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【Ex】#4-Fin キミの敗北理由は、慢心だよ

 虚華は楓と臨が剣戟を繰り広げていた場所へと走る。先程の一撃で地面にへたり込んでいる臨が、楓を睨みながら、肩口を抑えている。

 虚華は大したことのない負傷だと思っていたが、どうにも傷が思ったより深かったらしい。臨は苦悶の表情を浮かべている。

 この状況を見たら、この二人の1on1は楓の勝ちのように見える。ただし、どうやらそれは違うらしい。楓は虚華の知らない武具を使用している。その結果、結界を直接貫通させて臨を負傷させている。

 その武器がヰデルヴァイスと呼ばれている物だ。その武器についても虚華は知らなかった。

 ──だから、臨を不用意に傷つけてしまった。

 そう思い込んでいる虚華は、両手を広げて臨を庇うように楓の前に立つ。目の前に予想外の人物が現れたことに楓は顔を顰めている。


 「なんで此処にホロウがいんだよ。男同士の一騎打ちにケチ付ける気か?」

 「ヰデルなんちゃら?とか言うの使ったからこうなってるんだよ!」

 「あぁ?」


 虚華の声を聞いた楓は、眉を吊り上げて怒りを顕にする。その顔に少し怖気づいた虚華はひぃい、と声を出すが、後ろの臨を守るために逃げはしない。

 弱々しい声ではあるが、虚華は怒り心頭の楓に言葉を続ける。


 「この模擬戦の結界は、その武器の攻撃からブルームを守れないの。だから止めよう?」

 「だったら、お前はそいつらを諦めて、俺らのトライブに入るのかよ」

 「……えっ?どういう事?」


 楓の言葉の意図が理解出来なかった虚華は、目を丸くする。虚華は首だけを臨の方に向けて、今の言葉の意味を問うと、臨は苦々しい顔で応える。

 

 「この模擬戦は、ホロウが「喪失」と「獅子喰らう兎(アヴェンド)」のどっちが相応しいかを決める物だったんだ。勿論負けたからと言って何かが変わるわけじゃないけど……」

 「俺が口説いてるのが、鬱陶しかったんだとよ。まぁ、結果このザマだけどな」


 楓の目がギラギラと輝いているのと対象に、臨は俯いている。歯を食いしばって震えているのを見るに、楓のこの奥の手には手も足も出なかったのだろう。

 虚華は臨の言葉に出てきた獅子喰らう兎(アヴェンド)について思案する。獅子喰らう兎(アヴェンド)とは確か、楓としのが創設したトライブの名前だ。

 このギルドのトライブは三人から活動が可能になるから、実際にはまだメンバー募集中だったはず。

 (まぁ、大体察しはついたけど。どうしたものか……)

 恐らくはメンバーが集まらずに困っていた所に虚華達が現れた。その中でも遠距離狙撃手の虚華に目を付けたのだろう。

 前から入らないか?とは楓から言われてはいたが、全て丁重に断っていた。どうしても入って欲しかった楓は虚華では無く、臨を倒すことで自分の力を誇示する方向にシフトした、といった所だろう。

 (私、そんな事で鞍替えするような女に見えるのかな?)


 「で、どうするよ。ブルーム、お前の負けだ。俺のヰデルの前に簡単に敗れた」

 「……………」

  

 臨は何も言わずに俯いたままだ。涙こそ流していないが、心の中では泣いているのだろう。悔しさが顔から滲み出ている。それをいち早く察知した虚華は、楓に提案を持ちかける。


 「ねぇ、楓。数刻後に、私と模擬戦をしない?」

 「ホロウと、俺が?辞めとけよ。狙撃手(バックアタッカー)単騎で、前衛(ヴァンガード)の俺と戦うのは分が悪すぎる」

  

 お前なんて相手にならないと言わんばかりに、楓は虚華に向けて振り払うように手を振る。

 相手にならない奴を仲間に入れようとしてるのは正直どういうことなんだと思った虚華は、ぐっと堪えて言葉を続ける。

 

 「良いよ、私はキミには負けない。もし勝てたら、正式に獅子喰らう兎に移籍しても良い」

 「!?ホロウ!?それは流石に!」

 「ほぉう?面白い。その言葉覆すなよ?」

 

