【Ex】#4 流された肆頁目
血塗れになりながら、ホロウは剣へと形を変えていた愛銃「欺瞞」を大地に突き刺し、杖代わりにして身体を支える。
息は既に切らしており、こうして何かの支えがないと立っていることすら困難である。
あちこちから垂れている血を指で拭い、魔力を込める。体外にある自身の血を一点に集中させて最低限の身だしなみを整えるためだ。
やがて球形になった己の血の塊を蒸発させると、先程まで戦っていた相手──里乃の方を見る。
仰向けに倒れ、既に身体も動かないのか、清々しい表情で天を仰ぎ見ている。
「全く、魔弾ちゃんは強いね……。圧倒的不利だった筈なのに、まさかあんな手こんな手で翻弄した結果、わたしを下すなんて〜リノちゃんお手上げだよ〜」
「正攻法じゃ勝てないことは身に沁みてるからね。ある意味、これが私本来の戦い方──道具を駆使して手数を増やしていく。何ていうか、懐かしさを覚えたかも」
ホロウは未だに起き上がれない里乃に手を差し伸べ、掴んできた手を掴んで身体を起こしてあげる。
彼女の身体には銃創以外にも、火傷の跡や、凍傷に感電痕、切り傷などおおよそ一人を相手にしたとは思えない種類の傷痕が残されている。
その傷のどれもが治療さえしてしまえば、あっという間に回復できてしまうのだから、魔術や回復役の存在というのは末恐ろしいものであると、ホロウは実感する。
ホロウの身体にも無数の切り傷が残されているが、回復魔術を受けて、数週間もすれば全快するだろう。
幸い、そこまで深い傷はない。時折、回復しても傷跡が残る場合があるが、今回は問題なさそうだ。
「ふむ、どうやら勝負は決したようじゃな。まさか勝てるとは思ってなかったぞ、ホロウよ」
「私だって、大分分の悪い勝負だと思って挑みましたから。腐っても昔の戦い方を覚えていたのは僥倖ですね」
試合を上空でふよふよと浮かびながら眺めていたパンドラが自分達と同じ目線まで降りてきた。
彼女はホロウに近づいてくると、満足げな表情で頭を撫で回そうと手を伸ばす。
しかし、汗や血で汚れているホロウは寸での所で躱すと、パンドラは頬を大きく膨らませて、露骨に不機嫌になる。
「何で避けるんじゃ!」
「今の私に触るのは色々宜しくないので。それで、リノの試験の結果はどうなんですか?」
ホロウがそう尋ねると、途端にパンドラは神妙な表情になる。
戦闘中もそこまで興味津々で見ていたわけではないのは分かっていたが、目を瞑り、暫くの間黙り込んだ後に、パンドラはリノを見る。
「無論、合格じゃ。お主が望むのであれば一席設けようではないか。して、リノよ。お主はどうありたい?世界を守るべく組織された中央管理局から、世の咎たる「七つの罪源」に来る覚悟はあるのか?」
「わたしは……正直、世の咎になりたいとは思わない。けど、魔弾ちゃん達を見てて思った。世の咎だからと言って、民草を惨殺したり、感情を強制的に奪うこともない。そういう点では、中央管理局を外から見て、色々知っていかないといけないって。だから、わたしも貴方達の一員になりたい」
リノの短いながらも気持ちの籠もった決意表明を聞いたパンドラは、うむと首を縦に一つ振ると、リノに手を差し出す。
「ならば歓迎しよう。我らは世界から咎められし罪人の集まり。といっても最近の面々はそうでもないから、そろそろ改名しようかと考えておるがの」
「そうなんですか?それ初めて聞いたんですけど、何にするかとか考えているんですか?」
いや、特にと返したパンドラの反応を見るに、本当にただの思いつきで言っただけなのだろう。
確かにリノを入れれば、自分達は既に十人所属していることになるが、それでも「七つの罪源」なのはおかしい気もする。
そういう点では組織名を改名する必要がある気もするが、まぁそれは追々パンドラが思いつきで決めると思うので、ホロウは特に気にすることなく、パンドラとリノのやり取りを黙って見守る。
「ではリノよ。お主にはNo.Ⅸ 「零楼」のノインの名を授けよう。此処ではそう名乗るが良い」
「承知しました。パンドラ様。その名に恥じぬ行動をしていくとしましょう」
こうして、「七つの罪源」にNo.Ⅸ「零楼」のノインという新顔が参入した。
妖刀と呼ばれる類の刀を扱い、葵家が創設した流派である「零落一刀流」。その最後の使い手である彼女は「零楼」の名と、ノインと偽名が与えられた。
彼女が繰り出して来た技の一つ一つは、現状錆びついていたせいか、自分でも何とか捌くことが出来たが、この場で鍛錬を積み重ねていけば、やがては自分では文字通り太刀打ち出来ない逸材になるだろう。
「じゃあ、「七つの罪源」の仲間入りも果たしたことだし、これは処分しちゃおっかなぁ〜」
リノ──ノインは中央管理局の制服を徐ろに大広間の暖炉に放り込む。
防炎性が高いせいか、暖炉に放り込んだ後も暫くは中央管理局の象徴たる白い隼の紋章が誂えられた制服は燃えることはなかったが、痺れを切らしたパンドラが炎の火力を底上げして、瞬く間に灰にしてしまった。
灰になって消えてしまった制服を眺めていたパンドラは、ふんっと鼻息を荒げ、「歪曲」の館の案内や、部屋へと案内などをホロウへと丸投げして、その場を後にしてしまった。
