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【Ⅰ】#5 結局は“疫”を利用してるだけ


 ──時は、先に虚華達が新アジトへと向かい、透と臨の二人だけが旧アジトに残っている時に遡る。


 「さて、一度、お前とは話してみたかったんだ」

 「おやおや、奇遇だね、僕もだよ。黒咲臨君」


 雪奈と虚華──女子二人がアジトから出ていった途端に、二人の間には険悪なムードが流れている。

 無表情の臨と、にこやかな笑顔を浮かべる透。表情は対極にあるのに、思っていることはそう変わらないらしい。

 臨は前々から透の事が気になっていた。──勿論、恋愛感情も無いし、虚華の事をどう思っているのかとか、そういう面ではなく、「中央管理局のスパイの可能性」がある事だ。

 虚華は中央管理局によって全国的に指名手配されている。

 その仲間として付き添っている臨と雪奈は捕縛しても、処分しても構わない扱いだ。

 そんな自分達が外部の人間にアジトの情報を流すわけがない。

 虚華も毎回鬱陶しそうに透をあしらっているのを見るに、情報を流しているようには見えない。

 雪奈に至っては興味も無さそうだ。彼女が流していることも無いだろう。


 (残る可能性は、こいつの独力か、他に協力者が居るのかだが……)

 

 臨が目の前の脅威に対して、どう対処するかを思案していると、しびれを切らしたのか透が青筋を浮かべながら口を開く。


 「それで?話ってなんだい?僕を送るなんて言ってたけど、そんな気更々無いでしょ?」

 「先にお前から話せ。ボクの話は、それからだ」

 「ふぅん?まぁ良いけど」


 鈍色の前髪を指で弄んでいる透は、興味も無さそうに臨の言葉を聞き流す。 

 透は暫くの間、何も言わずに髪の毛を弄ったり、腕組をしながら考える素振りを見せていた。

 感情を持っている人間なら腹を立ててもおかしくない透の態度を見ても、臨は何も言わずにただ待っている。

 透も最初の方は臨の事など意に介さないといった態度だったのに、時間を経ていく度に苛立ちが顔に浮かび、最終的には激しい貧乏揺すりのような地団駄を踏んでいた。

 はぁと小さなため息をついた透は、生徒を嗜める教師風の口調で臨に話し始める。


 「まぁいいや、埒明かないし。前々から思ってたんだけどさぁ。君達、色々と詰めが甘くない?僕一人だけの力でこんな簡単に見つかってちゃ駄目でしょう?あぁ、勿論努力してないとは思ってないよ?君は頑張ってるようんうん」


 半目でこちらを馬鹿にするような物言いに、無表情を貫いていた臨も、眉をぴくりとだけ動かす。

 透の言葉の選び方、話し方、声色、表情、態度の全てが、臨の不快感を大きく増幅させる。


 (あいつはボクを挑発している。乗ってやってもいいが……まだだ)


 臨が大きく息をふぅっと吐くのを見た透は、邪悪な表情を浮かべ、口角を吊り上げる。

 まるで、それが自分とお前の差だと言わんばかりに、透は臨を煽る。


 「まぁまぁ、そう怒らないでよ。あ、怒れないか!だって感情無いもんね!あはは、あはははは!!」


 周囲など、一切気にしないで声高に笑う透は最高に愉快だと思っているのだろう。粘度の高い笑みを貼り付けた透の顔を、臨はとても醜い物だと思いながらも何も言わずに透の罵声を受け止める。

 実際に彼の言っていることに嘘偽りはない。それは臨自信が一番理解している。

 相手の話す言葉に嘘が混じっていればすぐに分かる臨には、嘘による慰みは効かないのだから。

 臨にも言いたいことは沢山あるが、先に要件を話せと言った手前、こちらから話を切り出せない。

 臨は先程まで虚華が座っていた椅子の近くにある柱に寄りかかり、腕を組む。


 「お前の言うことは最もだ。お前という侵入者を何度も許してしまっているボクに落ち度がある。それで?」

 

 自身の比を自覚している臨は、端的にそう言うと、透は嬉しそうにうんうんと頷く。

 しかし、柱にもたれかかっている臨を見て、透は不快そうな表情を浮かべる。

 彼の瞳には燃えるような憎悪しか残っていない。もはや友好関係を築こうという意思などは無いのだろう。 


 (そんなにコロコロと表情を変えていては読まれやすいだろうに。一体何処に優位性を感じているんだ。このストーカーは) 


