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【Ⅳ】#4 後輩に罵られ、先輩に白い目で見られる

 「エラー」“虚華”が正式に「喪失」に参加して、少しの時間が流れたとある昼下がり。

 臨は、「エラー」と同時期に探索者として登録されて活動を開始した後輩──ニュービーの指導役として、ディルクと共に象牙渓谷へと侵入していた。

 象牙渓谷は、白の区域の中では南方に位置しており、近くには現存している象からは想像もつかないほどの大きさの象牙があちこちに刺さっている場所が点在している。

 その中央部に大きな渓谷があり、そこの渓谷の名前が象牙渓谷として呼ばれている。この渓谷の周辺に人は住んでおらず、魔物が多数生息することから、探索者に依頼が頻繁に出されている場所の一つである。

 渓谷の中には、白雪の森にも居たようなゴブリンやオーク等の亜人種、空には翼竜の幼体や、凶暴な鳥獣種が飛び交っている。

 水場も豊富にはあるが、そこも人間が武器も持たずに水を飲もうと思えば命は無い程には、様々な危険があるような場所だ。

 その反面、人間が簡単に入らない事から、他の場所では中々御目に掛かれないような鉱石や石材等が見つかることもある。そういった物を依頼のついでに探したりするのが、この探索者としての仕事の一つでもある。


 

 「ねぇ、先輩。あんたって確か「全魔」と「魔弾」と同じトライブ所属だったよな?確か残り一人は男だったし、新しく入った新人はそんな見た目じゃなかったはずなんだけど。その格好はギャグなのか?」

 「……なんとでも言ってくれ。服と武器が一体化してるだけだから。心配しなくともボクはその残り一人の男で間違いないから」

 「えー、わたしぃ、「全魔」と一緒に依頼受けてみたかったぁ〜」


 同じトライブでもホロウとクリムはそれなりに名前が知れている。最近入った人物の中では人気の類なのは理解していたが、此処までがっかりされると流石に臨も傷つくが、なんとか堪える。

 顔を引き攣らせながら、ご尤もな質問を投げつけてきた人物達に返答した臨を、視界に入れずにディルクはすたすたと先を歩いていく。

 臨とディルクに付いてきたニュービーは二人。デイジーとキリアン。二人共年齢は十二歳と、臨の一個上だ。だから、彼らが先輩である臨に対して横暴な態度でも怒らずに返事をしている。

 

 「ね〜、ディルクさんもそう思いませんかぁ?こぉんな危なそうな渓谷に、こぉんなひらひらの可愛らしいドレスみたいなの着てる男なんて放ってわたしたち三人で依頼もクリアしちゃいましょうよぉ」

 「…………。そいつの格好が珍妙なのは同意だが、その格好がそいつの戦闘服だ。それにお前達より格上だ。いざ戦ってみればあっさりと負ける」

 「けっ、乙種(二級)探索者のディルクさんにそう言われちゃもう何も言えねぇな。歳下の女装趣味野郎に負けてるなんて現実見たくねぇわぁ笑」


 (ディルクも含めて、誰の言葉にも嘘が込められていない。だからこそ、この言葉の刃がボクに突き刺さる……。でもそれでもボクはこの武器を脱ぐことはない)


 臨は彼らの言葉に嘘がない事を確認して、一つ小さなため息を付いた。幸い、歩いている順番が、ディルク、キリアン、デイジー、少し離れて臨だったので、見られていることもないだろう。

 ディルクはそんな臨を一瞥した時に少し息を吐き、デイジーとキリアンを嗜めるように諭した。そんなディルクに免じてキリアンは頭だけは下げたが、納得している感じはあまり無さそうだ。

 デイジーに至っては「やっだぁ〜」と軽い口調で笑い、これまた軽い足取りでキリアンの隣を歩いている。 


 (歳下の女装趣味野郎……。それでも良い。ボクはこの“得物”を使いこなしてみせるさ)


 臨は、ひらひらの黒とピンクのバランスが美しいドレスの裾を握り締める。見た目は可愛いだけのドレスだが、それなりに動いても汚れ一つも付かないような特別製の物。この渓谷を踏みしめていても、そのドレスは臨を綺麗に着飾ったままだった。

 古びた武具屋の店主が臨に渡したこのドレスは、服の中に収められている武器と一体化している。

 臨の両手にはブレスレットのような物を嵌めているが、これも見た目だけで此処から“糸”を射出して様々な手段で攻撃を繰り広げていく。

 このドレスを貰った際には店主が言っていた言葉を思い出す。


________________



 「このドレスを着た者には、“糸”を操る武器。その両腕に嵌めているブレスレット型の奴じゃな。それが扱えるようになる。ただ……」

 「ただ、なんですか?」


 長い髭を摩りながら、店主は言葉を詰まらせる。まるでなにか大きな副作用があるのではないかと、こちらを心配させるような間の使い方だ。

 そんな少しの間の沈黙の後、店主が言葉を続ける。


 「頭の悪い奴には使えん。その“糸”もただ相手に放つだけではただの糸だ。一本放った所で敵に噛み切られるがオチじゃ。どうやって使うかは自分で考えよ。弱いと思うなら好きに捨て置け。じゃが、この武器を愛する馬鹿になれば、いい結果が待ってるかも知れんのぉ」

