【XII】#7 忸怩たる想いに
「被妄曲馬團」のアジトと思わしき場所に、ゆかなと木槿が侵入したのを確認していたホロウ達は、自身らが侵入することが出来ないことを確認すると、早々にその場を後にしていた。
彼女達がレーヴァにある拠点に戻る頃には日が落ち、夕食時になっていた。
流石にお腹が空いたホロウは、ソラの指示の元、家の中の食材を用いて簡単なものを調理する。
メニューは赫の区域ではよくある火山の近くで飼育している赤熱鶏のスクランブルエッグと、果実と肉を炒めたフルーツ肉炒め、デザートにヨーグルトが添えられている。
普段一切料理しないせいで、大分時間が掛かってしまった。けれど、ホロウは一つ気付きを得ていた。
(ソラが出来ることはこの体を使ってる限り、かなりの補正が掛かってる筈……つまり)
ソラも料理が得意じゃない可能性が高い。現に、彼女が扱える魔術は、自身が使ったことがなくても簡単に扱うことが出来ていた。
例えばだが、ホロウの身体では閃光はどれだけ練習しても扱えなかったのだが、ソラの身体では使えたのだ。
結論から言えば、この身体で料理が出来ないのは、自分のせいではなく、ソラの身体のせいなのだ。
そういう事にしておいて欲しい。普段やってない事を土壇場で成功させるなんて無理難題でしかない。
苦笑いをしながら一人分の食事を慣れない手つきで盛り付けているのを、ソラはパタパタと表紙をはためかせながら、ホロウの肩ぐらいの高さで飛んでいる。
「なんですの。それは」
「……え?ご飯だけど……?」
ソラの声色は酷く冷たく、それでいて恐ろしさを覚えさせるものだった。
表情が見えない分、ソラの感情が分かりにくいのもあったが、それを鑑みても尚、ソラの声色は怒っているように聞こえた。
一発や二発ほど頭にどぎついのが飛んでくるとは思っていたのだが、実際にはその場でパタパタと浮遊しているに留まっている。
その挙動に、違和感を覚えたホロウは、ソラを疑惑の目で見る。
「えーと……、もしかして私、なにかおかしい事、したかな?」
「……いえ。何でもありませんわ。さっさとそれを食べちゃいなさいな。話はそれからですわ」
彼女の態度が急変したことに、一抹の不安を覚えども、当の本人が何も口にしないのなら、ホロウに情報を得る術はない。
けれど、ホロウは過去にこういった小さな違和感が最終的に、大きな綻びへと転じることを学んでいた。
今でこそ、空想の物語へと身体を寄せているだけだが、信頼できる仲間が居ない今、此処が一歩踏み出すべき時なのかも知れない。
いつものホロウであれば、そっか、と作り笑いを見せながら話を進める所だが、真剣そうな眼差しで、ソラの方を向く。
「なんですの?貴方が作ったんでしょう?冷める前に召し上がったら如何ですの?」
「うん。食べるけどさ。ソラ、私に何か隠し事、してるよね?」
「してませんわ。隠すことなんて何一つありませんもの」
「そうだね、隠し事というよりかは、何かが引っ掛かってる……そんな感じ、だよね」
ホロウの言葉に刹那、態度を変えたが、すぐにもとに戻ったソラは、いつものようにホロウの頭を表紙で叩く。
一度や二度程度なら問題ないのだが、何度も殴られていると、記憶が飛びそうになる。
是非とも辞めて頂きたいが、これが彼女なりのコミュニケーションツールなら致し方なしだ。
「痛い痛い、そろそろ辞めて。一応この身体はソラのなんだからさ」
「一応ってなんですの、正真正銘、その身体は私様のものですわよ」
すっかりいつものやり取りに戻ったのを確認すると、ホロウはそっと胸を撫で下ろす。
ようやくこれで、情報を引き出せるだろうか。恐らくだが、彼女が引っ掛かっている部分が、この世界の根幹を揺るがすような部分であることは可能性として非常に高いと思われる。
お世辞にも美味しいとは言えない料理を頬張っていると、やがて、ポツポツとソラは自分の言葉で、語り始めた。
「最初に疑問を覚えたのは、貴方が自分の身体を持っていなかったことですわ」
「……そこから怪しいって思われてたんだ」
少し寂しげな声でそう言うと、ソラはホロウの頭をバシバシと叩く。
表情や態度による感情表現が出来ないからと、自分の頭を事あるごとに殴っていれば、よく居る暴力系ヒロインとやっていることが一緒だよなぁなんて、思いながら甘んじてその重めの攻撃を耐え忍ぶ。
「言っておきますけど、貴方の事は大凡の検討が付いていますの。貴方がどうこうというよりも、私様の把握できてない事案が今回の物語では多過ぎるんですの」
「そう……なんだだろうね」
あら、心当たりがあったんですのね。とあっけらかんとした声色でソラはサラッと言いのける。
顔からの情報が得られないとこんなにもやりにくいのかと、虚妄の仮面を被っていないホロウは苦笑いのまま、ソラの話に耳を傾け続ける。
「有り体に言ってしまえば、戎矢ゆかなや想坂木槿の所属していた「被妄曲馬團」の事は一切何も識りませんわ。そもそも先程の二人は、この物語においては殆ど干渉も鑑賞もされてこなかった存在……。言ってしまえば、私様も把握できていない場面であり、演者ですわ」
