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【Ⅳ】#1 麗しい“私”からの手紙

 



  あの日──虚華(わたし)“虚華”(あいつ)と出会った日からどれほどの月日が流れただろうか。 

 「今度会ったら覚えておいて下さいね」そんな捨て台詞を投げつけて去っていった彼女は、あの日以来私達の前に現れることはなかった。

 最初の頃は、彼女の影を避けながら探索者としての依頼をこなしていた。

 あの藪の影からあいつが薙刀を持って襲いかかってくる。

 あの木の上からあいつが自分の脳天めがけて斧を振り回してくる。

 あの川の中からあいつが槍を喉元めがけて投擲してくる。

 一時期は雪奈と臨がそんな妄想じみた発言を重ねる虚華に、長い時間をかけて説教をしてから宿を出る時もあった。

 だが、虚華がどんなに妄想を重ねても彼女は現れない。依頼の報告数が増え、時間だけが過ぎていく。


 彼女が現れない。厳密には自分の前に直接姿を現し、自分達に接触をしてこない事を虚華は理解した。

 彼女は自分達の前には現れるが、自分達には接触してこないのだ。視線もこちらを向いていないから、存在を認識すらしていないのではないかと思う程だ。

 虚華の視線に入るのは決まって、背中に背負っている槍斧のケースと、艶やかな黒髪のセミロングだけだった。

 そんな近くにいるのに接触してこない“虚華”の動きに疑念を抱きつつも、虚華達の送る逃亡生活はそれなりに平穏なものだった。


 それから虚華達は、いつ彼女が自分達に接触してきても良いように探索者としての仕事をこなしながら、この世界についても調べ始めた。

 特に重点的に調べたものの一つに、楓が使っていた不思議な武具──ヰデルヴァイス。これについては今も調査を雪奈が続けているが、芳しい報告は上がってこない。

 ある人曰く──自身の想いが具現化し、自身の心の刃になった物。

 ある人曰く──己の魂の叫びが、武器に形を与えた物。

 ある人曰く──寝てたら何故かそこにあった。

 そんな様々な人間から、様々な情報が飛び交って、今ひとつ要領を得ない。最後の報告を聞いた時に、虚華が「サンタさんから貰ったってことかな」なんて的はずれなことを言って、臨から良い一撃を貰った事もあった。

 どうしたら手に入るかもそれとなく色んな人に聞いてみるも、それらしい結果は得られなかった。読心系の魔術を用いた雪奈がお手上げだというのなら、喪失の中では分からないという事になる。

 ヰデルヴァイスについては、雪奈の未解決リストの中に仕舞い、雪奈は別の事を思案するようになった。


__________________


 その頃、臨はジアの中ではあまり有名ではない武具店で、様々な『得物』を眺めながら独りでに唸っていた。

 というのも、“虚華”と出会って早半年。虚華はこの世界に追手が来ないことから、ジアの中では単独行動することを雪奈と臨に許可していた。

 臨は、依頼のない時はこうして街の中の武具商人の屋台や、武具店を見て回っていた。

 陳列されている片手剣や、臨では持てそうにない両手剣。用途が思いつかないような物まで乱雑に並べられている陳列棚は、あちこちがボロボロで埃が被っている物まで置かれている。

 お客さんは自分以外には居らず、カウンターの奥には店主らしきお爺さんが一人でお茶を啜って外の景色を眺めていた。

 臨は、武具の一つ一つを丁寧に見ていき、毎回自分にあっているかを吟味している。


 (こういうちょっと古めかしいお店に掘り出し物があるって、昔の諺であった気がするんだよね。虚から聞いたんだけど、なんて言ったっけ……)


 「『残り物には福がある』とでも言いたかったか?」

 「わっ、なんだ……店主さんか。驚かさないでくださいよ。さっきまでお茶を嗜んでいたはずなのにいつの間に背後に?」

  「声に出とった。お前さん、『全魔』と『魔弾』の嬢ちゃんの仲間じゃろ?こんな店に何の用じゃ?」

 