 虚華の提案に苦言を呈そうとした臨の言葉を、咄嗟に楓が遮った。楓の瞳には怪しい煌きが反射していて不気味に映る。

 臨は何も反論することすら許されずに、俯いたまま黙っている。


 「勿論分かってる。ただ準備が必要だから、準備が終わり次第、セエレさんから声を掛けてもらうから。ギルド周辺には居てね」

 「分かった。お前の身体に獅子喰らう兎のシンボルマークを刻んで貰うのが今から楽しみだ」


 勝利を確信した楓は、自身の左肩付近に刻まれた魔術刻印を虚華に見せつけながら笑う。その肩口には、兎が獅子を喰らっているマークが刻まれている。どうやら、楓は本気のようだ。

 楓が笑いながら、模擬戦闘場を去ると、後ろに居たしのが虚華に駆け寄ってくる。


 「ホロウ、勝てる見込みはあるの?ヰデルを解放した楓に狙撃手が勝つのはかなり厳しいと思うけど……」

 「やってみなきゃ分かんないけど、やれるだけやるよ。仲間を愚弄されただもん。リーダーが黙って、はいそうですか、じゃ示しがつかないでしょ」


 虚華は右頬に刻まれた喪失のシンボルマークを左手でそっと擦る。その瞳には、普段の虚華からは見ることが出来ない憤怒の炎が込められていた。

 虚華は楓と戦う間に設けた時間で、様々な準備をすることにした。

 まず最初に、虚華は周囲の安全を確保するのに奔走していたセエレの元へと駆けて行った。



_________________


 それから数刻の時が経った後、虚華と臨は模擬戦闘場でお互いを見つめる。

 今回は、何故かは知らないが、模擬戦闘場にギャラリーが多くはないが二人の模擬戦を観戦している。どうやらセエレが呼んできたようだ。ちらりと楓から視線を外すとそこには、


 ───ヰデルヴァイス持ちの少年 vs 新進気鋭の銃使い 

 

 と、書かれており、更にはどちらが勝つかの賭け事までしているようだ。その首謀者のセエレは、先程とは打って変わって結界維持のために魔導具の近くでこっちを心配そうに見ていた。

 あの賭け事はどういう事だ、という意思を含んだ瞳でセエレを睨むと、てへっと舌をぺろっと出してアタをコツンと叩く。虚華はイラッとしたが、深呼吸をして目の前の強敵に対峙する。

 (あの、気怠げ受付嬢め……そんな事頼んだ覚えはないんだけど……)


 先程までは完全にプライベートの格好で、戦う装備ではなかったが、今回は完全に依頼をこなす時に用いる装備をそのまま着込んできている。

 三丁の愛銃をホルスターに収めて、虚華は楓をじっと見つめる。余裕そうな笑みを浮かべている楓はもう既に勝っているような雰囲気を漂わせている。

 そんな、余裕な楓とは対象に、虚華は何処か緊張しているようにも見える。


 「そんなに緊張して、俺に本当に勝てると思っているのか?オッズは見ただろ?お前の掛け金は100倍だ。この会場の人間は皆俺が勝つと思ってるらしいなぁ」

 「みたいだね、だって私はヰデルを持っていないんだもの。勝負にならないと思ってもおかしくない」

 

 楓は腰に帯刀していたヰデルではない片手剣の方を抜刀する。


 「別にヰデル無しでも良いんだぞ?それでもいい勝負だろうからな」

 「本気で来なくてもいいけど、後で負け惜しみなんてしないでよね」


 虚華が、ふっと挑発するように楓を鼻で笑うと、余裕そうだった楓の顔が怒りに震えた。格下の相手に馬鹿にされて怒っているんだろう。

 此処まで怒りに支配させておけば、それなりに戦えるだろう。冷静さを欠いた猛者など、ただの猛獣だ。


 「セエレさん、模擬戦のルールを観客の皆さん(ギャラリー)に説明お願いします」

 「あ、うちなん?ま、良いけど。今から楓くんとホロウちゃんの二人に模擬戦用の結界を展開するけど、その結界を先に破壊した方が勝ちって感じ。他には戦闘不能判定をうちが出したり、どちらかがリザインしても勝敗は決するよ〜。公平さを期す為に耐久値も同じだし、今回は協力者が居るからヰデルの攻撃も結界が吸ってくれるからそこんとこはフェアなつもりにしてるよ〜」


