【Ⅳ】#3 第一印象がそれじゃ、仕方ないよね
「大丈夫!?ホロウ!首元にこんなに切り傷付けて……、最悪の場合は“嘘”使ってでも逃げなきゃでしょ!?」
「あはは、ありがとう……でも……」
目の前の光景が半ば信じられないという顔をしている虚華に構わず、近寄ってきた人物は虚華の怪我を治療している。
目の前の人物が、かなり自分の事を心配しているのは声色や表情から分かる。
首元の痛みが引くと同時に虚華は理解した。きっと此処が天国であって、現実じゃないのだろうと。
だから──目の前の臨が女の子の格好をして、メイクまでばっちり決めて居るのだろうと。
「ブルーム……だよね?私、なんだか目がおかしくなったみたい……」
「なんだって!?嘘付いているわけじゃないみたいだし、一体どうしたんだ!?」
虚華を寝かせて治療をしていた臨は、心配そうに虚華の顔を覗き込む。
その顔は面影は確かに臨の顔なのだが、どうにも本人と一致しない部分が多すぎて、虚華を混乱させている。
髪の毛は黒に近い茶色のウィッグを被っており、衣服もジアでよく着られている作業着と臨の普段着を兼ね備えたような可愛らしい服だった。
顔もしっかりとした化粧が施されているのを見るに、誰かに化粧をしてもらったのだろうか。
大丈夫か!?と心配して声を掛けている臨の顔を見る度に、意識が遠くなっていっている気がする。
「だ、大丈夫。ちょっと現実を直視できなかっただけだから」
「え?あ……」
虚華の視線が真っ直ぐ臨の顔を見ている事から、臨は自分の姿を見てそういう反応をしていることに気づいた。
すぐさま顔が真っ赤になり、あわあわとしだしたが、着替える服もないこの場では脱ぐことも出来ない。
虚華の視線が突き刺さった臨は、ひとまず冷静になろうと、コホンと一度咳き込んで口を開く。
「こ、これには深い事情があって……」
「別にブルームの自由だからさ、私は何も言わないよ?ちょっとびっくりしちゃったけど」
直視しているとまた頭が痛くなりそうだと感じた虚華は、臨を視界から外す。
その反応に対して露骨に肩を落として落ち込む臨は、まさしく泣き崩れるヒロインのような形相だった。
「良いんじゃない?私はその趣味、受け入れる……よ?」
「ホローーーーーウ!!!!」
___________________
少し離れた場所で、臨の魂の叫びが鳴り響く頃。雪奈は“虚華”の槍斧の猛攻を受け流しながら、どうするかを思案していた。
自分達が中央広場に付いた時点では、既に命を奪われる寸前という状況だった。そんな現実を見逃すわけには行かない。
例え、その結末を虚華が望んでいたとして、雪奈としては看過するわけには行かなかった。
(でも、今あたしに槍斧を振るっているのも、虚……)
“虚華”の振りに合わせて適切な場所に空気を圧縮して生成した壁を、一時的に作り出して攻撃を防ぐ。それを何度も何度も繰り返している。
雪奈は平然とやってのけているが、本来こういった防壁を作る場合は一時的に作り出すのではなく、かなりの魔力を消費してでも、高練度の壁を作るのが定石だ。
そうした方が魔術を発動する際の負担も少なく、計算も簡単で済む。
毎回、敵の攻撃に合わせて強度や発現位置を計算して発動していると、魔力切れや計算のミスなどで簡単に失敗してしまう。
そんな高度な事を簡単にこなしておきながら、頭の中では、“虚華”をどうするかをずっと考えている。
──この程度のことは、雪奈にとっては片手間でこなせる物だった。
「ちっ、緋浦さんの姿を騙る擬物共め!私はお前ら非人を殲滅しなきゃならないんだ!!」
「あたしが?なんで?」
すっかり頭に血が上っている“虚華”は一心不乱に雪奈に刃を振るう。その荒々しくも危ない一撃一撃を、雪奈は軽やかに躱していく。
雪奈は反撃もせずに、ずっと“虚華”の様子を見ながら、少し離れた場所に居る虚華の心配をする。
(あたし達を非人と見る理由……、多分虚との邂逅、んー)
「なんでですって?決まってるじゃないですか。こうしてジアにのうのうと侵入しておきながら、半年も暮らしてる挙げ句、探索者となって同族殺しをしている奴らですよ!?「鏡の中の私」で私や旧友の姿を騙っておきながら、よくもまぁそんな事が言えますね!?」
「んー」
「何か言ったらどうですか!?」
そんなに目を血走らせながらそんな事を言われてもなぁ、なんて顔にも出さずに雪奈は、ふぅっと息を吐いた。
“虚華”には雪奈の態度が、呆れたような反応に見えたらしく、“虚華”は攻撃を再開する。
