【XII】#6 焦土に降り注ぐ矛盾点
「被妄曲馬團」と呼ばれる組織に顔を出そうとするゆかなと木槿が食事を終え、どこかへ向かおうとする中、氷空の身体を借りているホロウは、史実の確認をしていた。
現在の時刻は昼前の十一時頃。もうまもなく頭上に恒星が昇り、日が照る時間だ。
彼女らが部屋の中でどんな話をしていたのかも、簡易魔術紙によって、大まかに把握はしていたのだが、怪しい話は一切していなかった。
勿論、内部を全て把握出来ている訳ではない。手話や、言葉を用いない手段での情報伝達に対しての対策は講じれていない。
魔力にも、資源にも制限のある今、最低限の情報収集が精一杯なのだ。
それに、規則も沢山ある。それらを破ってしまえば、即座にこの夢物語から追い出される。
思ったより情報が得られなくて、落胆していたホロウは、小さく息を吐く。
「うーん。流石に内部の情報までは確認できないか……ま、仕方ない」
「当たり前ですわ……流石に遠視や透視なんて物は対策されているでしょうし」
「いや、多分看破とかも重ねて使えば見れるとは思うんだけど、あんまり博打したくないんだよね」
「悪かったですわね〜!私様の魔力量が多くなくて!」
しっ!声が大きい!とホロウはソラを無理やりカバンに押し込むと、口元に人差し指を添える。
本相手に何やってんだろ、と若干の疑問を抱きながら、喧しい本に静かにしてと、お願いをする。
ちなみに言うと、ソラの魔力量は少なくない。というのも常人と比較すると、ソラはかなり魔力量が多い部類に入っている。
ただ、中に居るホロウが規格外過ぎるのだ。ホロウも魔力の最大量は多くはない。むしろ、ソラより少ないくらいなのだ。
しかし、彼女には魔力を補填する手段が非常に多く持っている。“嘘”を用いて他者から奪ったり、使用するにあたっての魔力量を偽装することだってザラにある。
彼女は何一つとして持っていないにも関わらず、たった一つの才能を最大限利用している。
現実を局所的に、部分的に歪めることが出来るホロウにしか使えない異能──“嘘”
その“嘘”が使えない今、今まで培ってきた全てを用いてこの状況を切り抜けなければならない。
ソラに確認した所、武器などの扱いも素人同然のお嬢様であり、身のこなしもホロウとほぼ同じ。
対して相手のゆかなは数年後には七罪源に参加している程の魔術師、木槿は得体が知れないが、身体の動かし方から察するに、名うての探索者であってもおかしくはない。
(情報が足りなすぎる。私自身もアティスの事を殆ど知らない事が裏目に出ちゃってる)
そういう情報収集は基本的に依音──イズに任せっきりだったのだ。
アティスの話を今日聞こうと思っていたのだが、どうやら一歩遅かったらしい。
済んだことはしょうがない。今は前だけを向いていよう。時間制限のせいで多くは動けない。
惨劇が起こるまで残る時間は3日と半分。今日の雪奈と臨の動きはある程度把握している。
どちらも、大きな出来事は起こしていない。のほほんと茶会をして過ごしている雪奈は、アティスが居ないことでへそを曲げ、臨は臨でまだ赫入りしていないせいで、詳しい情報までは把握していないといった形になる。
つまり、今日一日は木槿とゆかなの情報を掴むことに注力できるのだ。
「しっかし、よく食べるなぁ。あの想坂って人」
「……そうですわね」
少し沈んだ声色のソラに、ホロウは本の角あたりを擦ると、ソラは身震いをしながら、声を荒げる。
心做しか、ソラのコロコロ変わる感情の起伏の激しさを見ていると、「エラー」を思い出す。
「どうかした?何か気になることでもあるの?」
「いえ……なんて言いますか、私様はこの世界のガイド役を今まで勤めていましたけど、此処までお力になれないと申し訳無さを覚えますのよ」
明らかに気分を落としているソラの姿を見たホロウは、徐ろに空を眺める。
昼頃というのもあるが、天気が良く、雲一つない空は随分と澄んでいた。空気も清々しく、周囲のあちこちから地熱や火山による熱気が沸き立っている時もあるが、そういったモノがない今々は涼しいものだ。
白とも蒼とも違う気候や環境に、新鮮さを覚えながら、昨日一日は情報収集をしつつ、赫を満喫していた。
そんな中で、ソラのナビゲートに助けられることが非常に多かった。
彼女が居なければ、調べなければならないことが数倍に膨れ上がる可能性すらあったのだ。
ホロウはソラを胸に抱き、そっと表紙を撫でる。
「ソラのガイドが、知識が、私の力になってるんだよ。だからそんな事言わないで」
「ふ、ふんっ。そんな事、貴方に言われなくても分かってるんですのよ!!」
目に見えて分かりやすく機嫌を直すソラにかつての仲間の影を重ねながら、ホロウは苦笑する。
ホロウ達が和気藹々としていると、ゆかな達に動きがあった。
どうやら、彼女達は「被妄曲馬團」のアジトに入ったらしい。侵入の瞬間こそ、視認はしていないが、映像上での記録はバッチリ残してある。
