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【Ⅴ】#1 罪の声、悪魔の契約



 透の歪みきった愛の告白から、寸での所で逃げ出した虚華達は一度解散し、後日ギルドに報告することにした。

 「喪失」も各自解散し、虚華は自室に戻ると、糸が切れたかのようにベッドに倒れ込んだ。

 全身が重い。恐怖で身体が震えているのに思うように身体が動かない。

 あれ程の恐怖心を抱かせる告白は生まれて初めてだった。

 吊り橋効果でドキドキを誤認させる、という手法はディストピアにもフィーアにもあるようだったが、物事には限度がある。命の危険に晒され、仲間を殺されかけ、あまつさえ一人は重傷なのだ。そんな大規模な告白をされても虚華には怒りと恐怖心しか抱かせることは出来ず、ドキドキ感を感じている余裕など一切無かった。

 

 (あれが、この世界での透……私の知っている彼とは大きく掛け離れてた)


 虚華の知っていた透も、多少なり歪んでいたような気がしないでもないが、それでも他者を陥れ、自分の欲望の為だけに力を振るうことなんてしなかった。

 この世界に来た時に初めて会った人間は透だった。あの時の透はあそこまで歪んでいなかった。確かにちょっぴりだけ積極的だなぁとは思ったけれど、臨や雪奈を傷つける様な事はしないと思っていた。

 フィーアの雪奈を殺す事なんてしないと思っていた。けれど、それは間違いだった。

 虚華の目を覆っていた黒い靄は既に晴れ、虚華は現実を直視した。

  

 (その結果がこのザマだ。私はどうしたら良いんだろう)


 透の要求は唯一つだった。──ホロウが欲しい。

 たったそれっぽっちの願いの為に多くの人を傷つけた。

 自分が此処に来たから、彼は狂い、多くの人間を殺め、魔物を貪った。

 そう思うと自分の存在がどれほど疎ましい物なんだと自責が止まらない。


 「私は……どうすれば良いんだろう……」

 「好きにすればいいじゃろう?」


 ベッドに倒れ込んで、誰も居ない筈の部屋で独り言を呟いた筈が、返事が返ってきた。

 虚華はギョッとし、枕に埋めていた顔を声の方へと向ける。

 振り向いた先には、白と黒のコントラストが効いた少女──パンドラが虚華の上で頭の下に手を組んで空中を漂っていた。

 虚華が驚いた目でパンドラを見ると、パンドラは無邪気に笑いながら手を振っている。


 「パンドラさん!?なんでここに居るんですか?」

 「お主、黒い扉をそのままにしたじゃろ?そこから来た。何か妾に話でもあるのかの思っての。気を利かせたんじゃ」


 パンドラの指摘を聞いた虚華は窓の方を見ると、確かに黒い重厚な扉が鎮座していた。普段なら確かに扉を閉じて、消失させているのに今日は開けっ放しだった。もしかすると気が緩んでいるのかもしれない。

 肩を落として落ち込んでいる虚華とは対称に、パンドラは腰に両手を置いて無い胸を張ってふふんと鼻息を漏らした。えっへんと言わんばかりの威張り方をしているパンドラを見た虚華は少しだけ表情を緩ませる。

 理由は分からないが、虚華の表情が緩んだのを見たパンドラは嬉しそうに虚華に近づく。


 「普段はきちんと閉じるホロウが扉を開けている。何かあったんじゃろう?ほれ、話してみよ。話せば楽になるやも知れん。それにお主のそんな顔見ておれんわ」

 「あはは、パンドラさんには隠し事できませんね。実は」


 虚華は白雪の森で起きた事の顛末を大まかに話した。

  透が自分に愛の告白をし、拒絶するなら周りの人間を皆殺しにしてでも手に入れると言ったこと、仲間の一人が行方不明になったこと、友人の一人からヰデルヴァイスを奪い取り、そのヰデルで重症を負わせたこと、透の行動や、変貌した姿がとても人間には思えなかったこと等、虚華の心象も含めて隠す部分はきちんと隠して、パンドラにすべてを伝えた。