そんな彼女の猛攻も、雪奈は意にも介さない。突きには土の壁を、切り上げには氷の壁と、気分次第で様々なもので攻撃を回避していく。
「んー」
「なんですか!その反応は!顔を真似ているのに、中身はまるで違うんですね。それじゃあ擬態失敗じゃないですか?さっさと討伐されるべきですよ!私に!」
「「鏡の中の私」」
「はい?」
雪奈が口を開くと、“虚華”は露骨に機嫌が悪くなる。
ドスの利いた声で、見た目とは大きく違った声が出ている。そんな“虚華”の変貌にも眉一つ動かさずに、雪奈は言葉を続ける。
「「鏡の中の私」は、直接擬態対象本人を視認しなければ、擬態できない。でもこの世界の緋浦雪奈が死んだのは一年以上前の話。だからこの魔術は使えない。けれど、魔術に長けた生物なら可能。だからあたし達が非人だと言いたい?」
「えぇ、そうですよ。流石は「全魔」のクリムさんですね。魔術にお詳しいようで」
「「鏡の中の私」で擬態したにしては、ホロウは、随分貴方と違う」
「何が言いたいんです?」
口調は丁寧に戻っても、“虚華”の怒りはどうやら収まっていないらしい。
“雪奈”が死んでいるにも関わらず、同じ見た目の雪奈と会話しているからだろうと、分析した雪奈は気にせず言葉を続ける。
「あの魔術で擬態したのなら、ホロウの顔の魔術刻印の説明がつかない。あれを刻めば擬態は強制的に解除される。つまり、あの顔は彼女本来の物」
「な、何言ってるんですか。じゃ、じゃあ彼女は本当に……?」
「ん。彼女はもう一人の貴方。貴方に迷惑掛けまいと、髪色を変えて、顔に刻印を刻んで眼帯で隠してる」
「そんな……」
先程まで握り締めていた槍斧から手を離した“虚華”は、膝を地面に付けて項垂れる。
脱力したような全身からは、最早先程まで纏っていた殺意のオーラのようなものは消えていた。
________________
「大丈夫?虚」
「く、クリム……彼女が居るのにそれは……」
「良いんです。大まかな話は緋浦さん……、ううん、クリムさんから聞きました」
臨から治療を受けて、噴水の縁に座って休んでいた虚華の元へ、少し離れた場所で争っていた雪奈と“虚華”がやってきた。
申し訳無さそうな“虚華”をそっちのけにして、雪奈は虚華に頭を撫でろと言わんばかりに、虚華の隣に座る。
はぁっとため息をついた虚華は、いつものように雪奈の頭をぽふぽふしていると雪奈は満足そうに鼻息を荒げた。
「で、そっちの可愛らしい格好をしているのが、黒咲くん。いいえ、ブルームさんでしたか?まさか、黒咲くんにも女装癖があるのでしょうか……」
「いや、ボクにも無いんだけど」
「臨、その恰好なのに説得力あると思う?」
「…………………………………………」
虚華と“虚華”のダブルプレーで心を殺された臨は、何も言わずに一歩離れた縁で俯いて座っていた。
“虚華”は虚華の前に立って、頭を下げる。
「すみませんでした。ホロウさんの話も聞かずに殺そうとしてしまって」
「良くはないけど……、まぁ死んでないし。二人が助けてくれたおかげでね」
そういって雪奈の頭を更にぽふぽふしていると、嬉しそうにしている。そんな雪奈の顔を見て複雑そうな“虚華”の顔を見た虚華は、少しだけ撫でる手を止めた。
なんで辞めるんだみたいな視線を投げつけるも、虚華の顔を見た雪奈は黙って虚華の肩に頭を預けた。
「それで、貴方達は此処に、どうやって?」
「白雪の森に不思議な扉があってね。そこから来た。もう半年は見てないから今もあるかは分からないけどね」
それから虚華達は、今までの経緯と此処での目的を端的に話した。
その中には、自分達とは違う存在と分かっていても、それでも死んだ仲間達と会って話がしたい旨。自分達が暮らしていた世界ではもはや行きていくことも困難だったから逃げてきたことなども話した。
とても信じてもらえるとは思っていなかったが、それでも“虚華”は神妙な顔で虚華達の話を黙って聞いていた。
「そうだったんですね……確かにホロウさんは、別世界の私みたい。親の姿も覚えて無いって言われちゃうと、流石に涙が出てきそうですけど」
「大分昔に夢葉に殺されちゃったから、仕方ないよ」
「黒咲夢葉……黒咲くんのお姉さんでしたね。数度お見かけした事はありますが、とてもそんな凶行をしでかすような人には見えませんでした」
先程までの対応とは打って変わって、“虚華”は素直に自分達の話を聞いてくれている。
隣りに居る感受性が死んでる子とは大違いだなぁと思っても口には出さない。
