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【Ex】#3 せめて先に言って、困るの。対応に

 虚華は目の前の現状に目を塞ごうとしていた。いっそ夢であって欲しかった。

 意味も分からずに愛銃の引き金を引き、合図を送る。そうすると目の前で知り合い達が武器を振るって戦い出した。分かってはいた。こうすることで、争いになるなんて。

 それでも、半ば拉致されたような現状で、虚華に意見することなど出来なかった。隣で見ている人間は、自分の知り合いが本気で争っているのを見てほくそ笑んでいる。


 「よく分からないけど、争うのはやめてぇえええええ!」


 虚華の声は虚しく、戦闘は激化していくばかりだった。

____________


 虚華達三人は、自身の身体に魔術刻印を付与してから、依頼をコツコツとこなして来た。地道にお金を稼いで、今では宿の部屋を格安ではあるが、一人一部屋持てる程度の余裕も出来てきた。

 それなりに探索者稼業というものを理解してきた虚華は、二人の同意の元、初めて自由に休める日という物を作った。そんな日に、天気が良かったのでジアの中を散歩をしていたら急にセエレが現れた。


 「今暇よね?良し、行こ〜」

 「え、ちょっと待って、何処に?私の意思は?あ、力強いな、セエレさん……」


 そんなこんなで、虚華の初めての休日は、仕事先の受付嬢に拉致されることで有耶無耶にされた。

 虚華は訳も分からずにセエレにギルド内の模擬戦闘場に連れられ、何故か解説席の隣に座らされる。解説席にはニコニコしながら机に肘を置いて寛いでいるセエレと、狂気じみた笑みを浮かべているリオンが座っている。

 ジュースでも飲むぅ?と見たことない色の飲み物を虚華の前にセエレは置く。リオンはそれを見て目を吊り上げて指摘するも、セエレは「良いじゃないかぁ、試合まだなんだし」と無視を決め込んでアイマスクを付けて解説席で眠り始める。


 (いや、本当に、何で私はこんな場所で解説席の隣に座らされてるんだ???)


 未だに誰も自分に説明してくれないことに戸惑いを隠せない虚華は、辺りを見回す。目の前のフィールドには、虚華の見覚えのある人間が、模擬戦の準備をしながら時を待っていた。

 嫌な予感がした虚華は機械的に首を左の方に向ける。そこには楓としのが準備を終えて立っていた。

 殺意がむき出しの楓と、やや呆れ顔だったしのが、虚華が見ていることに気づく。しのが何やら楓に耳打ちをすると、楓は虚華の方を向いて拳を上げて「ホロウ!!!」と大きな声で名前を呼んできた。

 

 (楓だよね、どう見ても。何でこんな場所に居るんだろう?しのは一体何を考えてるの?)

 

 目の前の情報を見ても状況が飲み込めない虚華の脇腹を、セエレが肘でちょんと突いた。「ひゃあ!?」と変な声に加えて左手が上がったのを見て、楓は満足気に視線を対戦相手の方に移す。

 虚華は首を楓の向いている方向─つまりは、対戦相手の方を見る。そこには、不満げにこちらを見て頬を膨らませている臨と、自身の装備を念入りに点検をしている雪奈が居た。


 (本当に何で楓達と臨達がこんな場所で模擬戦しようとしてるのよ!?誰か説明してくれないと困るんだけど!主に反応に!!)


 もう何が何だか分からない顔をしている虚華だったが、臨が何故そんな顔をしているのかは理解しているので、臨に対して笑顔で手を振る。その返しにはご満悦だったのか、臨は分かりやすくぷいっと顔を虚華から背けた。

 最近気づいたのだが、どうやら臨のあの仕草は照れているらしいのだ。それが理解出来てからは少しずつだが、臨の事も分かってきた気がする。

 臨から雪奈に視線を移すと、雪奈もこちらをじぃっと見ていたので、虚華はぎこちない笑顔で手を振る。

 その反応に、雪奈はふんと鼻息を漏らすと虚華の方を向いて「ホロウ!!」と普段では出さないような大声で虚華の名前を呼んだ。

 「まねしてんじゃねーよ!」と反対サイドから野次が飛んできていたが、それが気にならないほどには虚華は驚いていた。雪奈はその野次に無視していると更に怒声が飛んできていたが、それも無視していた。


 (雪奈があんな声を出せるなんて、知らなかった)


