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【Ⅲ】#6 魔術刻印は隷属の証だけじゃない

魔術刻印。虚華がフィーアに侵入してから、フィーア内で確認した物の一つ。

 これは、特殊な塗料を身体に塗布し、その塗料に魔術を発動させる。そうするとその塗料が身体に沈着し、身体に残る、というものだ。

 この魔術刻印を何に使用するかというと、その用途は様々だ。魔術を使用する魔法陣を、刻印に寄って発動させる者も存在する。他には、奴隷の識別番号などを刻字したり、お洒落目的で刺青のようにする者も居る。中でも探索者はこの魔術刻印を身体に使用する者が少なからず居る。

 虚華が確認した中では、ディルクも首元に龍の刻印が刻まれていたのを覚えている。こっそりディルクに質問した際には、


 「女児にはまだ早い。体に良い物ではない。探索者になったからといって、こういう物まで真似するな」


 と、厳しく首元の龍についての説明を拒まれて、凹んだものだ。ついでに女児と言われたことにも二重に傷ついて、その日の枕がびしょびしょになる勢いで泣いていたと、次の日の臨に物凄く心配された。



 他に聞ける人といえばと考えた際に、とある人物を思い出した虚華は、二人が寝静まった後にこっそりと黒い鍵を使用して、具現化した扉を潜る。

 その扉の先には、パンドラが黒と白のコントラストが効いている何とも言えないテーブルで、黒色の飲み物を優雅に嗜んでいた。

 そんな目の前の、白い髪の毛に、所々黒い髪が混じっている髪。瞳は片方が黑、もう片方が白のオッドアイ。

 黒い聖女のような修道服を艶やかに改造された物を着込んでいた、自分より十から十五程離れた見た目をしている女性。パンドラは虚華の姿を見ると、


 「よく来たな。好きな場所にでも座ると良い、何なら妾の膝の上でも良いのじゃぞ?」


 と真に受けて良いのか良くないのか分からない冗談を笑顔で言う。その姿は、時々遊びに来る孫の顔が見れて嬉しいと感じている祖母のようにも見えるが、虚華にはただただ困ったなぁと眉を下げながら、パンドラの話に耳を傾けていた。

 そんなパンドラも、何かしらの用事があって虚華がこの歪な屋敷に顔を出した事を悟ると、虚華に何の用事があるのかを、端的に聞いてきた。その際には、先程のような孫を見るような顔ではなく、良き相談相手の顔つきをしていた。


 「初めての現実世界での屋敷内じゃ。此処以外の部屋も案内してやることも吝かでは無いがの。何かしらの用事があって来たんじゃろ?違うかの?ホロウ」

 「えぇ、実はつい先日、私は探索者になったのですが、その知り合いの首元に黒い龍の絵?のような物があったんです。その龍の絵がどうにも気になって、何なのかを聞いたんですが、はぐらかされてしまって……」

 「首元に、龍の、絵?」 

 「えぇ。何か存じ上げませんか?」


 パンドラは、真面目そうにそう聞いた虚華の顔を見ると、少しの間は我慢したものの、心底おかしかったのかお腹を抱えて笑い出した。その笑い声はそれなりに大きくて、笑い声が続いている間、虚華は、何でこんなに笑っているんだろうと、パンドラの方を見ている時は、困惑した表情を崩すことはなかった。


 「あの、そんなに笑うことなんですか?」 

 「いやはや、妾も此処に居る時間が長くてな。久方振りに笑わせてもらった。その絵とやらは、魔術刻印のことじゃろう。ホロウは魔術刻印を知らぬのか?」

 

 聞いたことのない言葉に、虚華は首を横に振る。その仕草を見ていたパンドラは、虚華が巫山戯ているわけではないことに気づくと、目尻に溜まった涙を拭って、「魔術刻印とはのぉ」と解説をしてくれた。

 その際に、魔術刻印とは。という知識を大まかに知ることが出来た。ディストピアにも似たような代物として、刺青やタトゥーといったものが存在したが、それらは全て魔術とは関係のないものだった。要は、魔術刻印とは魔術によって刺青のように皮膚に文字や、絵などを刻むことが出来るものらしい。

 更には、魔術刻印は、半永久的に消えないようにも、消そうと思えばすぐに消せるものも存在するらしく、その用途は刺青などより大幅に応用が効くものだった。

 パンドラから魔術刻印の説明を受けた時、一つの考えが浮かんだ。


 (魔術刻印を身体の一部に刻めば、この世界の“私”と区別が付くし、この不便なヴェールを被らなくて済むのでは?)