 埃っぽい店内のせいで臨が少し咳き込んでいると、後ろから見知らぬ嗄れた声がした。

 臨はディストピア内で人を殺めた経験がある。未熟者である自分相手でも、気づかない間に背後を取るのは容易ではない。

 何食わぬ顔で背後に居た店主に臨は、底知れない恐怖心を抱いた。きっと、この店主は一瞬の隙で自分を殺すことが出来ただろう。

 そんな恐怖を店主に悟られない様に、軽くおどけたような反応を返した。開いているのか分からない程にか細い瞳に、自分がどう写っているのか。臨には知る由もない。

 

 「新しい得物を探しているんです。ボクはもっと強くなりたいんだ」

 

 さっき、店主が言っていた『全魔』は雪奈の二つ名だ。『全魔』のクリム。

 本来人間が習得できる魔術には限度があるが、その数を遥かに上回る種類、属性の魔術を操るクリムは、辛種(八級)ながらも、様々なトライブから声が掛かっている。その全てを「興味ない」の一言で一蹴している。

 外に出ていることもあまり多くなく、基本的に長期的に借りている宿屋の一室に籠もっていることが多く、普段どんな事をしているのかあまり把握されていない。表に出てくる時は大抵ホロウと一緒な為、ホロウがスカウトの鍵だとも言われている。

 それでも仲間に加えたいとライブは数知れない事から期待のルーキーとして扱われている。


 『魔弾』の嬢ちゃんは、虚。ホロウの事を示す二つ名だ。『魔弾』のホロウ。

 ヰデルヴァイスを用いた模擬戦時に、ホロウは自身の銃と呼ばれる射撃武器一つで様々な攻撃を繰り出して楓を翻弄していた。その中の一つに、不思議な弾道で飛んでいく弾丸を見た人達が『魔弾』だと呼んだことが始まりらしい。

 実際は“嘘”で弾道を曲げているのだが、他の人達には魔術で曲げていると思っているらしく、ホロウはあんまり良く思っていない。それでもヰデル持ちにヰデル無しで勝利した功績から『魔弾』という二つ名がつけられるようになった。


 そんな中、ボクは何も二つ名なんて大層な物を賜ってはいない。楓に負け、虚が楓を負かした時に可哀想な目で見られていた程度だ。それもそうだ、ボクは何も出来ていない。ただ、虚の障害となる人間を影で殺してきただけの人間だ。それが、この世界では何のメリットにもならない。

 この世界には、中央区の人間は居ない。殺すべき人間も居ない。相手は自分達が今まで相手にしてこなかったゴブリン等といった人外の化け物か、人智を超えた性能の武具を持つ人間だ。

 だからボクはもっと強くならなきゃならない。そのためには片手剣以外の武具を知り、自分にあった得物を見つける必要がある。

 

 (ヰデルヴァイスがボクにも使えたら、それがベストなんだけどね。そんなモノがボクに使えるかも分からないし、そもそも何処で手に入れるかも分かっていない今、ヰデルを探すのは得策じゃない)


 「お前さんは、やけに対象を殺すことに重きを置いている武具を見ている。恐らくだが、暗殺者か……それに近い立ち位置に居たんじゃないか?真正面から相手取るのが苦手だからそういう武器を見ている輩はそれなりにおる」

 「よく見ているんですね、店主さん。てっきり店の奥でお茶を嗜んでいるだけのお爺さんだと思っていたのに」

 「カカっ。お主は見込みのある童じゃ。自身の身の丈を理解しているからこそ、正面切った戦闘スタイルを避けた得物を探しているのじゃろ?コレを持っていけ。金は要らん。成果で示してみろ」

 

 自分の思いや、考えを汲み取った発言をしている店主が一つの武具を店内の奥部から持ち出してきた。

 それをぽんと手渡された臨は目を丸くし、店主の顔を覗き込む。臨に手渡した後は再びカウンター席に座ってお茶を啜りながら外の景色を眺めていた。


 (いや……コレを使うのか……?説明もないけど、彼を信じるべきか否か……)


