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【Ⅳ】#Ex 七つの罪源


 白の区域内に「七つの罪源」が野に放たれたという情報が拡散されていく中、白と黒が織り交ぜられた奇妙な屋敷にも、その情報が流れ着いていた。

 そんな不思議な屋敷の主は、退屈そうに今日も一人で紅茶を嗜んでいた。

 広い屋敷の一室にたった一人で何をするのでもなく、窓の外を眺めている屋敷の主は、見る人が見れば、絶望に喘いでる様にも見える。

 屋敷の主の部屋のように、白い髪と黒い髪が混じり合い、瞳は片方が黑、もう片方が白のオッドアイ。

 黒い聖女のような修道服を艶やかに改造された衣服は、とても聖職者には見えない派手さを醸し出す。

 拘束服にも見えるその衣服を纏う少女──パンドラは、物憂い気に一つ溜息を吐く。


 「はぁ、退屈じゃのぉ。最近はホロウも姿を見せぬし……何なら、妾から会いに行ってやろうか」

 「そんなお前に朗報がある」


 独り言を話していたはずのパンドラの背後にはいつの間にか、赤紫の髪に赤黒い瞳の長髪の男──禍津が音もなく立っていた。

 最早、日常茶飯事と化していた禍津の音無し訪問に、パンドラは首だけを禍津の方に向ける。


 「ノックぐらいせんか、空け者。乙女の部屋に音もなく忍び込む者がおるか」

 

 普段のような優しげな口調ではなく、確かに禍津のことを咎めている様な口振りのパンドラに怖じける事もなく、禍津は表情には何も出さずに、懐から紙を一枚出す。


 「“七つの罪源”を騙る者が白の区域、ジアから南西に位置する都市──レルラリアに現れたようだ」

 「ほう、そうか。それで?」


 レルラリアは、ジアから白雪の森を抜けた先にあるジアよりも少し規模の小さい街だ。レルラリアも蒸気機関調の影響を多少なり受けているようで、昔ながらも街並みに、蒸気機関が織り交ぜられている。

 白の区域の中でも、武具に秀でた街であり、白の区域で鍛冶屋などを目指している者はこの街で修行する者も多いと言われている。

 そういった土地柄の特色等を淡々と報告する禍津に一切の興味も示さずに、パンドラは紅茶を音を立てて啜る。

 少しだけ紅茶の温度が高かったのだろう、舌を少しだけ出して冷やすような仕草をしているパンドラを見て、禍津は少しだけ見下すような目線で見ている。


 「何もしないのか?お前も暇しているように見える。最近のお気に入り(ホロウ)も来ていないようだしな。お前の大好きな“暇潰し”にはもってこいだろう?それに……」 

 「それに、何じゃ。勿体ぶらんとさっさと言わんか。妾の気はそう長くはないぞ」


 既に禍津との会話に飽きだしているのか、パンドラは部屋の中にあった水晶で、最近のお気に入り(ホロウ)が今何をしているのかを見ようと|魔術を詠唱していた《ストーキングの準備をしていた》。

 禍津は自身の持っていた報告書のような一枚の紙に目線を戻して、淡々と報告を続ける。


 「ホロウ・ブランシュも、最近は“七つの罪源”に多少なりの関心を持っているようだ。現にレルラリアへと依頼を兼ねて向かおうとしている時期もあった。今は別件でそれどころじゃないようだが」


 魔術を発動し、ホロウの事をぼんやりと眺めていたパンドラは、禍津の報告に聞き捨てならない部分があったのか、白黒の奇妙な椅子から勢いよく立ち上がる。

 ツカツカと禍津の方へと早足で歩き、かなりの身長差がある禍津を見上げる。


 「それは、誠か?嘘じゃあるまいな?」

 「あぁ、本人に聞いたからな。間違いあるまい」


 既に神々しい光を放っている水晶には、ギルド内で重々しい空気を放っている複数人の人間と共に、虚華は悲しそうな表情を浮かべている。

 そんな状況も気にならない程に、パンドラにとって禍津の言葉は逃せないものだった。

 普段なら禍津の表情や体の動きなどから嘘か真実かを見極めるパンドラも、ホロウの関心を“レルラリアに現れた七つの罪源”に奪われている、という事実を看過することは出来なかった。

