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【Ex】#1 運び屋が運ぶのは、物だけじゃない

 結“白”家は代々ジアを拠点としている白の区域の区域長や、それに類するかなり地位の高い役職に就いている。所謂血筋が良いから、良い役職につけると言われている家系だ。

 この世界は名前にその区域の色の名前が含まれているほど、その区域での力を増すと言われている。

 例に上げると、白月楓、彼は“虚華”の学友で、それなりに地位の高い人間だ。その理由は名前に白が含まれているから。

 それ以外にも様々な理由があって彼らの家系はその地位に上り詰めてはいる。それでも、名前内の色は、まず最初に必要な要素として含まれている。 

 そんな高貴な家系である“虚華”は白の区域の重鎮として君臨すべく、それなりに大切に育てられてきた。

 家族にも恵まれ、衣食住に困ることもなく、人間関係も良好な幸せな世界で彼女は育った。

 

 ──ただ、それ故に彼女は退屈をしていた。


 “虚華”は自分の事を、ただの“虚華”として接してくれている友人なんて居ないと、そう思い込んでいた。

 それも仕方のない話だ。中央部にある学園でも、彼女はVIP扱い。家の屋敷に居る使用人だってそうだ。

 誰も自分を、結“白”家の跡継ぎ程度にしか見ていなかった。

 幼い頃から、色んな物に触れては辞めていた“虚華”が、長続きさせていた物が一個だけあった。

 

 それが、武具を用いた鍛錬だった。その武具を使って誰かと模擬戦のような形を取ることもあった。

 特に愛用していたものは槍斧(ハルバード)だ。この武器はかなりのリーチがあり、身長が高くはない“虚華”には扱うことは困難を極めた。


 槍斧を一度“虚華”が横薙ぎに振れば、自身の身体ごと振り回されてしまい、目を回して倒れる。

 槍斧を一度“虚華”が縦に振り下ろせば、その勢いで地面に斧の部分が突き刺さり、抜けなくもなった。


 それ故に、最初に軽く触れた時は、「こんな重たくて扱いにくい武器なんて私には向いていない」と他のモノと同様に辞めてしまっていた。自分なんかには使えないものだと、だから直ぐに投げ出していた。

 自分には才能なんて無いのだと、色んな物に手を出しては、一人で勝手に絶望していた。


 そんな“虚華”の周りには様々な選択肢がある。何にも出来なくたって恐らくは、白の区域の重鎮としてこの街ではそれなりの立場に立つことは出来るだろう。その結果がどれだけ情けないものかは、幼い頃の“虚華”にも理解出来ていた。

 そんな決意を改にして一番最初に触ったのが、この槍斧だった。それが、今の“虚華”が槍斧を得意にしている理由の一つだった。


 前まではやる気のなかったただのお嬢様だと評されていた“虚華”だったが、その頃から彼女の姿を見た周囲の大人達は“虚華”の事を“槍斧好きのお嬢様”と半分馬鹿にするような呼び方をしていた。

 別に“虚華”は槍斧が別段好きなわけではない。嫌いでもなかったけど、自分で決めた意思をただ貫こうとしただけだった。

 この槍斧の才能がなくたって、その時はその時。その際には喜んで無能共の傀儡にでもなってやろうとまで思っていた“虚華”は、一心不乱に親から渡された練習用の槍斧を振り回しては、槍斧に振り回されていた。


 自分の空いた時間をひたすらに槍斧と過ごしていた“虚華”は、時々こっそりと家を抜け出しては同学年の子供が稽古している道場などに赴いては、鍛錬の相手をして貰いながら過ごしていた。

 その後も、自身に足りてないものを見つけ出しては克服をしていくような生活をしていた“虚華”は傍から見れば武人のようにも見られていく。

 そのせいか、屋敷に外部の人間からの鍛錬の申し込みが来た時は、父母からお叱りの文言を受けたものだ。それでも、「自分のやりたいようにやりなさい」と父母に言われてからは、“虚華”は更に鍛錬に励むようになっていった。