_____________


 『全魔』と呼ばれるようになったクリム。雪奈はココ最近の空いた時間を虚華の魔術の訓練と、虚華の大事にしている「虚飾」の調査に充てていた。

 前回のゴブリンとの戦闘で、虚華に呪属性の適性があることに気づいた雪奈は、重点的に呪属性の魔術の基礎から虚華に全力で叩き込んだ。

 元々、雪奈はディストピアに居た頃は呪属性の魔術を虚華に教えることはしてこなかった。魔術の訓練を嫌がっていた虚華に、呪属性の魔術を教えてもあまり意味を成さない。使えるようになった所で魔術が嫌いになってしまったらそれこそ逆効果だと思っていた。

 

 ディストピア、フィーアで用いられる魔術の属性にはそれぞれ、特性がある。

 火属性は炎の温度などを調整して様々な使い道がある。

 水属性では水を形状変化させて氷などに応用させたりする。

 土属性では、自然の力を借り、地形変化を起こしたり、他の属性より防御に厚い使い方も出来る。


 他の属性もその属性にしか無い性質、特性があるが、その中で一際異質なのが呪属性だった。

 呪属性は読んで字の如く、他者や自身を蝕む呪いを取り扱うものが多い。その結果、威力は高いが代償を求める、といった物が基礎の部分から入ってくる。

 ある例では、わざと瀕死になるまで自傷して、その分の傷を相手に押し付けたりといったトリッキーな使い方もできるが、瀕死になるまで自傷する事は当然危険だし、魔術を発動できなければただの愚か者になる。

 そんな危険な物を虚華に教えることを避けてきた雪奈であったが、フィーアではそうも言ってられなかった。弾丸には限りがある。雪奈が余った魔力で生成することも出来るが、どうしても限度がある。

 負担を減らすためにも、虚華には銃以外の攻撃手段を使えるようになって欲しかった。そんな所に、虚華に呪属性の適正の兆しだ。

 この際、贅沢は言ってられないと、虚華に打ち明けた所。


 「自身が代償を払って強い効果を生み出す属性が……呪属性?」

 「ん。だからあんまり虚に使って欲しくないけど……」

 「え?なんで?別にいいじゃん」


 返ってきた返事は意外にも肯定的だった。虚華の顔にも嫌そうな表情は一切無く、むしろなんでそんな申し訳無さそうな顔をしているのだろうと不思議そうな顔をしていた。

 

 「魔術を使うだけで、代償を払う魔術。嫌じゃない?」

 「“嘘”を使ったらどっちみち体力消耗しちゃうし。変わんないよ。そこんとこは上手くやる。大丈夫だよ」


 少し俯き気味に虚華に打ち明けた雪奈の頭をぽふぽふと撫でる虚華の顔は慈愛に満ちた顔だった。ココ最近は“虚華”の事で妄想に駆られたりしていた虚華だったが、この会話をしている時は仲間が全員居た時に見せてくれていた表情に近い物を見せてくれていた。

 その言葉を信じて、雪奈は短期間で呪属性の魔術の基礎を虚華に教え込んだ。虚華も元々やる気のなかった他属性の基礎もある程度は覚えていたようで、魔術の行使は思ったよりも容易に扱えるようになっていった。

 半年が過ぎる頃には、中級までの呪属性は大抵扱えるようになっていった。代償といったものを払わないでも使える小さいものを“嘘”で増幅させたりと、戦術の幅が大きく広がっていく事に虚華は喜びを感じていた。

 そんな虚華を見ていた雪奈も普段は人前で笑うことは一切ないが、少しだけ顔を綻ばせていた。その様は傍から見れば、恋する乙女が好きな人の笑顔を見ることで、自分まで笑顔になる。そんな微笑ましい一面だ。

