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【Ⅲ】#7-Fin 突然の出会いに、逃げ道など無い

ジアの中央部に店を構えている「彫刻亭落陰」は、この街が出来てからずっとこの街の魔術刻印関連の仕事を一手に担っている老舗だ。

 その店構えはこの街が和風スチームパンク調になる前に建てられたせいか、街の雰囲気とは違った違和感を抱かせつつも、何処か懐かしさも感じさせるような不思議な建造物だった。

 内装は、職人気質の無骨な造りだった。その造りや、道具などの手入れ具合を見るに、練度の高さが見て取れる。

 虚華達はそんな店の内装に圧倒され、店主が来るまでの数刻の間、周囲を見回すことしか出来なかった。

 店に入った際に、扉についていたベルが透明感のある音を鳴らしたのに反応して、店の奥から店主がよぼよぼとした足取りで虚華達を迎える。

 目が開いているのか分からない程に閉じている瞳に、もう少しで垂直に曲がろうとしている腰、それでいて着ている衣服には所々魔術刻印に用いる塗料が付着しているのを見るに、この人が店主であると虚華は理解する。

 席に掛けろ、と店主に促され、虚華達は席に付く。それを確認した店主がどっこいしょと後から座る。


 「今日は何のご用事で?」

 「えっと、私に魔術刻印を刻んで欲しいと思って」

 「嬢ちゃんにかい?」 

 

 先程まで柔らかな物腰と口調だったのに、急に店主の周囲の空気が少しだけピリッとする。

 本来、店主がそういった個人の事情を聞いて、魔術刻印を刻まないというのは商売的にはよろしくはない。それでも目の前の少女は大きく見積もっても中等部に入るかどうかといった年頃だ。そんな少女にすぐに消せるものもあるとは言え、身体に魔術を掛けるのは気が引けたのだろう。

 (とか、思っているのかな。このおじいさんは、説得もしなきゃなのかなぁ……)


 「そうです。ダメでしょうか?」

 「いや、ダメって言うわけじゃないけど、お洒落ならもっと別の手段があるじゃろう?そっちにしてはどうじゃ?」


 先程のぴりっとした空気を抑えて、ほっほっほと諭すように虚華を説得しようと話す店主に、虚華は少しだけ苛立ちを感じている。

 心の中で面倒事が増えたなぁと溜息を付く虚華は話を続ける。後ろで「じゃあ帰ろっか」と言いながら袖を引っ張ろうとしている臨は一先ず放置しておく方向で。

 

 「実は、この度探索者になりまして。その際にトライブのシンボルマークを自身に刻むことで、自分の覚悟を周囲に示したいと思っているんです」

 「ほぁあ、探索者。まぁ確かに探索者は刻みたがる人間が多いが……」


 店主は長い髭を擦りながら、虚華の言葉に反論せずに言葉の続きを待つ。此処で反論が来なかったならと、虚華は言葉を続ける。


 「その中で、尊敬する先輩が魔術刻印を刻んでいたんです。だから、私にもと思ったんです。ダメですか?」

 「いや、自分の意志ならそれで良い。他者の意思で強制されていないんじゃな?」

 「えぇ、全て自分の意志です」

 「なら良い。今からするのか?」

 「はい、お願いします、これが刻んで欲しい刻印です」


 少しため息混じりに虚華に聞いてきた店主は本当は気乗りではないのだろう。それでも自分の意志ならば、と尊重してくれたことに感謝してお辞儀をする。その後、自身に刻んでもらう予定のデザインを店主に手渡す。

 そのデザインを店主は近くにあった眼鏡で興味深く見た後に「変わったのを望む子じゃな」とだけ言い残し、奥の部屋へと戻っていった。

 その後、少しの時間を要した後、店主が壁にかけられていた道具を持ち出してこちらへと戻ってくる。手には塗料と思われるものと、壁にかけられていた身体に塗布する器具だろう。


 「刻印を刻むのは、嬢ちゃん一人かい?」

 「はい、そうです。二人は付き添いです」

 「あたしも、お願いする」 


 そう店主に応えると、その返事に反論するように雪奈が手を挙げる。虚華はその声に驚いて、雪奈の方を向いて顔を見る。その瞳には一片たりとも迷いの表情がないことにも更に驚いた。

