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【Ⅳ】#Ex 「終わらない英雄譚」と「屍喰」




 今まで座ったことのないような豪華絢爛な椅子にイドルが座らされてから数刻が過ぎた。辺りを見回すと、気分が悪くなる程の黄金色が目を支配する。

 何も言葉を発さずに居たイドルは、椅子の近くにあった大きな古びた長時計の秒針の音すらも、煩わしく感じていた。

 顔をしかめたイドルは、目を癒すべく自身の荷物の中に入っていた一冊の本を取り出し、読み進める。


 (この部屋とか屋敷全体が目に悪すぎる。成金の匂いがぷんぷんして嫌になる)


 イドルが渋々この部屋で時間を潰しているのには、理由があった。

 夜桜透が白雪の森で暴れている現場を目撃したイドルは、脱出してから「運び屋」としての依頼をコツコツと解消していたが、依頼書に混じって一通の手紙が挟まっていた。 

 その中身を誰も居ない場所で開くと、此処に来いと書かれていた。だからこうしてイドルは律儀に座って待っているのだ。普段ならば、こんな悠長にしていることはないのだが、今回は異例中の異例だ。

 イドルが退屈そうに小説のページを捲っていると、自身が入ってきた方とは逆側──つまり奥側からこちらへと向かってくる足音が数人分聞こえてくる。耳を凝らしていると、ヒールの音が大多数な辺り、イドルのことを呼んだ本人で間違いないだろう。


 「やぁ、お待たせ。待ったかい?」


 甘い声の中に軽薄さを兼ね備えたような声が、イドルの背後から聞こえてきた。小説をぱたんと閉じ、振り返ると、全身から成金の匂いを漂わせている黒髪の美丈夫がこちらに手を振りながら笑顔を浮かべていた。

 その近くには娼婦なのか何なのかは分からないが、官能的で妖艶な服装の女達を侍らせている。その女達はイドルの事を品定めし、目の前にいるにも関わらず悪態やダメ出しを口々に呟いている。扇で口を隠しているせいで誰がどんな事を言っているのかを隠しているつもりだろうが、イドルは声量で誰がどんな内容を話しているのか、大まかに見当が付いている。

 この黒髪の美丈夫がイドルを呼び出した張本人。大規模盗賊レギオン「終わらない英雄譚」のリーダー、「背反(オートリバース)」と呼ばれている男だ。

  男が身に着けている物はトライブの集合体であるレギオンの長とは思えないような、軽めの装甲が急所だけに付けられている戦闘着に、片手で持つには長く、両手で持つには小さい、なんとも中途半端の長さの剣が鞘に収められている。

 イドルを待合室と称したこの部屋に呼びつけてから、時間には遅れ、終いには女を侍らせて謝罪もしない。こういった存在をイドルは心の中では唾棄していた。そんな男の呼び出しに応じたのには理由があった。


 「手紙、見たよ。僕の依頼した情報、一通り掴んだんだって?」


 美丈夫──「背反」はイドルがいきなり要件を口に出すと、少しだけ眉を下げて困り顔になった。

 「背反」の周囲にくっついていた女達のどよめきが妙に強くなった気がして、イドルは自身のミスに気づく。


 (こいつら、レギオン外の人間……?そんな奴ら侍らせて集合場所来るなよ。馬鹿なの?)

 

 「背反」はイドルの表情が変わったのを確認すると、頬を緩め、指を鳴らす。

 その行為を確認した女達は、まるで自分はこちらへと歩くように指示されているかの如くに、屋敷内へと散り散りに散っていった。

 カツンカツンと耳に喧しく響くヒールの音が消え去り、聞こえるのは自分達の呼吸音と待合室に備えられていた古めかしいアンティーク調の長時計の秒針の音だけになった。


 「さぁ、座って。話はそれからしようじゃないか。夜桜の件で君もそれなりに疲弊しているだろう?疲労を取る効果のある紅茶を淹れさせたんだ。よかったら試してみてくれ」

 「あら、それはご丁寧にどうも。夜桜の件まで知ってるなんて流石「背反」だね。参考までに聞かせてほしいんだけど、さっきの女達はレギオン(お前ら)女優(仲間)達かい?」


