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【Ex】#1 隠された壱頁目



 

 No.0「虚妄」のヴァールとしての仕事を粗方片付け終え、中央広場でするべき事を終えたホロウは、パンドラからの呼び出しを受け、「歪曲」の館へと足を運んでいた。

 パンドラから呼び出されるなんて非常に珍しい事だ。何かあったのだろうかと、パンドラの待つ大広間へと足早に向かうと、そこには見覚えのあるシルエットがパンドラの向かいに座っていた。

 前までは長い青黒髪を綺麗に纏め上げていたが、ばっさりと切って短くしていたのには驚いたが、それ以上にどうして彼女が此処に居るのだろうか、とホロウは顔を顰める。

 ホロウがそちらを見ていることに気づいた件の人物は、ぱぁっと笑い手を振る。


 「あ、魔弾ちゃんじゃん〜。此処に居るってことはやっぱり()()なのかな〜?」

 「急に呼び出されたと思えば、不法侵入者がいるんですけど、どういうことですか?」


 パンドラの向かいに座り、禍津の手造りマフィンを頬張っていたのは「葵・出灰処刑事変」の首謀者である鎹里乃だった。

 未だに自分が呼ばれた背景が読み切れないホロウは半目でパンドラの方を見る。

 ふよふよと浮かびながら、だぼだぼの萌え袖の先に付いている鎖を振り回している彼女は、退屈そうにしていたが、ホロウに気づくと萌え袖など気にせずに手をブンブンと振って帰還を歓迎する。


 「む、ようやく戻ったか。待っておったぞ」

 「急な呼び出しに、不審者の来訪……。一体どういう状況なのか、説明して貰えますか?」


 状況が理解できずに訝しげな表情で二人を見ていると、頬張っていたお菓子を飲み込んだ里乃が得意げな表情で口を開く。


 「実はね〜。わたしを「七つの罪源」に入れることを検討してるんだって〜。パンドラ様がね」

 「推薦者は禍津だがな。妾は賛同も反対もしておらぬ、してだ」


 なんだか非常に嫌な予感がする。この流れは本当に不味い気がする。

 こっそり逃げようとしたが、しっかりパンドラに鎖で身体を雁字搦めにされたせいで身動き一つ取ることが出来ない。

 万事休すといった状況下で、鎖の音で反抗しながら、ホロウはパンドラの言葉の続きを待つ。


 「妾は鎹に入団試験を課そうと思うてな。その試験官を主に任せたいと思うたのじゃ」

 「試験官……?私が?……試験内容は?」


 手を上げることすら叶わないホロウは、おずおずとした態度でパンドラに質問をした。

 したのだが、返ってきたのは邪悪な笑みが一つ。どう反応すれば良いのか困ったホロウが何も言わずに居ると、暫くの間、沈黙の刻が流れ、終いには里乃がふふっと笑気を漏らしてしまった。


 「本当に此処は愉快な人が一杯居るんだね〜。ますます気に入っちゃった」

 「試験官の任を受ける前に、鎹さんと話をさせて貰えませんか?」


 いつになく真剣そうな表情に、パンドラも里乃も顔つきが瞬時に変わる。


 「妾は別に構わぬ。なんなら、この会話も試験の内。ということにしても良いか?」

 「わたしは構いませんよぉ。「郷に入っては郷に従え」とも言いますし〜」


 両者の承諾を得た事で、ようやく雁字搦めにされていた鎖を解いて貰い、里乃の向かいに座る。

 必然的にパンドラが隣に──厳密には右斜上に居るのだが、そこは気にしている場合じゃないだろう。

 ……家で買っているペットの獣よろしく鎖をでホロウの腕を縛ったり解いたりしていて非常に鬱陶しいが今は気にしないでおこう。後でパンドラの分のお菓子を頂くことで溜飲を下げることにする。


 ___________________




 「じゃあまず最初に……鎹さんはどうして此処に?」

 「タメ口でいいし、気軽にリノって呼んでくれれば良いのに。うーん、実際わたしも良く分からないんだよね。わたしが覚えているのはお父さんとお母さんが助けに来てくれて、その二人にアナトが鋼糸を打ち込んだら溶けて消えていった所まで」


