【Ⅳ】#Ex 三年前、魔術学院「セントラル・アルブ」での備忘録
白の区域の中央都市、ジアの中央部に存在する白の区域最大の魔術学院「セントラル・アルブ」
他の区域の追随を許さない程の魔術関係の教育のレベルの高さと、生徒の人数が圧倒的に多いこの学院は、他区域からの志願生も多く、その関係でジアには様々な区域の人間が滞在している。
そんなフィーアの中でも最高峰の魔術学院の中──放課後の教室に四人の生徒が集まっていた。
半ば苛立ち気味に他のメンツを睨んでいる亜麻色の瞳と髪を持つ少年、白月楓。
気が立っている楓をやれやれと眺めている紫色のくせっ毛セミロング、紫野裂しの。
楓が嫌いそうな陰鬱な空気を無意識に周囲に立ち込めさせる鈍色マッシュ、夜桜透。
他の三人に一切興味もなく、ただただ遠くを一人で見つめている赤髪の少女、緋浦雪奈。
四人に特に深い繋がりはない。だからこうして、誰も居ない教室に四人集まって何かすることもない。
同じ教室に入っているはずなのに、座っている場所がかけ離れている。
楓は教室の中央部分の席、その右隣にしの、窓際に雪奈、教室の入口付近に透と、座っている場所もバラバラな四人は、誰も口を開かず、無言の時間を共有していた。
集まったは良いものの、何も始まらないことに苛立ちを覚えていた楓が、髪をガシガシと掻き、立ち上がる。
「なァ。これは一体何の集まりなんだ?俺もそこまで暇じゃねェだけど」
遠くの席に縮こまっていた透は、その声を聞いただけで震え上がっていた。
透からしてみれば、何故か此処に呼び出されて、何も話を提示されないから待っていたら、クラスの問題児である白月に絡まれようとしているからだ。
彼は悪い人物ではないが、とにかく口と顔が怖い。平常時は可愛らしい犬のような印象を与えるのに、こういった場では、どうにも恐怖心を抱かせるような威圧感を生んでいる。
そんな楓は、しのに宥められ、ちっと舌打ちをして席に着く。
透は、ちらりと雪奈の方を見るも、一連のやり取りに一切の興味も示さず、ただ窓の外を眺めている。
(あの子はあの子で、よく分からないんだよね)
緋浦雪奈、十二歳。赫の区域の区域長に親しい高貴な血が流れていると言っても過言ではない少女。
瞳も髪も燃え盛るような真紅で、とても綺麗だと様々な区域の人から評判だ。
ただ、彼女が誰かと話しているのを見るのは殆ど無い。講義もたまにしか顔を出さないし。
それでも、ここ最近はちょこちょこ顔を見るようになった。それと関係があるのかは知らないけど。
(結局この四人がなんでここに集められたのか分からないんだよなぁ)
紫野裂と白月は仲がいいが、透も緋浦もその二人とも、お互いにも面識はない。同じ学園に通っているのを知っている……。いいや、緋浦の事は知っていた。
緋浦は、数ヶ月前にこの学園で起きた事件──確か、セントラル・アルブの生徒が人を殺したという事件で強制退学にされた生徒と同じグループに所属してた筈。
(犯人の名前までは忘れちゃったけど……あれから学園じゃ見なかったけど、最近はちょこちょこ見かけるようになったんだよね)
透がガタガタと隅の席で震えていると、緋浦がこちらの方を睨んでいることに気づく。
その視線に気づき、余計に怖い思いをしていることに緋浦は気づいていないのか、更にじっとこちらを見ている。
怖いなぁ、怖いなぁと過呼吸気味になりつつ、なんとかして臨は視線を逸らす。
楓の事を宥め終わり、一息ついていたしのは、こちら側の不和を感じ取ったのか、透と緋浦の間に立った。
「もー、駄目だよ?雪奈ちゃん、誰彼構わずメンチ切るの〜。うち前も駄目って言ったじゃん」
「うるせぇ。あたしは誰の指図も受けねぇんだよ」
「でも此処にはちゃんと来るんだねっ」
冷たく荒々しい態度をとっていた緋浦に対しても、朗らかに優しい態度で接しているしのは、緋浦とも簡単に会話している。
確かにそうだ。緋浦は誰の指示にも従わない一匹狼のような人間。じゃあなんで此処に居るんだろう?
