【Ex】#9 彩られた玖頁目
中堅探索者トライブ──「喪失」の面々は各地に散らばっていたが、今回の騒動を受けて、再度ジアの探索者ギルド「薄氷」に集っていた。
時間帯で言えば、葵琴理の騒動が終わってから約一週間程経った頃合いだ。
「終わらない英雄譚」が残した爪痕も大方治りきっており、ジアの街はかなり賑わいを取り戻している。
すぐ近くにあった宿屋も当初は、優先順位が低いということで随分と酷い復興具合だったのだが、ついこの間修復が完了したようで、宿泊客も元に戻りつつあった。
街の活気と同様に、ギルド内も賑わいを取り戻している。事件当時は依頼どころではなかったのだが、最近は小さな困り事なども安価で答えてくれたりと、何かと便利に町の住民達が利用しているので、本当の意味で復興は完了したのではないかと、思われている。
──そんな中、一席のテーブル周辺だけに随分と淀んだ空気が漂っていた。
「喪失」の現リーダー、ブルーム・ノワール、ブルームと一緒に蒼から帰還した緋浦雪奈、例の事件の唯一の生き残り出灰依音、白でお留守番をしていた白月楓、同じくお留守番をしていた「エラー」の計五名。
今回はそれに加えて、中央管理局の職員であるイドルにスメラも同席していた。
そのせいか、最初から最後まで険悪な空気がたっぷりになっており、周辺の机からも人が逃げていく始末だ。
「全員揃ったようだから、久方ぶりの定例会議を始めようか。話したいこと、聞きたいことが山程あるだろうからね」
「へ〜そんな感じで仕切ってんだ。ボクが居た時は基本ホロウちゃんがやってたから、ブルームくんがやってんの、ちょっと面白いね」
イドルがケラケラと笑いながら、ブルームの仕切りを誂うが、ブルームは気にすることなく、話を進める。
今回の定例会議は間違いなく荒れる。この場に居ない人間が余りにも多過ぎるのだ。
既に二つ隣りに座っている「エラー」の顔からは、不安と不満が溢れきっている。
いつ爆発してもおかしくはない。この爆弾を起爆しないようにだけしていれば良いわけでもないのが、今回の定例会議の難しい所だ。
既に胃を痛めながら、ブルームは会議の席についた面々の面持ちを確認する。
(やはり、大分沈んでいる者が多いみたいだ。特に白月と出灰……)
「まずは今回の騒動、葵琴理拉致の事件は終息した。拉致被害者であった出灰が無事戻ってきてくれたことに、感謝し……」
「待ってください。拉致被害者はもう一人居ますよね?葵さんは?どうされたのですか?」
ブルームの言葉を遮って、「エラー」はブルームに食って掛かる。椅子から立ち上がり、ブルームに強い視線を向け、説明を求めてくるが、ブルームは敢えて何も答えない。
次第に、我慢が効かなくなってきたのか、「エラー」は顔を赤くしてブルームの胸ぐらをつかむ。
他の客もこちらを見るものは居ない。こういったやり取りが一般化しているのだ。
「どうして何も答えないのですか?」
「私が答える予定だったのよ。結白さん。だから落ち着きなさい」
怒り心頭の「エラー」の肩を叩き、依音は静かな表情で「エラー」を席に促す。
未だに納得行ってないような反応を示すが、話が進まないことを悟ると、渋々席に座る。
「改めまして、事件の内容を簡潔に話すわ。まず、琴理は殺されたわ」
「…………!!誰にですか……?誰が……」
もう既に、眼の前の彼女から黒いオーラが発されている。こんな状況で非人が殺したなどと言えば、彼女はまた非人嫌いが進むだろう。
他の面々は黙って聞いているが、スメラと呼ばれていたイドルの同僚だけはつまらなさそうに、二人のやり取りを見守っている。
食って掛かろうとしている「エラー」を、ブルームがなんとか抑え、皆が依音の言葉の続きを待つ。
悔しそうに、唇を噛み締め、体を震わせていると、イドルがそっと後ろから依音を抱きしめる。
その行動がトリガーになったのか、依音はポロポロと大粒の涙を流し、嗚咽混じりの声を上げる。
「ごめんなさい、取り乱して。犯人は「七つの罪源」No.Ⅱ「禁忌」だった……でも」
依音は分かっていたのだろう。
あの状況下で、身体に一切の傷をつけずに殺して連れ去った、という行いに多少なり救いがあることを。
中央管理局の面々も、その他の陣営も彼女を生かしていくことは出来ない。その判断の元、「七つの罪源」が琴理を連れ去った事を黙認している。
腕を切り落とせば命までは奪わなくても良かったのかも知れないが、両腕を完全に斬り落としたとしても、今度は足で得物を作るのでは?という可能性を消しきれなかった。
それ程までに彼女の武具作成への意欲は非常に強かった。そのせいでこの世に出してはいけない類の武器を生み出してしまったのだから、誰も責めることが出来ない。
その後、しのが変貌した化物が現れ、そちらも「七つの罪源」や他の面々と協力して討伐することに成功。
被害者は紫野裂しのと、葵琴理の二名。首謀者の鎹里乃は「七つの罪源」とともに失踪したが、他には犠牲者は出ず、かなり大規模な作戦ではあったが、被害はかなり少なかったと言える。
これが葵琴理拉致事件の全容だ。本当ならば、遺体を丁寧に弔いたかったのだが、遺体は回収されてしまっている。
そういった類の話を、依音が鼻声混じりに話していると、他の面々は納得の意を示す。
たった一人を除いて、ではあったのだが。
「納得いきません!!」