 透が全力で臨を見下している中、臨は透のことを虚華をつけまわすストーカーとしか思っていなかった。

 彼の訪問も、臨が哨戒時に展開していた探知魔術に反応があって、脇目も振らずに帰還した際に気づいたものだ。

 臨も雪奈もそれなりには虚華の護衛には気を使っている。実際問題、透以外の侵入者はこの数年で数人程度、しかも全てが偶然の産物によるものだった。勿論、キチンと再発防止の処分をしたが、こいつの処分だけは以前から虚華に止められていた。


 (処分に値する理由を引き出せれば、虚が納得するような……どうしようもない理由が)


 臨の返答にクツクツと満足そうにほくそ笑んでいた透は、虚華が先程まで座っていた椅子に腰掛け、窓の外の景色を眺めながら黄昏れている。

 透は独り言のようにぼそっと呟いた。 


 「虚華ちゃんは、君みたいな木偶の坊よりも僕と一緒に居るべきなんだよ。僕なら彼女をずっと見つからないようにする事も出来る。こんなに頻繁にアジトを変えてちゃリスキー過ぎるでしょう?移動にはリスクが伴うからねぇ?」


 透はまた臨を不快にさせる声で故意に笑う。自分が笑いたくて笑っているんじゃない。恐らくは煽動しているつもりなのだろうと臨は判断して、少し言葉を詰まらせる。


 (お前が頻繁にアジトに顔を出すから、移動せざるを得ないって事に気づけない愚か者に、任せるわけないんだけどな。それも理解してないのならよっぽどの馬鹿なんだな)


 呆れを込めたため息を臨が小さく一つつくと、透の不快な笑い声がぴたっと止み、呪詛のようにブツクサと話し出す。


 「それに、僕には感情がある!人を思いやれる心がある、人を慈しむ気持ちがある、君達には何もないよねぇ!?だから僕の方が強いんだぁ!あはははははは」


 ボソボソと呟くような声で喋ったり、いきなり大声で笑い声をあげている奴がよくもまぁそんな事言えるなと、思いながら臨は、王者のように座る透を憐れみの目で見る。


 「感情の有無が、戦闘能力に左右されると思っているのか?」

 「強さが戦闘能力だけだと思っている時点で劣ってるよ。あぁ、感情がないから、言葉のままでしか受け取れないのかなぁ?ごめんねぇ?」


 一度、椅子から立ち上がった透は、臨に顔を近づけて邪悪な笑みを見せつけると再度椅子に座って遠くの景色を眺めている。

 こちらの方を見てはいないが、透は心の底からおかしくてたまらないと言わんばかりに両手で音を立てて叩き、大笑いしている。


 (きっと、虚なら怒れるんだろうな。それが理解できているだけでもまだマシか)


 この一連の透の発言は、感情を中央管理局に剥奪された臨や雪奈への苛烈過ぎる暴言であり、自身の優位性がそこに詰まっていると、主張していることは臨にも理解できている。

 そんな苛烈な罵詈雑言を聞いても、顔色一つ変えずに柱にもたれかかっている臨を、透は見下したような笑みを崩すこと無く、何度も臨を詰る。

 

 

──《彼らが暮らす世界、ディストピアでは二桁の歳になる頃には感情を喪失する》

 これは紛うこと無き真実。実際に虚華達と同世代の少年少女で感情を維持しているのは極僅かの限られた人間のみだ。

 全ては安寧を齎さんが為の物らしいが、そんな物は奪われる側からしてみれば溜まったものではない。

 大半の少年少女が感情を喪失していく中、極稀に感情喪失教育を受けても感情を失わない者も現れる。

 そういった者は、虚華の様に逃げ出すが大体が中央管理局に捕縛され、直接的に感情を剥奪される。

 透曰く、彼はたまたま感情の喪失化を免れ、他者を模倣することで環境に溶け込み、中央管理局の監査を免れたと豪語している。

 臨達は、感情を喪失してしまっている負け組(Loser)、だから虚華を守るには不適だと言いたいようだ。

 

 「ほう、お前の言いたいことは概ね分かった。それで?結局お前は何が言いたい。ボクには偶然の産物を誇っているだけにしか見えないのだが」

 「なっ……」


 透が驚いたような表情で臨のことを見る。自分の思っていることを言ったから驚いたのだろうか?

