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【Ⅳ】#8 Who done It?



 楓が女の叫び声が聞こえたといった方角は確かに、虚華が探知魔術を発動させた際に誰かが居る事を確認した中央部の方角だった。

 三人は、斃れているゴブリンやオークの数と腐敗の進行度合いから、この先に誰かが居ることを悟る。

 慎重に進んでいると、楓は虚華の一歩前に出て、左手で進むなと言葉を使わずに制止させる。 


 「しっ。何か聞こえる。俺が聞くから静かにしてろ」

 

  虚華と「エラー」は何も聞こえなかったが、楓の表情はいつものふざけた感じではなく、いつにもなく真剣な顔つきだった。

 だからこそ、何も言わずに虚華は黙って首を縦に振った。そのまま、聞き耳を立てている楓の口から何かが零れ落ちるのを、少しの間待っていた。

 自分達の間を静寂が支配して間もない頃だった。楓が少しだけ苛立った表情を見せる。


 「武装の準備をしてろ。最悪の場合、戦う可能性がある。撤退の準備もしとけ」

 「了解。撤退の判断は私がする」

 「おう」


 それだけ言い残した楓は目を瞑り、集音に集中する。その集中を掻き乱さぬように、「エラー」は愛用の得物を展開し、虚華は三丁を装備できるホルスターから黒い銃身の「欺瞞」を取り出す。

 嘘を使わずに純粋な後衛(バックアタッカー)をこなす際は、白い銃身で“嘘”を発動する時に用いる「虚飾」よりもこちらの方が戦いやすい。

 魔術を発動させる銃撃戦をする時は、「虚飾」でも「欺瞞」でもどちらでも良い。要は気分だ。

 残る一丁は未だに何の反応も示さない灰色の銃。弾を込める事も出来ず、射撃することも出来ないガラクタだが、何故か手放そうとは思えない代物だ。

 

 (今回は魔術は絡めるけど、“嘘”は最小限にしないと。だから「欺瞞」で行こう)


 「準備が出来たみたいだな。徐々に距離を詰めるぞ。相手はまだこっちに気づいてねェ」

 「なんで白月さんが指示出してるんです?」

 「まぁまぁ、私達には聞こえないんだから、しょうがないよ」 


 鋭い口調で指示を出そうとする楓に、少しだけ不満げに「エラー」が噛み付く。

 虚華が諭すと、渋々ながらも了承してくれた。後でお説教ですからねって顔をされて涙が出そうになっちゃったけど。

 

 「行くぞ」

 「ねぇ」


 楓の短い指示に被せるように、虚華は楓に声を掛ける。

 少し苛立ちを隠せていないのか、楓はこちらを向くも、何も言わずに直ぐに前を向いて進み出した。

 

 「予想……、当たってたんだよね」

 「……あァ。ビンゴだ。あの声も彼奴のモンだ。もうひとりもあいつで確定してる」

 「……そっか」 


 二人の会話は、小さな声というのもあるが、かなり悲痛さを帯びていた。

 心の中で黒い渦が巻いている楓は、苦々しい顔をして虚華と話している。

 「エラー」は疑問符を頭に浮かべていたが、どうやら二人はこの先に居る二人が誰だか分かっている事だけは理解したようだ。


 「そのやり取り見てると夫婦みたいですね」

 

 二人が物凄い勢いで後ろに居た「エラー」の方を向く。「エラー」はクスクスと笑いながら様子見ている。

 虚華は首を横に振り、楓も赤面したが、直ぐにいつもどおりに戻って小さくため息をつく。

 

 「もうすぐ犯人のお出ましだ。油断すんなよ馬鹿お嬢様」

 「そんなんだから、温度差お嬢様とか言われるんだよ?」


 何故だか分からないが、二人に馬鹿にされた。どうして自分が傷つかなきゃならないんだろうと思いながら、血まみれの木を一本、槍斧で薙ぎ倒す。

 そのせいで「エラー」の頭にたんこぶが二つ追加された。


____



 楓の先導の元、中央部に向かうと虚華の耳にも、女と男の声が入ってくる。

 女がヒステリックに騒ぎ、男の方が冷静に話しているように聞こえる。

 此処まで来ると鼻が混乱して、血腥さも腐乱死骸から発せられる甘い臭いもほぼほぼ感じなくなっていった。

 周囲に死骸が転がっている最悪の状況下でも虚華は、二人の会話を盗み聞きできる程度には集中できていた。

 虚華達は中央部に居る二人の会話を盗み聞きするべく、木の茂みに身を潜める。


 (なんて言ってるんだろう。ここまで聞こえるって事は相当だと思うんだけど)