 と。直ぐに消せるものなら、そうはならないだろうが、簡単には消せないものならば、自身の身には入れたくないだろう。更には擬態などの魔術でも、態々刻印を入れる必要もない。髪色と、刻印の療法があれば、他人だと言い張ることも容易だと、虚華は考えた。

 それに虚華は数日の間だけではあったが、この不思議なヴェールを被りながら生活することに、正直の所かなり辟易していたのだ。

 食事も周囲の目を気にしなきゃならないし、目聡い人や賢明な人は顔が認識できない理由をこの魔導具のせいだと理解している時もある。それらが解決できるなら、このヴェールを外して生活したい。


 (折角知り合った知人とかに顔を認識されないのは、少しだけ寂しい気もするし)


 そんな理由もあり、虚華は、パンドラから魔術刻印の話を聞いた際に、自分にも刻もうと考えた。

 

 「あぁ、それと、探索者には魔術刻印を自身の体や衣服に付与させるやつが多いんじゃよ」

 「それは、またどうして?話を聞いている感じだと、奴隷の識別番号などに用いるんですよね?なら、探索者は奴隷出身の人間が多いから、とかですか?」


 パンドラの言葉に、疑問をいだいた虚華は、自分の思っていることを正直に言葉にして伝えた。その言葉に気分を害したのか、パンドラは眉間に少し皺を寄せて、ていっと虚華の頭にチョップをした。

 それなりに痛かったのか、虚華は頭を抑えながら、いたぁいと言って、パンドラの方を見る。


 「良いか?人を無碍に貶めてはならぬ。奴隷であろうと、無かろうと、人は等しく人なんじゃ。自身が思っていることを何でもかんでもべらべらと喋るのは感心せんの」

 「……、ごめんなさい。そういうつもりはなかったのですが」


 パンドラの目には、怒りなどは含まれていなかった。ただ単純に粗相をしでかした自分の為を思っての叱咤だったのだろう。自分が悪いことをした時間はなかったが、素直に聞いておこうと虚華は感じ、パンドラに謝罪すると、パンドラは言葉を続ける。


 「探索者は、自身らのトライブ事に、自分の仲間であることを魔術刻印で示す場合があるんじゃよ。衣服や表皮に共通の模様のようなものを見たことはないか?」

 「……そう言われてみると、あるかもしれません」

 「あれらが、トライブのシンボルマークのようなものじゃ。まぁ身体に刻むやつは少ないがの」


 酒場で飲んでいた楓っぽく言うなれば、おっさん達の中には、独特の模様が描かれた同じ装備を付けている者達が居た。恐らくあれが、パンドラの言うトライブの刻印というものなのだろう。

 気にもしていなかった事象ではあったが、知識を得ることで知見が広まる。


 「お主は確か、今は白の区域のジアに滞在しとるんじゃよな?なら一つの店を紹介してやる。腕の良い刻印師が居てな。身体でも装備でもアイツに任せると良い」

 

 そう言って、パンドラが店の名前と大まかな場所を教えてくれた。確かに場所を聞く感じだと、ジアの中央部の近くにあるようだ。


 (ここから帰って、起きたら行ってみようかな。幸い資金はそれなりにあるし、早く脱ぎたい、これ)


 ふんふんと、パンドラの説明を聞きながら、虚華が疎ましく頭上のヴェールを見ていると、この部屋の扉からノック音が聞こえてくる。

 この屋敷にこの部屋以外があるのは、先程聞いたが、まさか使用人でも雇っているんだろうか、と虚華が声を殺してパンドラと、ノックの主の対応を待っていると、部屋の扉が開けられる。