至極全うな疑問ではあったが、この場ではそんな事を思いつくことにも時間を要してしまった。
少しだけ顔を赤らめた緋浦は、しのと透の方向からそっぽを向いた。
「仕方ねぇだろ。虚華に呼ばれたんだからよ、久々にな」
「あ?そうなのかァ?しのォ。俺、初めて聞いたんだけど?」
どうなってるんだぁ?としのの肩をぐわんぐわんと揺らす楓がしのを独占したせいで、また透は目の前の暴走機関車を一人でどうにかしなければならなくなった。
(まぁ、顔真っ赤にしてそっぽ向いてくれたから助かったんだけどさ……にしても呼び出し人が結白か。一体全体なんで僕なんかを呼んだのか……)
この四人を呼び出した人物はどうやら結白虚華らしい。
結白虚華は、白の区域の区域長の娘で、この学園の中でVIPクラスの待遇を受けている生徒の一人だ。
生徒会の会長の打診も受けたらしいが、多忙らしいから断ったとも噂されている。
中等部一年で、此処までの立ち位置に居た人間は、歴代でも数名だけとも言われ、かなりの人材であると言われている。
文武両道才色兼備の完璧超人だと、全校生徒から羨望の眼差しで見られていることが多かった彼女も、自身が所属していたグループのメンバーが殺人を犯したせいで、そういう事はあまり表では言われなくなった。
今表で言われているのは、「温度差お嬢様」という渾名だけ。どういう意味なんだろうかと透は考えたことはあるが、本人の口から答えを得ることは出来なかった。
その後、そのグループを解散したとかなんとか言われているけど、実際はどうなのかは分からなかったが、メンバーの緋浦の反応的に解散までしているようだ。
そんな中、教室の扉がガラガラと音を立てて開かれた。
「すみません、お待たせしました。皆さんお揃いのよう……いきなり危ないじゃないですか。何をするんですか、緋浦さん」
「見りゃ分かんだろ。虚華、てめぇの目を覚まさせるために蹴り入れようとしてんだよ」
虚華が、教室の扉を開き、中に入ろうとした瞬間に雪奈は走り出した。
虚華の喉元向けて蹴りを入れようと右足を軸に踏み込むも、虚華は何処からか愛用の槍斧……のレプリカで雪奈の足蹴をいとも容易く防ぐ。
雪奈は舌打ちをして、槍斧で防がれた足を戻す。
「相変わらず見た目に合わねぇもん振り回しやがって」
「靴に術式を組み込んで蹴りに応じて、殺傷性のある魔術を展開させている貴方には言われたくありません」
(殺傷性のある魔術を靴に展開させている……?あ……)
虚華が、そういったのを聞いたの透は、雪奈の靴を見る。
いまでこそ、何の変哲もない靴に見えるが、確かに爪先の部分に刃物のような薄い刃を付与させる魔術痕跡がある。
透の目には見えなかったが、恐らく雪奈の蹴りが虚華に入れば、その魔術も相まって虚華の命は失われていただろう。
(こんな出合い頭で人を殺そうとしてるんなんて、正気の沙汰じゃない……)
透がひぇえと息を呑んで、涙目になっていると、虚華が透に手を差し伸べている。
差し伸べている手の方を向くと、笑顔の虚華が透の瞳に写った。ついでに凄まじい眼力でこちらのことを睨んでいる雪奈も。
「大丈夫ですか?お見苦しいものをお見せしましたね。夜桜さん」
「見苦しいのはお前のその槍斧だけだっつの」
透が虚華の手を取って起き上がると、そんな悪態が後ろからボソッと聞こえており、虚華のこめかみに青筋を浮かばせる。
虚華は怒りを顕にすることもなく、こほんと一つ咳をして全員の視線を自身の方へ向けさせる。