 今すぐにでもレルラリアにいるという“七つの罪源”のリーダーの元へと赴こうと、床をカツンと蹴ろうとするも、ぽすんと音がなるだけだった。

 パンドラは自身の足を見ると、いつもの衣服を着てはいたが、靴を履き忘れていることに気づく。

 一連のパンドラの行動を見ていた禍津は、仏頂面でこちらを見ている。

 

 (まぁ、心の中で爆笑しているのは分かっておるが、黙っていよう)


 何事もなかったようにパンドラはそそくさと靴を履き、再度屋敷の床を踏む。

 今度はいつも履いているヒールがカツンと高い音を鳴らす。

 すると、黒い靄が周囲から立ち込め、黒い花弁が舞い上がって一つの黒い扉を生み出した。

 黒い扉が発生したのを確認したパンドラは、禍津の方を向かずに、口を開く。


 「少し留守にする。“七つの罪源”のリーダーなる者が気になってな」

 「ホロウ・ブランシュの為か?」

 「やかましいわ!妾の興味でしかないわ!」


 少し顔を赤くしたパンドラは、お冠になりながらも黒い扉を開け、レルラリアへと向かった。

 黒い扉が消失するまで仏頂面を保っていた禍津は、パンドラが居なくなると破顔した。


 「あいつも素直じゃない。ブランシュの気を引きたいのならそう言えばいいのに」


 禍津はひとしきり笑った後、パンドラが向かったレルラリアの方角を見る。

 その瞳には哀れみと、深い悔恨が刻まれていた。


 「自身の“暇潰し”の為に人一人の命を犠牲にすることをお許し下さい」

 

 主が転移しても尚、消し忘れていた水晶は虚華達を映していることに禍津は気づく。

 禍津が深い意味もなく覗くと、少し状況は変化していたようだった。

 先程まで退屈そうな顔をしていた禍津の表情が少しだけ綺羅びやかになる。


 「聖女の真似をしたら面白いものが見れた。パンドラには黙っておこう」


 クスクスと笑いながら禍津はパンドラの部屋を後にする。

 パンドラの部屋に残されたのは、悲しき事実を映し出す水晶だけだった。



_________________



 ジアよりも幾分か規模の小さい武具生産で栄えている街──レルラリア。

 普段ならば物静かで、蒸気機関の音が少しする程度の場所だったが、今日はどうにも騒がしい。

 どうやら、今話題の“七つの罪源”のリーダーがこの街に来ていると噂されているのだ。

 

 ──“七つの罪源” 数日前に中央管理局の管理する牢獄から脱出したとされる大罪人の総称だ。

 フィーアでは、禁術とされている魔術が多数指定されている。その中でも特に影響を及ぼしかねない魔術を講師できる者を中央管理局は一昔前から捕縛している。

 そういった管理をしていた中央管理局から脱した七人の大罪人。それらの総称を“七つの罪源”と呼ばれている。

 しかし、一般の民衆には容姿も、具体的にどんな魔術を行使できるから捕縛されたかも知っている者は殆ど居ない。

 知られているのは名前と二つ名の二つだけ。だからこそ、レルラリアの中央広場で声高に演説している男は、“七つの罪源”のリーダーの名前と二つ名を勝手に拝借して好き勝手にフィーアの文句を垂れているのだ。


 「いいか!我々は不当な扱いを受け、虐げられてきた弱者である!魔術の研究をしていただけで牢獄に監禁され、長い時間を牢の中で囚われの身として過ごしてきた!これでは魔術の進歩が遅れてしまう!そんな事は看過できない!」


 そんな謳い文句から始まり、七つの罪源のリーダーを名乗る三十代に見える髭が生え、如何にも長い間牢に囚われていたように見える格好をしている男は、街中に響かせようとしているのか、物凄い声量で言葉を奏でている。