 故に、そんな“虚華”の元には様々な人間が訪れるようになった。その中には、自身との婚姻を結ぼうと画策するものも居たが、当時八歳であった“虚華”には微塵も興味のない話で、突っぱねていた。

 

 ──貴方の筋肉の撓り具合に惚れました。結婚して下さい。

 ──貴方の槍斧の扱い方に、胸が高鳴りました。結婚して下さい。

 ──貴方の魅惑の四肢にときめきが隠せません。結婚して下さい。


 そんな求婚の言葉が、鍛錬を求める数より増えていく際には、“虚華”は苛立ちまで覚えていた。

 父親達も、「見ておきなさい、これがお前を見る目なのだと」とだけ言い残し、来客の対応は“虚華”に一任していた。そんな現状を眺めながら、幼い“虚華”は声には出さずに心の中で思った。


 (本当に私のことを想っているのなら、どうして此処でそんな事が言えるの?)


 こんな風に自宅で鍛錬をしている時に、求婚される事が増えてからは、初等部の学園でも似たような声を掛けて来る男が増えていた気もする。

 廊下を歩いていると見知らぬ男が自分に求婚、等といったイベントはそれなりにあった。勿論全て丁重にお断りしていたが、そうしていると今度は女から反感を買うのが女の面倒な所だなぁとも思っていた。

 《白の区域の重鎮候補》に加わって、《槍斧を幼くも振るう》少女が、如何に同年代の男子に魅力に見られていたのかを知らなかった“虚華”に取っては災難でしか無かったが、笑顔でやり過ごしていた。


 その結果が、誰にでも距離感を感じさせるために丁寧語や敬語で接するようになったのだが、それが逆効果になっていたことを今の“虚華”は知る由も無かった。

 それこそ、貴方との仲なんて無いに等しいです、と言わんばかりに他人行儀に接していた。そんな態度を取ることで、友人はそのままに、自分との求婚を求める声を無理矢理掻き消すことに成功させた。

 そんな現状に満足しながら、“虚華”は練習用の槍斧を振り回し、鍛錬に励んでいた。




────────────────────────


 そんなある日、屋敷に一通の手紙が送られてきた。

 父が依頼していた荷物を本日お届けに上がるという知らせだった。その手紙を見た父は、母と過ごしている時より笑顔になっていたのを“虚華”は近くで見ていた。

 普段誰か来ても、同じものを用意させていた父親が、使用人に別のものを用意させていた。


 「お父様、本日は何方か特別な方がいらっしゃるのですか?」


 “虚華”が父親に尋ねると、足元から喜びが滲み出ている父親がコホンと咳をして“虚華”の方を振り向く。


 「今日は運び屋、イドル・B・フィルレイスがこの屋敷に来るらしい。私が求めていたものを運びにな」

 「ただの運び屋が来る割には喜んでませんか?まるでその運び屋本人に興味があるみたいですけど」


 何処か棘のある言い方をする“虚華”の言葉が刺さったのか、うっと胸を抑えて痛がる素振りを父親は見せる。

 そういった幼い部分がある所がこの父親の人相にも反映されているのだろう。実際の父親の年齢と比較して、若く見られる時がある。顔が若いというわけではなく、行動が幼い部分があるという理由で。

 それを加味しても、父親の浮かれようは異常だ。全身から喜びが湧き上がっているのを見ると、自分まで少し嬉しくなってしまう。

 

 「イドルが荷物を運ぶ際は、その荷物を手にした経路や逸話、荷物の話などを詳しく説明してくれるんだ。私はその話を聞くのが好きでね。これは母さんには内緒だぞ?」

 

 父親はあまり人と話すのを好まない。それは母親や娘である自分でもそうだ。そんな父親のことだから、不貞の可能性もあったが、どうやら勘違いだった。

 そんな父親が話すのを楽しみだというのだから、余程の人物なのだろうと、“虚華”は密かにその人物が到着するのを待っていた。


──────────────────



 「ちわーす、「運び屋」です〜。どうも〜、結白さん。これが例のブツっすね。こんなの貴方使えないでしょうに。結構高いですよこれぇ。あ、そっちのが“虚華”ちゃん?可愛いですね〜」