 ルールを聞いた楓はうんうんと頷いて初手からヰデルヴァイス、灰色の片手剣を腰から抜刀する。先ほど抜いていたもう一本の片手剣は既に腰に帯刀していた。

 虚華もそれに合わせて黒い銃「欺瞞」をホルスターから抜き取り、銃口を楓に向ける。


 「お手並み、見させて貰うぜ」

 「此れより先、君は、私の“嘘”から逃げることは出来ない」

 「何言ってんだ?」

 「模擬戦行っくよ〜!ready~Go!!!」


 セエレの合図と共に虚華が弾丸を放つも、臨は躱しもしない。

 ガギンと鉛玉と結界が正面衝突する鈍い音がして楓の結界の耐久値が少し削られる。

 そんな弾丸程度じゃ俺は動かないぞと言わんばかりに、帯刀した灰色の片手剣を掲げる。

 

 「《解放!》“|Crime&Punishment《罪と罰》!”」

 

 楓の言葉に呼応して灰色の片手剣が二対の小刀に変形した。分裂して生まれた白の刃を躊躇うこともなく、虚華の喉元目掛けて投擲する。

 虚華からしてみれば一度見た攻撃だ、殺傷能力もある程度は理解している。舐めていては楓の言う通り即敗北。だから虚華は最初から全力で“嘘”を使うことにした。空いた右手の人差し指を唇に添えて一言。


 「|“曲がれ”《その白き刃は当たらない》」

 「あぁ?何で外れたんだ?まぁ良いや、たまたまだろ。『Punishiment』!」


 虚華の“嘘”で軌道が曲がって外れたことに楓よりも、観客席のギャラリーのほうが驚いていた。先程までは楓の方が圧勝だと野次が飛んでいたのに、急に静寂が場を支配した。

 必中の小刀の投擲が、何故か虚華の目の前で逸れて外れた。傍から見れば、首を僅かに動かした虚華の動きで躱されたようにも見えるが、楓だけは違うことに気づいていた。

 舌打ちしながら放った楓の言葉に呼応して、遠くに投擲されていた白の刃が、虚華の首元目掛けて再度飛んでくる。

 その軌道を見逃さず、楓の手元に戻ろうとする白の刃相手に再度、虚華は“嘘”を発動させる。

 虚華は楓の刃の方を向いて、そっと唇に指を添える。小さな子供に言い聞かせるように囁いた。

 

 「“落ちろ”(その白き刃は戻れない)

 「なっ!?何で戻ってこない!?『Punishiment』!」


 戻ってこいと命令する楓の言葉に、白の刃は何の反応も示さない。想定外の挙動に楓の顔に徐々に焦りが滲み出てくる。

 これでは、楓のヰデルの優位性は大きく削がれたと言っても良い。


 楓のヰデルヴァイス──「Crime&Punishment」は二対で一本の小刀だ。


 彼のヰデルの特異性は、白の刃は投擲した際に対象目掛けて追尾性を含んで身体を切り裂く。その後、持ち主の指示に従って、自身の手元に帰る。ただし、白の刃は自身の手で切り裂いても、投擲時のような殺傷力は持たない。

 黒の刃はその逆で、投擲等に一切の補正はないが、自身の手で相手を切り裂いた時の殺傷力がピカイチな物だ。



_________




 虚華は準備時間として設けた時間で、ヰデルヴァイスについての情報を調べた。

 その際に、虚華はパンドラの元に赴いて尋ねた。「ヰデルヴァイス」とは何なのかと。

 

 「ヰデルヴァイスとは、自身の心の奥底にある願いや想いが呼応して具現化する特殊武装じゃ。その姿は本当に人によって変わってしまうし、扱える人間も多くはない。何なら武器にならない奴もおる。じゃが、探索者が武器として扱うことが出来れば、武器としての性能は頭一つ飛び抜けているじゃろうなぁ」

 「何か対策などはありませんか?」

 虚華は、紅茶を嗜みながら、腕を組んでいるパンドラの方を向いて尋ねる。怪訝そうな顔をしていたパンドラも、虚華が知識を求めていることに気づくと、口を開く。

 「ヰデルの対策はまぁ、物にもよるな。ホロウの言う少年の武器の特異性は見当が付く。恐らくは「投擲」と「殺生」じゃろうな。『『投擲』は魔術等で刃の軌道などを歪めれば、『殺生』は刃の切れ味を歪めれば、機能を停止できるやも知れぬがのぉ?』」


