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【Ⅳ】#9-Fin Why done It?

 目の前の光景は惨状、という言葉でしか表現出来ない。そうとしか言えない現状だった。

 鈍くて穢れた輝きを放つ左腕を、透が一振りすると忽ち周囲の物が腐敗していく。

 あれだけ自然豊かで──豊か過ぎて鬱蒼としていた白雪の森の中央部は、木々は枯れ落ちて倒木しているものも散見され、豊かな自然があった事実を否定してしまっている。

 草が生い茂っていた地面は、すっかり草が消え去っており、不毛の大地だけが残されている。

 そこら中に転がっていた腐乱していた魔物の死骸は、透と虚華達の争いの中で気づけば骨すら残らずに消え去っていた。

 楽しそうに虚華“以外”を執拗に攻撃する透は、仲間が圧される度に虚華の方を向いてアピールをしている。


 「ほぉら、愛しい君。名までは分からぬ君よ。僕の力は凄いだろう?どうだい?僕と行く気にはならないかい?僕と一緒なら幸せな未来が待ってるよ」

 「そんな奴の言葉に惑わされるんじゃねェぞ!ホロウ!」


 楓の言葉に、青筋を立てた透は左腕を振りかざし、楓を腐敗させようとする。楓はその一撃を『投擲』の白でなんとか躱す。

 ちっと舌打ちをする透は、直ぐに虚華の方を向き、爛れきった醜い顔で口角を釣り上げる。


 「邪魔な羽虫程度の雑魚も、時には役に立つ。そうか、君はホロウという名前なんだね。初めて君と出会った時から一目惚れだったんだ……」

 「リーダー……、非人の話なんて聞く価値はありません!私だって一目惚れですから!」

 

  (えぇ……!?そうだったの!?)


 「エラー」の唐突過ぎる告白に、透はギギギと音を立てて「エラー」の方を向き、血で穢れた歯車を操作して襲撃する。

 既にぼろぼろだった「エラー」は、力を振り絞って自身の槍斧を地面に突き刺し、棒高跳びの要領で歯車を躱す。

 自分と同じ体躯、馬力の筈なのに自分には出来ない芸当を見せられた虚華は、目を輝かせ「エラー」に魅入る。

 そんな虚華を見た透は一層不機嫌になる。軽く舌打ちをした後に、周囲を見渡して、虚華に語りかけるように話す。


 「僕もこんな事は言いたくないけど、お仲間は満身創痍だ。君の銃?という武器だって腐敗させてしまえば何の問題もない。僕はあの日から君を見る度に、自身の体が動かなくなるほど痺れるんだ」

 

 (多分それは、私の“嘘”の効果が残留しているだけだ……でも透の記憶は、消した筈なのになんで……?)


 確かに虚華はフィーアに初めて侵入した際に、透と出会った。その時はディストピアの透が死んだばかりだったから、気が動転してしまって、透に記憶消去と拘束の“嘘”を掛けて逃げ出した。

 その後遺症が今でも残っているなんて事例は初めてだった。

 対象を見る度に体を痺れさせる“嘘”なんて、自身の代償がいくら支払うことになるのか分からない。

 それにそんな事をしても、虚華自身に一切の利がない。理解が出来ない。彼の恍惚とした笑みが理解できない。

 自分の体を痺れさせる継続的な呪いを受けているのに、どうしてそれでも自分と会いたがるのかも理解できない。

 それでも、虚華は今のまま透が仲間に攻撃を続けると、負傷だけじゃ済まない可能性には気づいていた。

 周囲を見ると皆、満身創痍だ。透の言う通り、今の虚華達には、透に対する有効打も腐敗能力の対策案もない。

 だから、透には近づけず、攻撃を躱し続けるしか無い。正直勝ち目はない。


 (逃げるしか無い。その時間を稼ぐためにも、私がなんとかしなきゃ)

 

 逃げる手段は既に確保している。後は実行して、脱出できるまでの時間を稼げればいい。

 覚悟を決めた虚華は、こちらの方をずっと見ている透と向き合う。

 