 どうやら、この軽薄そうな話しぶりで大きな荷物を持っているこの人が父親の待っていた「運び屋」イドルという者らしい。イドルを見た“虚華”の第一印象は「怪しい」というものだった。

 一回りほど“虚華”よりも大きい背丈に、光の当たり方では銀色に見える美しい白髪。同じ色の瞳が窓からの光に照らされて輝いている。左目が前髪で隠されているセミロングの女性は、何とも言えない口調で父親に荷物を渡した後は、その荷物に関してぺらぺらと話している。

 話しぶりを見るに、確かにイドルは話し慣れている。父親の聞きたかった話であろう部分を分かりやすく、それでいて簡潔に面白く話している。

 運び屋はあくまで副業で、話すことが本業じゃないかと疑う程には、“虚華”もイドルの話に聞き入った。

 父親は笑顔でうんうんと頷き、使用人が淹れられた紅茶を嗜んでいる。

 

 「この荷物はな、“虚華”。お前へのプレゼントなんだ。開けてみてくれ」

 「そうだったんですか?何でしょう……」


 父は何やら大きい包袋を、イドルに指示して机の上に置かせる。

 様子を見るに、父本人はこのプレゼントを持てないのだろう。日頃の鍛錬不足がなぁと、頭をポリポリと掻いている父の姿は何とも格好悪いが、今は気にしない。

 何やら大きい荷物を開けてみると、大きいジュラルミンケースが中に入っていた。イドルは軽々と持っていたが、“虚華”にはかなり重かった。渡されたケースを落としてしまうと、かなり重厚な音がする。

 慌てて落としたジュラルミンケースを開けてみると、そこには真新しい槍斧が入っていた。どうやら父親は、この真新しい槍斧を自分の為に、わざわざ遠路遥々遠い所から取り寄せたようだ。

 武器の柄には、「Kotori-Aoi」と掘られているのに“虚華”は気づく。この武具はどうやら“虚華”の知人、葵琴理が制作した物のようだ。


 「良いんですか?こんな良い物を貰ってしまって」

 「あぁ、“虚華”が使わなければ、この屋敷の倉庫に眠るだけだ。存分に振るってくれ」

 「葵さんも宜しく〜って伝えといてね〜って言われたよ。あの子の武具ってかなりの予約待ちらしいじゃん?愛されてんねぇ」

 

 このこの〜とイドルが、“虚華”の脇腹を肘でつんつんと突いてくる。はっきり言って鬱陶しいが、今は目の前の槍斧にしか目が行かない。

 (葵さんが私の為だけに作ってくれた槍斧……、それにお父様も……)

 この槍斧を握りしめた“虚華”は、父親の許可を取って庭園で槍斧を振り回す。いつも使っていた得物よりも軽く、それでいて切れ味の鋭いその槍斧の性能を見ると目を輝かせた。

 更には持ち運びしやすい大きさに変形させる事まで出来るのは、流石に目を見開いて驚いた。

 窓の内から槍斧を振るう“虚華”を見た父親もいつもより目を細めてにこやかな笑顔を浮かべている。


__________


 その後、再度父と談笑したイドルは、庭園内で槍斧を眺めている“虚華”に近寄ってくる。


 「やぁ、“虚華”ちゃん。ボクが運んだその槍斧はどうだい?」


 先程の父親と話している時よりも低い声で、“虚華”の肩をぽんと叩く。

 随分この人はパーソナルスペースが狭い割には、声などの調整が下手だなぁと“虚華”は一歩距離を置いた。

 化けの皮でも剥がれたか?とイドルの顔を見るも、父と話していた時と変わらないのほほんとした表情でこちらを見ていた。その顔からは今の自分の行動で、イドルがどう思ったのかを汲み取れない。