「白月さん、紫野裂さん、夜桜さん、そして緋浦さん。四人はどうして集められたか、何か心当たりはありませんか?」
虚華の言葉に各々顔を合わせるが、誰も心当たりが無いのだろう。
誰も身のある答えを出すこともなく、虚華の言葉の続きを待つだけになっている。
誰も何も言わない事を答えとした虚華は、少しだけ呆れたような表情で透の方を見ていた気がする。
見られていた気がした透は、虚華と目があった。透は首を傾げるも、虚華は何事もなかったかのように、全員の方を向いて、会話を再開する。
「誰も心当たりが無いようですね。来月に探索実習ということで、白雪の森や、象牙渓谷等の魔物の生息する場所での実習があります。その際に四人以上でのグループ─探索者達はトライブと呼んでいますが、そのトライブを簡易的に結成する必要があるのですが……」
この先の言葉は、虚華が言うまでも無く、透は理解していた。
この四人は所謂余り物。四人以上のグループを組むことが出来ないでいた。だからこうしてわざわざ学園側の人間が、お膳立てをして四人組を組ませようとしているのだろう。
(わざわざ、そんな人間のためにこうして寄せ集めを組ませて、実習に支障が出ないように取り計らったってわけか。案内「温度差お嬢様」も苦労しているんだな)
透がそんな事を心で思い、何も言わずに虚華の言葉に従おうとしていたその時だった。
雪奈は先程と同じ様に物凄い勢いで虚華に向かって走り出して、蹴りをお見舞いしようとする。
それだけではなく、その後ろから楓が剣を構えて突進しているではないか。
そのまま、虚華はまた何処からか槍斧を取り出して、楓と鍔迫り合いをしている間に、雪奈はガードされにくい方向から魔術を付与させている戦闘靴で虚華に攻撃を仕掛けている。
三人の唐突な争いを少し離れた場所からぽかーんと放心状態で眺めている透の肩がぽんと叩かれる。
ビクッとした透はゆっくりと首を叩かれた方に向けると、そこには紫髪が棚引いていた。
「なんだか、大変なことになっちゃったね。うちは紫野裂しのや、よろしゅうね」
「夜桜……透です、よろしくお願いします……」
目の間では自分達を集めた虚華と、半ば自棄になりながら虚華に蹴りを仕掛けている雪奈と、嬉々として剣を振るっている楓が教室内で激しい闘いをしている。
そんな教室の片隅で争いをしていない自分と同じで集められた少女と、自己紹介をしている自分に少しだけ驚いている。
少し離れた場所で二人の相手をしていた虚華の叫び声が教室内に響く
「なんで貴方達はこうも毎回私の顔を見る度に襲いかかってくるんですか!?」
「ムカつく顔を見たら殴りたくなるよなァ?」
「お、分かってんじゃねぇか、白月とか言ったか?おめーとは仲良くなれそうだな」
(僕は仲良くなれそうにないよぉぉぉ)
透が心の中で涙を流していると、三人の争いを眺めていたしのが自嘲気味の笑みを浮かべる。
「うちらはこれから大変そうやねぇ」
「え?」
「だって、探索実習はこのメンツやよ?あんまり長い時間を共にするわけじゃないけど、それなりに危険やで?あいつら狂戦士に命預けるのこわない?」
あははと苦笑いしながら二人をディスる発言をしたしのの言葉に少しの間フリーズした透は、直ぐに目を輝かせて今日一番の声を上げた。
「めっちゃ怖いです!」
「誰がバーサーカーだ!てめぇ、ぶっ飛ばすぞ!」
雪奈がそう言い終える頃には、既に透はぶっ飛ばされ、意識ごと持っていかれていた。