 「透。もうやめて!皆を傷つけても私は悲しいだけだよ」

 「ようやく僕の事を見てくれたね。嬉しいよ」


 ようやく話をしてくれるんだねと、透は嬉しそうに右腕で前髪を整える。

 虚華には透がボロボロになった髪の毛を丁寧に直している姿はどうにも滑稽に見えてしまう。

 脳内では、綺麗な姿の頃の透が笑顔で髪の毛を整えている姿を想像し、それを現実にインプットすることで、交渉相手に対する嫌悪感を和らげる。


 「君の目的は何なの?どうして森を、魔物を、ニュービー達をこんなにしたの?」

 「全ては君の為さ。君を振り向かせる為の力を手にするには必要な犠牲だったのさ」


 自分を手に入れる為に皆を傷つけ、葬り去り、人を殺めた?虚華の瞳に憎悪が滲み出す。

 そんな事の為に彼はこんな事をしたと言うのか?目の前の彼は、罪悪感の欠片も感じていない。


 「どんな理由があろうとも、私は貴方を許さない」

 「どうしてさ?僕は目的の為に手段を選ばなかっただけさ。それに彼らは自分から襲ってきたんだよ?不可抗力だよ」

 

 虚華の言葉でも、透の考えを揺さぶることは出来なかった。

 透は悪びれもせず、両手を肩付近まで上げて首を横に振っている。

 目的のためには手段を選ばない。それは過去に虚華もしてきたことなのに、どうして許せないのだろう?

 その答えを出せないまま、透が一歩踏み出す度に虚華は一歩下がる。そうしたやり取りをしている内に、枯れずに残っていた一本の木に虚華の背中がぶつかった。


 (これ以上の会話がもう意味がない。上げよう、敗走の狼煙を)


 再度虚華が透の方を向くと、ドロリとした顔に皺ができる。恐らく笑っているんのだろう。

 その姿を見て、虚華はひえぇと心の中で恐怖心を抱いていた。でも後退りは出来ない。 


 「ほらほら、僕から逃げないでよ。折角非人になったんだからさ」

 「非人……?透が?」


 不思議そうな顔をしている虚華に、遠くから「エラー」の声が響く。


 「夜桜透は、魔物を喰らく事で体内に魔物の力を取り込んだんです!その魔物の力は人間の姿じゃ使えない……だからヰデルヴァイスを刺すことで、魔物の力を解放した結果、非人と化したんです!」


 「エラー」の解説に、既に眉が落ちきっていた眉間の部分に皺が寄る。顔が半分以上崩壊しているのに、表情が容易く読める。

 虚華と話す際に出ていた優しい声色は掻き消え、同姓同名の他人(エラー)にはドスの効いた殺意の籠もった声で吠える。


 「結代虚華ァ……。君はやけに非人の事を嫌っているよねぇ?でも僕を殺すことは出来てないよね?可哀想だねぇ」

 「夜桜……」


 透は左腕を振りかざして、再度「エラー」を殺さんと歯車を差し向ける。

 何とか「エラー」は身体を捩り、躱せたものの、最早、動けるかどうかも怪しくなってきた。

 元友人とは言え、此処まで残酷なことをすると抱く感情は、殺意しか無いのだと虚華は痛感する。


 (やっぱり私達だけじゃ勝てる相手じゃない。それに「エラー」は兎も角、楓には必要以上に“嘘”は見せられない。說明できる程度の物じゃないと駄目となると……)


 虚華は、自身の鞄の中に入っている三色の狼煙を取り出す。あくまで緊急用、雪奈が居る後方支援チームへの指示用だ。これを使うことは、事実上の敗北を意味する。

 

 (けど、このままじゃ私だけじゃなく皆が危ない……透は話が通じない……)


 「エラー」が何故非人(あらずびと)を嫌悪し、討伐対象として見ているかが虚華にも理解出来た。

 あれは人災だ。此処まで簡単に環境を破壊し、それを修復しようともせず、それでいて魔術のような異能の力を詠唱無しで発動する。


 (あんなの、人間として認めたくない気持ちが痛いほど分かるよ……)


