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【Ⅴ】#Ex 口は災いの元を履き違えてる奴



 臨は仄暗い部屋の中で、何処かから漏れ出している水の音が聞こえて目覚めた。

 霞む視界が徐々にクリアになって行く中、此処が何処だか判断するべく、目を凝らす。

 辺りをキョロキョロしてみるも、見覚えのない場所だった。水の音も、水も無い。

 臨が最後に覚えていたのは、何処だか分からない程の濃霧に包まれた森のような場所。けれど、此処は誰かが定期的に掃除をしているような宿屋の一室のような場所。


 (なんだ?この部屋は。こんな場所で寝ていたのか、ボクは)


 けれど──どうにも部屋のセンスが臨とは掛け離れているようで、臨は部屋のインテリアなどを見て、顔を顰める。きっとこの部屋の主とは仲良くなれないだろうなと心の中で悪態をつきながら、部屋の中を歩く。

 白と黒のコントラストに吐き気を覚えつつ、一刻も早くこの部屋から出たかった臨は部屋から出ようと扉に手を掛ける。

 ドアノブを捻っても扉が開く気配は無い。引き戸の可能性に賭けて引いても開かなかった。


 (何でかは分からないけど、この部屋にいると気分が悪くなる。何らかの魔術の影響?)

 

 ドアから出ることを諦めた臨は、他に外で出れそうな場所はないかと部屋を散策した。

 部屋の中に一個だけ窓があるが、窓の外を見ると地面が見えない。

 きっと臨が飛び降りたら、そのまま天に召されることは想像に難くない。

 窓から出ることは出来無さそうだと思った臨は、窓をパタンと閉めた。


 (他に出れそうな場所はない。転移の魔術も使えない。道具もない……)


 はっと思い出したかのように、臨は自身の装備や持ち物を確認する。

 自分の服装や装備などは一切盗られていない。何故この場所で寝ていたのかも含めて、臨には記憶のない部分が多すぎると頭を抱える。

 部屋から脱出も出来ないと判断した臨は、不快感を感じながらも部屋の中を見て回る。

 それなりに豪華な客室なのか、先程まで自分が寝ていたベッドも豪華なものだ。

 自分が捕虜のような扱いをされていなかったことは理解できるが、それなら何故、部屋に外からしか開けられない鍵を掛けているのか理解が出来なかった。

 ──だから、後ろから声がしたことを、臨の脳が理解するまで幾許の間があった。


 「失礼。目が覚めたのですね。身体の方は問題無いでしょうか?」


 臨がギョッとして振り返ると、物腰が柔らかそうな女と、何も言わずに佇んでいる男の二人が、部屋の中に居た。

 女の方はおっとりとした雰囲気を身に纏い、目元も垂れ目気味なせいか、友好的な感じが一瞬したが、声質は機械的で、対応も冷酷な雰囲気を漂わせている。

 男の方は、何も言葉を発してはいないが、武人のような見た目をしており、身体は筋骨隆々という言葉が似合うほどには鍛え上げられている。言葉ではなく、拳で語り合おうと今にも言ってきそうな雰囲気だ。

 二人はこちらを敵視していないが、それにも関わらず、臨は全身の毛が逆立つ感覚に襲われる。

 

 (この二人、ボクの中の第六感が危険だ(逃げろ)って言ってる)

 

 拘束着のようにも、修道服のようにも見える黒い装束を纏っている二人だが、女の方はやや露出度が高く、足などもガッツリ露見されている辺り、本職(シスター)ではないのだろう。はっきり言ってコスプレにしか見えないと思っている臨は、警戒心を高める。

 警戒心を高めていた臨は男の方を見ると、急に心臓が締め付けられるような感覚に襲われる。凄まじい吐き気を催しながらも、何とか寸での所で抑え込み、二人を睨みつける。

 そんな苦しそうな臨の姿を見た女は、眉を下げながら指を鳴らす。すると、臨の吐き気やその他不調が嘘みたいに回復した。


 「失礼。私どもの()()が貴方の身に害を与えたことを謝罪します。これで大丈夫でしょうか?」

 「……貴方達は一体何者なんですか?どうしてボクは此処に?」


 心配そうに声を掛けた女に、臨は警戒心を最大限高めて、質問を投げかける。

 女は眉を下げ、申し訳無さそうな口調で、それでいて無機質な声質で臨の質問に答える。


 「困惑。恐らくは私どもの内の誰かが助けたのでしょうが、少なくとも私でも、彼でもありません。この館の主は、貴方のことを存じていました。恐らくは主か、『禁忌』辺りが連れてきたのではないかと思います。それと申し遅れました、私は『寂寞』、彼は『忘我』。私どもを認識する際は、二つ名で十分だと判断しましたので、私ども自身の名は伏せさせて頂きます」

