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【XII】#9 白と黒の夢幻泡影


 長い長い旅を経て、ようやく少年──黒咲臨は赫の区域、レーヴァへと辿り着いた。

 故郷である黑の区域とは違い、此処は非常に暑い。フードを深く被り、黒いコートを着てきたのは間違いだったと言わざるを得ない。

 黒の区域は非常に寒い。気温も空気感も、何かかもが凍てついている。絶望郷(ディストピア)と呼んで差し支えない。

 基本的に鎖国状態の黒の区域は、他区域の者を受け入れることも、黒の民を外に出すこともそう滅多に無いのだが、件の少年、黒咲臨は例外だった。

 臨は大きな使命のため、此処まで旅をしてきた。黒の区域長は臨にこう言った。


 『結白虚華ら六人を抹殺しなさい。ただ、殺す順番も決めてあるの。その順に殺しなさい』

 『……はい。分かりました』


 区域長の殺す順番というのは、どうやら何かしらの拘りがあるらしい。

 

 一番最初は赫の区域、区域長の娘「緋浦雪奈」、男勝りで竹を割ったようにさっぱりとした性格の彼女は、白に魔術学院があった時に、非常に人気者だった。臨はそんな彼女を眩しく思っていた。

 

 二番目は蒼の区域、努力の天才、皆が一目置いていた秀才「出灰依音」、視力矯正機器のメガネの奥には、鋭い眼光を携えている。彼女は誰からも慕われていた。臨はそんな彼女を羨ましく思っていた。

 

 三番目は蒼の区域、鍛冶師の一族の末裔「葵琴理」、武具を作ること以外に、さほど興味を抱いていなかった彼女は、依音におんぶにだっこで学校生活を送っていた。臨はそんな彼女を疎ましく思っていた。

 

 四番目は黄の区域、元魔術学院教師の不言月朔夜(いわぬづきさくや)、昔から気怠げに、それでいて女をたらしこみながら楽しく教師生活を送っていた。臨はそんな彼に殺意を覚えていた。

 

 五番目は黄の区域、守衛として、守護者として頭角を現していた豪傑、止々呂美樹(とどろみいつき)、誰からも慕われていた風紀委員長は、誰からも愛されていた。臨はそんな彼を恨んでいた。


 最後の一人は、白の区域、区域町の娘「結白虚華」、究極の非人嫌いだった彼女は、他の五人といた時だけは、非人が居ても怒りを覚えることがなかった。臨はそんな彼女を愛していた。


 そんな彼らを殺せと言われたのは、もう一年も前になる。転移魔術も、飛行魔術も使えなかった臨は、自らの足で時間を掛けて最初の標的の居る区域である赫の区域へと辿り着いたのだ。

 殺す順番がどうでもいいというのなら、臨は真っ先に黄にいる二人を殺してから、赫へと向かうことが出来たというのに。馬車や魔物車を使っても黑から赫は数カ月は掛かるのに。

 ようやく辿り着いたレーヴァはどうにもきな臭いし、正直帰りたいとは思いながら、何処に緋浦雪奈が居るかを探りながら、街を練り歩く。

 いい加減、この分厚いコートを脱ぎ捨てて快適な格好を手に入れたい。

 こんなクソ暑い場所では真冬用の装いは却って目立つ。額の汗を拭い、太陽に忌々しげな視線を向けながら、まっすぐ衣服店へと足を運んだ。


 ________


 「はぁ……物凄い快適だ……。にしても此処は太陽も喧しいんだな」


 臨は衣服や鞄を全部買い換え、今までの格好は前まで使ってた大きな鞄に放り込んで宿の一室に強引に押し込むと、再度街に繰り出している。

 緋浦雪奈の居そうな場所は大体見当がついている。問題はいつ、何処で、どうやって殺すかだ。

 臨は、異能とも呼べる強力な力も、武具も持っていない。ましてや身体能力すらも並だ。

 せいぜい、瞬発力だけはそれなりにあるので、短剣での奇襲が唯一の可能性と言っても過言ではない。


 (幸いな事に、暫くの間はこの街で大きなイベントがある予定はない)


 奇襲をする際は大きなイベントがある時にするのが定石と言われることも多いのだが、著名人の場所が割れているのなら、さっさと警戒心が薄いときに殺してしまったほうが早い。