 今日だけで知らなかったことが知れて嬉しいなぁと少し涙ぐんで来た虚華を完全に無視して、セエレが虚華の脇腹に肘鉄を入れる。


 「痛い痛い。なんですかセエレさん。こっちが少し感動してる時に」

 「そんなのどうでもいぃから、いつもの銃を一発空砲で打ってくんない?それ合図だから」

 「何の合図ですか……、察しはついてますけど」

 「じゃあいいじゃん、ほらやってくんね?」 


 セエレは早く早くと虚華に空砲を要求する。更に奥にいるリオンはギラついた目でフィールドを見ていて、虚華などは視界にも入っていない。

 もうこの人達はどうやら自分に事情を話すつもりはないらしい。それにこのタイミングでの合図は、


 ───戦闘開始の合図に決まっている、他に可能性がない。


 此処に拉致されて、強制されている時点で自分に出来ることはない。

 此処が模擬戦会場という事から、この争い?が模擬戦であることを祈って右手に愛銃の一丁。黑の「欺瞞」の銃口を上に向け、空砲を放つ。


 ぱぁんと小気味よい音と同時に、男子勢が地面を蹴って、駆け出した。

 この模擬戦闘場はそこまで広くない上に障害物などが何もない、ただの平野のような場所だ。お互いが両端から走れば数秒で対峙して戦闘に入るだろう。

 そんな場所を楓と臨が片手剣を持って駆け抜ける。その顔に巫山戯ている様子などもない。完全に殺意が剥き出しの二人の顔は、譲れない何かを賭けて戦う男の顔にも見えた。

 楓は腰に二本の片手剣を帯刀していたが、その内の一本だけを抜刀して、臨と鍔競り合いをしている。臨自体は鍔競り合いを無理矢理離して、懐から短剣を投擲して何とかダメージを与えようとするも、楓は見切っているかのように綺麗に避けている。


 そんな光景を女子二人が後ろの方で佇みながら眺めている。もしこれが戦闘ならば、そんなの関係なしに戦闘に関与して叩き潰すべきだと虚華は思いながら苦々しい顔をしている。

 セエレは楓を、リオンは臨を解説席から応援している。もはや解説席とは何なのかと問い詰めたいこの現状を虚華は、口は動かさず、身体もセエレによって拘束されている。

 虚華は状況が飲み込めずにオーバーヒート気味になりながら頭を抱えている。隣りに座っている二人の受付嬢も、四人の争い合っている友人や仲間も、誰一人として状況を説明してくれていない。

 そんな虚華の目の前で本気の顔で男二人が争っている。もしかしたらこの争いでどちらかが死んでしまうかも知れない。

 (さっぱり状況が飲み込めないけど、そんなのは、ダメだ!!!)


 「よく分からないけど、争うのはやめてぇえええええ!」


 そんな虚華の叫びが会場全部に響き渡る。その声に反応して、男二人がこちらをきょとんとした目で見る。そのままこちらを見ていた二人はサムズアップを虚華にいい笑顔でした後に、また先程のように戦闘を再開する。

 隣で退屈そうに応援をしていたセエレが、虚華の肩をぽんと叩く。

 

 「大丈夫よ。この模擬戦闘場じゃ殺したくても殺せないから」

 「そうだゾ☆それにあたしの前じゃ誰一人として無駄死になんてさせないんだからっ」


 虚華は目を輝かせながら、物騒な事を言っているリオンの事は一先ず放っておく。それよりも、セエレが気怠げに言った一言が気になった。

 目の前の戦闘は確かに本来なら血が出てもおかしくはないレベルのものだ。楓は素早い身のこなしで臨の短剣投擲を極力躱してはいるが、所々避けきれずに身体の至る所に突き刺さっては消えている。

 その際に苦悶の表情を浮かべている辺り、痛覚はあるのだろう。それでも本来なら出血多量で死に絶えるような場所に突き刺さっても息絶える気配はない。

 

 「流石に少しは説明して貰えませんか?私、何も知らずに此処で拘束されてるのおかしくないですか?」

 「ん〜?ま、それもそっか。じゃ、最低限だけ。あ、拘束は大人しくされててね。関与されると困るし」


 そうこう言っている間にも二者間での剣戟は留まる所を知らない。お互いが剣で斬られては、斬り返すような行為がずっと続いている。

 そんな争いを止めようとしているのは虚華一人だけ。まるで虚華だけが間違っているような気がしてならないが、これは此処まで来るにあたっての知識不足が原因なのは理解している。

 (だからこそ、早く知りたい。この状況は一体何なのか、何故模擬戦をしているのか。そして後ろの女子二人は何で見ているだけなのか)


