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【Ⅴ】#3 臨との約束Ⅰ



 虚華は一時期、孤独のあまり、絶望に暮れている時期があった。



 虚華の両親が他界する前は、ディストピアの居住区で慎ましく暮らしていた。

 だが、両親の感情は既に剥奪されており、虚華が色々な話をしても、決まった答えが返ってくるだけ。

 機械的で温かみのない家庭でのやり取りに虚華は幼いながらも辟易としていた。

 そんな家庭に嫌気が差した虚華は小等部で友人を作り、遊ぶことが出来れば幾分か気が紛れると思っていた。

 小等部には感情が剥奪されていない子供達が多数在籍している。大人達と違って、会話をすればキチンと返してくれるし、返事や表情も幼いながらも豊かだった。

 

 (でも、私に友達は出来なかった。話しかけることすら出来なかった)


 家族以外の人間と話すことが得意ではなかった虚華は、他の同級生に声を掛けることが出来ずに遠くで羨ましそうに見ているだけで精一杯だった。

 その結果、虚華には誰一人として友達と呼べる子は居らず、一人でブランコに乗ったり、人気のない時間に遊具で寂しく遊んでいることが多かった。

 最初の方は一人寂しく遊んでいる虚華を誂う子供も居た。そういった手合は大体がスカート捲りなどをしていたものだったが、あまりに虚華の表情が悲壮な物だったせいで、小等部間の暗黙の了解によって虚華には一切関与しないというルールが作られてしまった。


 __________


 「君、ちょっといいかい?」

 

 先日、暗黙の了解のことを知らなかったのか女の子が、一人でブランコで遊んでいた虚華に話しかけてきた。普段俯きがちで人の顔を見ることが無かった虚華は、自分の名前を呼ばれると、ひぃと息を吸い込みながら小さな呻き声を上げる。

 恐る恐る少女の方を見てみると、見覚えのない少女だった。光すらも飲み込んでしまうような黒色の瞳と髪、外で遊ぶ年頃の少女の割には白く綺麗な肌の彼女は、この学校でも見掛けた記憶がない。

 歳は同年代位だろうか?中等部の可能性もあるが、校舎は大分離れているし可能性は低いだろう。

 黒髪の少女は怯えながら黒髪の少女の方を向いた虚華を一瞥すると溜息を一つ漏らす。周囲に居る子供達を蔑むような視線を当たりに撒き散らしながら陰鬱そうな声で嘆く。

 

 「相変わらず異物に厳しいね。周りの有象無象は一人で狼狽える君を鳥籠に閉じ込め、眺めているようだ。君はそれでいいのかい?」

 「え、えと……。どういう、意味……?」


 久方ぶりに話し掛けられた虚華は、言葉に詰まりながらも何とか少女に返事をするが、少女は無言で虚華の前で片膝をついて虚華の瞳を覗き込む。

 人に近寄られたことも久々だった虚華は、わぁっ!?と情けない声を出してブランコから転げ落ち、尻餅をつく。そんな虚華に少女は手を差し伸べる。


 「退屈しているのなら、私と来ないかい?鳥籠の中で踊るよりかはさぞ楽しいだろうよ」

 「……?」


 頭の上に疑問符を浮かべている虚華を見た少女は、自身の言葉が通じていないことを悟る。顔を少し赤らめ、コホンと咳き込むと、再度虚華に手を差し伸べる。


 「一人で遊んでても退屈だろう?良かったら私と私の友人達と遊ばないかい?」

 

 先程よりも分かりやすく話した事で、虚華はようやく自分が遊びに誘われていることに気づく。最初は目を見開いて驚くも、次第に疑念の目で少女を見始める。虚華の表情の変遷に疑問を抱いた少女は首を傾げる。


 「おい、あいつ、(えやみ)に話しかけてるぞ」

 「見ない顔だな、誰だ?」

 「あの顔、どっかで……」

 