 透のことなど、気に留めずに臨は言葉を続ける。


 「剣も握れぬ身体のお前が、どうやって虚を護る?お前が居た所で肉壁程度の価値しか無い。違うか?」


 数年前に右肩を潰してから、剣などを握れなくなった事を臨は、虚華との雑談で知っていた。

 その事実を突かれた透は、顔を真っ赤にして椅子から勢いよく立ち上がる。


 「べ、別に戦えなくとも……、戦わなければいいだけの話だ!それに、虚華ちゃんはお前らの感情を取り戻す為に、自身の身を危険に晒しながらも手がかりを探しているんだろ?そんなの無駄だってのにさ?僕らの周りで取り戻せたやつなんて居ない!だから僕は虚華ちゃんと……!」


 今までの罵詈雑言を受けても、顔色一つ変えずに聞いてきた臨も、虚華への侮辱は許さない。

 臨は、立ち上がった透の足の甲を思い切り踏み付ける。

 突然の出来事に脳が処理しきれなかったのか、踏まれてから少し経た後に苦悶の声を上げ、臨を手で壁へと押しやった。

 目尻に涙を少し貯めている透は、臨を睨みつける。


 「何してくれるんだ……痛いじゃないか」

 「虚を侮辱しておいて、よくもまぁいけしゃあしゃあと」


 部屋の壁際まで離れた透を意にも介さず、臨は椅子に座る。足を組んで組んだ手の上に顎を置いて、底冷えするような目で透を睥睨する。


 「再度聞こう。お前の目的は何だ」

 

 先程までの余裕や不快感極まりない笑いなどは一切掻き消え、目の前にいる少年は、雨に濡れたドブネズミみたいに縮こまっていた。

 

 「そんなの決まってる!!お前らみたいな危険な存在から虚華ちゃんを解放して、“僕が守るんだ”!」


 呼吸を荒くしながらも自身の思いを言い切った感を出している透を背に、臨は今の発言に含まれていた嘘について思案する。


 (「僕が守る」が嘘?夜桜以外にも協力者が居るのか、そもそも守る気がないのか……?ボクらを虚から引き剥がしたいのが本来の目的……?)


 臨が、彼の言葉から様々な可能性を構築していると、いきなり透が臨の顔面めがけて拳を振りかざしてくる。臨は右手で、透の拳を受け止める。

 何故急に殴りかかってきたのか分からなかった臨は、透の顔を見る。

 少し悲しげな表情を見せている透の心境が全く理解出来ない臨は、首を傾げる。


 「そういうトコだよ」

 「何の話だ」


 透の悲しげだった表情は、半ば苛立ち気味に変わってきている。

 意味が理解できなかった臨は素直に聞き返すが、その反応すらも不快に思ったのか、透の眉間のシワが深く刻まれていく。

 先程まで弄んでいた髪の毛を搔き毟りながら、透はヒステリック気味にがなる。


 「お前らは感情を奪われている。だからボクの一連の行動にも特に反応を示さなかった。そうだろ!?感情も持ってない奴が、感情を持っている虚華ちゃんの近くにずっと居たら、虚華ちゃんまで感情を失ってしまうかも知れないだろ!!?」

 「根拠の無い詭弁だな。指名手配されてからそれなりに経つが、虚の感情は保たれたままだ。お前は何が言いたい?」


 (感情が残っているのも、時には支障が出るものだ。どっちが良いのかは分からないが……ん?)

 

 臨は、半ばヒステリック気味になっている透の瞳が、変化していることに気づいた。

 ディストピアの人間の瞳は、感情を奪われた者達は、濃淡こそあれど基本的には灰色のモノが多い。普段から虚華にちょっかいを出している透の瞳は、茶色に近い黒色だったと臨は記憶していた。

 透の瞳が黒色になったり、灰色になったりと点滅するように変化している。

 その事実がどういう意味かを知っている臨は冷淡に、かつ言われたくない言葉をサラリと透に放った。


 「お前、クスリで感情を無理矢理維持しているな。しかも、そのクスリは裏社会でしか出回っていないブツで、副作用がキツイ物だった筈。あぁ……、そういう事か。虚の所在地を密告し、その金でクスリを買っているって訳か」

 「なっ、なんでそれをっ……」

 

 透が、しまったっという顔をした頃には、既に手遅れだった。

 自身が裏社会との繋がりがあること、そこでクスリを手に入れるために指名手配されている友人の所在を割り出して、移動する直前に情報を売り捌く。その報酬として感情維持させるクスリを貰っていること。