 何処からか現れたメイド服の女が「背反」とイドルの二人に紅茶を淹れ終えるのを待ってから、「背反」は椅子に掛けるようにイドルに促す。

 着席を促されたイドルは、自身の着ている仕事着を改め、少しだけ不満げに着席する。

 イドルが着席したのを確認した「背反」も、余裕そうな表情で座り、イドルの質問に返答する。


 「そんな事を知ってどうするのさ?君の聞きたいのはこっちだろう?」


 「背反」の手にはいつの間にか数枚の報告書のような紙束が握られていた。その紙束を「背反」はこれみよがしにイドルに見せつけている。

 ──あからさまにこちらを挑発しているであろう彼奴の思惑には乗らない。

 そう心に決めてこの館へと乗り込んでいるイドルは、表情を崩さない。あくまで大人の、余裕のある対応を心がけ、テーブルに用意されていた紅茶を嗜む。


 「そうだね、でも聞いていたものより数が多いのは、僕の気の所為かい?」

 「おやおや目ざといね。流石「屍喰(コラプスイーター)」だ。一件の情報はオマケだ。此処までご足労頂いたほんの気持ちだと思って貰えたら幸いだよ」


 イドルは自身の事を「屍喰」と言われ、表情を顔から消し去って、紅茶のティーカップを空中で手放す。

 勿論待合室の中からは、茶器の割れる音が響く。その音を聞いても二人は動きを見せない。「背反」は薄い笑みを浮かべ、イドルは無言で椅子に座っている。

 「屍喰」という名は、過去に「運び屋」の人間が死体を運搬している際に、一部欠損している物ばかりになっていた際に尋問すると、その「運び屋」が人肉を喰らった事から広まった蔑称だ。

 それ以降も、一定数のカニバリズム愛好家が「運び屋」から死体を買い漁っている等といった情報が飛び交い、十数年前に噂になった。それから「運び屋」は「屍喰」という蔑称で呼ぶ人間が現れた。

 そんな蔑称でイドルを呼ぶ人間は今まで一人も居なかったから反応が遅れてしまったが、冷静に「背反」をイドルは冷ややかな目で睨む。


 「未だに「運び屋」の事を蔑称で呼ぶ人がいるとは思ってなかったよ。「背反」」

 「別に君が喰らっているとは思ってないけどね。ちょっとした悪戯さ。ご容赦願いたい」


 薄い笑みを顔に貼り付けたまま、「背反」は自身の手に持っていた資料の前半を机に広げる。

 内容はイドルの依頼した内容──「ホロウ・ブランシュ」について。

 イドルが中を見ていると実によく調べ上げられている上に、何処で調べたのか分からないものまで書かれてあって思わず息を呑んだ。

 

 (伊達に盗賊レギオンの主やってないわ。流石にこの資料は僕にも作れない。けれど……)


 「背反」が渡してきた情報には、イドルが一番知りたかった情報が含まれていなかった。

 ──ホロウ・ブランシュは結白虚華なのか?これが一番イドルが知りたかった情報だった。


 「この資料は凄い良く出来ている。まさか、ホロウ・ブランシュがクリム・メラーの胸の大きさに嫉妬して豊胸マッサージをしているなんて、何処から見つけてきたんだか。けど、一番肝心な情報がないじゃないか」

 「あぁ、ホロウ・ブランシュと結白虚華との同一性についてだっけ?でも彼女達一緒に行動しているよね?それが一番の証拠じゃ駄目なのかい?」


 それが彼女達が別人である根拠として一目瞭然だろう?と「背反」は資料をファイルに仕舞う。

 イドル本人も、虚華である「エラー」とホロウ・ブランシュの二人が同時に存在していることを確認している。それらのどちらかが分身ではないことも、魔術的な作用が働いていないことだって自分で確認している。


 (それでも、僕はホロウちゃんも虚華ちゃんと同じ何かを感じたんだ)


 結論づけている内容を「背反」が覆すことはないだろう。彼もそれなりの規模の集団の主だ。おいそれと意見を覆すことも無い。ましてやそれが人間一人の直感で、証拠も根拠もない。

 イドルは、少しだけ落ち込んだ表情で渡されたファイルを受け取ろうとすると「背反」がファイルから手を離さない。

 不思議そうにイドルが首を傾げていると、「背反」は誰にも聞かれたくないのか、イドルに近づき耳元で囁いた。


 「この資料には書いてないけどね。彼女(ホロウ)、人間じゃないかも知れないんだ」

 

 「背反」は口角を釣り上げ、楽しそうに笑いながらそう言った。

 イドルは声を出して反論しようとしたが、先程の反省点を踏まえて、声を出さずに「背反」の方を向く。

 顔を見てみれば、邪悪そうな微笑みを顔に貼り付けているムカつく男の顔が見えた。理由はないが、イドルは立ち上がって椅子にふんぞり返っていた「背反」の肩をしっかりと小突いておく。


 (流石に怪我させるわけにも行かないしね。一応上客だし)


 「い、痛いじゃないか。なんで俺を殴ったんだ……」

 「根拠、聞かせてもらっても良い?別にソース元は要らないから」


 左肩を右手で抑えながら「背反」は不満そうに口を開く。


 「探索者の登録証の種族欄が受付嬢の手書きで書かれてたんだとさ。時々エラーが出る時があるから多分それだろうけどね。にしても痛いんだけど。どれだけの馬鹿力で俺を殴ったんだ……」