「さて、どんな記録が……なっ」
「私様の目には一瞬で消えたように見えましたけど、まさか……本当に?」
記録には残していた……その筈だったのだが。
結論から言えば、彼女達は消えていた。扉ではない所から、何処かへと。
周囲の警戒を簡易魔術紙で確認した後に、ホロウはゆかな達が消え去った箇所へと向かうも、めぼしい情報は一切得られない。
恐らく、何かしらの魔道具などを用いることで侵入が可能になるタイプの転移魔導陣を使っている可能性が高いが、それを看破するだけの道具も魔術も持ち合わせていない。詰みだ。
ホロウは何も言わず、ソラをカバンに仕舞うと、その場を後にする。悔しげな声色でホロウは言った。
「想定外だった。そこまでの対策をされていたのなら、私達に打つ手はない」
「で、でもっ。時間を掛ければ何か入る手段が見つかるかも知れませんわよ……?」
「確かにこの場を詳しく分析して、然るべき道具さえあれば多分入れる。けど……」
「私様達に残された時間は多くはない……仰る通りですわね……。戻りましょうか」
時刻はもうまもなく、三時に差し掛かる頃合いである。
これ以上、見つからないアジトへの入口を探してもしょうがない。
ホロウは、何も言わずに握り拳を自身の太腿に強く打ち付ける。
ひ弱な身体に赤い痣が残るが、ソラは何も言わずに己の身体に傷付くのをただ見守っていた。
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「で〜?随分と手酷い追い払い方、したんじゃない〜?」
「あの御嬢さんも、流石に転移魔導陣に割り込むための道具は持っていなかったらしい」
ゆかなは眼鏡のブリッヂを撫で、少し得意げに木槿に話す。
朝から尾行していたお嬢様──海棠氷空がどれほどの準備をしているのかを探るために、いくつか罠を仕掛けていたのだが、最後の一つ以外はあっさりと解除されてしまっていた。どれも、罠師として嗜好を凝らした物ばかりだったのにも関わらずだ。
「え、じゃあ、もし持ってたら此処まで入ってこれたん?マジ?あの子可愛いだけじゃないんだ」
「あぁ。見た目と経歴とは裏腹に、中々鋭い観察眼もお持ちのようだ。仲間に欲しいくらいだね」
彼女の行動には最適解を導くまでの遅延時間が一切なかった。どれもこれも、一度経験したのかと疑う程の速度で解除していき、最後の最後まで喰らいついていた。
彼女が最後で諦めた理由も、答えは解っていつつも、非常に稀少で数が出回ることのない魔道具や簡易魔術紙を所持しておらず、侵入が出来ないことを把握できていたからだった。
その事実がどうにもゆかなには引っ掛かっていた。氷空との面識は殆どなかったが、仮にかつての彼女がそこまでの知略を持っていたのなら、ゆかなの脳内データベースに記録されていた筈だ。
それがないという事は可能性としては三つある。
・何者かが同行して入れ知恵をしていた。
・海棠氷空に扮した何者かであり、あの人物は偽物であること。
・海棠氷空が実力者であることを隠していた。
可能性としてはどれもあれど、決定打になる根拠もない。
あくまで思考の片隅で、彼女のことは念頭に置いておこう。もしかすれば、計画に何か支障をきたす可能性がある。
ただ、今は放っておこう。もう此処に入れる事は叶わないのだから。
「お待ちしておりました。「被妄曲馬團」の戎矢様、想坂様」
「此処、あてぃしらのアジトなんだけどさぁ。なんでお前ら入ってきてんの?」
見知らぬ侵入者に警戒心を最大限まで引き上げている木槿に、眼の前の侵入者は優雅にお辞儀をする。
「初めまして私はヴィワーレ・フィ・フォン・イスラフィール。長いのでイスラとお呼び下さい」
黒髪の乙女には黒い機械製の羽根が背中に生えていた。それに、彼女の名前には聞き覚えがある。
こいつらは赫の区域から人間種を排斥することを目的としている「緋色の烏」の一員だった筈。
一体「被妄曲馬團」に何の用だろうか。最悪の場合、この場で殺し合いをしなければならない。
懐にある生物兵器の安全装置を撫でながら、ゆかなはギロリとイスラを睨みつける。
「一体何用かな。我々は貴公らと違って、この区域に恐怖を撒き散らすつもりはないのだが」
「我々も我々の主張さえ通れば、無駄な血を流すつもりはありません」
まぁ、血などこの身体では流れないのですが、と本気で言ってるのか判断のつかない事を、機械仕掛けの天使は宣っている。
どうやら一難去ってまた一難、という言葉が似合う状況下らしい。
地の利は相殺され、相手は人の身を捨てている化け物だ。こいつ単身ならまだ勝ち目はあるが、恐らくは相棒とも呼べる白髪の悪鬼が居るはずだ。そいつが現れてしまえば、敗色濃厚だ。
姿が現れるまでは死角からの奇襲を警戒しつつ、イスラから情報を引き出さんと、ゆかなは眼鏡のブリッヂを撫でるように触れた。




