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【Ex】#2 二人きりのTeaParty

  “虚華”は中央部に位置する学園に通っている。それは八歳の頃も、現在も変わらない。

 ただ、南部の最果てにある実家から通うのが煩わしいと感じていた“虚華”は、親に頼み込んで知り合いの家に平日の間だけ寝泊まりさせて貰うようにしていた。

 それが、中央部にある閑散としている魔術刻印を主に取り扱っている老舗「彫刻亭落陰」。この店に来る人間なんて基本的にそう居ない。

 店の中では店主のお爺さんが一人。本を読んだり、時々魔術の復習などをしたりして余生を過ごしている。ただそれだけのお店だった。

 そんなお店だったから“虚華”はこの店で寝泊まりすることを決めたのもある。実家の屋敷では未だに求婚を求めてくる人間も居る。歳はまばらだ。同年代の小等部の人間も居れば、祖父と近い歳の人間も見かけたことがある。

 そういった煩わしいものが一切ない、素晴らしい環境に身を置いて勉学に励み、時間があれば槍斧を振り回す。“虚華”の周りには平穏な時間が流れていた。


____


 「やっほー。元気してた?“虚華”ちゃん。ボクの事を熱烈に求めてるっていうから、来てあげたよ!」

 「はぁ……」


 時々手紙が色んな区域から送られてくる。とある日は碧の区域から、またある日は、国が滅んだはずの赫の区域から。五色ある区域の全種類から手紙が届いた際には、父から心配されたものだった。

 目の前の嘘八百を並べてくねくねしている変態がその手紙の送り主だ。イドル・B・フィルレイス。各地を転々としながら、仕事があれば何でも運ぶと言われている「運び屋」の一人だ。

 そんな少女が今自分の目の前で、身体をくねらせながら“虚華”の淹れたミルクティーを美味しそうに飲んでいる。

 

 「で?何の用事ですか。父に話があったり、何か重要な話なら休日の屋敷にいる日にお願いしたかったんですけど」

 「いやぁ、早めに教えた方が良いと思ったし。それに、キミもボクに早く逢いたかったでしょ?」

 「………………」


 イドルが席に座ったまま、自信満々にキメ顔でそう言うと、“虚華”は呆れ顔でイドルの方を見る。

 二年前はこういった仕草にくらっとした時もあったが、流石に耐性がついてきた。こんなのに一々ときめいていたら話も進まない。

 それに、イドルの仕事の腕は確かだ。そこだけは“虚華”も認めている。だからこそ、彼女が早めに伝えておきたかった「情報」とやらも、いち早く知っておきたかった。だからこうして追い出さずに、面倒だと思いながらも“虚華”はイドルの相手をしている。

 もし、これが他の「運び屋」の話だったら門前払いになっている事を、イドルは口に出さずとも理解している。

 暫くの沈黙が二人の間を流れた頃、痺れを切らした“虚華”が口を開く。


 「……はぁ、で何ですか。私の耳に入れたい話って。わざわざこっちまで来て」

 「“虚華”ちゃんは双影って知ってる?」


 先ほどとは打って変わって真面目な顔でイドルは問う。普段からその態度で居て欲しいと切実に思った“虚華”は、双影について思考を巡らせる。


 「えーと、確か、自分自身がもう一人現れたりする奴ですよね。それが何か?」

 「実は、出たらしいんだよね。“虚華”ちゃんそっくりの人間が」

 「……はぁ」


 あまりオカルト方面に興味がなかった“虚華”は、脅かすような話し方をするイドルを半目で見る。

 正直、自分とそっくりの人間が現れたから、だから何だとしか思っていない。


 「あれ?あんまり信じてないな?おかしいなぁ。この年頃の娘は、そういうの好きなんじゃないの?」

 「百歩譲って居たとして、態々それをイドルさんが話に来る理由が分かりません」

 