 パンドラはにこやかに優雅に紅茶を飲みながら、テーブルの上のスコーンをさくっと齧っている。

 何処まで知っているのか分からないが、パンドラは楓のヰデルの特異性についても大まかな情報を持っていた上に、直ぐに対策案を虚華に提示してきた。

 ───まるで、虚華が楓の刃の軌道を歪める手段がある事を知っているような。

 そんな気もしたが、時間のなかった虚華はパンドラにお礼だけして、黒い扉を潜ってジアへと戻った。


__________


 パンドラからの情報を元に、楓の武器の特異性を無力化させる“嘘”を最小限の効果範囲で考えた。 

 その結果、虚華は、白の刃─『投擲』の特異性を持つ小刀の軌道を歪め、帰還を封じた。黒の刃─『殺生』の特異性を持つ小刀の刀身の切れ味を失わせればよいが、そもそも近付かないため、距離が詰められた際に“嘘”を使用する。


 これで、楓と虚華の間に武具での性能差はなくなった。此処からが勝負だと、虚華は意気込む。

 臨との戦いの際に見ていたが、楓自身の剣の腕は正直の所、片手剣が得意ではない臨と同じ位の練度だった。

 自身のヰデルが何故か制御不能になっていることに、動揺を隠せない楓は、普段どおりの動きができなくなっていた。虚華の「欺瞞」からの弾丸をほぼ一身に受け、どんどんと耐久値が削られていく。


 周囲のギャラリーも、少し前までは静寂が広がっていたが、虚華が楓に攻撃をしていくと、少しずつおおぉ!と歓声が上がる。だが、それ以上に予想外の下剋上に驚いている人間のほうが多かった。

 実際にこの二人のどちらが勝つかの賭けが会場で行われていたが、虚華のオッズは100倍。つまり、圧倒的に楓が勝つと思っている人間が多かったのだ。

 

 「楓の結界の耐久値はもう殆どない。戦闘の意志がないなら、リザインして。これ以上戦っても意味ないよ」

 「何で……俺のヰデルが……、コレさえあれば、俺は負け無しだったのに……」


 既に戦意喪失したように見える楓は、地面にへたり込んでいる。虚華が少し近づくと、楓は虚ろな目で虚華の銃を見ている。 

 言葉にはしていないが、この銃が楓のヰデルを封じたと思っているのだろう。諦めた表情はしているが、何処か恨めしそうな視線を向けていた。 


 「『一つの刃だけを信じていては、有事の際に対応できなくなる』」

 「え……?」

 

 虚華が口にした言葉の意味がわからずに、楓は呆けたような声を出して虚華の方を向く。

 少しだけ恥ずかしそうな表情を見せた虚華は、楓にだけ聞こえるように小さな声で呟いた。


 「ヰデルだけに頼ってたらそうなっちゃうから、ちゃんと剣の腕も磨きなよって意味!私も人のこと言えないけどね!」

 「……ははは、俺の負けだ。審判!リザインだ。俺の負けだ」

 「ん?あーい、勝者はホロウ・ブランシュ〜。いやぁ、大どんでん返しだったね〜。オッズ100倍側が勝ちました〜はい、払い戻しはこっちでお願いしまぁす」


 楓が白旗を上げて、降参を宣言すると、セエレが声高に虚華の勝利を宣言した。

 その後、セエレは気怠げな雰囲気で観客からの払い戻しなどの対応をするために、模擬戦闘場から普段のカウンターへと戻る。

 試合が決したのを確認すると、観客達も観客席から出ていく。残されたのは、戦闘場の中央に居る虚華と楓だけだった。


 「大丈夫?立てる?」

 「ん、さんきゅ。ホロウは凄いな、まさか俺のヰデルを無効化するとは思わなかった」

 「勝負に勝てたのは、事前に対策を練っていただけ。初見だったら完全に私もブルームみたいになってたよ」

 

 頬を指で掻きながら虚華の差し伸べた手を、楓が取って起き上がらせる。

 起こしてもらった楓は何処と無く、恥ずかしそうに赤面しているのを虚華は不思議そうに見ていた。

 虚華は、楓が大丈夫そうなのを見ると、戦闘場から出るため出口へと向かう。後ろを付いてくる楓に虚華は背を向けながら口を開いた。 


 「楓は私なんかよりもずっと強いよ。それは保証する」

 「でも俺は負けたよ。どうしてだろうな」


 負けたはずなのに何故か清々しい顔をしている楓の方に振り向いて、虚華は薄い笑顔を浮かべて応えた。 


 「弱いからって、試合や勝負に負ける理由にはならないでしょっ?」

 「ははは!違いない」


 楓の溌剌な笑い声が戦闘場に木霊する。それにつられて虚華もくすくすと小さな声で笑った。

 




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