 「もう辞めようや。こんな事……、こんな事しても何の意味もないんよ!?」

 「……別に君には関係ない……。僕が決めたことだ。これで振り向いてくれるのなら、僕は魂だって悪魔に売ってやるさ」


 聞き覚えのある口調、女性の方は少しだけ訛りがある。きっと紫色の髪の毛を振り乱しながら、怒りをぶち撒けているのだろう。

 彼女らが話している間にも三人は距離を詰める。此処まで近づけばもう目視だって出来る筈。

 男の方も聞いたことある声だった。もう聞きたくもなかった死んだ筈の元友人。


 そう言って男の方は、近くに転がっていたゴブリンの死骸──まだ新鮮だったその死骸の腹部を歯だけで無理やり食い千切る。

 男は嗚咽を漏らしながらも、吐き気を催しながらも、咀嚼し、飲み込む。

 食い開けた腹部の穴に手を突っ込み、小声で何かを呟くと、瞬く間に他の死骸のように腐り落ちる。


 「ほら、どうだい。凄いだろう?これが僕の力さ」

 「凄くなんか無い!そんな力、何処で手にしたんよ……」


 虚ろな目で女に自身の能力を誇る男は、実に苦しそうな表情を浮かべている。

 そんな男の故意に腐敗させる力を目の当たりにして、涙を流している。


 「貰ったんだよ。犠牲者が増えれば増える程、僕の力は増すからね」

 「だからって、人まで殺しちゃあかんやろ!?彼らは探索者──私らの後輩なんよ!?」


 女の方は涙を拭き、腰に装備していた魔導弓を取り出す。矢を装填し、男に照準を合わせる。

 男は、やれやれと呆れたような顔をして女の方を見る。


 「僕を殺そうってのかい?敵討ちのつもり?」

 「あんたを……透をうちが止めなきゃ、被害が増す一方や……。それなら一思いに……」


 覚悟を決めたのか、紫髪の女──紫乃裂しのは、黒髪の男──夜桜透を射止めんと魔導弓で矢を放つ。

 しのが狙ったのは透の心臓。キチンと射抜けば常人なら生きていることはない急所だ。

 臭いで身体はふらつくものの、しのは弓をメインに使用していた探索者だ。たかだか数mも離れていない場所にいる男の心臓を射抜く程度造作もなかった。

 その筈だった。


 透は左腕を横に振ると、しのの放った魔導弓で強化された矢は、透の胸に当たる直前で腐り落ちる。

 森の茂みで見ていた三人も、声こそ出さずとも目を見開く。

 あんなのは人間業じゃない。詠唱も何もせずに対象を腐敗させる力は危険過ぎる。


 「なっ……今何をしたんよ!?なんで弓矢が腐り落ちたん!?」

 「こういう時にテンパるのは昔から変わらないなぁ、しのぉ?」


 不敵な笑みを見せながらしのへと一歩ずつ一歩ずつ歩み寄る透に、しのは後ろへ下がりながら弓矢を連続して放つ。

 それでも全て透は、弓矢を腕の一振りで腐敗させて無力化する。


_____


 少し離れた木の茂みに潜んでいた三人は、楓以外、状況が掴めずにいた。

 それもそうだ。虚華が透と出会った時はあんな禍々しい感じではなかったし、周囲の物を腐敗させる力なんて片鱗も見せていなかった。

 「エラー」は「エラー」で、目の前の光景が信じられないのか、俯き気味に震えている。

 少しずつ追い詰められているしのを目前に、虚華が助けに入らんと、さっき収めたばかりの「欺瞞」をホルスターから取り出し、臨戦態勢に入ろうとする。

 そんな虚華を楓は止める。虚華が行こうとすると無言で左手で制止し、首を横に振る。


 「助けなきゃ!なんで楓も「エラー」も動こうとしないの!?このままじゃしのが危ない!」

 「やめろ、本当に危険だと判断したら俺が透を殺る。だから、お前は黙って見てろ」


 楓の意思は硬そうで、虚華は自分の言葉じゃ説得出来ないと思い、俯いている「エラー」にも声を掛ける。

 