「……どの部分がかな。ボクは非常に分かりやすい説明をしてくれたと思うんだけど」
ブルームが少し声を低くし、群青色のドレスのレース部分を弄りながら「エラー」に尋ねる。
この爆弾魔が暴れるのを避けたいのだが、恐らくこのガチガチの思考をほぐすのは無理なんだろうなぁと思いながら、話を続ける。
いかにも一触触発な雰囲気になりながら、「エラー」は一気に捲し立てるように言葉を羅列する。
「どうして葵さんが死ぬ必要があったんですか!?」
「キミがかつて使っていた罰槍ジェルダや、鎹に奪われた自立思考型武装のような普通の武器とは一線を画している武器を、素材されあれば作れてしまうこと自体が良くなかったんだ」
ブルームが簡単に、それでいて「エラー」にも分かるように話すも、殺した犯人が「禁忌」だということもあって、まともに話を聞いてくれそうにない。
非人が絡むと一気に人らしさを失ってしまうことがかねてよりの欠点ではあったが、いい加減何とかならないものだろうか、とブルームは苦悩している。
「そんな……生み出された武器にも、作った鍛造者にも罪はないでしょう!?」
「それを決めるのは、キミじゃない。世界が咎だと決めたから、彼女は処刑された」
どうして同じ顔をしているのに、ホロウとは此処までかけ離れているのだろうか、と何度考えたことか。
雪華でも手酷い仕打ちを受けたブルームは、もはや慣れたので良いのだが、その流れを他の面々にまで広げてしまうと、本当の意味で「喪失」の名を汚すことになるので辞めて頂きたい。
「そんな狼藉、とても許せません!誰が決めたのです!?」
「別に狼藉じゃないし、妥当だと、ボクは思うけどな〜?だって、罰槍使ってたキミなら分かるだろう?」
ブルームの助け舟として、イドルが口を挟んでくれている。こういう場合に中央管理局の職員としての立場があると、ブルームの説明にも箔が付く。
「分かりません!あんなに素晴らしい武器を拵えられるのなら、良いことじゃないですか!!」
「本気で言ってるっぽいけど。イドル、この子、ヰデルの副作用で頭イッてんじゃない?」
スメラが呆れ半分で、「エラー」の事を半眼で見ているが、「エラー」が外野の言葉になど耳を貸さずに、持論をずっと振りかざしている。
今回の琴理拉致事件では、蒼の区域に「エラー」を連れて行くわけにはいかない理由はこれもある。ただでさえ、人間以外を極端に見下し、殺そうとするせいで白以外にとても連れ出せないので、楓に留守番を任せたのだが、それも良くなかったらしい。
こんな事を言うのは何なのだが、本当に扱いに困っている。ひょんな事から、トライブを脱退しては貰えないだろうか、などと考えながら、激昂している「エラー」の顔を見る。
(うん、マジギレしてる。自分の感情を抑える術を知らないのか?)
どれだけ理屈や理由を説明しても、彼女の理解は得られない。
そんな異常な人間を相手にしていては、人の言葉を理解できない人間よりも、人の言葉を理解できる亜人や他種族のほうがよっぽど相手をしていて気持ちいいのだ。
スメラの言うようにヰデルの副作用でこうなっていたのなら、どれほど良かったか。
話の聞かない狂人の相手をずっとしていては、こちらまで気が狂いそうになる。
「武器だってそうです!正しい用途で使えば良いんです。作られた武器に罪はありません」
「意志がないものを罪には問えないかもだけど、副作用で自我を暴走させて更なる殺戮が起きる武器なんて、存在させちゃ駄目でしょ。アンタ、記憶無いの?そこの黒髪の女……男の子殺しかけたんでしょ?」
スメラが正論で「エラー」を抑え込むと、何も言えずに黙り込む。
ただ、腕や肩が怒りで震えているのを見ると、なんにも心に響いていないんだなと、ブルームは心の奥底で冷えた何かを抱えながら、やり取りを見守ろうとしたが、流石にこれ以上爆弾を刺激しても不味いので、ブルームは手をパンパンと二度叩いて視線をこちらに向ける。
「ひとまずは、報告は終わり。ボク達はジアの復興に向けて各々が動いていく必要がある。其の為に、色々動く必要があるだろうから、これからも手を貸してくれると嬉しい。あ、そうだ。今回特別に参加してくれたフィルレイスさんと、イジェルクトさんから簡単にお話があるので聞いて貰えると」
「本当に簡潔に言うけど、暫くの間は白にいるから、もし何か困った時は手を貸すよ〜。以上!」
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そうして、何とか今回の定例会議も無事に終えて、ブルームは自室で息を吐く。
このまま、これを続けていても自分はずっと白から動くことが出来ない。
ホロウ──虚は、話によれば赫に向かうらしい。赫の区域は侵入が困難なこともあり、蒼の区域から約三週間は掛かるとの事だ。
仲間を探す旅を着実に続けている彼女と比較して、自分は一体何をしているのだろうか。
別の世界とは言え、仲間を失い続け、焦燥感に駆られる毎日。
この無力感が、虚がかつて抱いていた感情だったのだろう。
恐らく、もうまもなく選択を迫られる。このままではいけないことは十二分に理解している。
「ボクも形振り構ってられる暇はないのかも知れない。ボクもなさねばならないことがある」
ブルームの望みは一つ、クリム・メラーの蘇生だ。
其の為には、多少の犠牲も仕方ないとは思うほどに、彼は彼女の帰りを待っている。




