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【XII】#5 無意識に苛まれる災禍に


 日が昇り、また朝が来たことに気づいたソラ──ホロウはふかふかのベッドから身体を無理矢理追い出す。

 未だにこの身体は完全に疲労が取れておらず、体の怠さを覚えているが、二度寝するという時間の余裕のないホロウは、さっさと寝間着から普段着に着替える。

 本も眠ることがあるのかは分からないが、ホロウが着替え終え、簡単な朝食を食べている途中で、机の上においてあったソラ──一冊の本がパタパタと表紙を動かしながら、欠伸のような声を出す。


 「ふぁあ……随分と朝がお早いのですわね」

 「おはよう、ソラ。そうかな?言ってももう七時くらいだけど」


 ホロウがベッドで眠りについたのが十一時頃だったから、大体七時間前後は寝ていた計算になるが、それでもソラは足りていないらしい。

 声色が未だに寝惚けているソラは、先程までパタパタとさせていた表紙の動きを止めて、また寝息を立ててしまった。

 本の身体でも睡眠が必要なのか、寝ないとどうなるのか等、気になることは沢山あるが、今は考えないようにしておこう。


 地熱を利用して作られている温泉卵に、簡単なトーストをぺろりと平らげて、レーヴァ原産の香り高い紅茶をぐいっと飲み干すと、レーヴァの地図を机の上で広げる。


 「此処から緋浦家までは大体十五分かそこらか……やっぱり海棠家もそれなりに……」


 ソラが寝息を立てている間に、ホロウは少しだけ部屋の中を物色する。

 年頃の女の子が好むようなものが沢山置かれており、化粧品や、当時流行っていた嗜好品があちこちに置かれている。

 口調だけでも分かるのだが、この屋敷と呼べる家はかなり家柄の観点から言っても大きい。

 帰った後で「海棠家」についても調べてみようか。よくよく考えれば、ここまで大きい家ならば関係者の一人くらいは生き残っている可能性がある。

 公式では全滅という記載がされていたが、もし本当に全滅していたのなら、情報が一切流れていない筈。

 殺戮した側が生きているのだから、幾らでも情報が流れていてもおかしくないことに気づいていないホロウは、真剣に部屋の中をうろちょろと見回っている。

 どちらにせよ、今では失われた光景であることは間違いない。

 今のうちに目に焼き付けておこうと、引き出しの中まで見ると、そこには見慣れぬものがあった。

 訝しげな表情で、ホロウはその物体を手に取る。形で言えば、刃のない剣の柄……だろうか。

 かなり古ぼけてはいるが、それなりに使われた形跡がある。それに、妙に温かみを感じる。

 どうしてそんな物が、貴族と呼べるまでに栄えた家の引き出しに入っているのか。

 謎は深まるばかりだが、もうまもなく、ソラが目覚めるだろう。剣の柄を元あった場所に戻し、ホロウは外出の準備を整え、本を鞄に押し込む。

 

 「後四日か……。今日はアティス……戎矢ゆかなについて調べようかな」

 「ちょ、ちょっと待ちなさいな。貴方、赫の悲劇に興味があって、この物語に手をだしたのではありませんの?」


 ホロウが改めてアティス(ゆかな)の所在地をソラに聞くと、戸惑い半分苛立ち半分といった声色で、ソラがホロウの頭を身体で結構強めに殴ってくる。

 それなりに分厚い本で殴られているせいで、痛みを普段以上に感じる。

 有り体に言えば痛い。というか何故自分の身体をそんな雑に殴れるのか理解に苦しむ。

 

 「ちょ、ちょっと待って痛いってば。辞めて、頭が無くなるから」

 「無くなるわけねーですわ!でも本当に無くなるなら……一考の余地がありますわね……」


 ホロウの放った冗談を真に受けたのか、一度は止めた攻撃を再開される。まずい。

 このままだと頭こそ無くならないものの、首は無くなってしまう。


 「辞めて、本当に。私が悪かったから……。で、なんだっけ。赫の悲劇に興味がないのかって?」

 「そうですわ。他の参列者は皆、緋浦雪奈や、黒咲臨の所在地を聞いていることが殆どでしたわ。それが貴方はなんですの。戎矢ゆかなや、ゆかなの知り合いに随分とフォーカスを当てているじゃありませんの。別に()()()()()()()()()()()()()()()()()んですのよ?」


 ホロウとソラが緋浦家の近くで話していると、話題に上げていたゆかなが、見知らぬ人を連れて往来を歩いている。

 年齢で言えば、ゆかなとそこまで変わらない様に見える。格好も赫の民が着ているような、暑さに強い涼し気な服装だ。強いて言うなら、肌の露出が多い割には、肌が白いことが気にはなるくらいだ。


