【Ex】#3 穢された参頁目
禍津に所要が出来、「歪曲」の館から退出するまでこってり絞られたホロウと里乃は、一度準備のために解散していた。
各自、戦闘の準備が整い次第、模擬戦闘場にて模擬戦を行う事になった。
ブラゥにある雑貨屋や武具屋を経て、図書館の一席にてパンドラから聞かされたルールを思い返す。
・治療不可能な心的、肉体的の負傷の禁止
・罪纏状態の禁止
・反撃の余地のない攻撃、過度な“裏技”の禁止
ホロウが課された禁止事項は以上の三つだ。対して里乃には「死なない程度にな」とだけ。
流石に差がありすぎて泣いてしまった。そのせいで禍津にも説教を受けるし、何やら良く分からない本まで手渡されてしまった。
「七つの罪源」の面々が見ない場所で読めとの事なので、ホロウはわざわざブラゥの図書館にまで足を運んでいる。
此処の図書館には、一人で時間を掛けて考え事をする際には非常に重宝している。
「歪曲」の館では誰かしらがちょっかいを掛けてくるし、白には「喪失」や「獅子喰らう兎」の面々が、ブラゥの図書館以外では【蝗害】の面々が居るので心を落ち着けることが出来ない。
かつての地獄では友人なんて居なかったのだが、この世界に来てからはそれなりに出来た気がする。
(っと……本題はこの模擬戦をどう勝ち抜くかだよね。それで禍津さんからの本は……)
ホロウは鞄にしまっておいた一冊の本の表紙を改めて確認すると、目を丸くして驚いた。
題名が「鎹里乃に関しての備忘録」だった。まさかにこの勝負において何かヒントが得られるかも知れない。
少しだけ武士道精神とやらに反する気もしたが、自分はそもそも武士じゃない、と言い訳をしながら「備忘録」の頁をペラペラと捲る。
そこには彼女の一生を極々簡単に纏め上げられていた。ただ短い文章に、沢山の読み取り方が出来るせいか、ホロウは普通の本を読むのに掛けるの数倍を費やしてしまった。
その中には、彼女の好む戦い方や、得物の情報なども書かれていたが、どうしても別の箇所に目が行ってしまった。
──両親を己の拵えた刀で無惨に殺された影響で、刀を握ることを辞めてしまった。
ホロウと里乃が解散する直前に、ホロウにだけ制限を課すのはどうなのか、というクレームを入れた所、パンドラが一つだけ里乃に制限を課したらしいのだが、あるいは……とホロウは邪推する。
もし、そうだとしたらかえって不味いことになる。勝てる見込みが大幅に下がる。
何か、他にいい情報はないかと、熱を入れて読んだ部分以外をじっくりと読んでいると、後ろから肩をぽんと叩かれる。
「あん?おまえ、まさか狙撃手か?何してんだ?こんな所で」
「え?……貴方こそ何でこんな場所に……?此処図書館ですよ?」
意外そうな顔でこちらを覗き込んでいるのは純白の白髮を棚引かせ、邪悪なより引き立たせている白髮の悪鬼こと、「緋色の烏」に所属しているエリディアル・ルレ・フィレーラ・アズライール──通称アズラだった。
どうして蒼の区域の図書館で悪魔が平然と居るのか、理解に苦しむが、ホロウは顔には出さず、にこやかな笑顔を貼り付けたまま、本を一度閉じる。
「……というか何で此処に居るんですか。蒼とは敵対しているんじゃ?」
「あ?あぁ、組織としてはそうだが、オレ個人としては結構好きでな。特にこの人気のない図書館は惰眠を貪るにはうってつけなんだよな!此処ならイスラもこねーし」
「私がなんですか」
「ひゃあああ!?」
先程まで居なかった場所から、冷たい声色が聞こえてきて思わず声を出してしまった。
殆ど誰も居ないこともあり、受付でサボっている司書がこちらを一瞬だけ見ていたが、特に何もないと判断したのか、再度サボり始めている。
声のした方を見ると、そこには黒髪を綺麗に纏め上げたスラリとした美人が立っている。瞳を覗き込むと、思わず吸い込まれてしまいそうになるほど、綺麗なその瞳でさえも、人造物であることをいまだに信じられない。
彼女はヴィワーレ・フィ・フォン・イスラフィール。アズラと同じく「緋色の烏」に所属している機械仕掛けの天使と呼ばれる高位存在だ。
揃いも揃って何でこんな所に居るんだ……と、ホロウは顔を引き攣らせながら、イスラを見る。
「びっくりした……当たり前のように気配を消して私の後ろに立たないで……」
「これは失礼しました。ヴァール様がアズラと談笑している事自体が珍しかったもので」