 「この武器を……愛す馬鹿……」


 そのドレスを渡した後は、また湯呑を持ちながら、何処か遠くを眺めながら店主はお茶を啜っていた。



_________________


 (きっと、この武器は無限の可能性を秘めている武器なんだ。だからこそ、長い時間を経て自分だけの得物にしなきゃならない)


 そんな考えから、仕事の無い休みの日以外は基本的にこのドレスを着込んでいる。こっそり、夜中に抜け出して白雪の森まで赴いて、“糸”と自分の片手剣や短剣を組み合わせた連携等を考えたりもしていた。

 それも全ては、楓に負けた自身の弱さを克服する為に。そうすれば、きっと振り向いてもらえるから。

 

 「おーい、ブルームさんよぉ?何突っ立ってんだよ。ディルクさんもう行っちまったぞ?」

 「まぁ〜、キリアンが見失っちゃっただけなんだけどねぇ〜。貴方はこの依頼の目的地、知ってるんでしょう〜?案内して〜?」

 「いや……ボクも、ディルクさんに連れてこられただけで、目的地は知らない。困ったな。まさかの三人揃っての迷子か……」

 「ちっ、じゃあ良い。俺らは二人でディルクさん探すから。ブルームは精々彷徨ってな」

 「そゆこと〜笑ばいば〜い」


 (別にボクは直ぐに出られる魔道具を持ってるから良いんだけど、あの二人はちゃんと持ってるのか?) 


 どうやらディルクが、自分達が気づかない間に先に進み過ぎたらしく、ニュービーの二人は追いつけなくなって後ろに居たはずの臨に声を掛けた。けれど、臨も目的地が知らないと判断したら、直ぐに切り捨てて二人で先に進んでしまった。

 臨は、象牙渓谷の中で一人、ドレスをたなびかせながらのほほんと歩く。その中で、“糸”を使って移動時間を短縮したり、数を束ねて剣の様に使ってみたり、色々な発見をしながらディルクが居るであろう目的地へと向かう。


 「別に嘘をつくのは虚だけじゃない。ボクだって“目的地を知らない”可能性だってあるからね。まぁ、そんな間抜けに見られちゃったボクが悪いか。ふふふ」


 臨はくすりと笑った後、歩きながら周囲を見回す。よく考えたらこの象牙渓谷に来たのも初めてだし、此処に居る魔物とも戦っていなかったことに気づいたからだ。

 辺りには切り立った岩肌ばかりで、地面は乾燥した土。気温がそこまで低くも高くも無いせいか、水気が一切無い割には割と過ごしやすい気候に感じている。

 この気候ならば人間が住んでも問題はないはずなのに、それでも長い間此処に居を構えなかった理由を、ブレスレットを触りながら思案する。

 

 「多分、魔物が理由だと思ったんだけど、何にも居ないな。この道をディルクさんが歩いていたとしても、生き物の気配が一切無いのはおかしい。だって入る直前に渓谷の中を覗いた時は魔物の気配で充満してた筈なのに。……なんだか嫌な予感がする」


 本来、人と魔物が争えば、その場に何かしらの痕跡が残る物だ。例えば、この渓谷ならば、切り立った岩肌に刃物で斬った跡や、何か重い物で砕かれた痕跡、或いは人間や魔物の血や体液が何処かしこに付着してることが多い。

 勿論、優れた探索者ならば、そういった物も残さずに始末することが出来るだろうが、それでも斃した屍等の“残っていなければならない痕跡”すら無いのはおかしいのだ。

 こういった危険が内包されている場所を掃除したり、片付けをしたりする「掃除屋」や「運び屋」なる存在が、定期的に景観や素材の為に至る場所に派遣されることがある。今のこの場所は、それらが入ったばかりのような綺麗さが渓谷中に満たされている。

 臨は、今の現状が当てはまるような事案(言い訳)を頭の中で必死に考える。もし仮に人と人が争ったとしても、やはりそれでも何かしらの痕跡が残る。

 思いついたのは、大規模的な空間転移。コレならば、確かに魔物を痕跡もなく移動させることが出来るから、今の状況とも合致する。

 ただ、ディルクも、ニュービー二人もそんな魔術は使えない。この渓谷全域の魔物の生体反応が消える程の物は雪奈でも出来るかどうか怪しい。

 他にもいくつかの案が浮かんだが、どれも現実味が薄い。考えていても仕方ないと判断した臨は、ニュービーとディルクを探すべく、索敵魔術と探知魔術を展開する。


 「……居たけど、反応は一人?……ともう一つ近くにある。って事は多分あいつら(ニュービー)かな。でも一つの反応がどうにも不安定だ。方角は北……。大分奥地だけど行ってみるしかないか」


 探知魔術と索敵魔術を解除した臨は、ため息交じりの吐息を漏らし、自身の荷物の中に入っているその場から自身が登録した場所へと即転移できる雪奈お手製の「大脱出ボタン」を取り出す。

 押して虚華達に話す事も考えたが、悩んだ末に元の場所に仕舞う。歩いていると、足が少し痛むことに気づいた臨は、自分の履いているハイヒールを“糸”で動きやすい靴に再設計した(作り変えた)


 “この渓谷の生体反応が自分を除いて二つである”


 その事に気づけなかった臨は、女性が履くにしては少し短めのハイヒールから作り変えた戦闘用シューズで、乾いた大地を駆け抜ける。















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