 「ちょっと待って。あの人は誰?ゆかなの隣の人、初めて見たけど。ソラ、分かる?」

 「ちょ、ちょっと待ちなさい……えーと。あぁ、彼女は想坂木槿(おもいざかむくげ)ですわ。現在で十八歳ですから、現在は二十三歳位ですわね。事件の当事者ではありませんが……どうやら彼女も数少ない生き残り……?でも人間種は全滅した筈……。あれ?じゃあ戎矢ゆかなもどうして生存を……」


 想坂木槿……。桃色に近い髪色で、タレ目でおっとりとした表情に、恵まれた容姿の彼女は、民衆の視線を恣にしている。

 現に、周囲の男がすれ違う度に振り返っているではないか。……別に羨ましくはないけど。

 ブツブツと独り言を呟いているソラを放置しながら、ゆかなと木槿を注視する。

 最初は「カサンドラ」なのかとも思ったが、どうにも違うように見える。そもそも、「カサンドラ」は随分前に人の身を捨てたと聞いている。五年前に捨てたとはとても思えない。


 「ま、流石に髪色と身体つきが似てるだけの他人かな。でも覚えておこっと」

 「だから、あんなモブを覚えていても意味無いんですのよ!どうして貴方はそこまで緋浦雪奈に興味がないんですの!?」


 パタパタと空を漂いながら、こちらを非難するソラをホロウは涼しい顔で見る。

 ホロウを見たソラが却って動揺するほどに、ホロウの瞳には迷いというものがない。

 

 「別に無い訳じゃない。……多分、他の参加者が彼女達の話は、何かしらの手段で世間に広まってると思うの。でも裏を返せば、ソラが非重要人物だと思ってる人を観察することで何か、新しい情報が得られるかも知れない。そうは思わない?」

 「そうですわね。確かに私様も、この五日間の全てを把握している訳ではありませんが……それでも見飽いたこの五日を新鮮な物に出来るのなら、しょうがありませんわね」


 ホロウの差し出した手に、ソラは静かに降り立つ。

 先程まではふよふよと浮かぶわ、ぼたぼたと水を生み出したりするわ、挙句の果てには夜道で光りだしたりしていたので、非常に悪目立ちしていたのだが、これで漸く真の意味で協力者になってくれそうだ。

 先程までの痛烈な視線が、少しずつ収まってくれることを祈りたい。

 ゆかなや木槿、臨や雪奈に隣に本を侍らせていたお嬢様ですよね、なんて言われた日には窓ガラスから飛び出してやろうかな、なんて思っている程だ。

 水に濡らした簡易魔術紙よりも弱いメンタルを自負しているホロウは、内心ソラと喧嘩別れや反抗されたらどうしようかで頭を悩ませていたのだが、どうやら杞憂で終わったらしい。


 「じゃあ行こっか。想坂とゆかなはこれから何処に行くの?」

 「調べてみますわ。……へぇ?彼女達これから「被想曲馬團(パラノイド・サーカス)」のアジトに向かうみたいですわね。貴方、「隠密(ハイド)」の技術(スキル)か、魔術(スペル)簡易魔術紙(スクロール)はお持ちですこと?」


 ホロウは「勿論」と誇らしげな表情で首を縦に振る。


 「魔導具店で色々買ったからね、ちょっとぐらいなら危ないところ行っても大丈夫」

 「いや、身体自体は私様のものですからね?そんな危ない場所には……行かないですわよね?」

 


__________



 「それで?私に何の用だね。想坂殿」

 「なんか用が無いと、声かけちゃ駄目なの?」


 「……いや。そういう訳ではないのだが。貴方も気づいているだろう?」

 「ん?あ〜、尾行?もち、気づいてるよっ。でも別によくない?えーと、なんて子だっけ……、あ、海棠氷空?パット見、ただの可愛いお嬢さんだけど、なんか気になるんだよねぇ」


 最近の若者が話すような言葉遣いが、妙に癇に障るのだが、眼の前の彼女に危害を加えるわけにもいかない。

 ゆかなは、眼鏡のブリッヂを触ると目の前の女性──想坂木槿を見る。

 華美な格好をしているが、その実、無駄が一切無い衣服や得物を携えている彼女は、どうにも矛盾点が多過ぎる。

 彼女との付き合いは短くはない。そろそろ五年ほどにはなる。そんな彼女が自分の元へと訪れる際は、大体碌な事がない。

 木槿が悪い訳ではないのだが、それが却ってたちが悪いのだ。


 「撒くか?目障りだろう?別に知られてマズい場所に行く訳じゃないが」

 「いや、一旦泳がせトコ。あてぃし、注目されるのは嫌いじゃないし〜?てか腹減った〜」


 腹の音が耳障りだと言わざるを得ない程に鳴り響いている木槿は、お腹を擦りながら、にへらと笑う。

 こうなった木槿は、何処かに連れて行かないと、厄介なことになる。

 ゆかなは大きく息を吐くと、最近行きつけの店へと案内する。

 今日は一日、厄介者を複数人連れて行動をしなければならないらしい。

 なんだか嫌な予感がしながらも、眼の前の来賓を持て成すべく、行動を開始する。 



 

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