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【Ⅴ】#Ex 葵琴理



 葵琴理は蒼の区域の中央都市であるブラォ・エウルアルにある名家、葵家の次女だ。

 蒼の区域の区域長の側近の血筋を引いている彼女は、次女ではあったが、それなりに権力があると噂されていた。

 勿論それが嘘なのは言うまでもないが、当時小等部だった琴理には、周囲の人間が自身を持ち上げてくる事を良くは思っていなかった。

 葵家は代々区域長の側近と鍛冶師(スミス)の二面性を持ち、琴理は次女であることから、鍛冶師の方を担当することになっていた。

 琴理はその選択に一切の不満はなかった。昔から武器や防具に興味があったし、作ってみたいとも思っていたから、むしろ政治家のような奴らの手伝いをさせられなくて済んだと思えば、願ってもいなかった高待遇だと思っていた。

 それでも小等部の頃から、琴理を持て囃す人間が多く、今からでも取り入ろうとした人間に嫌気が差した琴理は、六歳の頃に白の区域にある全寮制の学園「セントラル・アルブ」に編入した。

 彼女は多くのものは望まなかった。武具を制作する能力を養うことが出来、自分に過剰に干渉してくる鬱陶しい人達が居なければ、それでいいと思っていた。

 武器が鍛える事が出来るなら──次女である琴理でも、長女や長男を超える鍛冶師になれる。

 そう思った琴理は一人で悠々自適に、自分のしたいことを学んだ。

 幸いにもセントラルでは、鍛冶師になりたい人向けの講義なども選択することが出来ていた。

 数こそ少ないにしろ、他の生徒も勉強熱心な者ばかりで、琴理の探究心も掻き立てられていた。


 (此処は平和でいいな……。故郷みたいにウザくない)


 才能がないと自負していた琴理は、この歳で既に長女や長男を超える程の才能を兼ね備えていたことを、この時の琴理はまだ知る由もなかった。

  



 ____________________



 それは琴理が十歳の頃だった。

 講義を受け終えた琴理が鍛冶場から戻ってくると、自分の机の上に一枚の手紙が置いてあった。

 こういった手合は、蒼の区域に居た頃はよくあったが、ここに来てからは一度もなかった。うんざりだという表情をしながらも、琴理は手紙を手に取る。

 表面には、達筆ながらも綺麗な字で「葵琴理さんへ」と。裏面の宛先人の欄には結白虚華と書かれていた。


 (結白虚華……聞き覚えのある名前、確か白の区域の区域長の血筋の人だっけ?)


 自分と似た境遇の自分に一体何の用なのか。普段ならおくびにも出さない琴理だったが、少しだけ興味の出た琴理は手紙の封を切る。少しでも自分の期待を裏切ってくれるかと、無意識な期待を込めながら。

 中身は簡潔な一文が(したた)められていた。

 ──放課後、第一体育館の裏で貴方を待っています。結白虚華。

 琴理は、その簡潔な一文を読んだ後、クスリと一人で笑った。

 今までの手紙は全て、如何に自分が琴理の事を知っているか、大切に出来るか、蒼の区域の人間としてふさわしい人間かをアピールするような、見るに堪えない自己満足大合戦というものばかりだった。

 だからこそ、こんな簡潔な一文だけで、自分を呼び出す為だけの手紙なんてものは初めてだ。


 (面白そうじゃん。話だけでも聞いてみようかな)


 話だけ聞いて、悪い部分があったらその部分を突いて失脚させてやろうと、小等部の子供が考えるには些か邪悪過ぎる考えを胸に抱いて、約束の時間に約束の場所に琴理は向かうことにした。


 ________


 琴理が約束の数分前に向かった時には既に虚華は、体育館の裏で退屈そうに空を眺めていた。

 琴理が足音を立てて、近付くと、虚華は琴理の方を見る。

 何故か呼び出された琴理の方が相手に期待しているという、奇妙な状況になっているのだが、その事を両者は未だに気づいていない。

 

 (他の有象無象ならば、うちを値踏みするような目で見る。さぁ、お前はどう見る?)