 虚華の真剣そうな表情を見て、何かがおかしいなとセエレは周囲の状況を再度自己分析した。

 ──もし、仮に自分が何も知らずに拘束されて仲間が友人と模擬戦、それも模擬戦のシステムなど何も知らなかったらこの状況がどう見えるかを、虚華視点になって考えてみた。

 みるみるうちにセエレの顔が青褪めて「もしかして、ホロウちゃんマジな方で何も知らないんじゃね?」と、きゃる〜ん☆とか言いながら現実逃避を始めている|頭お花畑になりかけの受付嬢リオンを見る。

 リオンの反応を見たセエレは、はぁっと溜息を吐いて口を開く。先程までの適当さは消えており、申し訳無さそうな声色で虚華に簡単に今の現状を説明する。


 「今日の朝頃に、あの四人が急に模擬戦をしたいからってうちらに頼み込んできたのよ。んで、その際に必要な魔術結界とかを用意してくれって言われたから、こうやって準備してやったわけ。あ、この模擬戦闘場で死なないって言ったのは、うちらが模擬戦用の結界を展開してるからなんだわ」

 「模擬戦用の結界……?」

 「そうだよ☆自身の体力に応じた魔術結界が四人の身体に展開されてて、攻撃を受けたらその結界の耐久値が下がっていくの☆その耐久値が無くなって、結界が維持できなくなったらその場で敗北するってルールなんだけど……ホロウちゃん知らなかったの?」

 

 虚華はギルド内で模擬戦が出来る設備があるのは知っていた。その設備が此処であるのも連れてこられて時には知識としては知っていた。けれど、詳細なルールや具体的な魔術結界などの仕様は知らなかった。

 (どうせやることなんてないと、高を括っていた。だから知らなくていいと思っていた……これは私の慢心だ……、現に臨と雪奈は知っていたのだから)

 虚華の顔が苦虫を噛み潰したような顔になっていくのを見たセエレは気怠げに言葉を続ける。現実逃避中のリオンの口に、早口で詠唱して作った氷を打ち込みながら。


 「何故模擬戦をしているのかは、ホロウちゃんには内緒にしといてって言われてるから伏せるけど、別にあの子等は仲違いしてる訳でも無ければ、殺し合いをしている訳でもない。ただそれでも、キミに見ていて欲しいみたいだから、見守っててあげて欲しい」


 そう言ってセエレは拘束されたままの虚華に頭を下げる。その顔にはもういつもの気怠げな雰囲気などは纏っていなかった。此処までされては虚華も頭を上げて下さい、とだけセエレに言い、セエレが顔を上げてから言葉を続ける。


 「今回の件は、私の知識不足が招いたものです。頭を下げさせてしまってごめんなさい。分かりました。この模擬戦を見ることで何になるのかは分かりませんが、見守ることにします。あ、一つ良いですか?」

 「ん?どしたん?言ってみ」

 

 虚華は少し言葉に詰まる。恐らくは言葉を選んでいるのだろう。浮かんでは消えが繰り返している虚華の頭の中には言語化出来ない気持ちが溢れてもどかしい気持ちになっているのが、顔を見るだけでもわかる。


 「それでもっ、応援はしてもいいです、よねっ?」

 「あぁ。全然良いよ、じゃんじゃん黄色い声あげちゃって」

 「|ふがふがー《口の中が冷たいんですけど》!!」

 「そりゃ罰だし。声出して良いのはあんたじゃないんよ、もっかい口に氷打ち込んでやる」

 

 口の中に氷を放り込まれていたリオンがガシガシと氷を噛み砕いて喋ろうとしている所に、セエレが詠唱で再度口に大きな氷を入れて強制的に黙らせる。

 応援の許可と、一先ずの問題が解決された虚華は自身の体を拘束されているのを思い出した。

 

 「あ、私の拘束は解いてもらっても?」 

 「それはダメ」

 

 ひぃいんと虚華は涙目になるが、今は応援が先だと思い、臨に向かって声援を送る。普段は大きな声を出さない雪奈が出した声よりも一回り大きい声で、会場全部に響き渡るような声で叫んだ。


 「ブルームぅ!頑張れー!!楓に負けるなー!」

 「うん!やってやるさ!!」

 

 その声に呼応してか、ほぼ互角。少しだけ臨が押されていた剣戟が徐々に臨有利になっていく。その上に、臨は隙を突いて短剣も楓の身体に命中させている。その結果を見るに、大幅に臨有利になっている中で一人、笑っている人物が居た。