 「「エラー」はなんで俯いてるの!?このままじゃ、しのが……!」

 「白月さんが二人の争いを止めず、リーダーを止めるという事は、獅子喰らう兎──アヴェンドの中で何かしらのルールに則ってあの戦いが行われてると思うんです」

 「え……」


 苦虫を潰したような苦い顔で「エラー」は言葉を続ける。


 「何処まで許可しているのかは知りませんが……トライブ間の諍いを、他トライブの人間が干渉する事は基本的にタブーなんです……。ましてや白月さんは獅子喰らう兎のリーダー。あの二人の争いは、私達じゃ止められません」

 「って事はつまり……」


 虚華が気づいた事実を口にする前に、楓の顔に深い懊悩の色が表れる。


 「夜桜透は俺のトライブ──獅子喰らう兎の一員だ。数年前に死んだ緋浦雪奈もな。俺は仲間殺しの罪で、俺らの前に顔を出すなと言って以来、姿を見せていなかったが、まさかこんな場所で出くわすとはなァ……」

 

 楓の顔には、深い憎悪と懊悩が刻み込まれている。色々思うところがあるのだろう。

 納得はしていないが、トライブのリーダーが自分がやると言うのだから、自分達の出る幕はない。

 肩や全身の力を抜いて、だらーんとした雰囲気で虚華はホルスターに銃を仕舞って、楓を見る。

 

 「分かった。じゃあ私は何もしない。けどね、もし彼がブルームに危害を加えていたとしたら……」


 虚華はホルスターに手を掛け、楓を睨みつける。普段はそんな顔は一切しないが、仲間に何かあれば最優先で動く。

 それが、今共に行動している楓を殺めることになったとしてもだ。

 

 「ぶっ殺される覚悟ぐらいは決めておいてね」

 「おォ。怖い怖い。でも任せろ。もしそうだったら俺が責任持って透をぶっ飛ばしてやる」


 にっこり笑っているように見えて、怒りを感じているようにも見える虚華の表情はとても言葉に出来ないものだった。

 そんな虚華の顔を見て、満足そうに楓もにかっと笑った。



_________


 木の近くまで追い込んだ透は、にぃいっと口角を釣り上げる。追い詰められたしのは、魔導弓を地面に落とし、懐に忍ばせていた短剣を、透目掛けて突き刺す。


 「あぁ、これこれ。やっと帰ってきたよ。君かあの馬鹿()、どっちかが持ってるとは思ってたけど、探す手間が省けたよ。あとは、僕の力の贄になってくれ」

 「ひぃ!?」


 透はしのから奪い取った灰色の短剣をしの目掛けて突き刺そうとする。まるで、「自分を殺そうとした手段で殺されるなんて、滑稽だろう?」と言わんばかりのやり方だ。

 虚華は、凶行に及ぼうとする透からしのを守ろうとすべく、手に持っていた「欺瞞」を透目掛けて、森の茂みから出ようとした刹那。


 「やめ……」

 「《解放!》“|Crime&Punishment《罪と罰》!”」

 

