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【Ex】#5 遺された伍頁目



 【XI】#21-Finの別視点でのお話になります。




 

 中央広場に一気に暗闇が広がり、ピンク髪の少女──同僚であるスメラが悲鳴を上げたタイミングで、No.Ⅶは再び閃光矢をスメラ目掛けて放つと、先程までとは比にならない程の大声で悲痛な叫び声を上げる。


 「きゃあああああああああああ眩しい!急に眩しいんだけど!ねぇ、イドルぅ!何処なの!!」

 「あー、もう……深追いは無理……か。帰ったら絶対課長怒るよなぁ……。葵琴理はヴァールちゃんに上げるって言っちゃったし。こりゃあ暫くはスメラたんに絞られて貰わないと……」


 未だに錯乱しているスメラの元にイドルは駆け寄って首元に鋭い手刀をお見舞いする。

 ようやく静かになった中央広場には、中央管理局が確保できる人間は誰一人としていなかった。



 _______________


 大罪人と呼ばれる「七つの罪源(パブリック・エネミー)」の二柱、No.Ⅱ「禁忌」の禍津に、No.Ⅶ「虚飾」のアラディアの両名を取り逃がした中央管理局「七罪源捜索課」のイドル・B・フィルレイスはもぬけの殻となった中央広場に降り立つ。

 一応気絶させておいたスメラを引き摺ってはいるが、完全に伸びているせいでただのお荷物だ。

 取り敢えず、中央広場の傍にある木にそっと寝かせて、現場を改めて確認する。

 

 「随分酷い有り様だ。まぁ、そんな首謀者を取り逃がしたボクも同罪か」

 「貴方は……イドルさん?」


 聞き覚えのある声に、イドルが振り向くと、そこには件の被害者である出灰依音が右肩を抑えながらよろよろと歩いていた。

 自分達が反撃を受ける直前まではもう一人──葵琴理と一緒に居た筈だが、今は一緒に居ないようだ。


 「キミは依音ちゃんか。琴理ちゃんは?」

 「さっきの真っ暗闇の中で閃光弾を撃たれたショックで気を失ってるわ。それ以前にも大分消耗させちゃってたみたいだから、休ませてる」


 ひとまず、最重要人物の無事は確認できたということで、そっと胸を撫で下ろす。

 この状況下で、葵琴理すら確保できてないとなると、()()()()()()()スメラが困る筈だ。 

 最低限の要請だけはこなすために、肩で息をしている依音の顔を覗き込むべく、膝に手を置く。


 「そう。無事なら良いんだ。それで?琴理ちゃんは何処に居るの?」

 「あちらの木に……!?あの人は……?」


 依音の指を指した方角を二人で見ると、そこには鎖で雁字搦めにされている奇妙な女が足を地面につけずに移動していた。

 忘れるはずもない。彼女こそが「七つの罪源」の発足人、存在自体が咎ともされているNo.Ⅰ「歪曲」のパンドラだ。

 彼女だけは鎖を外すことが出来ずに居るせいで、災禍を抑えることも出来ずに何処かで潜伏しているものだと思っていたのだが、こうして平然と外に出ているとは思っても居なかった。

 いきなり現れた超危険人物が琴理を狙っていることに気づいたイドルは、急いで交戦準備を走りながら整えて、パンドラ目掛けて燃焼瓶を投げつける。


 「む。火属性の魔術を瓶に込め、空気と混ざることで煙火を発生させる魔導具か。妾だけならともかく、無防備の人間が居てそれをやるとは、よほど余裕がないと見て取れる……。いや、そうか」

 「何をごちゃごちゃと!「歪曲」!超危険人物である貴様を拘束させて貰う!」


 こちら側の武装は私服の下からでも着れる程度の軽装甲(ライトアーマー)に、愛用している短剣と投げナイフが数十発分。

 正直勝ち目はほぼ無いが、葵琴理を彼女の手に落とす訳には行かないのだ。彼女の存在はそれだけでも危険なのに、「歪曲」の元へと行ってしまえば、この世界が終わる可能性だってある。