 最初は不審げに見ていたレルラリアの民衆も、徐々に心に男の言葉が響いてきたのか、演説が終わる頃には拍手喝采と言った状況だった。

 協力頂ける方は自身に支援を!と男が述べると、民衆は喜んでお札や硬貨などを男の前の箱に入れている。

 男が演説を終え、お金をひとしきり回収した後に一度撤退しようとした時だった。

 男の近くに黒い靄が突如湧き上がり、黒い花弁が舞い上がりだした。

 突然の出来事に、男は尻餅をつきそうになったが、此処は公衆の面前。この事象も利用しなければと思った男は、悠然と目の前の異常を自身の魔術だと説明する。

 それでも心配になったのであろう民衆は、心配の声や不安などを漏らす声が聞こえてきた。


 「な、何だ?“パンドラ様”は自身の魔術だと説明したけど……」

 「そんな物を発動させて何になるのかしら……」

 「やっぱり本物だったんだ!半信半疑だったけど俺は信じるぞ!」


 民衆の支持を得るために、悠然と構えていた男も、正直内心では不安がいっぱいだった。

 魔術を研究しているのは事実だったが、こんな魔術を見るのは初めてだったからだ。

 やがて、黒い靄は掻き消え、黒い花弁も消え去るとそこには黒い重厚な扉が一枚鎮座している。


 「扉……何かが来る」


 男がそれだけを言うと、民衆はその場で黒い扉を凝視する。

 ギギギと音を立てて、扉が開けられ、そこからは奇抜な格好をしている少女が現れた。

 白い髪と黒い髪が混じり合い、瞳は片方が黑、もう片方が白のオッドアイ。

 黒い聖女のような修道服を艶やかに改造された衣服は、とても聖職者には見えない派手さを醸し出す。

 拘束服にも見えるその衣服を纏う少女──パンドラは、自身の登場が注目されていることに気づく。


 (此処に妾の名を語る不届き者が居るはずじゃが……はて)


 パンドラは周囲を観察し、状況を分析しようとする。

 自身はレルラリアの中央広場の中心部に黒い扉で転移してきた。隣には冴えない魔術師のローブを着込み、右手にはそれなりに長い杖を持っている三十代の男。

 他には白の区域で一般的に着られている物に加え、何やら奇妙な首飾りを身に纏っている民衆が周囲を囲っている。

 うーむと、顎に手を置いてパンドラは考え込んでいると、民衆の一人が声を上げた。


 「“パンドラ”様!この女は何者なのですか!?“パンドラ”様が呼んだのですか!?」

 「え?えーと、そうだね。僕の下僕だから、危害は加えない。安心して」


 パンドラと呼ばれ、返事をしようか悩んだパンドラはひとまず黙っていると、隣のローブ男が“パンドラ”を自称し、あまつさえパンドラの事を下僕だとのたまった。

 パンドラの心の中では、不快感もあったが、それ以上にこの状況が面白そうだとも思っていた。

 男の方を見ると、男は緊張からか冷や汗が顔中からダラダラと垂れている。それでも恐らくは自分の事をパンドラだと知らないのだろう。

 パンドラの口角がにぃっと曲がり、可憐さなどは一切失われた邪悪な笑みを浮かべている。


 (はてさて、この最高の状況をどうやってぶっ壊そうか。クク、禍津め、面白い物を教えよって)


 パンドラは、虚華にこそ隠してはいたが、根っからの快楽主義者だ。

 破壊して楽しいのなら嬉々として何でも壊す。

 作って楽しいのなら嬉々として何でも作ろうとする。

 そんな彼女の目の前に格好の玩具が舞い降りてきたのだ。

 自身を騙る男が、パンドラ本人を下僕だと言った挙げ句にパンドラのことを知らないと来た。そんな愚か者に最近のお気に入りであるホロウの関心を奪われたとなると、是が非でも彼を破壊したい。

 邪悪な思考を脳内に巡らせているせいか、どんどんとパンドラの表情は年頃の娘がするものとは掛け離れていく。

 どうやら、下僕と扱われているパンドラに恐怖を抱いた民衆は、“パンドラ”に助けを求める。


 「“パンドラ”様!あの下僕をどうにかして下さい!我々信徒に対して不敬です!」

 「あ、あぁ。まぁ、そうだね。コホン、君。ちょっとは僕の信者に対して正しい態度をだね」

 

 気弱そうな男は、申し訳無さそうに見せつつも、多少の威厳を含めた口調でにパンドラに向けて命令をする。

 普段のパンドラならば、この時点で八つ裂きにしていてもおかしくはない。

 けれど、パンドラは何もせずに、ただ漫然と“パンドラ”の方を見る。顔からは表情が抜け落ち、ただただつまらなさそうな顔をしている。人間味を失った様にも見える彼女を見て、男はひえっと小さな声を上げる。