パンドラが扉を閉める音を鳴り響かせた後に、ホロウとリノは互いの顔を見やり、ふふっと笑い合う。
「でもまさか、魔弾ちゃんが「罪源」に入ってたと思ってなかったし、わたしまで一緒になるとは思ってなかったなぁ〜」
「私もだよ。まさか、あの時命の奪い合いになりそうな人と仲間になるなんてね」
広い広い大広間で、ホロウとリノは暫くの間、談笑をしていた。
流石にどうしてあんな事をしたの、なんて事は聞けなかったけれど、既に知っているから良い。
彼女がその迷いを断ち切れたからこそ、先程の試験では刀を振るってくれたのだから。
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「ホロウ〜、ちょっと良いかしら?買い出しに行きたいから付いてきて欲しいのだけれ……」
「イズ?買い物〜?別にいいけど何を買うの?」
大広間でリノと談笑していた所に、No.Ⅷ「 」のイズがホロウを呼びに入ったのだが、中にいる人物を見て途端に硬直する。
すぐさま、ホロウに視線を向けて「どうしてこの女が此処に居るのよ」と目配せするが、ホロウは肩を竦めて「なんでだろうね」と返事をすると、ずんずんと大股でリノの元へと駆け寄る。
「ど・う・し・て・貴方が此処に居るのよ」
「そういうキミは……あの場所に居た出灰ちゃんじゃないね。もしかしてだけど、魔弾ちゃんと同じだったりする〜?」
腐っても元中央管理局。それにイドルやスメラといった「七罪源捜索課」の面々ともそれなりに交友があったと聞いている。
ならば、自分やイズがこの世界の人間ではないことは容易に想像がつくだろう。だからこそ、自分達には彼女らの災禍が通用していない。
……そう言えば、パンドラを前にしてもリノはケロッとしていたが、それはどうしてだろうか。
後で聞かないといけないことが増えてしまったが、眼の前で随分と険悪な空気が漂っているせいで、迂闊に効くことも出来なさそうだ。
睨みを効かせていたリノを前に、イズは平然とした顔でリノをスルーする。
「そ・れ・で?お姉ちゃん。買い物、行くの?行かないの?」
普段の二割増で距離を詰めるイズに、後退りをしながら、ホロウは視線を誰も居ない方向へ向ける。
指をこね、もじもじとした態度をとると、何も答ていないのに、イズの髪の毛が逆だっているような気がする。もしかして既に何を言おうとしているのか、バレてる?もしかして私、死ぬ?
「あー……、先に新入りの彼女に一通りの案内をしないといけなくてさ……、ちょっと時間を置いてからでも良い?」
「はぁあああ!?この人が新入りですって!?何の冗談よ、お姉ちゃん。全然面白くないわ」
案の定、大きな声で怒りを顕にしているイズだったが、この状態になるともう止まらないのだ。
こちら側としては、血縁関係にないことを知っている相手に対して、妹役をナチュラルに演じているイズ本人に対してその言葉をそっくりそのままお返ししてやりたいのだが、そんな事を言っては、後で串刺しにされるので絶対に言えない。
怒り心頭と言った表情で再度ホロウに詰め寄るイズをリノは、無理矢理引き剥がし、今度はリノがホロウの右腕を掴み、ベッタリとくっつく。
「ごめんね〜、先輩。わたしが先約なんだぁ〜。だからお買い物は一人で寂しく行ってよね〜」
「なんですってぇ……?」
「だ〜か〜ら〜。ホロウ先輩はわたしのものだから〜、先輩は一人寂しく買い物に行ってってこと!」
「…………表出なさい。先輩の恐ろしさを教えてあげる」
何を大人気ない態度を取っているんだ、とホロウは頭を抱えながら乗り気のリノをどうにか宥めようとしたのだが、当のリノはニッコニコだ。
「さっき魔弾ちゃんに負けた腹いせをイズ先輩にぶつけても〜別にいいよね?」
「……怪我はさせないでよね。一通り案内したら一緒に買い物に行くんだから……」
へぇ?とリノは邪悪な表情で舌舐めずりをする。
こんな事は絶対に言わないが、絶対に中央管理局よりもこっち側だよなぁと思ってしまった。
「魔弾ちゃん、合図をお願い〜。条件はさっきと同じでいいの?」
「戦闘不能にさせたほうが勝ちでいいよ……、ただ重傷は絶対に避けてね」
「保証しかねるわ。だって相手は近接職。後衛の私じゃ、些か荷が重いもの」
「じゃあ模擬戦するの辞めればいいじゃん……」
「「嫌だね/嫌よ」」
ホロウが何度止めても止まらない二人は、どうしても模擬戦をしたいらしいので、ホロウは渋々模擬戦場に場所を移し、簡易的な結界を展開して、二人のどつきあいを見守ることにした。
「血の気多すぎでしょ……。リノに至っては完治してない筈なのに……」
「相変わらずのシスコンぶりだね、キヒヒ」
いつの間にか隣りに居たNo.Ⅶであるアラディアは、いつもの気味の悪い笑い声を上げながら二人の殴り合いを飲み物片手に観戦し始めた。
どいつもこいつもどうして平穏に話を進められないのだろうか、と半ば呆れながら暫くの間、アラディアと雑談をしながら、二人の殴り合いを少し離れた場所で観戦するのだった。