「と、言うわけで失ってしまった仲間と再び会うために此処まで来た。そしてこれから、長い時間が掛かるとしても会いに行こうと思う。旅の道中で色々あるとは思うけど、それでも顔くらい見たってバチは当たらないと思うんだ」
「これが、ボク達の目的と、何者なのかの答え。納得してくれた?結白さん」
「理解はしました。けれど貴方のその格好に慣れるまでは暫く時間が掛かりそうです」
立ち直って立ち上がって“虚華”と会話した臨は、再度噴水の縁でひとり静かに誰も居ない方向を見ながら、遠い目をしていた。
折角お洒落をしていても目と心が死んでいては台無しだと、虚華は思いつつも“虚華”との会話を続ける。
臨を一瞥し、“虚華”の方を見直す。誤解はもう解けたし、夜明けまでそう時間もない。
此処はもう解散して明日に備えたほうが良いのではないかと、提案をしたい。緊張の糸が解けてもう眠たいのだ。
「じゃあもうコレで、問題は解決したってことで今日の所はもう解散しない?人避けしてたとしても、朝になっちゃえば人も来ちゃうしさ。この広場に人が一人も来ないなんて有り得ないし」
「そうですね……こんな時間ですし、最後に一つだけ良いですか?」
虚華は雪奈と目を合わせる。雪奈が「好きにすれば」と言いたげな視線を投げつけてきたので、虚華は頷く。
軽く頭を下げてから、“虚華”は再度虚華の方を見直す。
「私も、貴方達の旅に参加させて貰えませんか?」
「えっ、どうして?結白さんが参加しても何のメリットもないはずだけど」
もふもふし続けている手が止まってしまったからか、さっきまでご満悦な雰囲気を出していた雪奈も少しだけ不満そうに、“虚華”の方を見る。
虚華は虚華で、想定外のお願いが飛んできて動揺が隠せずにいた。理由もないのに、自分達について来ても仕方ない。ならば、何か裏があると考えるのが、虚華の考えだ。
「私も方方に散らばってしまった旧友に会いたいですし、それに現地人が居た方が便利でしょう?私も白の区域から外に出たことがないから、お役に立てるかどうかは微妙ですけど……」
「私達、一応知っての通りで探索者もしてるけどそっちにも……?」
「そのつもりです。戦闘面ではお役に立つ自信はあります。後衛の二人と変態一人よりも、前衛1に変態1の方がまだマシでしょうし」
確かに今のトライブメンバーだと、臨一人に前衛を任せるのは不安だった。
彼は元々は中衛、もしくは支援だったのに、無理矢理前衛を担って貰っていたからだ。
彼女の参戦は大いに戦闘バランスが良くなる。それにデメリットは、部屋の確保や登録が面倒といった些細なものばかり。
自分達も依頼をこなせば暮らしていけることが分かっている今では、別に構わないとも思っている。
(それに、もし私だったら、何かを成すためなら手段は選ばない。だから、“私”の誘いを理由もなく断ると、手段を選ばない行動を起こす可能性もある)
「分かった。この街にいる間は家や学園の問題もあるだろうから、好きにしてもらっても構わないけど、ジアから出る時はどうするの?」
「そうですね……こんなあっさり返事が帰ってくるとは思ってなかったので、考えてもなかったです。その時は休学届でも出してそっと失踪します。素性を隠して街を出れば家の方も感知できないでしょうし」
虚華の質問に、“虚華”は平然とそう答えた。この旅にそこまでの意味を見出しているのかと、少し驚いた程だ。
“虚華”は目を輝かせて、虚華の手を握りブンブンと振り回して喜ぶ。
全身を振り回されている虚華は、同じ人間の筈なのに、どうにも彼女の方が力が数段上なのが納得は行かないが、それでも喜んでいるのなら良いかと、虚華は諦観する。
「りょ、了解。じゃあこれから宜しくね。また開いてる時間があれば探索者登録したり色々しよっか、素性を隠すって言ってたけど、探索者として活動してる時も隠したほうが良いかもね」
「えぇ、勿論。皆さんみたいに名前も決めてるんですよ?」
歳の割にはある胸を張った“虚華”の姿を見て、雪奈がじろっと“虚華”の方を一瞬睨んだのを虚華は見て見ぬ振りをする。
臨は相変わらず死んでいるし、この状況から早く脱したい虚華は、“虚華”に話の続きを促す。
「へぇ、どんな名前?」
「「Error」です。探索者として活動している時は、エラーって呼んでください」
「分かった。私の事はホロウって呼び捨てでいいから」
「はい!これから宜しくお願いします!ホロウ!」
女子三人が一緒に中央広場から出る時に、一人だけ残された女装している男は、そのまま放置され、発見されたのはその日の朝方だったらしい。
第一発見者はイドルだったので、その情報は虚華が賄賂を払う事で内々に処理されることになった。