 “虚華”はテーブルにあるティーカップをソーサーに置く。イドルはふぅむ、と一呼吸置いて膝の上で指を組む。

 その二人の間にはこれと言った言葉のやり取りはなかったが、これが二人の対話のスタイルだった。

 見方を変えれば、サイレント腹の探り合いだ。実際にはこの時間で“虚華”が話の意図を考えているのを、イドルがじぃっと見ているだけなのだが。傍から見ればそう見られてもおかしくはない。


 「……話を進めましょうか、その双影は誰が見たんですか?」

 「ボクだよボク、見たのは昨日だったし」


 昨日、というイドルの言葉に“虚華”はぎょっとする。イドルから貰った手紙は“赫の区域から送られてきた”物だった。

 だから、来るのも数日後になると思っていた。消印まで偽造して自分を驚かせようとする彼女の手間暇に呆れを感じた“虚華”は頭を抱える。

 そんな“虚華”を見てイドルはうんうんと頷き、口角を上げて笑顔を浮かべている。


 「……これは」

 「あぁ、赫の区域で使われてる便箋と消印ぐらいボクだって持ってるさ」


 爽やかな笑顔でそういうイドルの事を益々信じたくなくなったなぁと思う“虚華”は、イドルの言葉を待つ。それを理解したのか、イドルが口を開く。


 「それで、昨日見た時にね、《ボクは双影をキミと見間違えたんだ。》髪色も、瞳の色も違って見えたし、ぼんやりとしか見えなかったんだけど」

 「イドルさんが?それはまた珍しい。何か不味いものでも食べたんじゃないですか?病院案内しましょうか?」

 「そんな嬉々とした顔でそんな事言わないでよ、ボク泣くよ?」


 イドルが特定の個人を見間違えることは早々ない。物や人間をきちんと認識できないと「運び屋」の仕事は任されることもない。その中でもイドルは特に人や物を見る目が良い。

 そんな彼女が自分と見間違えたと言うのだ。先程までは話を聞く気にもならなかったが、“虚華”は姿勢を正す。


 「顔がぼんやりと、っていうのは遠くから見ていたってことですか?」

 「うーん、その聞き方的に髪色と瞳を変えたキミじゃなかったんだね、あの子。いーや、昨日の朝市で急いでた時に女の子とぶつかっちゃってさ。その場では急いでたし、気にならなかったんだけど、後から思うとあの子がどうも“虚華”ちゃんにしか思えなくってさ」

 「朝市の時間に私が朝市に居ることなんて有り得ませんからね。その時間は大体学園に向かう準備を此処でしてますから」

 「うん、そーだよね。多分顔がぼんやりとしか思い出せないのは、身体に魔術を付与されてたか、魔導具の効果だとは思うんだけど……“虚華”ちゃんがグレちゃったんじゃないかなって思ってさ」


 にへらと薄い笑顔でそう言ったイドルの顔は、自分の事を心配して様子を見に来てくれた友人の顔だった。

 (きっと、イドルさんにも仕事があるのに、態々手紙まで寄越して、私を?……これだから)

 イドルの訪問の意図を理解すると、“虚華”は一言イドルに伝え、キッチンへと向かう。

 先程まで飲んでいたミルクティーの茶葉はたまに来る店主の知り合い用に出していたものだった。美味しい美味しいとグビグビとイドルは飲んではいたが、あれは“帰って欲しい”と言葉ではなく、茶葉で伝えるための物だった。

 ─どうせ碌でもない理由で自分を誑かしに来たんだろうと。

 それが間違いだったことに気づいた“虚華”は、自分の友人が訪問した時用の茶葉でミルクティーを淹れる。今度はちゃんとした来客を饗す用だ。

 歓待用のミルクティーをイドルの前に出すと、イドルはまた最初のような気持ちの悪いくねくねとした動きで喜びを示す。 

 普段なら苦言を呈する所だが、今日の所は黙っていようと“虚華”は目を瞑る。イドルは前の紅茶と同じ様に美味しい美味しいとミルクティーを半分ほど飲むと笑顔を浮かべた。


 「さっきの鼻歌は上機嫌な時に歌うやつだよね、それでこの茶葉は確か、親愛なる友人の為にって言葉が有名なもの。さてはキミぃ、ボクに惚れたかな?」

 「やっぱ死ね。今すぐぶっ殺してやる」

 

