【Ⅵ】#2 どうして奪う側が涙を流すの?
虚華は今どうしようもなく困っている。きっと、雪奈がこの状況を見たらこう言うだろう。
「どうやったら、こんな状況、作れるの?」と。
アラディアは自身の獲物である、ヰデルヴァイス──《終末の空》を握りながら、周囲の敵を睥睨している。
普段の彼女からは感じられない殺気を一身に受けながら、虚華は隣で愛用している銃の一つである『欺瞞』を握り締めている。
アラディアが普段浮かべている不気味は笑みは等に消え去り、額に汗を浮かべる。
「この数は流石に一人じゃ厳しいよ。そろそろ覚悟は決めた?ホロウちゃん」
「本当に、殺さなきゃダメですか……?」
虚華達はいつの間にか、囲まれていた。それもアラディアに一切悟られること無くだ。
人の悪意や殺気などに比較的鈍い虚華は兎も角、人間としての何かを犠牲にしたアラディアは、そこまで鈍感な存在ではなかった。
察知魔術などを展開こそしていなかったものの、臨以外の人間と中々遭遇することが出来なかった二人は、それなりの警戒はしていた。
アラディアは、怯えながらも、本来の仲間を必死に探していた虚華を見て、パンドラの命ではなく、自分自身が守りたいと思うようになっていた。
銃身を握る手が若干震えている虚華を見て、可能ならば、自分一人で虚華の敵を全て排除しようと密かに思わせる程には、虚華はアラディアの庇護欲を掻き立てていた。
息を切らしながら、アラディアは虚華を一瞥すると、直ぐに目の前の敵の方を見る。
「ホロウちゃん、さっきから的確にあいつらの心臓射抜いてるよね?」
「はい……全部心臓に突き刺さってる筈なんですけど、誰も死なないんです……」
虚華は眉を下げながら、返事をする。自分の獲物に不備がないかを確認するも不備はない。
虚華達の周囲にはおよそ二十人。どいつも似たような格好をしているせいで見分けがつきにくい。
辺りは武具屋や、それに類するお店が燃え上がっている。この場所はかなりの高温の環境下だ。
あちこちが炎上していて、呼吸すら苦しいこの環境下で、【蝗害】は走りながらこちらへと向かってくる。
虚華は汗びっしょりなのに、【蝗害】と思われる集団はかなり着込んでいるのに暑さを感じさせない動きをしている。
「なんなんですか……暑さに耐える訓練でも受けてるんですか……」
「うーん。私も詳しくは知らないけど、大体検討はついたかな。にしてもそろそろここもヤバいね」
先程から、【蝗害】の構成員は波状攻撃を繰り返している。
そのせいで、徐々にアラディアは体力を削られ、消耗し、呼吸が荒くなっていく。
環境が環境なだけあって、二人は徐々に【蝗害】に押されている。
斬っても斬っても、【蝗害】は何度でも起き上がるのだ。確実に息の根を止めたはずなのに。
虚華も、援護で何度も弾丸を放っているが、効果はまるで薄い。
一度は倒れても、すぐに黒い靄のような物が身を包み、身体を起き上がらせる。
目の前の現実が俄に受け入れられない虚華は、引き攣った笑みを浮かべる。
「撃っても撃っても何で死なないの……?人間って心臓を射抜けば死ぬはずだよね……」
「答えは簡単。彼らは人間じゃない……ケヒ」
やはりそうか、と虚華はため息をつく。この世界には人間じゃない者が多過ぎる。
目の前の人間と同じ見た目をしている彼らは、この世界において人間に分類されていない。
非人と呼ばれ、人でなしと罵られることだってある存在だ。
薺だって、非人ではあるが、『七つの罪源』以外の場所ではきっと隠しているのだろう。
隣で不気味な笑顔を振り撒いている姿はどう見てもアラディアだが、虚華は目を逸らす。
今は目の前の脅威をどうするかに専念しなければならない。火の気が強くなり、いよいよ二人は厳しい状況に立たされている。仲間を探すという目的がある虚華は、引くつもりは更々無いが、ここに死ぬ気も無い。
不死身の軍隊を葬るまでは行かずとも、先に進まなければ、仲間がいるのか分からない。
(此処で退くわけには行かないっ!)
薺の後ろで援護射撃をしている虚華だったが、“嘘”を使うことを決めた。
──問題は内容だ。
死なない者を数多く殺す方法。きっと彼らは既に死んでいるのだろう。
そうでなければ、防火服もなしにこの場所でケロリとしている訳がない。
虚華は必死に考えるも、最後の1ピースが欠けてしまっている気がして動き出せない。
目の前には、息を切らし、体中に【蝗害】からの攻撃の痕が残っている薺が居る。
(仲間も大切だけど、アラディアさんだって、死なせるわけには行かない……)
きっと虚華には分かっていなかったのだろう。欠けていた最後の1ピースが。
今、守りたいと思えるものが『喪失』ではなく、アラディアだったことが。
虚華は、右手の人差し指を唇に添えて、そっと口ずさんだ。
「汝ら、|我が弾丸にて生死が逆転する《私の一撃で性質を掻き消す》」
彼らは既に死んでいるから、頭部を潰しても死なない。ならば、彼らを殺すにはどうするか?