 楓が森の茂みから飛び出し、自身の手に持っていたヰデルヴァイスを起動させる。

 灰色の片手剣は、瞬く間に白と黒の二対の剣へと変わり、『投擲』の白を透目掛けて投げる。

 完全に死角から投げた白の刃は、透目掛けて直撃の筈だった。

 透の首が不気味に曲がり、こちらを向く。先程のように左腕を横に振るい、腐敗させようと試みる。


 「そんなてめぇの力で俺のヰデルが止まるかよ!!」

 「ちっ」


 楓の一撃は直撃こそしなかったものの、今まで無傷だった透の右腕を斬りつけることに成功する。

 透の衣服がちぎれ、肩口から血が出る。しかし、身体はほぼ無傷だ。動きにも支障はない。


 「随分久々だなァ?透よォ。その右腕の刻印、まだ消してなかったのか」

 「そりゃあ僕も獅子喰らう兎の一員だからね。消す訳ないじゃないか」


 楓は走って、しのと透の間に割って入る。しのはもう精根尽き果てたのか、かなりぐったりしている。

 楓が笑顔ながらも顔を引き攣らせながらも透と正面切って仁王立ちする中、透はしのを殺し損ねたせいか、少しだけ機嫌が悪そうに見える。


 「そうかそうか、それで今度は何だ。雪奈の次はしのを殺ろうってのか。一体何の理由があってだ!?あァ!?」

 「そう怒んないでよ、楓。僕はね、振り向いて欲しい人が居るのさ。その人は僕を一目見た時、あまりの恥ずかしさで逃げ出してしまったんだ」

 「はァ……?」


 楓は透が恍惚の笑みを浮かべ、顔を赤らめながら話しているのを見て、悍ましさを覚えていた。

 今、獅子喰らう兎の三人がいる白雪の森の中央部は、まさに虐殺が起きた直後のような惨状だった。

 木々には肉片や、血液、中には内蔵までぶち撒けられている魔物の死骸もある。そういった凄惨なものが至る所に点在し、少し離れた場所には人間の遺体も二つ捨てられている。

 虚華は、「欺瞞」を構えつつ、周囲を見渡していると二体の人間の遺体を発見する。


 (あれは……多分だけど……。じゃあ臨は……?何処に居るの……?) 


 状況と、ニュービーの情報を照らしわせるに、あそこで死んでいるのがデイジー・グレイウィル、キリアン・プレアラリの二名で間違いないだろう。

 デイジーの方は顔が半分、頭蓋骨ごと消え去っており、衣服もはだけている。本来ならば白くて綺麗な肌が露出していただろうが、腐敗が進んでいるせいで肌の色は紫に変色している。

 キリアンは上半身と下半身が何やら鋭利な刃物のようなもので一刀両断されており、断面以外を腐乱させている。

 そのせいで、新鮮な赤い色をしているのが、斬られた断面のみという随分と悪趣味なオブジェへと変えられていた。

 そんな地獄みたいな環境で透は、虚華の方を見て、微笑む。

 凄惨な腐乱死骸にハンカチを置いて座る姿を見た時は、あまりの気色の悪さで吐き気を催す程だった。

 楓は、目の前の光景に言葉を失う。昔の彼とはきっと大きくかけ離れているのだろう。


 「お前ェ……何言って……」

 「僕はね、その人がジアで探索者を始めたって聞いてね。その子に釣り合うぐらい強くなろうとしたんだ。でも、僕って白の区域じゃ人殺しの犯人って事で出禁の場所が多かったんだ。勿論、探索者ギルドも楓が根回ししたせいで立ち入ることすら出来なかったんだ」


 虚華は自身が来る前の話であることを理解し、二人のやり取りを見守る。

 勿論、いつでも発砲出来るように、透に照準を合わせている。

 銃を構えている虚華を見ても透は、虚華に向ける眼差しを一切変えない。

 ゴブリンの死骸が積まれて出来た椅子に腰掛けている透に、楓は声を荒げる。


 「じゃあお前は、俺が、探索者ギルドを出禁にしたから逆恨みでしのを狙い、挙げ句にニュービーの命を奪おうとしたって言うのかァ!?」

 「それは違うよ。それでね、僕は黒の区域で修業をすることにした。白じゃ無理な探索者登録も、黒でなら可能だからね。そうやって僕は、探索者として活動を始めたんだ」

 

 楓の怒気の孕んだ言葉を受けても、透はまるで旧友に自分がどんな人生を歩んできたか語りかけるような口ぶりで話を続けている。

  相手は自分を殺そうとしているのに、そんなのお構い無しで話している透を見た虚華はふと思った。


 (控えめに見ても狂ってる。彼はどうしようもなくイカれている)


 きっと、「エラー」もそう思っているだろう。彼とは知り合いなはずだ。彼はディストピアでは虚華の知り合いだった。こちら側(フィーア)の雪奈と交友があるならば、確実に知っている。

 ちらりと「エラー」の方を見ると、戦慄した表情を見せていた。

 

 (良かった。考えは同じだったみたい) 


