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【Ⅰ】#3 幻想の中で、忌避感に苛まれる


 ──VRゲームとは何か。

 Virtual・Reality(仮想現実)システムと言うコンピューターによって作られた仮想的な世界を、あたかも現実であると脳が錯覚するほどに似せて作った技術を用いたゲーム。

 こういったものは、基本的に頭部にゴーグル型のデバイスを装着する必要が多い。

 ディストピアのVR技術の最新版では、本当に現実と錯覚する者も現れる程に再現性は高いと言われている。


 虚華は、周囲をキョロキョロと見回す。

 確かにさっきまでは、壁も床も真っ白な部屋にいたはずだ。それが今は、少しだけ古ぼけた木で出来たログハウスの中で立っている。

 虚華はうーんと腕を組んで、現状を整理しようとする。虚華が覚えているのは、機械を触った途端に部屋中から光が放出されて、気づいたらここに居た。それだけだ。

 

 「VRって言うんだっけ。確か、仮想現実世界システム?でも、デバイスも装着してないし、それに……」


 虚華はポケットの中を弄ると、少し前に亡くなった知人の形見。銀色の懐中時計が入っていた。

 

 「そういうゲームなら、衣服とか、持ち物も一旦は管理人や運営が預かる筈。じゃあやっぱりこれはゲームじゃない……?」


 このログハウスに来た際に放たれていた強烈な光は収まり、虚華の視界が正常に戻りつつあった。

 この手のゲームを開始すると、現実と虚構を混同させない対策として標準搭載されているアナウンスや、オートナビゲーション機能も作動していない。

 ゲームからログアウトするための表示などもないから、恐らく本当にゲーム等ではなく、何処かに転送されたのだろう。

 虚華は、臨の懐中時計の蓋を開く。時計の針は刻々と秒針を刻んでいる。時計の針を見て、はっと目を開く。


 「時計は動いてるし、私が覚えている時間と同じだ。時間は同期してるみたい。うーん……」


 懐中時計が示す時間は数分こそ経っているが、虚華が白い部屋で機械に触った時間と殆ど同じ時間だった。 

 他にも何か情報が得られないかとあちこちを回ってみる。

 ログハウスに用いられている木を触ると、肌触りから質量感までしっかり木、といった感じがする。

 部屋の中にあった、金箔がおされた模擬刀をえいえい!と数回、振り回してみると息が切れる。


 「流石に模擬刀を振り回すのは、しんどいや……。でもやっぱりゲームって感じがしない……。それにあの扉は……」


 ログハウスの隅──かなり古ぼけた暖炉の隣には、部屋の内装とは釣り合わない真っ黒の扉が一枚置かれていた。

 扉なのに、壁などに隣接していないが、しっかりと自重で立っている。

 虚華がその扉に近寄ると、黒い靄をじんわりと放ち、ドアノブに振れると青い花弁が周囲から吹き荒れる。

 ドアノブを離すと、何事もなかったように花弁は消え去るから本物の花弁ではないのだろう。 

 黒い扉から離れた虚華は、小さなため息を付いて腕を組んでこれからどうするか思案する。


 「ゲーム的に言うのであれば、此処が帰還に関する扉なんだろうけど、どうしようかな……」


 普段なら一緒に居る頼もしい仲間に意見を聞くが、一人ぼっちの虚華は、この一連の出来事を一人でなんとかしなければならない。

 このまま待っていてもお腹が空いて餓死するかも知れないし、此処が何処だか分からない以上、このまま待つという選択肢もそれなりにリスキーだ。

 平常時であれば、基本的に行ったことのない場所や、自身に危険の及ぶ可能性のある場所は、三人で行動するべきだと臨から言われている。

 単独行動する度に、臨から全身が酸性になるんじゃないかって錯覚する程には、口酸っぱく言われているから、嫌でも思い出す。

 昔に数時間にも及ぶお説教を受けたことを思い出し、虚華は少しだけ身震いする。


 「この場には私だけ。いざとなれば“嘘”でも何でも使って逃げるしかない……よね?」


 きっと黒い扉を潜れば元の場所に帰れるのだろうと、そう自身の心に言い聞かせて虚華は自分の身につけているものを確認する。

 

 (自分の着てた物くらい覚えているけど、無いものがあるかも知れないもんね)


 着ている物は、虚華達が普段から着ている防刃&防弾服。簡易的ではあるが、それなりに弾や刃から守ってくれているからアジト内に居ても着ている物だ。難点は虚華が着るには若干重過ぎる事だけ。

 武装は愛用している三丁の拳銃、弾は百発あるかないか程度。残りはとても扱えないが、ショートサーベルが一本だけ。

 要するにいつも虚華が持っている装備一式は此処に揃っている、ということだ。

 弾は貴重だし、なるべく使いたくない。ショートサーベルも、扱いが難しくて戦えるか自信もない。

 そうなると他に戦える手段として、魔術が挙げられる。

 

 (魔術……魔術ってなんだっけ……?確か雪奈がこう言ってたっけ……?)