 雪奈はそれなりに合理主義者だ。例え自分が、刻印を刻んだとしても、雪奈までする理由はない。それに半永久的に消えない方をする予定の虚華には、そんな刻印を雪奈の身体には刻んで欲しくないとまで思っていた。

 

 「良いの?クリム、身体に刺青みたいなの入れても……」

 「ん。ホロウだけなんて、水臭い」

 「ほっほっほ、良いお仲間を持ったようじゃな」

 「ボ、ボクもお願いしようかな。仲間はずれはゴメンだし」


 雪奈の行動に店主が薄く笑った後に、臨も刻印の付与をお願いした。その声は少し震えていたのを虚華は感じ取った。此処で冷やかしても良いけど、自分の意思ならばと虚華は頷くだけに留めた。

 虚華達は、自分の何処に刻印を付与するのかと、色はどうするのかを店主に伝える。それを聞いた店主は再度、塗料を取りに奥へと戻る。

 虚華は元々、自分の顔を見せるため、ヴェールを脱ぎたいが為に刻印を刻もうとしたのに、臨と雪奈にまで同じ刻印を刻ませてしまうことに仄かな罪悪感を滲ませる。

 それでも言い出せなかった。そんな自分勝手なシンボルマークを仲間の証にしようとした二人に、自分の嘘を言い出すことが出来なかった虚華は、少しだけ自己嫌悪した。


 「待たせたの。一番最初は言い出しっぺのお嬢ちゃんからでいいか?」

 「えぇ、構いません。お願いします」


 先程までの店主の細かった目は、メガネを掛けているせいか、目が見開かれている。柔和だった雰囲気も、最初に刻印の話をした時の少しだけぴりっとした感じに戻っている。

 (大人の仕事モードみたいな感じで格好良いな……公私混同してない感じが)


 「少し冷たいが、辛抱じゃぞ。その塗料が塗り終わって少し置いたら魔術を発動させる。そうすれば、刻印の完成じゃ。にしても……」

 「?どうかしましたか?」


 虚華がヴェールを外して塗料を塗られている最中に、店主が少しだけ言葉が詰まる。その少しの間が妙に気になった虚華は、店主の顔を見る。その顔には複雑そうな表情が滲んでいる。何でそんな顔をしているのか分からず、虚華は首を傾げる。


 「さっきまでは顔が見えなかったから、不思議に思っておったが、いざ顔を見ると、虚華ちゃんそっくりに見えてなぁ。少し躊躇ってしまっただけじゃ。虚華なら裏に居るはずだし」


 店主から出てきた言葉は、虚華が最も聞きたくない言葉だった。しかもそれ以上に危険な言葉だった。


 (フィーアの“私”が、この店の裏に……?嘘でしょ。何でこんな場所に……?)


 さっきまでの店主の表情と変わらないのに、その内面に孕んでいる表情がガラッと変わった感じがした。こんな刻印塗料なんて投げ出して、すぐに逃げ出したい程だ。

 ただ先程の説明で、安静にと言われているせいで逃げ出せない。動けば塗料が変な乾き方をすると言われてしまっては、大人しく塗料を魔術で完成させるまでは動けない。

 この街に、“虚華”が居ることは、この世界に入って初めての探索で知っていた。でも居ないものだと信じていた、信じ込んでいた。でもそれが、この店の裏側に居ると言われては、虚華も動揺を隠しきれない。


 店主から、自分の聞き覚えのない“自分”の昔話を聞かされながら、魔術刻印の完成を待つ。

 苦笑いをしながら、“虚華”の身の上話などを聞く。どうやら、この世界の虚華は、白の区域の区域長の家系に連なる血筋を持っているらしく、区域長になる可能性すらあるらしい。


 (さぞ、私とは違って、幸せな世界に生きているんだ……。何だか複雑な気分になっちゃった)


 幸い、髪色と瞳の色が違うからと、すぐ近くに存在する“虚華”のお陰で店主には別人だと認識はされている。

 ただ、それでも、“虚華”がこちら側に来てしまえば、きっと気づくだろう。虚華が、何者なのかを。 

 こんな複雑そうな表情で、自分と酷似した顔の少女が顔に刻印を刻んでいる。そんな光景を見たら、自分ならすぐに理解する。


 (世界から追われ、仲間を失って、こんな場所で何してるんだって、嘲笑うだろうなぁ、世界から祝福されているじゃないか。私なんかとは大違いだ……)