 楽しそうに屍の山に君臨する透を見かねた楓は再度『投擲』の白を投げつける。

 首を狙うべく、白は透の首元目掛けて襲い掛かるが、軌道を左手で絶妙にずらされる。

 獲物を斬ることが出来なかった白は、少しだけ悲しそうに楓の手に戻る。そんな事実を目にした楓は舌打ちをする。


 「危ないじゃないか、折角僕の経緯を話しているのに」


 自分語りが話足りない少年は、少しだけ膨れっ面でこちらにちょっかいを出してくるやんちゃな友人に指摘する。

 これだけを見れば、可愛らしい物だろう。ただし、目の前の状況はそんな甘い物じゃない。

 どれだけ攻撃しても、左腕を動かすことで致命傷を簡単に躱されていく。途中からは透の口が止まることのほうが少なくなってきた。

 攻撃をしても口を閉じることがなくなり、痺れを切らした楓は苛立ちを顕にする。


 「お前の話なんて興味無ェんだよ!俺はニュービー殺しと、環境の過剰破壊の問題でお前を捕縛するだけだ。おとなしくお縄に掛かれ」

 「捕縛。それは困るなぁ。僕の活躍が見てもらえなくなる」

 「一体……誰に」


 顎の下で手を組みながら、儚げな表情を浮かべる透は、虚華のその言葉に言葉を返すことはなかった。

 何も言わずにずっと虚華を見つめ続ける事が、彼なりの答えだったのだろう。

 ずっと見つめられる事に恐怖を感じた虚華は、「エラー」の背後にこっそり隠れる。すると、透は少しだけ寂しさを顔に滲ませて、屍の玉座から立ち上がる。


 「そんな男より、そんな女よりも僕がいかに素晴らしい存在か、教えてあげよう。そうすれば、きっと君は僕の事を見てくれる筈さ」


 もう透の目には虚華しか写っていない。激しい感情が渦巻いている彼の瞳は、黒い渦がとぐろを巻いている。

 透はしのから奪った灰色の短剣を、天に掲げる。


 「あぁ、僕のヰデルよ。僕に力を貸しておくれ。【具現】スパクトロギア!!」

 「【具現】!?夜桜さん……貴方人間を捨てたのですか!?」

 

 「エラー」の動揺なぞ、意に介さず、高らかにそう宣言した透は、ヰデルヴァイスを両手の逆手持ちで持つ。

 その短剣を、自身の心臓の位置目掛けて勢い良く突き刺す。

 本来なら苦悶の表情を浮かべる筈の行為に、目の前の狂人(夜桜透)は、恍惚の表情を浮かべる。

 自身の心臓を刺し貫いた透は死なずに、その瞳には昏い光が灯っている。

 心臓を貫いているヰデルヴァイスは、赤黒い光を放ち、その光を全身が吸収している。


 (人間を捨てた……?)


 心臓に突き刺さったヰデルヴァイスが赤黒い光を放出し終えると、ヰデルヴァイスがふっとどす黒い靄を放ち、消滅する。

 その直後、黒い靄が透の全身を覆い尽くす。

 靄が消えて、透の姿が見えるようになった頃には、その姿は確かに《人間を捨てていた》。


 「何……その姿……」


 虚華は絶句し、目の前の狂人の変わり果てた姿をただ呆然と眺めている。他の二人も、かつての友人が変化していく様を、ただ見ていることしか出来なかった。

 変貌した透の身体からは殺意にも似たどす黒いオーラを放出し、眼球からは黒目が失われ、肌も赤黒く変色している。

 口の周りには、腐敗した魔物を喰らったであろう血や、肉片がこびり着いている。 

 それだけなら、まだただの魔物の可能性を感じられるが、透の身体の異質さはその『左腕』にある。

 左腕以外は、変色しているのか、腐敗しているのか、赤黒い肌色なのだが、左腕だけは彼の身体に似合わない銀に輝く無機質な機械腕だった。

 絢爛さはまるで無いが、光り輝くその腕は、まるで誰かから“無理矢理借りてきたものを、無理矢理自分の身体に接続させた。”そんな歪さを感じさせる。


 「綺麗……」

 「そうだろうそうだろう?君はやはり僕の物になるべきだ」


 虚華がぽつりと零した言葉に、透だったものは、穢らわしい嗄れた声で喜びを表現する。

 その声に最早、透らしさは失われ、話し方だけでかろうじて透を感じられるだけだった。


 「“僕の腕”は、こんな事もできるのさ」


 透が左腕を一振りすると、その腕の周りに数十にもなる所々血に塗れた銀の歯車が出没した。

 歯車の一つが、近くの木に触れた瞬間に、腐敗が進行し、数十秒後には消えて無くなった。

 その急速な腐敗を見て、虚華は声も出せずに絶望の表情を浮かべる。


 「さて、僕を捕縛するらしいね。やってご覧よ。出来なければ、僕は君を連れ去るよ。安心して、一生僕だけを映す鏡として愛してあげる」

 「いやああああああああああああああああああああ!!!」


 変貌した透の顔は爛れて、表情までは見えないが、それでも虚華の恐怖心を極限まで煽ることは容易だった。

 三人と一体しか居ない白雪の森─中央部に虚華の叫びが木霊した。


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