 だからこそ、今は精一杯レーヴァを楽しみつつ、地形を把握しておく必要がある。

 そんな矢先だった、いきなり目の前の光景がガラッと変わる。身体も何処か倦怠感を覚えている辺り、誰かしらに転移魔術を掛けられたのだろう。

 臨は周囲を確認するも、見覚えのない場所だとしか分からない。まさか、異郷の地で転移魔術を掛けられるなんて、誰が予測できるだろうか、いや出来ない。

 警戒しながらも、飛ばされた場所を探っていると、何処からか、カツカツと鋭いヒール音が鳴り響く。


 「おや、随分と冷静ですね。まるで飛ばされたことがあるかのようですが」

 「残念ながら初体験だよ。あまりの出来事に驚きが隠せないしね」


 臨は声の主に焦点を当てる。コヒュウと息を吸い、眼の前の光景に驚く。

 酷く冷たい白銀の肢体に、背には鋼鉄の羽が兼ね備えられている。他にも人間離れした身体つきを見て一目でわかる。

 こいつは機械仕掛けの天使(マキナ)だ。先天性か、後天性かは分からないが、種族的に相当な差がある。まともに戦って勝てる相手じゃない。しかも、こいつは有名人だ。


 「貴方はヴィワーレ・フィ・フォン・イスラフィール殿だろう?誉れ高き機械仕掛けの天使に出会えるなんて光栄だよ」

 「世辞は結構です。貴方の瞳には殺意とは別に、何か腹の中に考えがあるのは容易に想像がつきます」


 機械仕掛けの天使に読心術や読瞳術が備わっているなんて初耳だ。心の中で舌打ちをした後に、臨はにこやかな表情を顔に貼り付け、苦笑いを浮かべる。


 「別に殺意なんて無いよ。ボクはただ此処から出たいだけさ。此処に飛ばしたのは貴方かな?」

 「えぇ、私です。貴方と少しお話がしたかったものでして」


 お時間頂けますか、と無機質な口調で言うが、有無を言わせる気はサラサラ無いのだろう。

 臨が無言で首を縦に振ると、イスラフィールと名乗った天使が指をパチンと鳴らす。

 すると、何処からか随分と豪華な椅子が何もなかった場所から生み出された。

 座るように促され、暫く立ったままイスラフィールを見ていると、先にイスラフィールが椅子に座り、顎で座るように指図する。これで安全性は確認できただろ、と言わんばかりだ。

 必要なのか分からない心理戦に心を疲弊させながら、臨も椅子に座る。


 「それで、ボクを此処に呼んでまでしたかったお話って?」

 「単刀直入に申し上げますが……」


 ____________



 「ぬわーっ!暇じゃ暇過ぎるんじゃ!!」

 「わ〜、またパンドラが発狂してる〜こわぁ〜い」

 「私は貴方の食欲の方が怖いよ……きひ」


 ホロウ達と雪奈の墓参りに行くことが出来なかった面々は、退屈そうに歪曲の館の大広間で禍津の作ったマフィンを食みながら、優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいなかった。

 阿鼻叫喚としている大広間に、既に禍津の姿はなく、食欲が暴走している「カサンドラ」とホロウが行方不明になって心配になっているパンドラ、その両方にドン引きしているアラディアの三つ巴の状態になっている。

 パンドラが発狂している理由だが、ホロウが許可していたはずの遠視用魔道具が急に使用できなくなり、アティスからはホロウが行方不明になったという話を聞いたからだ。

 パンドラは目を白黒させていたが、すぐに冷静さを取り戻し、探しに以降にしようとしたが、此処に居る面々は赫の区域に足を運んだことがなかった。

 そのせいでパンドラ達は、赫の区域へと飛ぶことも出来ず、肝心のアティスは帰ってきてくれないせいで、パンドラ、「カサンドラ」、アラディアの三人はどうすることも出来ず、ただただ無駄な時間を過ごしていただけになっているのだ。

 しかし、ただ此処でお菓子を食べていても何も話は進まない。こうしている間にもホロウの身に何か起きているかも知れない。

 居ても立っても居られなくなったパンドラは、外に出る用の格好に着替え、同じ部屋に居た「カサンドラ」とアラディアに深呼吸をしてから、大広間全域に響き渡るような声量で叫ぶ。

 

 「そなたらも共をせよ!最悪の場合、赫のゴミ共を鏖にする気でおれ!」

 「「了解〜(キヒ)」」 


 二人も早々に装備を整え、向かった先は禍津の私室の隣りにある研究室だ。

 そこには、各地の転移装置の場所が記されている地図がある為、それを確認してから、最速で赫へと迎えるルートを確認してから、赫の区域へと向かっていった。

 


 

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