 今度は、それを自作自演するために臨達が邪魔になったこと。だからこの場で勝負を決しようとしていたこと。

 それら全てを話し終えた透は、部屋の柱にもたれ掛かり、地面に座り込んでしまった。


 「“もう良い、殺してくれ……”」

 「ん?」


 項垂れていた透は、首だけを上げて今にも消えそうな声量で自分の命を終わらせてくれと嘆願する。

 それが本心からのものだったらどれほど良かったのだろうと、臨は会話を続ける。


 「何故、急に死にたがる?」

 「“もう……虚華ちゃんに顔向けできない……”」


 これも嘘。嘘を重ねられる度に、臨的好感度がぐんぐん下がっていく。

 元々0に近かった物が後数回で、絶対零度と同じ位まで低くなっていきそうだ。

 傍から見れば、自分の罪を償おうと昔の敵だった自分に贖罪の機会を乞うている美しいシーンなのだろう。

 だが、臨からしてみれば、三百代言でなんとかして逃げようとしているようにしか見えない。 

 

 (どうしたものか……)


 実際に、裏社会との繋がりのある人間を定期的に虚華に会わせたくはない。ただ、虚華からは夜桜透の処分は可能ならしないで欲しいとも言われている。

 臨自身は透の今回の罪状は処分に値すると思っている。

 この嘘塗れの発言をしている男を見ていると、すぐにでも処分してしまいたいと思っている程だ。


 (少しだけカマをかけてやるか)


 「なら、二度と虚に会わなければ良い。クスリも買えずに感情を喪失してしまうだろうが、お前はこの地獄で平穏な生活を送れるだろう?」


 臨の、臨なりに、最大限譲歩した提案を聞いた透は冷や汗をかく。

 少し返答に戸惑ったのか、先程までは直ぐに言葉を返していたのに、今回は時間がかかった。

 再度俯いていた透は、ポタポタと汗をかきながら臨の方を向く。顔は真っ青になり、段々と瞳の色の点滅が激しくなってきている。


 (そろそろ時間的余裕も無くなってきたか。さぁ、化けの皮が剥がれるぞ)


 臨が無表情で透の方を見ると、彼の呼吸がどんどん荒くなっている。

 瞳の色の割合もどんどん灰色の方が増えており、クスリの副作用もあるのだろう、満身創痍なのにも関わらず、まだこちらを見ているだけマシな方だ。

 そんな透から悲痛な叫び声が響いてきた。


 「い、いやだ……そ、そうだ!お前!そのクスリの事知ってるならお前も裏社会との繋がり、あるんだろ!?俺にそのクスリ分けてくれよ!そしたらストーキングやめてやっからよ。な?悪い条件じゃないだろ?」

 「そうだな、それはWin-Winだと言える。双方に利があるからな」

 

 臨が座っていた椅子から立ち上がり、地面に座り込んでいる透の元へ行き、手を差し出す。

 それを見た透は目を輝かせ、垂れ流していた汗と涙を拭ってから、手を取ろうとした。

 しかし、透が臨の差し出した手を取ることは出来なかった。

 臨は懐に収めていた静音器付きのハンドガンで、手を取る前に透の心臓を射抜いていたからだ。

 急所を外したのか、血を吐きながら、凄まじい形相で透は臨を睨みつける。


 「なんで僕を打った……!!双方に利があるって……!」

 「ああ、言ったな」


 もう起き上がる力もないのか、透は椅子に座り直して銃の手入れをしている臨の方へと這いずって近寄ろうとする。

 腹部からの出血と喀血も伴ってもうそう長くは保たないだろうと、臨はただただ、芋虫のように足掻きながら這っている透を眺めていた。


 「じゃあ……なんで僕を……」

 「そんなの簡単だ。お前を始末すれば、わざわざ感情維持のクスリを入手しなくても良いし、お前からのストーキング被害も無くなる。それにお前ももう薬を使わなくても済むだろ?どっちもWin-Winだけど、利益が大きい方を選んだだけだ」


 臨から絶望的な答えを押し付けられた透は、最後の力を振り絞って、自身の服に隠し持っていたカッターナイフを取り出して臨の首元目掛けて強襲する。

 だが、その抵抗も虚しく、透が立ち上がった時には臨が、透の脳天目掛けて発砲していた。

 目を見開いて、口元から血を垂れ流していた透は、何も言わずに息絶えた。

 透が絶命したのを脈を見て判断した臨は、周囲の惨状が思ったより酷いことに気づき溜息を漏らす。


 「後は御芝居の舞台作りをしなきゃな。あちこちを這いずり回ったせいで血塗れだし、さっさと撃ち殺しておくんだった。遠くから腕利きの狙撃手がヘッドショットしても死体は這いずり回らないからなぁ。急いで掃除しなきゃ」