「まぁそりゃあ、前に蜜柑を始末した時以来だからな。にしても、前とは随分と格好が違うな。ま、オレサマに掛かればオーラですぐに分かるがな!」
「ふむ。そうですね、以前は黒き聖骸布で顔を隠し、衣服も随分と艶やかな物でしたから。そう言われてみると、全然違うかも知れませんね」
随分とマイペースにホロウの眼の前で会話が進んでいくが、彼女らは本来、蒼の区域からしてみれば、侵略者の類だ。
【蝗害】とはもう闘う理由こそ無いものの、隣の赫の区域を実質的に支配している集団が、こんな場所でのうのうとして良い訳がない。
(というか、人気が少ないからって理由で来たのに、こんなトコにも顔見知りが……)
「それで、ヴァール様。此処で一体何を?」
「私?ちょっと本を読んでてね。実は……」
ホロウは詳細な内容は省いたが、入団試験のようなものに巻き込まれて模擬戦をやることになったことを、簡単に二人に説明する。
両者、各々違う反応を見せるが、言いたいことは一緒だったらしい。
「「まぁお前ならなんとかなるだろ/貴方様ならどうとでもなるでしょう」」
語り草こそ違えど、彼女らはあれだけの話をしていても、心配要らないと言い張った。
「確かに、普通の後衛では前衛に遅れを取ることは当たり前、ましてや勝つことなど難しいでしょう」
「だが、お前ならそれを覆せる力があんだろ?この前の騒動では何もしてなかったが」
この前の騒動──里乃が繰り広げたあの騒動の最終幕に居た事を隠しもしない。
ホロウは少し表情に陰りを演出し、率直に尋ねた。
「あの騒動……一枚噛んでたよね?結界の維持や、疑似ヰデルのアンロックの仕方辺りで」
「仰る通りです。無論、こちら側としては目的は達していますし、特に言うことは何もありません」
「ま、オレらとしてもだ。アイツが生きてたのは正味いい顔は出来ねぇ。技術的特異点と呼んでも差し支えないレベルの存在だ。当然だが、ヰデルヴァイスはそう簡単に数を増やして良いもんじゃねぇシロモンなんだ、それはオマエも分かんだろ?」
「……うん。過去に疑似ヰデルを振るった相手と一戦交えたけど、それ以前の彼女とは一線を画してた。きっと、その人の力を数倍にも引き出してたんだろうけど……代償がなければ、そのまま使っても良いかなとは思ったけどね」
ホロウの寂しそうな表情を見たアズラは、何かを言おうとしたが、敢えて口を噤んだようだ。
白髮の悪鬼は見た目に反して随分とお優しいらしい。
「……?アズラは言い淀んでいるようですが、ヴァール様が接敵したのは結白虚華様ですね。白の区域長の娘にして、人種至上主義、非人排他主義を掲げている種族間差別者の第一人者とも呼べる方で、槍斧型の罰槍ジェルダを駆っていたとか」
「オマエ……本当デリカシーが……機械仕掛けの定めか」
アズラは呆れた表情で窘めてはいるが、当の本人は何がいけないのですか?と首を傾げている。
彼女らが今、こうしてホロウとのうのうと話しているのは、彼女達が既に目的を達しているからだ。
これ以上の話は無駄だと判断したホロウは、読み終えた本をパタリと閉じ、鞄に収める。
「んぉ、狙撃手。もう行くのか?」
「うん。もう読み終わったし、買い出しもしなきゃだし」
「そうですか、武運を祈ってます」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
予期せぬ出会いに一抹の驚きを抱きつつ、ホロウは模擬戦に向けての買い出しを再開した。
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「随分長い買い物だったね〜、魔弾ちゃん。今度はわたしと一緒に行かない?」
「良いものを見極めるのに、ちょっと時間が掛かっちゃってね。もしそういうのに自信があるならお願いしようかな?」
双方準備が整ったようで、ホロウが「歪曲」の館に戻った時には、里乃があまりの退屈さにびよーんと伸びていたくらいだ。
退屈は魔女をも殺すと言うが、どうやら亜人らしき彼女にも効くらしい。
「じゃ、始めよっかぁ。魔弾ちゃんも準備はいい〜?」
「うん、大丈夫。全力で行くから覚悟してよね」
使い慣れたホルスターから「虚偽」を抜き、里乃へと銃口を突きつける。
ホロウの放った一発の弾丸を躱すことを皮切りに、入団試験が開始された。