 ───白月楓だ。


 楓が臨の投擲短剣を受けながらも、先程とは比較にならないような殺意を全身から放っている。下を向いているから、解説席にいる虚華からはどんな表情をしているのかは分からない。

 楓の肩が震えている。その震え方を見るに笑っていると虚華が判断しただけだったが、その判断は正しかった。

 楓は笑っていた。何故笑っていたのか理解出来ていない虚華は、ゴクリと固唾を呑んで楓の方を見た。

 そんな楓を勝負あったと思ったのか、臨が不敵に笑っている楓に煽りだした。

 

 「もう終わりか?もうお前の結界の耐久度もそう残っていない。負けを認めたらどう?」 

 「ホロウの声援がなかったらそうしてたかもな」

 「え?」

 「勝つのは俺だ。この勝負、負けられない理由が増えた」


 そういった楓は、先程まで自分が握っていた片手剣を地面に突き刺す。その行為を降伏だと受け取ったのか、臨は訝しげに楓の事を見る。

 楓は腰に帯刀していたもう一本の片手剣を抜刀して手に持つ。その行為がどういう意味なのかをまっさきに理解したのは、後ろで見守っていたしのだった。


 「楓!それはダメ!ルール違反だよ!!」

 「俺は勝って、ホロウから声援を貰う。そして……」 

 「楓……お前は何を……」

 

 様子がおかしいことに気づいた臨は、楓との距離を少し離した。臨の頭の中で何だか嫌な予感がした。妙に頭の外側がチリチリと焼けるような不快感が、徐々に全身に広がっていく感じがしている。

 

 「ダメ!!ブルーム!もっと離れて!!」

 「《解放!》“|Crime&Punishment《罪と罰》!”」


 しのの警告も虚しく、臨は楓との距離を離せずに、楓の方から放たれた強い光から目を背ける。

 彼の言葉に呼応して、灰色の片手剣は、強い光を放った後に、白と黒の二対の小刀に変形した。楓は、その二対の小刀の白の刃を臨目掛けて力強く投擲する。 

 速度を見誤ったのか、少し距離を離していたにも関わらず、臨は肩口を僅かに白の刃が掠めた。その様子を見た、しのと楓以外の全員が目を見開いて驚いた。楓は不敵に笑い、しのは頭を抱えて止めに入るか悩んでいる様に見える。

 臨は肩口を見て周囲の反応の意味を理解した。本来は模擬戦闘用の結界で守られているはずの臨の身体から血が出ている。

 その結果を見た楓は満足そうに、先程投擲した白の刃を自身の手元に帰還させる。

 

 「へぇ、結界を破るほどの武装なんてあったんだね。ルール違反だけど」

 「お前を倒せれれば、俺はそれでいい」

 

 虚華は肩口から血を流している臨と、見慣れない武器を自身の手足の延長の様に使っている楓を交互に見ながら、セエレに何が起きているのか尋ねるも返事がない。

 舌打ちをしたセエレは、リオンに指示をしてから直ぐに武装する。口の中の氷を消し去ってもらったリオンは、直ぐに模擬戦用の結界を解除する。

 その様子を理解出来ていない虚華は、セエレの方を見る。何があったのかを知りたいという目をしている虚華に、セエレは簡潔に述べた。


 「楓はヰデルヴァイス……、今回の模擬戦で想定されてない危険な武器を使用している。あの武器は模擬戦用の結界を貫通するんよ。それに楓は……、ブルーム・ノワールにかなりの殺意を抱いてみたい。ありゃうちらが止めないと危険だわ」

 「この拘束、解いて下さい。私も、楓を止めに行きます。じゃなきゃブルームが死んじゃうかも知れない……!ヰデルだか、イドルだか知らないですけど、そんな武器で仲間を死なせるわけにはいかないんです!」


 セエレは少しだけ沈黙したが、すぐに虚華の拘束を解いた。久方振りに自由に動く身体の感覚を確かめる虚華の肩をセエレがぽんと叩いた。

 

 「うちも行くけど、命最優先でね。死んだらどーにもなんないかんね、……リオン!あんたはブルームくんの保護の準備しといて!」

 「りょーかいっ☆」


 リオンは戦場内の結界を一時解除した後に、臨の周辺に簡易的な防御結界を展開させた。楓の放った白の刃の一撃で、満身創痍気味の臨を守るためにセエレと虚華は模擬戦場内に居る楓の元へと走っていった。

 

 「私は仲間を失うわけにはいかないの……!もう“喪失”が失って良いものなんて何も無い!」


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