 虚華の表情筋が勝手に動き、怒りに全身を震わせる。そんな虚華に、顔も動かさないでと、店主が穏やかに注意する。少し深呼吸して、虚華は謝罪して大人しく時を待った。


 「じゃあ、虚華ちゃんからやるぞ、本当に良いんじゃな?こんな綺麗な顔に刻印を刻んでも」

 「私は“虚華”じゃないですって。人違いですから。……お願いします」

 「んむ。『残せし痕よ、彼の者を永久に縛り付けよ』エティ・エナ」

 

 店主の詠唱した魔術が作動すると、乾いた塗料が虚華の右目上のおでこの部分から、首元まで伸びている回路のようなデザインのシンボルマークを描いた塗料が一気に乾燥して、皮膚に沈着する。

 鏡で出来栄えを見せて貰ったが、本当にタトゥーのようになっている。だが、虚華の肌はいつも通りの触り心地だ。店主の魔術が成功した結果、綺麗に虚華の左目と同じエメラルドブルーの刻印が刻まれていた。

 完成を確認すると、店主は直ぐに臨と雪奈にも同じ魔術を付与する。臨は黒い同じデザインが右手の肘から、手のひらの辺りまで。雪奈には白い同じデザインが、左太腿にかなり大きく刻印されていた。


 二人が満足気に、自分達のシンボルマークを虚華に見せてくる。その仕草に、虚華は薄い笑いを返しながら、複雑な心境と今の現状に緊張を隠せない。 

 (早くこの店から出なきゃ。お題はもう払っているし、後は出るだけ)

 手短に店主に感謝を述べて、少し浮かれている二人を引き連れて虚華は店を出ようとすると、店主から止められる。

 虚華は急いでいるのでと、言ったものの、店主は渡したいものがあると裏に行ってしまった。無下にすることも吝かではないが、こういった場所での悪評が将来を左右されると思うと逃げ出すことが出来なかった。

 そうしていると、すぐに店主が戻ってきた。手に持っているのは……、まるで花のような形をしている眼帯のような物だった。


 「虚華ちゃん、これ持ってきな。オッドアイはあまり人からの印象が良くないじゃろう……」

 「だから、私は“虚華”さんじゃないですって……、けどありがとうございます。有難く頂きます」

 

 虚華はおずおずと店主から変わった形の眼帯を受け取り、付けてから再度礼をして、店から出ようとする。何も悪いことをしていないはずなのに、ディストピアで食事をひったくっていた時と似た気持ちになっている自分に嫌悪しながら、満足気に太腿を撫でている雪奈の腕を掴む。


 「もう、お爺さんたら、また私と誰かを勘違いしてたのね。ごめんなさい。此処のお爺さんは、私の小さい頃からの知り合いで、一緒に暮らしているんです。ココ最近ですっかりボケちゃってるみたいで……。だから気にしないで下さいねお客さ……」


 見紛う事はない。立ち去ろうとしていた虚華の後ろから声を掛けてきたのは、紛れもなくフィーアに存在している“虚華”だった。

 虚華()は声の方向に身体を向ける。覚悟はしていたから、顔には驚きの表情などは一切浮かべていない。あくまで言われ飽きた言葉に辟易している風を装う。

 彼女がこの世界にいることは分かっていた。透の時とは違って、心構えもここに来てからずっと持っていた。それでも、いざ対面すると言葉にするのが難しい感情に襲われる。

 一時期の虚華はドレッドゲンガーの逸話の通りに、自分が消え去ってしまうのだろうとか、そんな事を考えていた。だから、自分と対面しても消えなかったことに安堵した。それが虚華の抱いた“虚華”への第一印象だった。


 対する虚華も手に持っていた鞄を落とし、口を開いてポカーンとはしていたが、フィーアでの透と出会った時のように取り乱している様子はなかった。どちらかと言われると好奇の目で見られている気がする。


 (普通なら、目の前に自分と酷似した人間が現れてもそんな顔はしないはず……まさか)

 「噂話程度にしか思っていませんでしたが、実在したんですね、もう一人の私が。それが貴方なんでしょう?」

 「さぁ、私には何の事だか。顔が似ているだけの別人ですよ、私は。髪の色も瞳の色だって、違うじゃないですか」


 身振り手振りを交えて、半目になって呆れた表情で目の前の“虚華”(自分)に対して嘘を付く。その後に虚華は溜息を吐いて、先程付けた眼帯を外して“虚華”に灰色の瞳を見せる。