 「歪曲」がイドルのナイフの射程圏内に入り、災禍に苦しみながらも、短剣を構えていると、「歪曲」はニヤリと笑う。


 「ほぅ?そなたは妾の災禍に耐性があるようじゃな。ならば少しぐらいは話ができよう。刃を下ろさずとも良い。少し話をせぬか?」

 「……大罪人に貸す耳はないね。それにボクの要求は一つだ。葵琴理を解放して欲しいだけだよ」


 「ふむ……?妾を拘束する気はないのか?お主、見た所、中央管理局の狗じゃろう?」

 「所属はしているけど、そこまで忠実に仕事をしてないからね。所謂駄犬ってトコさ」


 戯けたような態度を取ると、「歪曲」は興味津々でこちらとの話を続けようとする。

 イドルは表面上笑っているが、彼女の災禍の影響でジリジリと体力や精神力を削られている。

 この場に立っているだけでも正直辛い。ナイフを投げようだなんてとんでもない。

 そんな中で、なんとか会話をしている自分に少し驚きながらも、注意深く「歪曲」を見守る。


 「ほぅ、そうかそうか。惰性を貪る駄犬ならば、妾が此処で何をしようが見逃してくれるな?」

 「どうだろう。気紛れで噛みつくかも知れないよ?だって駄犬だからね」


 話せば話すほどに、息が苦しくなる。心臓が張り裂けそうな程、悲鳴を上げている。

 今すぐこの場から離れろ、と。今すぐに逃げ出せ、眼の前の存在は化物なのだと。

 有り得ない程に、彼女から放たれるそれらは、どんどんとイドルの身体を蝕んでいるらしい。

 こんななんでもないやり取りをするだけでこれならば、彼女はきっとかなり孤独な筈だ。

 哀れみが顔に出てしまったのだろうか、「歪曲」の態度が急変する。


 「そうか、じゃが、お主ももう大分限界らしい。やはり()()()()()()程度ではそんなものか」

 「……な、んだって……?」


 視界が掠れてくる。直にホワイトアウトのような現象が起きることは報告書を盗み見たお陰で知ってはいるが、退く訳には行かない。

 ぐっとカクつく足に鞭打ち、なんとか地面の感触を感じながら、「歪曲」を視認し続ける。


 「何度も言うがこれ以上はお主の体が持たぬ。それに、妾は他の面々とは違い、「災禍」の影響を制御出来ぬ。じゃが、折角此処まで話をしたのに、何も土産を遺さぬのは酷だというもの。こやつは譲れぬが……確か、お主等は此奴が死んでいれば問題なかったはずじゃな?」

 「……まさか」


 イドルの震える声に、パンドラは楽しそうに笑う。幼子のような無邪気な笑顔に気を取られたイドルは、「歪曲」の魔術詠唱の内容を確認できずに、ただ惚けた表情で眺めていた。

 詠唱を終えた「歪曲」は中央広場に斃れていた化物目掛けて魔法陣を五重に展開する。

 己の頭に人差し指を突きつけ、パーンと言いながら指を頭から離し、邪悪に笑う。


 「強制遺伝子操作・修正ゲノム・ディスパージョン

 

 「歪曲」の魔術を一身に受けた化物は、みるみるうちに姿を変え、やがては一つの人の姿へと変わる。

 紫髪の少女の姿になった時、見覚えがあることに気づき、イドルはよろけながらも、その少女の元へと向かう。

 既に息はないが、その死に顔は安らかなものだった。あちこちに傷こそあるものの、顔だけは綺麗に遺されていた。

 彼女を抱き上げて、忌々しい顔で「歪曲」を睨みつける。


 「彼女は……虚華ちゃんの知り合いだったのに……。貴方はこれを知っていたの?」

 「まさか、妾が知る訳がなかろう。妾はただ()()()だけ。この少女がどこの馬の骨かは知らぬが、行方不明者扱いにされてるのではないか?手土産にしてやれ」


 イドルが紫髪の少女──しのを抱き、己を蝕む「災禍」に喘いでいると、「歪曲」は言葉を継ぎ足す。


 「それだけじゃ足りぬだろう。この場で此奴の息の根を止めておこう。そなたの目に焼き付けよ。それを持って、この場での妾達の愚行への謝辞とさせて貰おう」

 「……っ!やめろぉぉぉぉ!!」


 イドルの叫びも虚しく、「歪曲」は何処かで見覚えのある武器──銃で琴理の心臓を撃ち抜いた。

 血がボトリボトリと滴り落ち、「歪曲」が纏っている白い拘束着が赤く染まる。


 「……ちっ」

 「お主等の目的は彼女の無力化、もしくは殺害であろう?であれば、この結果に文句はないじゃろ」

 