やがて浮遊することに疲れてきたのか、ソラはテーブルに己の身を預け、ふぅと小さく息を吐く。
普段から、そこまで饒舌に喋る方でもないのだろう。ホロウは急かすことなく、黙って首を縦に振る。
「じゃあソラの知るこの物語の結末ってどういうったものなの?」
「あら、それは貴方が一番知っているのでは?緋浦一家の惨殺による終幕ですわ」
「主犯は?」
「表向きは黒咲臨……という当時、十二歳の子どもが殺したことになってますわね」
なるほど、これでようやく合点がいった。『“彼女はこの物語で騙る真実を知っている”』
以前からどうにも各区域ごとで聞いていた話が、絶妙に噛み合わないなとホロウは感じていた。
虚華──ホロウが初めて訪れた白の区域では様々な場所で赫の悲劇をこう説明されていた。
──黒咲臨が緋浦雪奈を含めた一家惨殺をした事がきっかけで、赫の区域は瓦解した。それら一連の出来事を統括して『赫の悲劇』と呼んでいる……と。
そのせいかは知らないが、恐らく臨が本拠地にしているであろう黑の区域まで敵視しているものが多数いた。
他にも、非人排他主義が蔓延っており、非人種が立ち入ることが出来なかったこともあって、話が随分と婉曲して伝わっていたのだろう。
『人間種でないもの、生命で非ず』なんて言葉すら、区域教に制定されていた月魄教では囁かれていたのだ。
あぁなってしまうのも無理はないと、ホロウは思っているが、他区域の人間からすれば、そんな事はお構いなしだ。
おかしくなってしまった区域民達は、蝗害の前リーダーである宵紫蜜柑の指示の元、幹部である玄緋疚罪と綿罪の手によって、あっけなく崩落してしまった。
月魄教も、半魔導団体も等しく滅ぼされ、あの日のジアは赤黎い炎で燃やし尽くされていた。
(でもそれだけじゃない。一番重要な人物はきっと彼だ)
一人だけ、白の区域にも様子のおかしい人物が居た。それがかつての白の区域の裏を牛耳っていた大規模盗賊レギオン『終わらない英雄譚』のリーダー『背反』と呼ばれた男だ。
人間種であり、白の区域に根ざしている人物の中で唯一、黒咲臨に嫌悪感を覚えていないのは彼だけだった。
むしろ、『背反』は臨を積極的に『終わらない英雄譚』へと加入するように促し、幾度とも断られながらも、めげずにスカウトしていた。
最終的には痺れを切らしたのか、強硬手段を取ってしまったが為に、討たれてしまったが。
それでも彼を倒す直前も、何かしらの手によってかなり弱体化されており、既に満身創痍だった。
今思えば、誰があんな事をしたのだろう。不気味な彫刻や調度品に変えられた女達も、結局は治らず仕舞いで今もどこかに保管されているとかいないとか。
彼のようなイレギュラーは居れど、基本的には白の区域の人間は、臨を嫌悪し、死んだ雪奈を悼んでいる物が多かった印象が深かった。
しかし、蒼の区域で話がガラッと変わっていたのだ。
──「緋色の烏」の手によって赫の区域の人間種が鏖にされ、最後の最後まで緋浦一家は勇敢に戦ったが、機械仕掛けの天使や、白髪の悪鬼の手によって陥落。その後、赫の区域は悉くを打ち壊され、最後は誰も居なくなった。
と言われていた。距離や区域、思想や概念が違えば、多少は変わると思っていたが、蒼の区域──ブラゥで暫く過ごしていた時聞いた話があまりに違いすぎて、驚いたものだ。
こちらの話は当の本人でもある機械仕掛けの天使と白髪の悪鬼と直接話をした為、信憑性は非常に高いと言える。
だが、そうなると黒咲臨は一体何だったんだという話になる。今まではずっと何かしらの悪意によって臨が話に組み込まれただけだと思っていた。
しかし、今回の物語の重要人物に黒咲臨という名前が含まれている。
(だから私の頭の中はパニックになってるって訳ね。やっと理解出来た)
今の今までこの物語が真実だと思っていた。この中には隠された何かを得ることが出来ると。
だが、それが真実かどうかを見極める必要が出てきた。それに、彼女もそうだ。
本になっている事自体がイレギュラーだというが、他にも今回は異常な事態が多いというが、彼女の言葉をどこまで信じるべきなのか。
幸いなことに、残り三日という時間は残されている。ソラ曰く、明日から黒咲臨がレーヴァにて目撃されるらしい。
普通の人は、今日昨日を雪奈を含めた緋浦一家の観察に使い、明日明後日で臨の動向を探り、最終日に結末を知る、という流れがお決まりだったらしい。
(なら私は極力、臨の動向を探らないようにしないとね)
今まで散々見てきたソラの話だけで十分だ。幸い、想像力は豊かな方だから、一回話を聞けばある程度の物事は理解できる。
微妙な味のスクランブルエッグを胃に流し込み、ホロウはベッドへと潜り、天井を眺める。
どうやら、今回の出来事はこの世界における重要な一部分を垣間見ることが出来そうだ。
一秒たりとも無駄にできないと思ったホロウは早々に、自身の意識を飛ばすことに成功した。
赫の悲劇まであと三日。