 「ふーん。それで、オマケの情報って?」


 イドルは満足の行く結果ではなかったものの、最低限の情報を得られた。最後の最後でしょうもない根拠で、冗談では済まされない憶測を言った事も不問として、おまけの話を喋るように「背反」に促す。

 未だにイドルに殴られた場所が痛かったのか、肩を擦りながら「背反」はイドルを睨む。


 「俺に暴力振るっといてそれは無いんじゃないか?」

 「先に僕の事を「屍喰」って言うのが悪いよ。レディに対して失礼でしょ?」

 「君がそうじゃないだろうことは分かってるよ。ただの冗談だったんだけどなぁ……」


 うぐぐと言葉を詰まらせる「背反」はこれ以上の討論に意味を感じなくなったのか、ため息を吐く。

 手を腰に置いて立ち上がっていたイドルを座らせて、オマケの資料を魔術で空間を切り裂いて取り出す。


 「相変わらず便利だね、その魔術。いざとなればそこに逃げちゃえば捕まらないんじゃない?」

 「外側からは開けられないから、オートロックの監獄になるけどね」


 「背反」は見やすいお世辞をどうも、と言って机の上に取り出した資料を広げる。

 イドルはふんと鼻息で返事をして、差し出された資料を手に取る。 


 題名は──「レルラリアにおける“七つの罪源”の騒動について」


 資料をパラパラと読み進めていると、どうやらイドル達が透達と遭遇していた時とほぼ同時期に、白の区域の南方にある都市──レルラリアに“七つの罪源”のリーダーを騙る男が現れ、一定数の信者が騒ぎ立てていたらしい。

 容疑者はクリストン・エレバート。二十三歳男性。出身区域等は不明。種族も目撃情報から人間だと言われているが、実際は不明。

 そんな人物がレルラリアの中央広場にて禁術によって投獄されている人物達の身柄の開放と、自由な魔術の研究を望むと。最後には支援のお金を要求していたようだった。信者達がパンドラを名乗るエレバートにお金を投げていた所に、突如として白と黒が両方含まれている少女が広場に現れた。

 少女は、最初エレバートの従者ということにされ、暫くは問答をしていたようだったが、それは真実ではなかったらしく、エレバートと口論になり、最終的には少女以外の全員──エレバートと信者達全員がその場から消滅した。そういう事件が起きていたらしい。

 一連の騒動の概要を知ったイドルは、未だに肩を擦っている「背反」を見る。


 「これがどうしたの?要は大罪人の名前を騙った奴が成敗されたって話よね」

 「表向きはね。でも、話の裏側を知ると全然違って見えるんだ。まず、この資料に出てきた白と黒の少女ってのは、かなりの確率で“七つの罪源”のリーダーである“歪曲”のパンドラであると言われているんだ」

 「はぁ!?“七つの罪源”は中央管理局が管理しているはずだったんじゃないの!?」


 知りもしなかった情報を聞いたイドルは、思わず椅子から勢いよく立ち上がり、机を強く叩く。

 「背反」はまたか、と顔をしかめ人差し指を口に添えるジェスチャーをして、イドルを座らせる。


 「ご、ごめん。つい……」

 「驚くのも無理はないさ。中央管理局が情報統制を敷いてまで隠しているトップシークレットだしね」


 話を戻すね、と「背反」は言葉を続ける。イドルは少しだけ顔色が悪くなっていたが、なんとか気を保って「背反」の話に耳を傾ける。


 「恐らくパンドラがエレバート達に使った魔術は、遺伝子等を強制的に書き換えて物質変換させる準禁術の「ゲノム・ディスパージョン」だろうね。この魔術を使える人間は現在ではパンドラしか居ない。だけど、動機とかがさっぱりでね。他の六人も野に放たれてる筈なんだけど、現れたのはパンドラ一人だったわけだし」

 「って事は……」


 イドルが少し声を震わせていると、薄気味悪い笑みを消して真面目そうな表情で「背反」は言った。

 

 「君のお姉さんがシャバに出ている可能性がある。目撃情報はないけれど、可能性は十分にある。“七つの罪源”は個人的に追ってるからまた何か分かったら伝えるよ」


 俺は用事があるから好きなだけゆっくりしていってとだけ言い残し、「背反」はその場を後にした。

 知りたくなかった、知ってはいけなかった情報をその手に握ったイドルは、絢爛な椅子に深々と座っていると、ふと「エラー」の事を思い出した。

 彼女は前々から非人の事を毛嫌いし、可能なら処分をすることを望んでいた。そして、悲しいことに今の“七つの罪源”の真偽は定かではないが、殆どの人間が老化しておらず、非人に堕ちたと聞いている。

 

 (あの子が姉さんと会ったら……)


 無いとは言い切れない可能性を見出したイドルは、何としても“虚華”を“七つの罪源”と接触させまいと心に決める。頬を両手で叩き、気持ちを切り替えると不快感漂う「終わらない英雄譚」の屋敷を出る。








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