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【XII】#8 白と黒の破壊衝動


 「ふぁぁあ……おはよう……」


 朝があまり強くない身体なのか、ホロウは未だ足元も覚束ないのにも関わらず、目を擦りながらベッドから抜け出す。

 今日で三日目だ。残された時間は今日を含めてあと三日。今日から黒咲臨がレーヴァに現れるということなので、どういう風に行動をするかを再度ソラと相談しなければならない。

 朝方は涼しいが、すぐに気温が上がってしまうので、日中はあまり外に出たくない。

 いつもなら、自分が「おはよう」と言えば、どこからともなくソラの声が聞こえてくる筈なのだが、今日はそれがなかった。

 

 「あれ、ソラ〜?居ないの〜?」


 寝惚けたホロウの声は、静かな部屋の中で反響している。目を擦りながらホロウが一口、水を飲み辺りを見回すと、そこには見覚えのある姿の二人がそこに居た。


 「……なんで貴方達がこんな場所に居るの」

 「おや。私達の姿を見ても驚かないとは。最近の上流階級の方は、そういった部分にも教養が」

 「や、ぜってーちげぇだろ。イスラも分かっててボケんの止めろ。オレが疲れる」


 ホロウの強張った声も虚しく、二人は余裕綽々と言った態度で、ホロウ達がいつも使う椅子に腰掛け、簡単な食事を摂っている。

 何が憎らしいかって、自分達が作るものより数段美味しそうなのだ。

 人の家で料理した挙げ句に、家主よりも美味しいものを食べるとは何事だ、なんて思っている。

 恐らくではあるが、一方的にこちら側が相手を知っているだけではあるのだが、どうして彼女達が此処に居るのか等、分からないことが多過ぎるのだが、一つ一つ探っていくしか無い。


 「もう一度聞くけど、どうして貴方達が此処に居るの?」

 「簡単な話です。貴方と話がしたくて、わざわざ出向いたのです」


 何度でも言うが、彼女との直接の関わりは海棠氷空とは一切ない。

 この物語内でも、会った記憶はない。可能性として、何処かで一方的に認識された程度のものだが、それが何処か検討もつかない。

 いや、翌々考えてみれば、一つだけ心当たりがある。 「被妄曲馬團」のアジトへ向かった際に、アジト内に彼女達が居たのならば、辻褄が合う。

 だが、逆に言えば、どうしてあの場所に彼女達が居たのかという話になるのだが、それは一旦置いておこう。

 今、ホロウが置かれている状況は絶体絶命と言っても過言ではない。最悪の場合、この場で殺される可能性だって十二分にある。抗う手段はこちら側になく、為す術もなく殺されてしまう。

 ホロウの身体のままであったとしても、この二人を相手にするのは正直な所、御免被るレベルだ。

 表情筋が完全に固まっているが、ホロウはソラの姿で自然に会話できるように全力で笑顔を作る。


 「私と話を?構いませんが、どういった御要件で?」

 「あー。オレはお前と会った記憶なんざ一切無いんだが、こいつが頑なに何処かで会った記憶があるって煩くてな。埒が明かねーんでわざわざ出向いた訳だ。メンドーだとは思うけど、付き合ってくれや」


 白髮の悪鬼こと、エリディアル・ルレ・フィレーラ・アズライールは半ば呆れながらも、同行していた機械仕掛けの天使の為にも、我慢してくれと初対面だと思っている自分にも謝罪している。

 もしかしなくとも、アズライールの方が良識があるのではないかと思いながら、イスラの方を見る。

 イスラは何処からともなく一冊の本のようなものを取り出し、おもむろに内容を読み始めている。


 「貴方の事は存じ上げませんでしたので、調べさせて頂きました。海棠氷空、十五歳。生まれも育ちも赫の区域のレーヴァであり、現在もレーヴァに在住している。魔術の才能はお世辞にも高くはなく、歳相応である。親族は全て亡くなっており、一人暮らし。友人は多くはなく、学校でも特に目立った様子はない」

 「……えーと。よく調べてある……ね?」


 ホロウが顔を引き攣らせながら、笑みを浮かべてイスラの報告書に対するリアクションを取ると、イスラは「やはりですか」とイスラが開いていた本をパタンと閉じる。

 表情筋が死んでいるイスラは少しだけ鼻息を荒げ、自慢げな表情をしているように見えたが、未だに意味の理解出来ていないホロウは、疑問符を頭の上に浮かべ、首を傾げる。

 理解出来て居なかったホロウを憐れんだのか、イスラがやや誇らしげに口を開く。


 「本来の貴方(ソラ)であれば、先程の情報を聞いた際に、激昂して殴りかかって来る筈です。それ程までに貴方のプライドは天狗の鼻のように高いと聞いています。そのせいで友人はおろか、知人すら居ないレベルなのですから」

 「おい、イスラ!流石に言い過ぎだ。ちったぁ言い方を考えろ」


 アズラはイスラに拳骨を頭にお見舞いする。凄まじい音が部屋に鳴り響くも、イスラは頭を擦って「どうして私が……」と唇を尖らせているだけに留まっている。

 若干不貞腐れてるイスラの頭を無理矢理下げさせ、アズラもホロウに頭を下げ。謝罪する。

 此方としては自分のことを悪く言われている訳ではない上に、恐らくは彼女の言っていることが間違っては居ないのだろうと思っているので、何とも言えない表情で愛想笑いをすることしか出来ない。


 「こいつは流石に言い過ぎたから後でオレが責任持って言い聞かせる。けど、オレも気になったんだよ。他人事であるオレですらイラッとするような物言いだったのに、激昂しやすいって他人から思われてる奴がどうしてそうも冷静になっていられる?」