 

 透の撒き散らした血を綺麗に掃除した臨は、虚華達を呼び戻すために、鞄の中から古いボルトアクション方式の銃を取り出す。

 幸い虚華達が出た時から窓は開けっ放し。ビルの方角などを計算して、狙撃できる場所に透の死体を配置する。

 全ての準備が整ったのを確認すると、臨はずだぁん!とかなりの狙撃音と共に透の頭部を跡形もなく消し飛ばした。

 今の狙撃音できっと虚華達は戻ってくる。移動の準備などをして迎え入れよう。 


 「生前のお前は何の価値もなかったけど、死体には利用価値がある、悪く思うなよ」


 手早く死体の偽装を済ませた臨は、探知魔術で彼女達の訪れを待ち、来る時にはちょうどよいタイミングを演出した。

 もしも、一定の時間を経ても来なければ、さっさと処理した後に追いかける事もできるように。 

 虚華達を待つ間に、柱に寄り掛かる首のない亡骸に、臨は独り言のように呟いた。だが、その表情はいつもの無表情ではなく、少しだけ困ったように、それでいて少しだけ楽しそうに。首が残っていれば透もきっとそう見えただろう。


 「あのお姫様は、お前には荷が重い。無論、ボクらにもだけど」


 


__________

 

 案の定、虚華達はそこまでの時間を掛けずに、旧アジトまで戻ってきた。

 探知魔術で動きを簡易的に監視していたが、そこまで距離は離れていなかったのが理由だろう。

 虚華の息の切らし方を見るに、それなりには大切な友人だと思われていたようだ。


 (羨ましい限りだ。そんなに虚に思われていたなんて)


 首のない亡骸に少しだけ嫉妬している自分に驚きながらも探知魔術を詠唱し、展開する。

 探知魔術でもう階段を登っているところまで迫っていることを確認できている臨は、演技じみた表情と状況を作り出して、虚華達の訪れを待っていた。


 「戻ったか虚、それに雪もか。狙撃音で戻ってきたのか?なら早く移動しなきゃならないな」

 「これ、一体何が合ったの?これ、透だよね?」

 「あぁ、“どうやらこの場所がバレていたらしい。密告もされていたようで、外から狙撃されて彼が死んだ”」

 「……そう」

 

 虚華は特に臨の言葉を疑う様子もなく、ただただ寂しげな表情を亡骸に見せる。

 少し離れた位置で虚華のことを見ていた臨に、雪奈がちょんちょんと肩を叩く。


 「これやったの臨?」

 「あぁ。裏との繋がりに加えて、奴が潜伏先の特定、買収までしていた。ボクの判断で処分した」


 へぇ、と興味無さそうな相槌を打った雪奈は、冷たい目で臨を一瞥した後、透の亡骸をただ眺めているだけの虚華を見る。


 「あんたのしたことは間違ってない、けど呼び戻すのは間違ってる。後処理はあたしがする」

 

 雪奈は端的に言いたいことだけを言って虚華に駆け寄り心のフォローをして、簡潔に後の行動まで臨に指示を出した。

 普段は従わないこともあるが、死体を処理する際は燃やす事が必要不可欠なディストピアでは、炎系の魔術が不得手な臨よりも、雪奈に任せたほうが良い。

 臨は、虚華を抱き抱え、無理矢理アジトの階段を降りる。

 その際にも虚華は見えなくなるまで首のない透の死体をぼんやりと眺めていた。

 生前は、あんなに鬱陶しいだの、ストーカーだの罵っていたのに、死んでしまうと惜しむ癖はどうにかならないのかと、臨は思ったが口には出さなかった。

 

 「行くぞ、知人だったんだろ、見てやるな」


 雪奈の指示通り、多少無理矢理ではあったが、虚華を外に出すことは成功した。

 後は、雪奈の処理を終えれば、新アジトへと向かうだけだ。

 夜桜透──虚華のストーカーで、感情を喪失しそうになっている所を、感情維持させるクスリを服用することで感情の喪失を免れたと嘯き、二人にマウントを取ってきた男。

 彼のせいで高頻度の移動を強いられていたが、それももう無くなった。

 けれど、この世界で後何年こうした生活を送らなければならないのだろうか?

 隣で呆然と通るの亡骸があった方向を眺めている虚華と共に雪奈を待ち、戻り次第三人で新アジトへと向かった。 


 


 

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