虚華の答えは性質を反転させること。彼らは生きているから、頭部を潰せば生きれない。
至極当然の結末になるように修正した。生命活動を止めたならば、解除しても問題はない。
虚華が口ずさむと、世界がぐにゃりと歪む感覚に襲われる。現実改変は成功した。
虚華は、目の前で懸命に自分を守る薺に向かって叫ぶ。
「薺さん!今の奴らは“殺せます”!彼らはもう死んでないんです!」
「!?分かった!はあああああああ!!!!」
何言ってんだ?と【蝗害】の構成員はゲラゲラと笑う。中にはやれるもんならやってみなと、煽るように自身の急所を曝け出す奴まで居た。そんな余裕綽々な彼らはきっと御伽噺では不死種とでも呼ばれていたのだろう。
薺は、自身のヰデルを彼らの首を刎ねるように振り翳す。虚華達が何度も落とした首が、再度ゴトリと音を立てて落ちる。
【蝗害】の奴らは、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべ、彼らの頭部が首と繋がるのを見ようとしていたが、徐々に顔色が青ざめていくのが、目に見えて分かる。
堕ちた首が再生しない。黒い靄が発生しない。それどころか、何やら呼吸が苦しい。
自身の不死性が失われていることに気づいた【蝗害】の奴らは青褪めた顔で声を荒げる。
「お前!俺達に何をしたんだ!リーダーから授けられた不死化が発動しないじゃねぇか!」
「不死化……そんな物はただの人間が持って良いものではありません。だから私が剥奪しました」
虚華がそう言い切ると、周囲からどよめきが生まれる。罵声やら怒声が聞こえてくる。
敵の前でそんな会話をしようとする辺り、如何に彼らが不死に頼っていたのかがよく分かる。
目の前に居るのが虚華だけであることに、【蝗害】の面々は未だに誰も気づいていない。
「首元がお留守だよ。愚か者さん達」
薺が【蝗害】達の首元をそっと奪っていく。ゴトリゴトリと首がどんどん地面に落ちていく。
ある者はヰデルの先端部で喉元を無理やり千切られ、またある者は鋭利な刃物部分で綺麗に削ぎ落としている。あまりの手際の良さに、堕ちた首が目をパチクリさせていたり、自身の体を見て、目を見開いて絶命している者も居る。
虚華は、笑顔で相手の首を華麗に落としている薺を見て、若干引いている。
炎が燃え上がっているこの場所で、目にも止まらない速度で動いている彼女こそが真の化け物なんだろうなと、思うも虚華が口に出すことはなかった。
粗方殺し終えたのか、額に伝う汗を拭った薺は、頬に返り血をつけたまま虚華に笑顔を向ける。
「お待たせ、ホロウちゃん。先に進もっか。怪我はない?ケヒ」
「大丈夫ですよ。それよりも薺さん。頬に血、付いてますよ」
若干引き気味の虚華は顔には一切出さずに、薺の顔の返り血を指摘する。
虚華の指摘を受けた薺は、手で頬を拭うと手が真っ赤になっていることに気づき、赤面する。
「ケヒヒ…汚い血だなぁ……ま、いいや。この先が確かギルドなんだよね?」
「えぇ、そうです……!?」
虚華が返事をしようとした途端、ギルドがある方角から爆発音が聞こえた。きっと誰かが居るのだろう。
探索者側の人間と、【蝗害】側の人間の両者が争っているのだろう。
さっきの構成員が不死の性能を持っていたのだから、この先に居る人物も持っている可能性がある。
この場の熱気と、“嘘”の代償で失った魔力で身体がフラつきながらも虚華は足を進める。
「行きましょう。この先にもきっと、不死の力を持っている方が居るでしょうから」
「りょーかい。でも急ごっか。ホロウちゃん、顔がマジになってるし」
「この先に居るのはきっと、彼女ですから」
それだけを言って、なるべく煙を吸い込まないようにして歩く。
さっきの爆発は自然の物でもない。恐らくは無属性の魔術『簡易爆破』だろうと虚華は判断した。
その魔術を使える人間は多くはない。ジアの探索者ギルドでも数人しか使えない。
その内の一人は虚華の仲間だ。彼女がこの先に居るのなら、急いで行かなきゃならない。
──これ以上仲間を失いたくない。
何故か溢れ出しそうになる涙を堪えて、虚華は薺と共に走る。
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虚華は、息を切らしながら辿り着いた探索者ギルドの門下で倒れている雪奈を見た。
嘘であって欲しいと心の底から願いながらも、現実を受け入れるのに時間は要しなかった。