 虚華の話を黙々と真面目に聞いていたパンドラは、聞き終えた後も表情は硬いままだった。

 宙に浮いたまま胡座で腕を組んで真剣そうな表情で考え事をしているのを見ると、如何に彼女が自分の話を真面目に聞いてくれていたのかが見て取れる。

 たったそれだけのことだったのに、虚華の目尻から涙が零れ落ちる。

 虚華の涙を見たパンドラは空中であたふたしている。


 「これホロウ、なんで泣いておる。妾が宙で話を聞いていたか?なら地に足付ける事も吝かではないが……」

 「いいえ違うんです。これは嬉しさから来る涙なんです」


  ほう?と少しだけ訝しげな顔で地面に足を付けようとしていたパンドラは、再度虚華の頭位の高さにまで浮上する。

 虚華の表情の変化で、パンドラの口調や態度も少しずつ変動していることに気づいた虚華は、少しだけ笑みを浮かべる。


 「お主は面白い奴よの。笑ったり泣いたりと顔が忙しい奴じゃ。それで先程の話を聞かせてもらったが……ホロウ。お主は結局どうしたいんじゃ?」

 「どうしたいか……ですか」


 虚華がそう言うと、パンドラはうむと頷く。自分がどうしたいか。それが分からないから誰かの意見や考えを乞いたかった虚華は、空っぽになった頭の中で必死に考えるも、何も浮かばない。

 途中まで必死に目を瞑って考えていた虚華も、次第に自分の情けなさでまた目頭が熱くなる。

 

 「分かんないんです……私がどうしたいかも。色んな物が混ざって、どうしたら良いのか分からなくなっちゃったんです……」

 

 涙ながらに自分の考えを見失ったと告白した虚華の頭をパンドラは撫でる。

 虚華は目を見開いてパンドラの方を見ると、パンドラは子を見るような顔をしてこちらを見ていた。


 「なら良い。僭越ながら妾が状況を纏めてやろうぞ。あくまでホロウから聞いた話を纏めるだけじゃ。その中から自身がどう動こうとするかは自分で考えるのじゃぞ?」

 「わ、分かりました。お願いします」


 ペコリとお辞儀をした虚華を見たパンドラはコホンと一つ咳をする。

 虚華がパンドラの方を向くと、パンドラは指をパチンと鳴らす。すると手にはポインター、黒い扉があった場所にはホワイトボードのようなものが置かれていた。


 (さらっと授業みたいな光景になったけど、この人何者なんだ……)


 虚華が黙ってパンドラの出現させたホワイトボードを見ていると、パンドラが口を開く。


 「今回の問題……そうじゃなぁ、夜桜事変とでもしておこうか。この事変での死亡者は探索者ギルドのニュービー二人と、白雪の森やその他の場所に生息している魔物が多数といった感じで間違いないか?」

 「そうですね……間違いないです」

 「ふむ、なら続けるぞ」


 虚華の話を纏めてホワイトボードに書き出しているパンドラは、虚華に確認を取りながらつらつらと達筆な字で死亡者の欄にニュービーと魔物多数と書かれる。

 ホワイトボードはそれなりに大きいものだったが、普段から地面に足をつけていないパンドラには何の問題もなかった。


 「他の被害者は、「喪失」のホロウは無傷、ノワールが行方不明、メラーが軽傷。「獅子喰らう兎」の白月が軽傷、紫乃裂が重傷で間違いないな?」

 「えぇ、間違いないです。ちゃんと聞いてくれてて嬉しいです」

 「そう言われると照れるのぉ。って、今はそういうのはナシじゃ!」


 パンドラは死亡者の下に被害者の欄を用意し、仲間達の状況を書き足す。

 少しホワイトボードから離れて、うーむと俯瞰的な視点で見るとパンドラは虚華の方を見る。


 「次に犯人じゃが、夜桜透。紫乃裂から奪ったヰデルヴァイス──スパクトロギアで自身の心臓を貫き、自身の身体を異形へと変貌させた。これも間違いないな?」

 「はい。あの姿は一体何だったのでしょう……?人間にはとても見えませんでした」


 虚華の問にパンドラは不思議そうに首を傾げる。

 くるりと宙に浮いたまま、パンドラはポインターで虚華の頭を小突く。

 おでこの部分を擦りながら、何するんですかぁと虚華は涙目でパンドラを見る。

 

 「む?お主の話の中で「エラー」が言ってたではないか。「奴は非人に堕ちた。だから殺めねばならぬ」とな。元々非人だったのか、堕ちたのかは知らぬが、まぁ話を聞く限りでは人間業ではないな」


 パンドラは犯人という欄を、夜桜事変の下の空欄に書き、透の情報を事細かく書く。

 確認はしなかったが、透の歯車の異常性と腐蝕性も追記している。

 次は……とホワイトボードを眺めているパンドラに、虚華は無言で手を挙げる。

 

 「なんじゃ?」

 「次は今回の被害者が透の対処をどうするかを書くと良いと思います」

 「ふむ」


 パンドラは虚華の言葉を受け、名前の下に追記で透をどうしたいかを書く欄を用意する。

 