 虚華が雪奈の方に走って向かい、魔術がある程度使えることを報告しようとした頃には、雪奈は白い銃身を持つ「虚飾」の解析を始めていた。


___________


 フィーアに来て半年。トライブ「喪失」は最下級の依頼も文句一つつけずにこなして行き、位は二つ上の辛種まで上がっていた。

 この階級まで上がると少し遠い場所の魔物を討伐する依頼も舞い込んでくる。それも小さな魔物の異常発生等ではなく、かなりの大型魔物の依頼だ。

 ギルドの先輩──ディルクに話を聞いていると稀にではあるが、人間が魔物化することもあるらしく、そういった魔物の処理が最上位探索者の仕事内容であると最近知った。


 ジアのギルドの制度上、一つ上の依頼なら受注することも可能であり、その際に虚華は依頼掲示板を覗いたりもしている。

 自分が属している辛種までは白雪の森等でも比較的目撃されていた亜人種──ゴブリンやオーク等や、アンデッドやゾンビなどといった不死種。スライムなどの不定形種の三つが討伐内容としては主立っていた。

 これら三種は新人討伐三大種族等と揶揄されるほどに数も多いものだったが、此処から上に上がると、大型の蟲種や悪霊種、先程の三大種族の上位個体などもちらほら見かけるようになる。

 この階級あたりから命を落とす探索者も増えており、きちんとトライブの編成を組まないと危険だとも言われている。後はヰデルヴァイスを扱えるか、もだ。


 そんな責任と、報酬が徐々に上がっていっている現実を受け止めながら虚華は雪奈と昼食をギルド内の酒場で食べていた時だった。

 どうにも視線を感じる。本当は呪属性についての練度を上げるために頭の中でイメトレをしていたのだが、こうも見られていると気になって仕方ない。

 ちらっと隣を見るも、食事を手早く済ませて何かの本を黙々と呼んでいる雪奈の横顔が見えた。こっちを見ていることに気づいた雪奈は虚華の顔を見て、首を傾げる。

 

 「どうしたの」

 「いや、何だか視線を感じるなぁって思ったから、クリムかなって思ったんだけど、違ったみたい」

 「ん……前見て」

 「え?わぁ!?」


 虚華は、右に向けていた首を左に戻して正面を見る。すると仏頂面でこちらを凝視している楓と、ニヨニヨした笑顔を顔に浮かべているしのが前の席に座っていた。

 

 (だから視線を感じてたのか。そりゃこんな至近距離で見られたら気になるよね、気づけなかったけど)

 

 「おう、わぁとはご挨拶だなぁホロウ?俺の扱いひどくないか?」

 「まぁまぁ、気づかれるまでずっとホロちゃんの顔見てた楓も……」

 「わー!わー!やめろ!!何も言うな!!俺は用事があって来たけど、反応がないから待ってただけだ!誤解招くようなこと言うな!」


 何かしのが言っていたのを、楓が大声で掻き消したせいで何も聞き取れなかった。この手の楓は何言っても教えてくれないので諦めるしかない。それよりも何か用事があるらしい楓の方を再度向き直す。


 「それで?どうかしたの?……もしかしてまた模擬戦でもしたいの?」

 「ちげーよ。俺のこと戦闘狂かなんかだと思ってるのか?手紙、預かってんだ。右目に魔術刻印刻んでる白髪の女ってホロウの事だろ?ほれ。確かに渡したかんな。んじゃ、俺らは依頼こなしてくるから。じゃあな」

 「私以外にその条件の子居ないもんなのかな……」

 「まぁ、宛先がホロウって書いてたし、間違いないって。んじゃうちも行くわ。まったね〜」


 楓がズカズカと大股開いて歩いていくのと対称に、早足で楓に追いついたしのは歩幅は大きくないのに何故か同じスピードで歩いている。仲の良さがそこからでも見て取れる。

 未だになんで自分に何も声を掛けずにこっちを凝視していたのか気になった虚華ではあったが、今は貰った手紙を見つめる。

 綺麗な封筒に絢爛な封蝋。差出人は案の定“虚華”だった。大方探索者をしている楓にこの手紙を預けたのだろう。学園か、もしくは白の区域関係のコネクションか。“虚華”の知り合いで探索者をしているのが彼しか居なかったのだろうか?

 

 彼女が虚華に直接的な接触をしてきたのは、半年前の一度だけだった。

 だからこそ、虚華はこの封筒(パンドラの箱)を開けたくはないと思ってしまった。

 開けてしまえば、何かが壊れてしまうような、そんな気がしてならない。

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