 

 虚華は、遠い昔に雪奈が解説していた魔術についてを懸命に思い出そうとする。


 ──「魔術」とは

 魔術は……えーと確か……その魔術を発動する為に詠唱することで……何かいい感じに……炎とかがドカーン!ってなるって言ってたような……。

 人間は魔術を発動する際に詠唱が必要だけど、魔法や魔術が得意な生物は、要らないんだっけ?

 それで確か、段階があって……、定休?とか高級とか言ってた気がする。

 私は定休?しか使えないけど、雪は凄いの出せるんだよね。私も魔術の訓練しとけばよかったかなぁ。

 あ、でも強い魔術師の定義に、早く魔術を発動できることが入ってたのは覚えてる。雪もずっと言ってたし。

 私も魔術自体は使えるとは思うけど、発動に時間が掛かるから雪がずっと付きっきりで訓練しよって言われてたけど、嫌で逃げたんだっけか……。


 虚華は必死に雪奈に言われたことを思い出そうとしたが、記憶に靄が掛かっており、覚えていることも随分遠い昔に言われたような感じがしている。

 それでも、一番肝心なことは思い出せた。「魔術を発動する時は、詠唱を必要とする」

 詠唱さえ出来れば、私でも魔術が出せる……筈!!多分!!

 虚華は発動する魔術で、ログハウスを燃やさないように窓を開けておく。


 「詠唱……だよね。確か雪が……言ってたはず。えーと確か、『炎よ、珠となりて燃え広がれ』ファイアーボール!」


 虚華は窓の方に左手を向けて、ファイアーボールを放とうとする。

 虚華の詠唱によって、虚華の左手に小さな炎の玉が生み出され、窓に向かって放出される寸前で消えてしまった。

 自身の発動した魔術を見て、虚華は首を傾げる。──この魔術はこんなに威力が無いものだったのか?と。

 一応全力を確認する為に込める魔力は割と多めにした筈。木に当たれば燃え広がる程度には先程の魔術に魔力を込めたのだ。


 「私、こんなに魔術使えないんだ……これじゃ魔術に頼るのは良くないか。でも、此処でも魔術が使えるってことは大事な情報!って事にしておこう。じゃないと凹みそう……」


 凹みそうと言いながら、しっかり凹んでいる虚華は外に出ることを決意する。

 もし外に危険があるのなら、直ぐに黒い扉に触れて脱出を試みる。再度来れそうなら、今度は三人で。

 正直な所、虚華は外のことが気になってしょうがないのだ。この小屋の中だけでも、自分が居た地獄とは全然違う雰囲気を漂わせている。 

 淀んでいた空気が蔓延していた地獄とは異なって、古い木の香りが鼻腔をくすぐるし、模擬刀に貼られていた金箔は、地獄では超貴重品として扱われているものだ。

 外からは何かの生き物の鳴き声のようなものが聞こえてくる。これはつまり、人間以外の生物を故意に絶滅させている地獄とは異なる世界だと言う根拠になるかも知れない。


 虚華は期待半分不安半分で、ログハウスの扉に手をかける。


 「さぁ、鬼が出るか仏が出るか、はたまた、自分の常識から大きく外れた物が出るか……」


 虚華の頭の上には、ぼんやりと笑顔でサムズ・アップしている雪奈と臨が見守っている──実際は顔を真っ赤にしながら怒っているのだが、虚華はそんな事も露知らず、外の世界へと足を踏み出した。


__________


 意を決して外の世界へと足を踏み入れた虚華に待っていたのは、地獄とは掛け離れた光景だった。

 虚華は警戒心と好奇心の双方の観点から、周囲を見渡す。

 ログハウスの周りに森──木の群生地帯が広がっているのは、窓を開けた際に確認していたが、間近で見てみるとまた違った一面が見られる。

 鬱蒼とした高密度の森からは陰湿さが染み出しているが、それらはきっと雲ひとつ無い青空から射す光を奪い合う為だろう。

 常に曇天、雨もよく降っていた地獄では、青空なんて拝んだことは物心ついたときから一度たりともなかった。


 (空って本当に青かったんだ。臨の与太話とばっかり思ってた) 


 多少整備されている獣道は、人間以外の足跡がある。きっと地獄では絶滅した野生の動物とやらが何処に居るのだろう。

 生物の糞の臭いも普通の人間なら不快感を顕にするだろう。だが、虚華が暮らしていた場所では、硝煙と雨の匂い、そして不快な匂いが色々混ざってこんな物が比にならない程の悪臭が漂っていた。

 そんな匂いを楽しみながら虚華は、舗装もされていない獣道を進むと、ふわっと金木犀の香りが鼻腔を通り抜け、束の間の幸福を感じさせる。

 あちこちをキョロキョロしながら進んでいると、視界の先にとある物を捉えて目を見開く。


 「こっちが金木犀……この赤い木の実は……もしかして林檎!?実在したんだ。てっきり臨の絵空事だと思ってたのに……」


 木になっている林檎の中でも低い場所にある林檎に狙いを定め、銃を取り出して枝を狙撃する。

 獣の声しか聞こえてこない森の中に一発分の銃声が鳴り響いた後に、林檎が地面にぽすっと落ちる。

 落ちた林檎を拾って、見ているとお腹がくぐるうぅっと大きな音を立てた。つい反射的に顔を赤らめたが、誰も居ない事を思い出した虚華は、一つ咳き込みをした後に、まじまじと林檎を見つめる。