 ジャラジャラと彼女の身を縛り上げる鎖達が歓喜の声を上げているように踊りだす。

 終いには、腕を縛っていた鎖が、琴理の身体に触れようとしていた所を、「歪曲」が銃で鎖を引き剥がして、こらっと可愛らしい声で叱りつける。


 「誇るが良い。そなたは無事に目的を達成できたのじゃ。帰って飼い主に伝えるが良い」

 「……ならその死体を置いていって……。ボク達が丁寧に弔うから」


 「ほざけ。妾達を咎人にした仕打ちを鑑みれば、此奴の行く先など容易に想像がつく」

 「…………」


 反論できない。彼女が受けた仕打ちの内、報告書に記載があったものは把握しているが、恐らく、彼女達はそれ以上に凄惨な拷問などを受けていた筈だ。

 その上で、死体を持ち帰れば、きっと実験材料にするか、遺伝子を抽出などして新たな兵器へとする可能性は低くない。

 イドルが何も言えずに、唇を噛んでいると、「歪曲」は新たに魔術詠唱を開始する。

 聞き覚えのある詠唱を鑑みるに、この場から脱する気なのだろう。内容は転移魔術だ。

 既に体力や精神力の大部分を消耗してしまっているイドルは、地面に膝をつき、それでも「歪曲」に手を伸ばす。


 「ま、待て……」

 「ではの、駄犬。次に(まみ)える時を楽しみにしておるぞ」


 「歪曲」の姿が消失して、まもなくイドルの身体を蝕んでいた「災禍」の影響が消え去った。

 次第に戻っていく体力を確認したイドルは苦い顔で立ち尽くしていた。


 

_______________________

 

 

 「歪曲」が立ち去った後に、よろよろと起き上がるピンク髪を見て、小さく息を吐く。

 彼女が発していた「災禍」の影響も消え去り、身体の調子も大分元に戻っている。


 「あれ……?此処何処よ……って中央広場……?でもさっきまで狙撃ポイントに……?」

 「なぁ〜に寝ぼけてるの、スメラたん。ボク達の仕事はもうとっくに終わったでしょ?」


 未だに寝惚けているのか、イドルに気絶させられた記憶すら無いようだ。

 あちこちをキョロキョロと見渡して、状況確認をしていたスメラは、大きな声で近くに倒れ込んでいた紫髪の少女の近くによる。


 「この子……確か、「スパクトロ・ギア」の前所有者よね。ということはやっぱり……」

 「うん。やっぱりあの化物は、ヰデルの副作用を()()で一気に加速させたみたいだね」


 うーん……と何やら考え込むスメラを一旦放っておいて、イドルは他に何か手がかりがないかを探ろうとしていると、服の袖を引っ張られる。


 「イドルさん……琴理は……、琴理が……」

 「……ごめんね。ボクじゃ守れなかった」


 依音は涙をボロボロと流し、泣き崩れた。それもそうだろう。

 この世に存在してはいけない類の魔術師が突如現れ、そんな魔術師が目の前で大切な友人を殺して、その場を去っていた。

 そんな光景を見てしまえば、こうなってしまうのも無理はない。

 イドルが小さな声で謝ると、依音の啜り泣く声が大きくなる。中央広場に響き渡る彼女の泣き声がやがて、雨を呼び、イドル達を濡らし始める。


 「琴理……ごめんね、私が頼りなかったばかりに……私、何にも出来なかった……」

 「キミは最期まで彼女と一緒に居た。その事実はきっと彼女の記憶にも焼き付いてるさ」


 うわ言のように呟く彼女をイドルが肩を抱くと雨とともに叫び声にも等しい慟哭が響き渡る。

 勝負に勝って、試合に負けたというのは、まさしくこういう状況なのだろう、と。

 イドルは彼女にとっての遣らずの雨になってくれることを祈りながら、依音が泣き止むまでずっとその場に居ることにした。

 

 

 


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