 「『禁忌』……『寂寞』……『忘我』」


 臨は、女──『寂寞』の言葉に一片たりとも嘘がない事がないことに驚きつつも、聞き覚えのある単語を脳内で何度も反芻させる。

 そして思い出した。先程の三つの二つ名は、此処最近話題になっている『七つの罪源』と呼ばれている集団が名乗っている物だと。

 断片的な情報をまとめた結果、臨は今、『七つの罪源』が根城にしている場所に一人連れてこられたことになる。そして、連れてきた人物はリーダーである『歪曲』、もしくは『禁忌』のどちらかであると。


 (もしかしなくとも不味いな。何とか脱出したいけど、打つ手がない……)


 臨は息を吐くと、『寂寞』の方を見る。

 見るからに敵意のない風体に、戦闘向きではない躰をしているが、これでもフィーアでは有数の大罪人だ。何の罪で投獄されたかまでは知らないが、脱獄までしているとはとても思えない。

 臨の視線が気になったのか、『寂寞』は臨のことを頭から足まで一通り見た後、不思議そうに首を傾げる。


 「疑問。性別は男性だと判断しましたが、どうして格好は女性の物を?」

 「え?……あ」


 臨は、此処に来るまでの経緯を思い出した。その過程の中で、自身の糸を操る武具のために可愛らしい女の子の格好をしていることも。そのせいでニュービーに馬鹿にされ、虚華からは生暖かい目で見られていた。

 今まで緊張や恐怖でピンと張り詰めていた『糸』が切れる音がした。

 崩れるように地面にへたり込んだ臨は、二人に姿を見られているのが恥ずかしくなったのか、自身の身体を縮こませる。

 涙を流している臨を見た『寂寞』は、臨の恥じらいを見ても尚、無表情で居たが、今の今まで無言を貫いていた『忘我』が音もなく臨に近づき、背後から肩を叩く。

 ビクンと身体を震わせた臨が、涙を浮かべて振り返るとそこには強面の『忘我』が顔を近づけていた。


 「衣服の違いなど、気にするな。主は自身のしたいようにするがいい」

 「え……があぁ!?ああああああ!?」


 『忘我』が耳元で囁くと、臨の身体に黒い炎が纏わりつく。

 黒い炎が燃え盛り、身を焦がすような苦しみを味わった臨は、火が消える頃には意識を手放していた。

 その一部始終を間近で見ていた『忘我』と少し離れた場所で見ていた『寂寞』は互いの顔を見る。

 ため息を付いた『寂寞』は、腕を組みながらも無表情で『忘我』を咎める。


 「慟哭。彼は恐らくは客人。()()()()()()()に貴方の災禍は身に余る猛毒。『歪曲』も言っていたではありませんか、貴方は口を開くべきではないと。何故、彼に言葉を掛けたのですか?」


 『寂寞』の叱咤を受けた『忘我』は『寂寞』の方を向く。顔には一切後悔の念は滲み出てないが、臨の方を一瞥すると腕を組んだ。


 「可哀想であろう。男には見られたくないものがある。その記憶を消すことは『()()』ではないか?」

 「嘆息。『禁忌』が何故、口を閉ざせと命じたか、一端を理解した気がします。「()()()()()()」を体現したような方ですね。貴方は」

 

 おっとりとした雰囲気で、人の心を簡単に抉るような事をズバッと言う『寂寞』も人のことが言えるのだろうかと思った『忘我』だったが、それを口にするのも、災の元であろうことを悟り、何も言わずにその場で瞑想を始めたのであった。



_________________


 

 「で、困った二人は俺の元へ来た……って感じか?ん、チェック」

 「『寂寞』も大変だねぇ?ケヒヒ……ってえぇえ!?いつの間に!?ちょっと待って『禁忌』ぃ!?」

 

 綺麗に梳かされた銀髪を振り回しながら、アラディアは禍津のチェックに待ったを宣言する。

 直ぐに却下され、アラディアは敗北が確定すると自嘲じみた笑みを浮かべて盤面を眺めだす。

 『寂寞』と『忘我』は自身らのした事の報告と、黒咲臨の対応をどうするかを問うべく、館の主がよく滞在している一室を訪れるも、パンドラは席を外していた。

 その代わりと言っては何だが、アラディアと禍津がチェスを嗜んでいたので、『寂寞』は二人にどうするかを相談しようとしていた。

 報告している際も、チェスのコマを動かす手を止めなかった二人に多少の苛立ちを感じていた『寂寞』であったが、禍津という男が元よりそういう存在だと知っているので、事務的に簡潔に報告した。