 虚華は、自分で見た物以外を基本的には信じない。詳しく言えば、情報として頭に入れるが、全幅の信頼は寄せない。

 だからこそ、前から「エラー」に非人の何たるかを聞いてはいたが、正直半信半疑だった。


________


 「だから!非人は全て殺さなきゃいけないんです!存在してはいけない危険な存在なんです!」

 「でも、「エラー」曰く、捕縛して牢に幽閉されてる人も居るんでしょう?」


 「エラー」の学園生活には週末に二日間の休みの日がある。そういった日は、虚華達が滞在する宿に朝早くから押しかけて来ることが多い。

 そんな中、「エラー」が非人の目撃情報を先日学園内で聞いたせいか、今日の話題はそれ一本になっていた。

 朝早くから自室に押しかけられて、無理矢理起こされる虚華は髪の毛がぼさぼさのまま、虚ろな目で「エラー」の嘆きと怒りを含んだ雑談に耳を傾ける。


 「えぇ、そういった処遇で死を逃れる非人も居ます。彼女らは『七つの罪源』と呼ばれて、厳重に中央管理局が管理しているらしいですけど。どうして処分しないのか、私には理解できません」

 「へー。なんでそんな仰々しい名前が非人に付けられているの?」


 ぼんやりと聞こえてきたワードに、適当に反応しながら虚華は眠い目を擦りながら身支度をする。

 こうすれば、満足げに「エラー」が話し倒している時間を有効活用できる。時々興味深い話や、探索者稼業では得られない情報も手に入る。

 どんな話であろうとも、有用な情報が混じっている可能性はある。だから無視せずに聞き流している。


 「少し前中央管理局が制定した禁止魔術、と言うものがあるんです。それらの魔術を使える人間は、「人間に非ず。非人也」と。そういった理由で先日まで人間だったのに、急に非人扱いになって投獄された七人の魔術師が『七つの罪源』と呼ばれているんです」

 

 (禁止魔術ねぇ……そんなのあるんだ。雪なら、何個か使えそうだけど)


 「エラー」は非人関係なら大抵の事は、忌々しそうな表情こそすれど、怒りを孕んだ口調で話す。

 だが、今日の「エラー」は、虚華みたいな虚ろな目で『七つの罪源』について話している。

 正直、非人は悪!殺すべき存在!と、自身の考えこそが善、という考え方を虚華は好きではなかったので、こういう風に顔色を曇らせている彼女はとても珍しいと感じた。

 それでも、フィーアのルールにディストピアの人間が口を出すべきではない。

 虚華なりの意見を、俯いている「エラー」に話して、この話題は終わりにしようと「エラー」の方を見る。 


 「自身の使える魔術が禁止魔術に制定されたせいで、人間としての権利を剥奪された。それがもし非人だって言うのなら、私は、非人って言う存在についてもう少し考え直した方が良い気がするけどね」

 「……それでも、野に放たれた非人は、大抵の場合は良からぬことをしでかします!思考が人間のものじゃなくなる。だから……何かしらの対策をしなければ、白の区域の人間は安心して暮らせません」


 きっと、「エラー」のこの意見は彼女だけの意見じゃない。白の区域の人間を案じての発言だろう。

 自分が守るべき者が少しでも危険に侵されるのなら、その危険対象をどうにか対処しようとする気持ち は、虚華にも分かる。

 自身のエゴの為に、ただ特定の魔術を扱えるだけで投獄された人達に、それなりの罪悪感を抱いているのだろう。

 そんな悲しそうな顔をしている「エラー」の頭を雪奈の真似をして頭をぽふぽふする。


 「そっか。虚華も色々白の区域の為に考えてるんだね、偉い偉い」

 「な、何をっ。というか今虚華って……」

 

 顔を真っ赤にしながらも、虚華が「エラー」の事を虚華と呼んだことについて何か言いたそうにしている。


 「そりゃ、そうでしょ?此処は私の生きて良い世界じゃない。「エラー」なのは、私なんだもの。虚華って呼んでもおかしくないでしょ?」

 「そうですけど!けど、虚華は貴方の名前でもあるんですから。それに!「エラー」は私の名前なんですよ!」


 二人して同じ顔で、違う表情で睨み合うという事に虚華が、笑うと「エラー」も釣られて笑う。


 「私は貴方」

 「貴方は私ってね、ふふふ」


_______


 「僕は君を、僕の物にしてみせるよ、あははは」


 透は、片膝立ちで虫の息にまで弱っている「エラー」を嘲笑いながら、虚華に優しい声を掛ける。

 虚華は非人がいかに危険な存在かを、耳では聞いていたが初めて思い知った。

 この三人だけじゃ、勝てない。狼煙を上げようと決意はしたが、簡単には狼煙は上がらない。


 (多分、狼煙を上げても左腕で消される。でも“嘘”は楓の前じゃ使いにくい……どうしよう)