 彼女達と初めて出会った【蝗害】の元アジトの時から感じていたが、絶対にアズラの方が知的だ。

 感情の有無によってマウントを取っていたディストピアでの透を思い出しながら、作り笑いを顔から剥がさないように努力を怠らない。

 しかし、アズラもイスラも恐らくではあるが、既に自分がソラではないことを見破っている。

 それでも最後の最後まで嘘を貫き通そう。ほんの一筋でも切り抜けられるのなら。


 「お前のことずっと見てたけどよ、オレらのこと知ってて怒りを抑えてるんじゃなくて、本当に怒りを覚えてないよな。なんでそこまで冷静で居られるんだ?」

 「……………」


 無理そうだ。どう答えても自分よりもソラのことを知っている彼女達を欺くことは不可能だろう。

 あまりに鋭い一言にぐぅの音も出なかったホロウは肩をガックシと落とし、息を吐く。


 「可能性として考えられるのは、中身が違うのでしょう。恐らく、私達と面識のあるどなたかと」

 「だがよぉ、双影種(ドッペル・ゲンガー)や「鏡の中の私(ミミクリー・リチュア)」が使えるような知り合い、俺等に居たか?」


 どちらも姿を変貌させる可能性のあるものだ。しかし、双影種はそもそもの数が少なく、「鏡の中の私」も制約や魔力の消費量が凄まじい為、使用者を選ぶ魔術だ。

 そのため、同じ顔の他人が居た場合、疑うのはその二つだが、残念ながらどちらでもない。

 正直、自分でも説明にも困るこの状況をどうしようか、頭を抱えている。


 「結論から言えば、居ません。ですから私は貴方が誰なのか、識りたいのです」

 「まぁ……オレも気になるけどよぉ。だからといって無理強いして吐かせるのも違うだろ?」


 本当にアズラが悪魔で、イスラが天使なのだろうか。絶対逆じゃない?とホロウは思いながら、この状況を打開する方法を模索するのを諦め、死なないためにはどうすればいいかを懸命に考える。


 (正直に言うしか無いか……)


 正直に言ってしまえば、この世界から強制的にログアウトさせられる。

 それでも、彼女の身体に無辜の傷をつけるのを避けたかったホロウは、観念して正直に話した。

 自分がこの世界の人間ではないこと、身体は借り物で、今自分達がいる場所はとある本の演劇でしか無いこと。

 何処で出会ったかは、此処ではない本当の世界で、何度か会ったことがあるという事。

 そして、本名が結代虚華だということを、噛み砕いて説明すると、アズラとイスラは互いに顔を見合わせる。

 そして、すぐに此方を向くと、神妙な表情をしている。普段であれば、“嘘”の準備をしたり、何かしらの作を弄するのだが、もう打つ手がない。

 暫しの沈黙を破ったのは、アズラだった。

 

 「だ、そうだが。辻褄はあってる。暴論にも程があるがな。どう思う?」

 「特に何も。嘘をついているようには思えませんし、恐らくは真実でしょう。事実は小説よりも奇なりとよく言ったものです」


 イスラの鋼鉄で出来た羽根がいつの間にか消えており、異常にヒールの部分が高い靴でカツンカツンと音を鳴らしながら、此方へと歩いてくる。

 ホロウの眼の前に辿り着いたイスラは、ホロウの顎を己の人差し指で持ち上げる。

 これが最近流行りの顎クイというやつだろうか。全然嬉しくない。

 断頭台に上げられた囚人のような顔をしているホロウを見たイスラは、涼しい顔で瞳を覗く。


 「貴方の言葉を信じましょう、結代虚華。貴方の話を聞く限り、残された時間はあと三日。確かに我々が行動を起こす日と奇しくも重複しております。それに、後に語られる「赫の悲劇」が起きれば、貴方はこの世界から離脱することが出来る。ならば、我々が貴方に何かをする必要もないという事です」

 「まぁ……なにかするつもりがあったとしても、その身体じゃ何も出来ないから、って諦観からくる態度だった訳だな。悪いな、虚華、お前の事疑っちまって」


 二人共納得している様子だが、納得させた側が、納得したことに納得していない。

 どうしてこんな意味の分からない話を鵜呑みにしているのだろうか。ましてや、相手方は、此方のことを知らない訳だ。精一杯説明はしたが、普通なら一笑に付して殺すのが妥当だ。

 気味の悪いものは、さっさと排除する。それに限るだろう。なのに何故殺さない?

 恐怖でも怒りでもない、未知のものに対する感情に震えながら、ホロウは二人に訊ねた。


 「どうして私の話を信じるの?こんな突拍子もない話、信じられる場所なんてあった……?」


 ホロウの言葉に、イスラとアズラは互いに顔を見合わせる。そして、アズラはははっと声を出して笑う。


 「「緋色の烏」に属していないのに、一度、敵対して死んでない。そんなお前に興味が湧いた。もしいつか、お前の言う現実で会えたなら、話くらいは聞いてやるよ。殺さずになっ」

 「まぁ、貴方の語る言葉が史実になっていればの話ですが。では、我々はこれにて」



 ________________


 突然の来客は、満足げに立ち去っていった。

 九死に一生を得た気分のホロウは、ふぅっと大きく息を吐き、ベッドに横たわる。

 なんだか、どっと疲れた気分だ。このまま眠りたい気分だが、朝から姿が見えないソラが気掛かりだ。

 少し体を休めた後に、家を飛び出す。宛もなく走り回るのは得策じゃないが、今はそれしか無い。

 彼女を見つける頃には、もう日が暮れていた。けれど、無事で良かった。

 もうまもなく、夜になる。後の時間は、ソラの話を聞くだけで終わるだろう。



 赫の悲劇まであと二日。

 




 

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