 話半分以下でしか聞いているように見えなかった禍津は、思いの外、話を聞いていたようで、アラディアをボコボコにしながらも『寂寞』の報告の概要を理解していた。

 禍津はチェスでボロボロに負かされたアラディアが髪の毛を搔き毟り、半狂乱になっているのをご満悦な表情で見ていたが、それも飽きたのか、『寂寞』を見る。


 「要は、『忘我』が喋ったことでノワールに災禍が蝕んだ。それをどうするかと、何故こいつが此処に居るかを知りたいんだろう?違うか?『寂寞』」

 「肯定。チェスで『虚飾』をズタズタにしていた割に話を聞いているんですね。流石です」


 『寂寞』がうんうんと頷きながら禍津の結論を肯定すると、禍津は顔を顰める。

 禍津がため息を付いていたが、きっとそれは『忘我』が言葉を話したからだろうと、解釈し、気にもしないで話を進める。


 「疑問。あの少年の名がノワールというのは、会話の中で把握しました。では彼を連れてきたのは『禁忌』、貴方ですか?そして何故この館に()()()()を招いたのですか?主が許すとでも?」

 「さてな。お前が知る必要はないだろう。()の対処は俺がしよう。話はそれだけか?」


 黒と白が入り乱れた椅子から立ち上がり、部屋から出ようとした禍津だったが、背後から凄まじい殺意を感じた。

 禍津はまたか、と小さくぼやいて、呆れた表情を浮かべて振り返る。

 普段はおっとりとした『寂寞』の全身から、怒りや憎悪といった負の感情が滲み出ている。

 その負の感情は、普通ならば蝕むのは心だけだが、彼女の感情は一味違う。

 紫、黒といった感情が、黒い鎌や紫の斧へと具現化し、『寂寞』の身体を襲う。

 『寂寞』の身体を傷つけては消え、切り刻んでは消えを繰り返す。

 この場にいる者達はいつものことだと意にも介していないが、傍から見れば正気の沙汰ではない。

 ただ、普段の自傷とは違うことを悟った禍津は『寂寞』を見かねたのか、口を開く。

 

 「『寂寞』。自傷するのは別に構わないが、俺にその感情をぶつけてどうする気だ?」

 「失笑。()()()()()()()()()()()だけのことです」


 それだけを言い残し、『寂寞』は更に自身の感情を高ぶらせて、感情の武器で自傷する。

 即座に体の傷は回復するが、それに負けず劣らずのスピードで『寂寞』は自傷を重ねる。

 幾許の自傷を重ね、彼女が十分だと判断したのか、『寂寞』は何処からか自身の身長以上の大鎌を取り出して、禍津の喉元へと突きつける。

 後一センチでも前に鎌を伸ばせば、禍津の喉元を食い破ることは明白なのに、『寂寞』は表情を一切変えていない。


 「疑問。再度問います。何故、彼は此処へ?そして主は何処へ?」

 

 禍津は目の前に命を簡単に奪う狂気を突きつけられながらも、大きなため息をつく。

 アラディアも、『忘我』も目の前の光景に何も口出しをしない。二人共、その行為が()()()()()だと言わんばかりに二人でチェス盤の駒を動かしている。


 「この館へ戻る途中で見つけたから保護しただけだ。主の友人の仲間らしくてな。仮説も失敗に終わったし、適当に白の区域の何処かに放り出すつもりだ。何ならお前が返してやっても良いんだぞ?それもまた『()()』だろう?」

 「唾棄。別に構いませんが、何処に返すのですか?」


 怒りの鉾を収めたのか、『寂寞』は、臨を元の場所へと返すべく動こうとする。

 その際に何処につれていけば良いのかを知らなかったので禍津に問うと、禍津ではない人物が口を挟んだ。


 「ケヒヒ……最近リーダーの秘書になった子がいるでしょ?ヴァールね。あの子が表で暮らしている付近の森に小屋があるから、そこに置いておけば後は勝手に住処に帰ってくれるよ。ウェヒヒ……」

 「深慮。何故『虚飾』が?あぁ、ヴァールとやらがお気に入りでしたか。私は気に入りませんが。兎も角、把握しました。ではこれからノワールを森へと返却に向かいます」


 『寂寞』は、臨を片手で抱き上げると、空いた方の手を空中で動かす。

 彼女が手を動かすと、何も無かったはずの場所から黒い扉が黒い靄と花弁と共に現れた。

 その黒い扉を『寂寞』が潜ると、黒い扉はどろりと溶けて無くなってしまった。


 「ケヒヒ……良いのか?」

 「何がだ?」


 クスクスと笑いながら問いかけるアラディアの言葉に、禍津は適当に返事する。

 解かってる癖にと、邪悪な笑みを浮かべながら、アラディアは言葉を続ける。


 「ヴァールの住んでた街、ジアだっけ?今あそこヤバいらしいじゃん。夜桜透の一味が何やら企んでるらしいって聞いたケド。ケヒヒ…」

 「さてな。俺には関係のないことだ。ヴァールのことは多少興味があるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」


 それだけを言い残した禍津は、黒い扉を生み出し、何処かへと消えてしまった。

 『忘我』も気づけば何処かへと行ってしまい、一人、部屋にぽつんと残されたアラディアは、独り言をボソボソと呟きながら、先程の一戦を振り返りながら紅茶を嗜んでいた。



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