 一発分しかない狼煙を無駄には出来ない。もし外せば自分達はもう成す術がない。

 このまま、腐敗させられて全滅されるのがオチだろう。失敗は出来ない。


 虚華は透の方を向きつつ、「エラー」と楓の様子を横目で見る。

 「エラー」は、腹を地面につけ、最早立ち上がるのも困難そうだ。先程の一撃で大分体力を消耗したのだろう。

 少し前に疲弊しきっていたしのを避難させていた楓は、肩で息をしているが、何とか未だ立っている。自分達の会話に割り込むこともなく、何かを考えているようだが、行動には移していない。


 (楓次第だけど、やってみるしかない)

  

 虚華が透の方を向いて、透と対話している間は左腕を振るうこともなく、透の近くを浮遊している歯車が、三人を襲うこともない。

 その間に、狼煙を透にかき消されないように、楓には動いて貰う必要がある。

 透の方を向きながら、虚華は胃の中の空気を全部使って大気を振動させる。

 

 「かえでーっ!透に『投擲』の白を投げて!私と一緒に攻撃!」

 「お、おおぅ!Punishment!」


 虚華は、楓の白を投げるタイミングに合わせて、「欺瞞」から弾丸を放つ。魔術を練り込んで追尾弾にしても良かったが、どうせ腐敗させられて消滅する。

 透は二人の攻撃を、退屈そうに左腕を振るうことで腐敗させようとする。

 

 (今だっ!)


 虚華はその瞬間を逃すこと無く、早口で炎魔術を詠唱して狼煙に火を付ける。

 そして三色の狼煙を空中に打ち上げ、緑、赤、青の三色の炎が空に上がった。

 透は上がった狼煙を見て、首を傾げたが、直ぐに虚華の方を向く。その顔は虚華と話す時にしては、少しだけ不機嫌な感じを纏っていた。


 「まさか、花火を上げるために僕に攻撃したのかい?悪い子だな。お仕置きが必要かな?」

 「その必要は、無い」

 

 透は、聞き覚えのある声なのに、知らない口調の女が背後に居ることに気づき、ぎょっとした顔で振り向く。

 その女は、虚華をお姫様抱っこで持ち上げている。後ろの方には白髪セミロングの見知らぬ女が楓としのを浮遊させて運んでいる。

 透は、白髪セミロングの着ている衣服を見て、彼女が何者かを悟る。


 「あぁ。お前。そういう奴か」

 「さぁね。僕は僕だけど、今回はホロウちゃんのお手伝い係かな?」


 イドルが、醜い顔に歪な左腕を携えている透相手にも、いつも通りの対応を取る。

 その間にも雪奈は詠唱短縮(クイックスペル)で詠唱を半分以下に略して魔術を詠唱をする。

 雪奈は後は発動するだけの状態にして、虚華に合図をする。


 「おっけー、クリムお願い」

 「ん。座標転移(テレポート)


 雪奈が魔術を発動した瞬間、周囲の人間は、全員転移されて消えた。

 残されたのは、透一人だけ。死が蔓延した白雪の森で、透はヰデルを心臓から取り出して、異形化を解除させる。


 「死んだはずの緋浦か。どっかの誰かが死者蘇生の禁呪でも使ったのかな。まぁどうせ僕以外の非人のやったことだろう。見なかったことにして自分磨きを再開しよう」


 透は、魔物が跋扈する地へ向かおうとすると、何か透明な壁に阻まれて動けない。拳で叩くと、何か結界のようなもので自身の周囲を囲っているようだ。


 「やりやがったな……、僕を閉じ込めてどうする気だ……」


 透明な壁を殴り、透は虚華の名前を声高に叫ぶ。その声は誰も聞いていないと知っていても。



#26で一旦、更新を止めて第一章の修正をする予定です。

既に第一話は修正終わりましたが、二話から四話も書き直す予定なので更新が少し遅くなるかも知れませんが、引き続き応援の程、よろしくお願いいたします!

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