 少女の手を借りずにブランコに座り直した虚華から少し離れた場所で、話し声が聞こえてくる。虚華がちらりと見てみれば声の発生源は小等部の生徒だ。彼らは、虚華達に近寄ることすらせずに、ヒソヒソと小声で何やら話している様に見える。

 ──いつものことだ。誰かが虚華にアクションを起こすと、遠からず近からずの距離からこちらを眺め、複数人でヒソヒソと何かを話す仕草をする。実際に何を話しているのかは分からないが、話し掛けた相手からしたらいい気分はしないだろう。そして、大した反応を返せない虚華は、困った表情をして言葉に詰まるだけ。


 ──そんな状況下で誰が、虚華と関わり合いになろうとするのだろうか。


 現にこの手段のせいで、虚華と関わろうとする人間は小等部から消え去ってしまった。虚華はそう思っていた。

 虚華はもう誰も自分に関わってくる者が居ないまま、感情が失われると思っていた。そんな絶望の淵に呑まれていた虚華の目の前に、少女は現れた。

 それでも虚華は動けない。ブランコに座ったまま俯いている虚華は、周囲のどよめきに呼応して、心拍数が跳ね上がり、呼吸も荒くなっていく。

 素性の知らない少女の手を取れるはずもなく、虚華はただ黙ってじっと下を見ている。

 地面を見つめている虚華を見た少女は、周囲の反応を見て、納得したような表情で頷いた。


 「なるほど、鳥籠の鍵を持っているのに出てこないのか。困ったね。扉を破壊しても無駄だとしたら……どうすればいいんだろうね?“鳥籠の主”はどう思う?」

 「わ、私の、事?」

 

 少女が虚華に話しかける度に、周囲の話し声が大きくなっていく。

 二人の声を掻き消そうとしているのかと錯覚する程、大きな声があちこちから聞こえてくる。

 虚華は恐る恐る少女の顔を見る。俯きがちで前髪で目が隠れている虚華の視線を感じ取った少女は「また来るよ」と小声で虚華に耳打ちして、校庭から去っていった。

 黒髪の少女が去ると、周囲の話し声がピタリと止み、気づけば校庭には虚華一人だけになっていた。

 キョロキョロと辺りを確認して、誰も居ないことを確認すると、虚華はふぅっと息を吐く。


 「あの人は誰だったんだろう……?私なんかを拉致してどうするつもりだったのかなぁ。難しい言葉で誘惑?しようとしてたんだよね、きっと。うん」


 自分は正しい行動をしたと思い込んでいる虚華は、一人満足気にうんうんと頷く。

 一人で遊んでいる所を拉致しようと黒髪の少女が声を掛けてきたと思っていた虚華は、少女の言葉を曲解して受け取っていた。

 それでも久しぶりに話し掛けられたことが少しだけ嬉しかった虚華は、黒髪の少女が去っていた方向に首を向ける。


 「誘拐目的でもいいからまた来てくれないかな。話せるかは疑問だけど」

 

 誘拐犯と再度話したいと思うくらいに虚華は、人との会話に飢えていた。


 _______________

 

 虚華が帰宅すると、母親がいつも通りの動きと口調で虚華を出迎える。

 

 ──おかえりなさい。今日も無事帰ってきてくれて嬉しいわ。ご飯出来てるわよ。

 

 何度も何度も聞いたそのセリフは、黒髪の少女というイレギュラーが現れても変わらない。

 虚華は返事もおざなりにして自室に籠もる。荷物を投げ出しベッドに体を投げ出すと先程の出来事を思い出す。

 凛とした態度で虚華に話しかけてきた黒髪の少女には、虚華に無い物を全て持っていた。

 小等部の暗黙の了解も知らずに、虚華と会話をする勇気。

 周囲の視線などを一切意に介さない度胸。

 虚華には理解できなかった難しい発言の節々から感じる知識。

 虚華の反応や言動に眉一つ動かさず、最後には笑顔を浮かべた寛容さ。

 人と関わる事に恐怖心を抱いている虚華が気になる程の魅力。

 