 「えーと確か……「エラー」、メラーが討伐推奨派、フィルレイス、白月が討伐否定派じゃったな。おぉ、フィルレイスは確か軽傷じゃったな。書き忘れておったわ」


 イドルのことを二人共忘れており、急いでイドルの事をパンドラは追記する。

 書き終えるとパンドラは各々がどのスタンスで居るかを簡単に纏める。達筆ながらも読みやすい字で書いてくれているため、虚華も自然と内容が頭に入ってくる。

 一通り書き終えたパンドラはホワイトボードを顎の下に手を置いてまじまじと見つめる。

 

 「こんな所かの……でじゃ。夜桜を殺そうが、殺さまいが妾はどちらでも構わぬが、紫乃裂が抜けて五人で夜桜と再び相見えたとて勝てる見込みはあるのか?」

 

 いきなりパンドラに核心を突かれた虚華は苦い顔をする。パンドラの目を見てもいつものような楽しそうな感じは一切感じられない。虚華のために淡々と情報を纏め上げ、作戦を立てる参謀の目をしている。

 一つ深呼吸をして、虚華も凛とした態度でパンドラを視界に入れる。


 「無理でしょうね、今の私達では歯が立ちません。それに彼の目的は私です。私が居なければ相手にしないか、もしくは腐蝕の歯車で腐敗させるのがオチでしょう」

 「ま、そうじゃろうな。ギルド内にその腐蝕を防ぐ手段を持つ者もそうは居らぬ。ならばどうする?一人で立ち向かってそのまま、奴の花嫁にでもなるか?」

 「嫌です!……でも現状、そうしないとどんどん皆が腐蝕に苦しんでいく……」


 既に自身の中で詰んでいる事を理解していた虚華は、パンドラの言葉に声を出して泣き崩れる。

 ふよふよと浮かんでいたパンドラは、先程とは打って変わり少しだけ口角を上げる。

 パンドラは地面にへたり込んでいる虚華を持ち上げ、虚華の視線を普段のパンドラと同じ位置になるまで浮遊できるように飛行魔術を発動させる。

 涙が引いた虚華は、目元を真っ赤にした顔でパンドラの方を見る。そんな虚華にパンドラは普段浮かべているような満面の笑みを見せる。

 

 「泣くなホロウよ。妾が居るじゃろう?お主の友である妾が」

 「え……でも……」

 「こう見えて、妾はそれなりに強いんじゃぞ?お主らの仲間とは共闘出来ぬが、妾とホロウ……まぁそれが無理なら、妾の仲間も呼んで夜桜を潰してやろうではないか」


 虚華に見せるパンドラの表情に少しだけ邪悪さが孕む。その顔が怖かったのか、虚華は怯え気味にパンドラに訪ねた。


 「で、でも、パンドラさんには何の得も……」

 「はぁ?何を言っておる。友の窮地に金銭や物的要求をする者があるか馬鹿者」


 むすっとした表情になったパンドラは、虚華のおでこをコツンと小突く。

 先ほどとは打って変わって、それなりに痛かった。パンドラの方をちらっと見ると、頬を膨らませて怒りを表現し、虚華を浮かせたままそっぽを向いている。


 「助けて欲しいのなら、いくらでも助けてやるに決まっておろう。それが自分にしか出来ぬのであれば尚更じゃ。一体どんな人生を送れば、そんな損得勘定でしか動けないようになるのじゃ?」

 「まぁ、色々ありまして……たはは」


 泣き腫らした顔で少しだけ恥ずかしそうに虚華が言葉を濁らせると、そっぽを向いていた筈のパンドラが虚華の方を向く。そのままパンドラは虚華の両頬を片手で掴み上げる。

 唇が縦に潰れ、滑稽な顔つきになっているのを見るとパンドラ一人で爆笑する。


 「ひゃ、ひゃひふんへふは……」

 「なに、ホロウがあんまりにも辛気臭い顔をしていての、にしても傑作じゃ。この顔を絵にして屋敷に飾りたい程の出来じゃな」

 「絶対に辞めてくださいね!?もー、分かりました!」


 パンドラの手を引き離しても未だに宙に浮いたままなことに驚きつつも、虚華は咳払いをする。

 自身の黒い髪と白い髪を三編みにして遊んでいたパンドラは無言で虚華を見つめる。


 「パンドラさんの力、貸して下さい。今の私達じゃ彼には勝てない」

 「しょうがないのぉ。二人で白雪の森に赴けるか、は夜桜と接触できる時が来れば、妾を呼ぶと良い」


 その時はーと、パンドラは一拍置く。今までのパンドラとは思えない程の怒りの表情で後ろを向く。

 虚華に顔を見られないように後ろを向いたのに、こちらの顔を見ようとあくせくする虚華を愛おしいと思いながら、パンドラはこう言った。


 「その時は夜桜を完膚無きまでに潰してくれるわ」


 その後は白黒の屋敷で虚華と暫しの間、作戦会議とお茶会を兼ねた一時を過ごした。





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