 「なんじゃ、禍津(マガツ)。お主はノックの返事も待てぬのか?」

 「どうせ応えない返事を待てるほど、私は暇ではない」


 禍津と、呼ばれた男は、赤紫色の髪の毛に赤黒い瞳、声はかなり低めの男性のものだが、かなり長めの髪からは髪をそれなりに大事にしていることが伺える。口元は、マフラーのようなもので隠されており、鼻から下はよく見えないようにされている。

 虚華やパンドラよりもかなり大きく、二人共、彼を見る際には少し上を見上げる必要があるようで、実際に禍津を見る際には少し上を見上げている。

 そんな禍津は虚華の方を一瞥すると、何かの魔術を詠唱し始める。それを見たパンドラはぎょっと目を見開きながら詠唱を強制中止(キャンセラ)させる。


 「馬鹿者、此奴は妾の友人じゃ。済まぬホロウ。うちの馬鹿が迷惑を掛けた」

 「いいえ、パンドラさんが止めてくれたお陰で私は何もされていません。気にしないで下さい」

 (何の魔術を詠唱してたのか、気になるけど、さっきの手前聞けないよね……)


 困惑している虚華を前に、パンドラと禍津が何やら話し込んでいる。考え事をしていたせいであまり会話の内容は聞こえていなかった。それに盗み聞きはよろしくないのも理解しているせいだ。

 パンドラの表情が少しだけ険しくなっているのを見るに、あまり楽しい話をしているわけではないことは、幼い虚華にも理解出来ている。

 

 「お邪魔みたいですし、御暇しますね。パンドラさん、また来ます」

 「済まぬな、ホロウ。どうやら面倒なことになっておるらしくてな。碌な構いも出来ずに」

 「いいえ、聞きたいことは聞けましたし。ありがとうございました」


 虚華は再度、パンドラにお辞儀をして黒い扉を潜り、自分達の宿に戻る。その際にパンドラは前回よりかは小さいけれども、ちゃんと手を振って見送ってくれた。隣りにいた禍津はただ見ているだけで、彼の表情からは何も読み取れなかった。



___________


 そうして、こっそりと宿の部屋に戻った虚華は一晩眠り、自身に刻む刻印のことを考えながら、夜を明かす。

 そうして朝一番にパンドラから教えてもらった魔術刻印を施してくれるというお店へとやってきた。

 本来なら一人で来るつもりだったのだが、どうしてもと言って付いてきた臨と雪奈も連れてだが。

 (事後報告だとどっちみち雷振ってくるからなぁ。一緒に行って正解だよね)


 「ホロウ、此処は?」 

 「うん、魔術刻印を施してくれる店なんだって」

 「魔術刻印?」


 雪奈は初めて聞いた単語を聞いたのか、首を傾げる。教えてとせがまれた虚華は、しょうがないなぁと、昨晩聞いた内容を雪奈と臨に簡単に説明する。その話を聞いた雪奈は再度虚華に質問をする。


 「この店で、何するの?」

 「私に魔術刻印を施してもらおうかなって思ってさ」

 「ホロウ、奴隷になるの?」

 「ならないよ!?ちょっと顔に自分の証を刻印として刻んで貰おうかなって」

 「何でホロウの顔に、そんな物を刻む必要があるんだ!?」


 雪奈に自分の顔に刻印を刻んで貰おうと思っている意思を伝えると、後ろで聞いていた臨が、雪奈を押しのけて反論してきた。その顔には怒りが混じっており、そんな事は許さないぞと言われそうで、虚華は少し怖気づく。 


 (それでも、もう顔を隠したくない。私はこの世界では“罪人”じゃない!)


 「このヴェールをしなくても、半永久的魔術刻印を刻めば、本人とは別人だって証拠になるでしょ?しのや楓達にも、自分の顔を認識されないのはちょっと、寂しいの」

 「ホロウ……」


 雪奈は相変わらず首を傾げているが、臨は苦虫を潰したような顔をしている。反論しようと思えば出来るのだろうが、虚華の気持ちも汲んでいるのだろう。虚華もそれを理解したのか、反論がない臨に一言謝りを入れて店の中に入る。



___________



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