 小等部では虚華に近づいてくる者は一人も居らず、虚華が近付くと何故か皆その場所から居なくなる。

 そんな生活をしていたらどうしても不思議な人に惹かれるのは自然の摂理だ。


 (名前だけでも聞いておけばよかったな。そうすれば誰か分かったのに)


 ベッドに顔を埋めていた虚華は、誘拐犯(?)の事で頭が一杯で、普段から撒き散らしている陰鬱なオーラはすっかり消え去り、今の虚華は年頃のちょっと奥手な少女のようになっていた。

 自宅では親の機械的な態度や昔の両親を思い出して枕を濡らし、小等部では周囲の生徒の態度に毎日涙を流していた虚華だったが、今日に限っては一度も泣いていなかった。

 もしかしてこれが恋なのでは?と恋も知らぬ虚華がベッドの上で足をバタつかせていると呼び鈴の音がした。

 感情を一括管理しているディストピアで呼び鈴を鳴らした所で出る事が出来るのは子供だけ。つまりはこの呼び鈴はこの家に住んでいる子供──虚華を呼んでいる。

 

 (誰だろ。こんな時間に、ましてや私の家なんかに尋ねるなんて……もしかして……)


 普段ならば陰鬱な思考に陥りがちな虚華は、出ることを拒んでいたが、今日は黒髪の少女という再び会いたいと思える人間と出会えた。そんな日の夕方に自分を呼ぶ音が聞こえてしまっては、どうにも期待が膨らんでしまうのは人間の性だ。

 二階の自室から飛び出し、玄関の扉を開くとそこには二人の少年少女が立っていた。

 虚華が露骨にがっかりした顔をし、扉を閉じようとすると少年が「待って」と虚華に声を掛ける。

 怪訝な顔で二人を睨むと、黒髪の中性的な見た目をしている少年──黒咲臨が手をこちらへと差し伸べてきた。


 「君が結代さんだな。良かったら僕らと共に来ないか?僕ら以外にも沢山の仲間が居るんだけど」

 「ん。ずっと一人って、辛くない?」


 黒咲臨の言葉に続けて、燃えるような真っ赤な髪の毛の少女──緋浦雪奈が臨の後ろで首を傾げる。きっと同意を求めてのことなのだろうが、どうにも彼女は既に感情が失われているように見えた。

 今日はやけにそういうお誘いが多い。これで2件目だ。しかも今度は自宅にまで来た。


 (何で声を掛けられるんだろう?何か裏があるんだろうけど)


 黒咲と緋浦を名乗る二人も歳は同世代だが、小等部では見ない顔だ。此処まで美人な二人なら、嫌でも一度くらいは虚華の視界に入るだろう。見ていないということは在籍していない可能性が高い。

 虚華は黒髪の少女の時の反省を活かし、聞くことにした。何故自分を誘うのかと。

 どもりそうになりながらも意を決して虚華は口を開いた。

  

 「な、なんでっ、私を誘う……の?私、嫌われ、者なの、にっ」


 言葉は噛み噛み、拙い言葉ながらもきちんと相手に伝わったのだろう。黒咲と緋浦は互いの顔を見合っていた。二人は首を縦に振ると、虚華の方を向く。

 黒咲は再度虚華の方へ手を差し伸べる。短い言葉ながらも真剣な表情で臨はこう言った。


 「君の命が狙われてる。僕らは君を助けたい。だから一緒に来てくれないか」

 

 虚華は何も言わずに黒咲が伸ばしていた手を掴んでいた。自分でも黒咲の手を掴んでいたことに驚いた虚華は、有無を言わさずに黒咲達と共に結代家を後にした。

 着の身着のまま家を出てしまった虚華が、両親の死を知ったのはその数日後だった。



7月8月は多忙なので大分更新が遅れてしまいますが応援よろしくおねがいします!

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