 林檎を見た虚華は、ごくりと唾を飲んだ後に、小さなひとくちで林檎を頬張った。


 「あむっ……。瑞々しい……普段食べてる缶詰とかより全然美味しい……」


 林檎の美味しさに感動した虚華は、鞄に入るだけの林檎を銃で撃ち落として、鞄に詰める。

 持って帰って、二人にもこの感動を味わってほしいと思ったからだ。きっと昔見たような笑顔は見れないのだろうと、少しだけ顔色を曇らせながら。 


 (後で二人にも分けてあげなきゃ。こんなに美味しいものは今まで食べたこと無いもん)


 鞄の中にお土産を入れた虚華の足取りは、命を狙われている人間とは思えない程軽快なものだった。

 虚華からしてみれば、此処はきっと夢にまで見ていたような、平和な世界だったのだろう。

 森の木々だって、見たことも触ったこともない物ばかり。知っているのだって、与太話だと思って流し聞きしていた臨の話と、それを形作った書物で見ただけ。

 色々な木が生えているが、それらの全てが分かるわけじゃない。分かるのは臨が見てみたいと言っていた金木犀と、林檎がなっているから分かった林檎の木の二種類だけだ。

 もしかしたら、木が空中に浮いていたりとか、ふわふわと浮かんでいる石などは無いかと、あちこちを散策してみたが、見つからずに少しだけ肩を落としたりもしながらゆっくり歩く。


 「もし、そんな物があれば、間違いなく此処が地獄じゃないって断言できたのになぁ」

 

 地獄にはなかった林檎や金木犀を見た虚華は、それらを棚に上げてそんな独り言を呟いていると、少し開けた広場のような場所に出た。

 此処だけは木が少なく、空を見上げると綺麗な青空が広がっている。

 見たこと無い眩しい光を放つ丸いものは、確か太陽と呼ばれているものだったなと、虚華は目の上に手をかざして見上げている。 

 そんな呑気に空を見上げている虚華の耳に、何処からかこちらへと走ってくる足音が聞こえてくる。


 (この走り方は、人、なのかな?)


 足音は虚華がこの広場へと出てきた方向とは反対側から聞こえてくる。警戒心を引き上げながら、ホルスターに収められている銃に手をかけると、息を切らした少年の吐息が耳に入る。


 「はぁ……はぁ……」

 「えと……?」 


 反応に困った虚華は、肩で息をしている少年をよく観察する。

 虚華の近くまで走ってきたその少年は、地獄でよく着られているような服ではなく、革を鞣して作られたような防刃具のような物に、腰に付けられた革製のホルダーの中に片手剣が装備されている。

 呼吸が整ったのか、少年が虚華の顔を見る。その顔には、訝しげな表情が貼り付けられていたが、虚華はその顔には見覚えがあった。

 否──見覚えがあるなんてレベルじゃない。その顔は数時間前に臨に殺されたばかりの少年、透と全く同じ顔をしていた。


 「この森で銃声がしてたから、音の方向に向かってみれば、虚華ちゃんじゃないか。こんな森の中で一体どうしたんだい?」


 虚華は、目の前の現実を受け入れることが出来ずに、ポケットの中に仕舞ってある形見の懐中時計を握り締めていた。

─「魔術」とは。

 魔術は魔法を発動させるための手段である。厳密に言えば、魔法を発動させる際に詠唱を用いて特定の魔術を発動させる魔術式を組み上げて、そこに魔力を注ぐことで魔力を操作し、魔術を発動させている。

 裏を返せば、魔術式を組まないでも魔力を操作することが出来る生物ならば、魔術式を用いて「魔力を糸状にして服を作るように織り込む」なんて煩雑な過程を踏む必要無い。

 直接魔法を行使することで魔力を編み込み、服を生みだすことも出来る。今回の虚華の魔術の行使は前者にあたるものを指す。


 現在の魔術には五段階の位があり、低級、中級、高級、超級、神級に分類されている。

 低級魔術にも詠唱時間は必要とし、人にもよるが、大体五秒から一五秒必要とし、位が上がるにつれ詠唱に掛ける時間と威力も比例して伸びていく。神級にもなると発動することが出来る人間が限られてしまうため、おおよその数字ではあるが、一分から長いものだと五分掛ける物もあるとされる。

 なので、名のある魔術を主にしている魔術師達は自身単体で戦う際は、いかに詠唱時間を短く、効果的な魔術を発動できるかに相当重きを置いている場合も多い。


 と言っていたのを虚華は、曲解こそしなかったものの、覚え方が雑だったのであぁいう考えになりました。

 雪奈は顔を顰めはしませんでしたが、頭ナデナデを要求してきたため、虚華は腕を暫くの間使えなくなりました。

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