 「誰が貴様の下僕じゃ、戯言も大概にせい。それに妾の事も知らずに良くもまぁ“七つの罪源”を名乗れたものじゃな」

 「え……?」


 パンドラの表情の抜け落ちた顔を見た男は、どんどんと冷や汗を全身から垂れ流す。恐怖心からか、顔色も悪くなり、動悸も激しくなっている。足は竦んで最早立てなくなり、尻もちをついてしまっている。

 その他の信徒達は、何が起きているのか分からず、どよめきだけがその場を支配している。

 そんな中、ただ一人だけが“パンドラ”を騙る男の前に立つ、パンドラだ。

 

 「自己紹介が遅れたな。名乗らずとも妾が誰だか、もう心の中では答えが出ているじゃろ?答えよ、妾は誰じゃ?」


 軽い足取りで男の元へ向かい、へたり込んでいる男の前にしゃがんで、パンドラは男の顎を指で持ち上げてそう問うた。

 全身が痙攣している程震え上がっている男は、発音すらままならずに顎をガチガチ鳴らす。


 「“歪曲のパンドラ”……あ、貴方がそうなのか……?」

 「ほう、やはり名前だけは知っておったか。ならば褒美をやろう」


 褒美をやろうと言ったパンドラは、男の顎に指を付けたまま、魔術を詠唱する。

 詠唱を聞いていても内容が理解出来ていなかったのか、抗うこと無く待っていた男は、魔術が発動する頃には命の灯は掻き消えていた。

 男が死んだことも確認せずに、パンドラはそのまま指を離し、ふぅっと息を指に吹きかける。


 「少し前に読んだ書物に書いてあった。苦痛無き死は、何者にも代えがたい褒美であると」


 そんなパンドラの言葉と、目の前で教祖の様な存在が、自身らの理解を超える魔術で、殺された部分だけを見た民衆はその場を混沌と変えさせる。

 逃げ惑う者、叫び声を上げる者、教祖の死を悼む者、パンドラを崇拝しようと擦り寄る者。

 その他にも様々な人間が喚き声を上げて、その場を掻き乱す。

 半ば地獄にも近い光景を見たパンドラは退屈そうな表情で一蹴する。


 「つまらんな。もう良い。愚かな教祖に侵されたその身体、堕とすが良い」


 パンドラはまた魔術を詠唱する。騒々しい人間達の声によって集中力を多少掻き乱されたのか、パンドラはこめかみに青筋を浮かばせる。

 民衆は半分以上はパンドラの詠唱の意味を理解することはなかったが、最後の一小節だけは聞き取ることが出来ていた。

 

 「人間としての生を終え、悠久の地獄にて身を焦がすが良い。ゲノム・ディスパージョン」


 パンドラが詠唱を終えた瞬間だった。レルラリアの中央広場から、生き物の鼓動が全て掻き消えた。

 パンドラはつまらなさそうな表情で、目の前の人間だったものを眺めている。

 彼女が詠唱した魔術「ゲノム・ディスパージョン」はフィーアでは準禁術に指定されている魔術の一つだ。本来ならば特定の状況でしか、使用を許された無いが、パンドラはお構い無しで発動させた。

 パンドラの発動させたその魔術は簡単に言えば、遺伝子を分散させる物だ。

 魔術を発動した結果、民衆は全て肉の塊へと分散してしまった。

 

 (つまらぬ。結局人間は妾を恐れ、見下す時には汚物を見るような顔をする。嗚呼、どうして人間はこんなに愚かなんじゃろうか)


 その場に対する関心を失ったのか、パンドラは何も言わずにヒールをカツンと言わせる。

 黒い靄と黒い花弁がパンドラを迎え、黒い扉を出現させる。

 かなり細かく分散させた元人間の肉塊は、数刻もしない内に土に還るだろう。

 扉を潜る前に、パンドラは上を見上げる。空は青く澄んでいる。それなのにパンドラの心は濁ったままだ。これだけの人間を殺めたのに、何の感情も湧き上がらず、ただただ虚しいだけ。

 

 「ホロウ、早く来ないかのぉ。面倒事を妾が片付けてやっても良いが……それでは彼奴の為にはならぬ。時間はあるが、退屈が過ぎる」


 それだけを言い残し、パンドラは黒い扉を潜り、レルラリアを後にした。



次回以降から、第五章─透討伐編が開始します。相変わらずの遅筆ですが、応援の程、よろしくお願い致します!

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