 それでも虚華の瞳の色を見ても、“虚華”は表情も変えていない。まるで、既に知っているかの如くの態度だ。

 “虚華”の隣りにいた店主は、虚華と“虚華”を見比べて、「虚華ちゃんが二人ぃ???」と頭に疑問符を浮かべているし、臨達は口を開けてぽかーんと放心している。彼らは臨の存在を目撃していなかったから、虚華の報告も半信半疑だったのだが、目の前の事象で理解したのだろう。


 《此の世界。フィーアはディストピアの並行世界である》

 この言葉が三人で共有できる真実になった。それだけが、今目の前にある現実だった。


 店主から貰った眼帯を再度装着して、二人を連れて虚華は店の外に出ようとする。けれど、いつの間にか店の入口に“虚華”が陣取っている為、出ることが出来ない。軽く舌打ちをすると“虚華”が口を開く。

 

 「確かに、瞳の色も、髪の色も違う。私はオッドアイでもありません。けれど、貴方は私なのでしょう?それにそちらの二人は……顔が判然としませんが、黒咲くんに緋浦さんですよね?貴方は知らないかも知れませんが、緋浦さんは既に亡くなっています。それに、彼が、緋浦さんと行動するわけもない」


 虚華よりも軽い身のこなしで瞬く間に入り口を封鎖した“虚華”は、顎に人差し指を付けて、入り口の周りをうろちょろとしながら、自分の推理を虚華達に浴びせる。

 虚華が呆れた顔をしながら、“虚華”の方を見ているのを“虚華”が確認する。

 すると、“虚華”は光の当たり方によっては緑に見える黒髪をたなびかせながら、不満げに言葉を続ける。                       


 「つ・ま・り、貴方達は私の知る貴方方じゃない。そうじゃないですか?違いますか?黒咲くん、緋浦さん、そして、“私”」

 「ボクはブルーム。そして今貴方が自分だと言ったのはホロウ、こっちの茶髪はクリム。残念ながら、《白の区域長の血族である》結代虚華とは何ら関係のない、ただのしがない探索者だよ」

 

 虚華を右手で庇い、臨は“虚華”に睨みをきかせる。臨は目の前の少女が、フィーアでの虚華であることに気づきながらも自分を庇ってくれたことに少しだけ嬉しい気持ちを感じる。それもあって、虚華の瞳にも、この状況を打破せんと炎が映る。


 (どうせ、この問答は意味がない。どっちの意見も決して交わらないのだもの)


 「ふむ、探索者になったんですね。それもそうか……養ってくれる人が居ないならそれしか手段がありませんし……。緋浦さんも何か弁明でもします?って死んだはずの友人に何言ってるんでしょうね……。」

 「クリム、魔術とホロウが好き」


 それだけを目の前の“虚華”に言い放ち、臨の後ろに居た虚華の右腕にくっつく。

 雪奈の表情はいつも通りの無表情だが、普段虚華に見せているような物ではなく、敵対者に向けているものに近かった。


 このまま話していても、話は平行線。こちら側も、あちら側も話を肯定することはないだろう。

 それに、自分達は“虚華”ではないという根拠のために顔に魔術刻印を刻んだ。副産物として仲間の証にもなった、このシンボルマークを刻むためにだ。

 お互いが睨みを効かせている間に、店主が、あっと声を上げる。その声を聞いた四人は店主の方を見る。


 「“虚華ちゃん”学校は良いのかい?遅刻しないかい?」

 「しまった!!くぅう……今度会ったら覚えててくださいね!!!」



 そう言って“虚華”は学校へ向かわんと、扉を開けて物凄いスピードで走り去った。

 残された虚華達は、店主に一言謝罪と感謝の言葉を述べて店を出る。店主も困惑していたが、どうすることも出来ない時は急いで逃げるに限ると、虚華はディストピア時代の経験を生かして宿へと戻る。

 帰る際に、探知妨害や備考妨害などの魔術を、臨に発動して貰ったが、どうやらそういった追尾などはされていなかったようだ。それはそれでどうなんだろうと、雪奈は首を傾げていた。

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この回で第三章は終了します。この先に少し補足の話を入れて第四章に入っていきます。

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[一言] どうもです。ツイッターより拝見しに来ました。 設定がしっかりと練られていて、各章ごとにキッチリと仕上げられており、とても面白かったです。 続きもまた拝見しに来ますね。
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