 青筋を浮かべて立ち上がった“虚華”は、普段愛用している槍斧を展開しようとする。けれど、今回はその槍斧を収めて手刀でイドルの頭をぽすっと叩いた。その顔には怒り等は含まれていなかった。


 「殺すにしては、随分優しいものだね、お嬢様」

 「お嬢様は気まぐれですから、時には慈悲もあるんですのよ」

 

 そう言って“虚華”はすっと着席する。イドルはふふっと微笑んで再度ミルクティーを少し口に含む。

 “虚華”はコホンと咳をすると、話を戻しましょうと、口を開く。イドルは“虚華”の顔を見つめる。


 「イドルさんの言う通り、その人は私じゃないですし、髪色もずっとこのままです。ですけど、その人物は気になりますね。白髪に……瞳の色は?」

 「確か、左目が灰色で、右目がなんて言えばいいかな〜。碧と翠が混ざった色だったね」

 「オッドアイですか……。非人(あらずびと)の可能性は?」

 「ん〜。どうだろう?周りの人は特別変わった反応して無かったからなぁ」


 イドルは左上に視線を移し、昨日の出来事を思い出そうとしている。

 今分かっているのはオッドアイの白髪の自分に姿が酷似した人物。仮に似せるなら自分と髪色なども同じにするはずだ。だからこそ、微妙に自分と違う姿の人間とイドルが見間違ったのが引っ掛かる。

 (意図が理解出来ない。ただの別人だけど、自分と似ていることが問題……?)

 

 「だから、双影だと判断したんですね。それなら辻褄が合わなくもない……?」

 「最初は“虚華”ちゃんの変装だと思ったんだけどね、もしそうだったら弱味握れるし」


 にししといたずらっぽく笑うイドルを見て、“虚華”は、再度肩を落としてガックリする。

 (弱味握って私に何させるんですかなんて聞いた時には、それ自体が弱味になるし……)

 正直、イドルと話すと“虚華”はかなり疲れる。彼女と話している時は、言葉の裏側も読まないと足元をすくわれる様な恐怖感を抱かされる。

 だからこそ、こうして話すのは出来るだけ避けたい。何も話さない時間だけが、“虚華”が安心してイドルと過ごせる時間でもある。イドルと過ごす時間に多めに沈黙が流れるのはそういう理由だ。


 「握った所で、白の区域で自由に何でもして良いわけじゃないですからね?」

 「握っちゃダメとか、握るものがないとか言わないのはそういう事かな〜?」


 こんな感じで、イドルは楽しそうに言葉の裏を突いてくるのだ。別に自分はそんな事を一言も言っていない。

 イドルは不適に笑い、テーブルに肘を置いて手のひらを顎に置く。

 妙に似合っていて何となく“虚華”は顔を顰める。その顔を見たイドルは再度違った笑みを浮かべてくる。その顔つきに“虚華”が反応すると、その反応にイドルが反応する。

 そんな時間が二人の間に流れていく。普段はあまり笑わない“虚華”もこの時だけは年頃の子供のように笑うのだ。そんな事は誰も口にはしない、気づいていない“虚華”以外は。


 「まぁ、微妙にキミと違う双影がこのジアに居ることだけは頭に入れておいて。何かしてくるかも知れないし」

 「なにかして来たらどうするんですか?」 


 “虚華”は何気なくそうイドルに聞いた。明日何時に集まる?みたいに何も考えずに放った一言に、イドルは顔から表情を消し去る。 

 その顔を見た“虚華”は少しだけ普段とは違う恐怖を抱く。その後、ボソッとイドルは呟いた。


 「キミの事を騙るのなら、真実を突き付けるだけだよ。もしキミを害するのなら、命を奪うだけさ」

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