 虚華の一挙手一投足に注目していた琴理は、虚華がこちらを見た時の目の動きを注意深く観察する。

 ──けれど、その洞察力が生きることはなかった。

 虚華は、琴理の顔以外の場所は一瞥程度で済ませ、残りはずっと顔──瞳をじっと見て話していた。

 きっと、その姿が誠実な印象を植え付けたのだろう。

 人間とは第一印象が今後の七割を占めるとも言われている生き物である。

 そんな虚華の姿を見てしまった琴理は、この人の話を聞いてみようという気にさせられたのだ。


 「えと、葵さんだよね?私が手紙を渡した結白虚華です」

 「ひゃい!!」

 「ひゃい?ふふっ、可愛い返事ですね」

 「あううぅ……」


 この一連の会話だけで、琴理の毒気は八割が抜かれてしまっていた。

 返事を噛んだ後に、虚華に薄い笑みを浮かべながら可愛いと言われた時点で、この場での勝負は終わっていたのだ。

 顔を隠しているものの、真っ赤になってしまっている琴理と、余裕の笑みを浮かべている虚華のどちらが勝ったかを語るのは蛇足にもほどがあるだろう。

 

 ──勝負なんてものは、席に付いた時点で決している。残りは積み上げた運のみ。

 

 そんな事を言った偉人が何処かの世界に居た気がするが、今の琴理には関係のない話だった。

 すっかり牙を抜かれてしまった琴理は、半ば上の空で虚華の話に頷いた結果、虚華の派閥である「喪失」に参加することになり、その中で武具などの制作や、武器の整備やメンテ、メンタル面のサポート等まで担当することになったらしい。

 数年の月日が経つ前に、フィーアの「喪失」は解散することになってしまったが、最後の最後までグループに所属していたメンバーの一人だったことから、虚華とはそれなりに仲が良かったことが伺える。


__________________________



 「へぇ、そうやって琴理を誑し込んだんだ?」

 「人聞きが悪くないですか!?別に誑し込んだ訳じゃありませんから!」


 虚華と「エラー」は、お互いの仲間のことを話すことを時々行っている中で、「エラー」の持っている展開式槍斧が琴理が数年前にプレゼントしてくれたものだと明かし、その流れで昔話をしていた。


 「貴方の方の葵さんはどんな感じだったんですか?」

 「そんなに変わらないけど、心酔系従順後輩では無かったかなぁ。どっちかと言われると悪友だったって感じだし」

 「悪友?あの子がそんな悪い方向に行くようには見えなかったんですけどね」


 うーむと考え込む「エラー」を見て、やっぱり育った世界が違うなら、その先が違うことは必然なんだなぁと思いながら、虚華は夜の星を眺める。

 今宵も綺麗な星が輝きを増している。雲一つ無い空に、済んだ空気のこの世界では星がよく映える。

 そんな空を見て、虚華はふと思う。自分に彼女らと会う資格などあるのだろうかと。


 (私が入ったあの組織は『七つの罪源』この世界の癌だと罵る人物も所属している。勿論存在は殆ど探索者しか知らないけど、いつかは全世界の人間が知ってしまうかも知れない。それに……)


 虚華が何も言わずに空を眺めると、「エラー」も何も言わずに槍斧を磨いている。

 誰よりも非人を嫌っている彼女。彼女が自分がヴァールとして過ごしていることを知ったらどうなるのだろうか。


 (この秘密は、臨や雪にも言えない。文字通り皆を裏切ったんだ、私は)


 この先、白の区域以外の区域に居るはずの、「エラー」の作った「喪失」のメンバーに会いに行く時が訪れるだろう。その時に「エラー」であるべきなのは、自分ではないのだろうか。そんな思考がぐるぐると回って、あちこちにこびりつく感覚に襲われる。

 答えのない自問自答はディストピアに居た頃から癖になるほどしている。その結果が虚しいものだと知っていながらも、辞めることが出来ない。最早呪いのようなものだ。


 (ねぇ、琴理。私はどうしたら良いのかな)


 「そんなの、自分で決めた道を爆進するしか無いじゃないっすか」

 「!?」

 「どうしたの?ホロウ?そんな急に首を横に振って。もしかして夢でも見てた?」


 クスクスと虚華の愚行を笑う「エラー」の事は、ひとまず置いておく。

 虚華は確かに琴理の声を聞いた。フィーアでの彼女ではなく、自分のよく知る口調の彼女だった。

 けれど、辺りを見回しても、自分と「エラー」の二人だけしか居ない。気の所為なのだ。

 少し落胆したような表情を見せながらも、「エラー」保留していた返事をする。


 「うん、ちょっと夢見てたかも。だいぶ懐かしい夢だけどね」

 「そっか。その夢、大切にしたほうが良いかもね」


 二人は互いの顔を見て、クスリと笑う。同一人物なのに笑い方が微妙に違っていた。

 その事実が、虚華の心を少しずつ蝕んでいることを誰も気づくことはなかった。




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