 「初めまして、ですよね。イドルさん、私に何のご用事で?この槍斧を見に来たんですか?」


 “虚華”は警戒心を顕にして、イドルを少し睨むように見る。その反応を見たイドルは、眉を下げて微笑む。


 「別に取って喰らおうなんて思ってないから、そんな警戒しなくとも……。お父様から、“虚華”ちゃんと屋敷を見て回ってから帰ると良いって言われたから、来たんだよ」


 イドルの言い訳を聞いた“虚華”は、父の居る方の窓を見る。父が手を合わせて首を45°に傾けている。 

 ──反応的にも、イドルの言っている事は正しいのだろう。“虚華”は、やれやれと少し呆れた表情を父に向けた。

 その後、イドルに背を向けて大きなため息を付いた“虚華”は営業スマイルを顔に貼り付けてイドルの方を向く。


 「喜んで。私の案内で良ければ」

 「敵意剥き出し過ぎじゃない……?ボクがそれ、持ってきたんだけどなぁ」


 どうにも胡散臭いよなぁ、と眼の前で苦笑いしてるイドルを見ながら“虚華”は思った。



___________


 二人は屋敷内を適当に歩いているも、イドルは屋敷内を見るのではなく、ただずっと“虚華”の顔を見ていた。その視線には気づいていた“虚華”も、何処を見たいかも言わないから歩き回っている現状に徐々に不満を抱いていた。


 「何処か見てみたい場所はありますか?」

 「特に無いよ?」

 「……は?じゃあ私は何の為に貴方と屋敷内を歩いているんですか」


 何も見たいものがないなら、こんな奴に付き合ってないで槍斧と共に過ごしていたかったと思った“虚華”は、イドルの返事に顔を顰める。

 隣り合って歩いていると、ずっとイドルはこっちを見ている。目が合うとニッコリと微笑んでくる。容姿から何となくは自分のほうが歳下なことは分かるが、どうにも自分から聞くのは気恥ずかしい。けれど、自分が何もしないとただ適当に屋敷を歩いているだけの現状にはどうにも耐えられなかった。


 「君のことを知りたかったからだよ」

 「なんですか急に。私、こう見えても女ですよ?」

 「勿論、分かっているさ。ボクも女だからね」

 「………………」


 くすくすと目を細めて笑うイドルの表情が、悪戯っ子のような悪意が混じっている気がして、“虚華”は、うわぁと声を出して不快感を顕にした。

 “虚華”の顔を覗いて、怒らせてしまったことに気づいたイドルは舌を出して、手を合わせて「ごめんね」と小さく謝って、道案内を“虚華”に再度お願いする。

 “虚華”には、もう彼女の言う道案内が、この屋敷内の案内ではないことは理解している。

 

 「はぁ、それで?私の何が知りたいんですか?」

 「んー。その前に、キミが先にボクの事を知りたいんじゃないのかい?」

 「………………」


 イドルのその言葉に、顔を赤面させた“虚華”は先ほど貰った槍斧を展開して、イドルの首に切先を突きつける。

 おやおや、と余裕綽々でいるイドルの方を“虚華”は向けずに居た。何故だか、顔が熱くて堪らない。

 イドルの言葉が図星なことに頭の中では既に気づいている“虚華”は、諦めたようにイドルを睨み付ける。

 

 「じゃあ聞こうじゃありませんか。貴方のことを」

 「ボクの事で良ければ幾らでも」

 「本当、誰にでも言ってそうですね、そういうの」

 「“虚華”ちゃんはどう思う?」

 「………………」


 照れ隠しで展開した槍斧を収納し、“虚華”はイドルを自室へと案内する。どうせ最初から、この部屋に入るのが目的だったんでしょう?と自分の意志で案内したようには見せないように。

 そうして使用人に紅茶を淹れさせた後は、その近くを通る者は誰も居なかった。

 “虚華”はその部屋での出来事を何も語りはしなかったが、顔からしてとても良いことがあっただろう事は、屋敷内の人間全員の見解だった。




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