ただいまと言えば、お帰りが返ってくる。おはようと言えば、おはようが返ってくる。

 片方は無表情で抱き着いてくる変な子だし、片方は無愛想だけど、感情はある。


 (そんな環境の変化に戸惑いながらも、私は受け入れていた。楽しいとは思えなかったけど)


 黒咲と緋浦に連れ去られてから、数日後に両親が殺された。

 誰に殺されたのかも、何故殺されたかも、二人は教えてくれなかった。

 虚華は深い悲しみに襲われた。《親が殺されたことが悲しかったんじゃない》

 否、勿論悲しみを感じていたが、一番悲しかったのはそこじゃなかった。

 何かを知っているのに、何も教えてくれなかった事を、虚華は悲しんでいたのだ。

 恐らく、自分があの家から居なくなったから、管理上の責任で始末されたのだろうと仮説をたてることは出来ても、それが正解なのかは分からない。

 きっと、両親が殺されたのは運命だった。

 その運命を歪めることは出来なくとも、理由を知りたいと思った虚華は、とある出来事を起こした。

 その出来事をきっかけに、虚華は自身の“嘘”という物を知った。


 (まぁ、安易に使うな、仲間に使うなって、その時の臨にめちゃ怒られたんだよね)


 両親の死に、間接的にでも関わってしまっていた罪悪感から、虚華は“嘘”を使うことを極力控えていた。時々使うと、毎回臨に物凄く怒られていた。

 それでも、虚華は家族で暮らしていた時よりも今の方が楽しい、充実していると思っていた。

 機械的な対応しか帰ってこない父親、薄い笑みを浮かべた顔からは同じ言葉しか発さない母親。

 自分の言葉にも、まるで決められたかのように直ぐに返事が帰ってくる。

 そんな家族と過ごすよりも、同年代の感情を未だに保持している友人──雪奈や、いつも怒ってばっかりでちょっぴり怖いけど、臨。この二人と暮らしている方がよっぽど楽しいと虚華は思っていた。

 

_______________

  

 そんなある日だった、窓の外はディストピアでは最早、天気の中で一番ポピュラーな曇り空。

 晴れる方が圧倒的に少ないこの世界では、日が出る方が不安になってしまう程だ。

 人間の慣れとは恐ろしいものだと、虚華は晴れる度に太陽を眺めながらそう思っている。

 虚華達の暮らしている少し広い家で、虚華が退屈そうに椅子に座り、窓の外を眺めていると、帰宅してきた臨が声を掛けてきた。珍しい。普段ならば、雪奈に言伝を頼んで、直ぐに何処かへ行くのに。

 

 「なぁ、う……結代。ちょっと話があるんだけど、良いか?」


 臨の言葉は、有無を言わさないような話し方じゃないのに、何故か虚華には拒否権の無い問答に聞こえた。声色は決して怖くないのに、何故か虚華には恐怖心を植え付けるような雰囲気を感じた。

 臨の言葉に一拍置いてから、どもりそうになりながらも、最近覚えた不器用な笑いを浮かべて、臨の顔を見上げる。


 「ど、どうしたの?黒咲くん」

 「お前、小等部に再度通う気はないか?」


 虚華は、命の危険があるからと、黒咲と緋浦に此処に連れてこられてからは半ば軟禁状態になっていた為、小等部へは通えていない。虚華は此処で二人と接することが出来る以上、小等部に通う気は無かった。

 それに、そんな提案を虚華を軟禁状態にさせた張本人から言われるとは思っても見なかった。

 虚華は冷静を装いながら、臨から情報を引き出そうと、少し眉を下げながら言葉を続ける。

 

 「えっ……な、何で?黒咲くん」

 「深い理由はないけど、此処にずっと居ても仕方ないだろ?それに、友人は居るに越したことはないし」

 

 給仕の青年に“嘘”を使って真実を聞き出した虚華は、臨にお説教を食らった後、以前まで在籍していた小等部へと再度通うことを指示された。

 過去に自分を陰ながら虐めていた存在が居る場所に、自分から出向きたくなど無い。けれど、臨の言葉には大体の場合、意味がある。だから、きっと何かしらの理由があるのだろうと虚華は考えた。

 そう思い、意を決して臨に何で?と聞けば、深い理由はないと返ってきた。

 流すつもりのなかった涙が涙腺から溢れてくる。必死に拭っても拭っても留まることを知らない涙を見た臨は、また唇を噛み締めながら悔しそうな顔をして、虚華を視界から外す。

 あの日から、臨は時々そういった表情を見せるが、何故涙を見た側がそういった表情をするのかを虚華は理解出来ずに居た。


 (どうして、黒咲くんはあんなに辛そうな顔をするんだろう?緋浦さんに聞いても答えてくれないし……)


 首を傾げ、臨の方を見ていると、部屋の中で一人、本を読んでいた真紅の髪の少女──雪奈は本をパタリと閉じると、虚華の方へ近寄り、ぴったりと虚華と自身の身体をくっつける。

 虚華は自分の肩辺りに雪奈の体温を感じると、あわあわしながら離れる。虚華が離れようとすると雪奈は、見た目からは分からない剛力で虚華を手繰り寄せる。そして、自分の座ってた椅子に座り、自分の上に虚華を載せて、頭を撫で回す。

 

 「心配しなくても、あたしとそこの馬鹿()も、一緒。あたし達、編入するから」

 「そっ、そうなの?緋浦さんが一緒なら……大丈夫……かも」

 「あたしも、楽しみ」


 虚華が気弱そうに微笑むと、雪奈も普段浮かべない笑顔を虚華に見せる。

 臨は傍から見れば微笑ましい光景に混ざることが出来ずに、少し離れた場所で見ているだけだった。

 きっと、自分がまた何か言えば、虚華を怯えさせてしまうだけだと。

 臨が少し離れた場所で、小等部のしおりを取り出し、読んでいる間にも二人の会話は続く。

 

 「で、でもっ、何で急に学校に?わ、私が行っても大丈夫……なの?」

 「ん。部活メンバー、足りなくて、キミが必要」

 「それ別に私じゃなくても良いんじゃ……」 

 

 虚華のほっぺをムニムニしながら、雪奈は無表情ながらも目を輝かせている。

 虚華は、先程から何度か雪奈の凶腕から逃れようとしているが、一度たりとも逃げることは成功していない。きっと、今回の話も逃げられないのだろうと、臨は頭を抱えている。


 


#35.36の続きとなる部分です。

依音と琴理がメインなはずなのに、その二人が出てこなかったのは、書いてた上で文字数が膨れ上がり過ぎそうだったからです(許して下さい

次回以降から、数年前の依音と琴理を含めた喪失メンバーの話が始まるので、応援よろしくおねがいします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