 ホロウは遠くから、中央広場でのやり取りを見ていたが、里乃の両親が居たという記憶はない。

 最初から最後まで里乃の元に居たのはアラディアと禍津の二人だった。

 ふと会話を思い返してみれば、一緒に居た透がおかしなことを言っていたのを思い出す。


 『あれは……二代前の区域長だね。二年程前に殺されたと聞いたんだけど。恐らく、その隣の男性は暗殺されたという鎹家のご当主、四代目鎹零落(れいらく)か。どちらも亡くなったと聞いていたけど』


 どの人の話をしていたのか、今ひとつ釈然としていなかった当時のホロウは、話を聞き流していた。

 どう考えてもそれらしい人が居らず、なにかの虚言だと思っていたからだ。

 今、冷静になって考えてみると、アラディアの「虚飾」を用いていたことを指していたのだろう。


 (そこまでしか覚えていないってことは、自らの意思で此処に来たわけじゃないのか)


 だとすれば、禍津が此処に連れてきた上に、「七つの罪源(パブリック・エネミー)」の一員に推薦していることになる。

 あの人嫌いの禍津がそこまでするとは、何があったのだろうか。それに「アナト」とは恐らく琴理から没収した疑似ヰデルの事を指すのだろう。

 その出来事に口を挟む権利は、疾うの昔に失われてしまっている。ホロウはヴァールであって、もはや結代虚華ではないのだ。

 里乃の右手の薬指に嵌められている指輪が、恐らく待機状態の疑似イデルの可能性が高い。

 世界が違えど、仲間であることには違いは無いのだが、敢えてその指輪から目を背け、話を続ける。


 「じゃあお言葉に甘えて……。リノは気づけば此処に居たって認識でいいの?」

 「そうだね。パンドラ様に話は粗方聞いたから。けどまぁ、まさか今まで敵対していた組織、それも世界の咎とも言われるレベルの組織に与する可能性が出てくるとは思ってなかったけどね〜」


 里乃は軽薄な態度で受け答えをしているが、何処か寂しそうな雰囲気を醸し出している。

 それもそうだろう、この世界で中央管理局の区域支部長を拝命することがどれほど大変かを詳しくは知らないが、それでも簡単になれるわけがないのだ。

 白の区域長は、虚華の父親だったが、彼も相当のご高齢で、話を聞いている感じだとかなり職務に忠実な人だったらしい。

 なら何故、人種至上主義など掲げていたのか、と小一時間問い詰めたくなるものだが。


 (父親さえしっかりしていれば、娘もあぁはならなかっただろうに)

 

 そんな彼も若い頃はただひたすらに、中央管理局の為に働いていたそうだ。そんな彼と同じ立ち位置にまでのし上がることが簡単だったとは思えない。

 世襲制で簡単に上がれる人物も居ただろうが、彼女の場合は前支部長だった宵紫の蹴落として上がってきたのだから、実力としては十分保証されている。

 次の質問を投げ掛けるべく、思考の海から上がってきたホロウは、里乃の方を見ると、自分の前に置かれていた焼き菓子を取ろうとしていた。

 すかさず手を叩いて、お菓子強奪の現場を取り押さえると、里乃は頬を膨らませて不機嫌になる。

 

 「人のお菓子を取ろうとしないの、そして不機嫌にならないの。……全くもぅ……」

 「あははっ、ごめんごめん。つい魔弾ちゃんが可愛くてさ〜」


 里乃はケラケラと笑いながらも、かなり強めに叩いた手をテーブルの下で擦る仕草を見せる。

 そういった細々とした所に狡猾さを感じながら、ホロウが話を進めようとすると、急にホロウの身体が宙に浮き、パンドラと同じように身体を鎖で拘束される。

 何で縛られたのか理解できなかったホロウは、パンドラの方を見ると、先程の里乃宜しく頬をパンパンに膨らませていた。


 「此奴(こやつ)は妾の物じゃ。新参者たる(リノ)の物ではない」

 「え〜。じゃあ共有(シェア)しません?欲しい時に蹂躙して、不要ならもう一人に貸す。良いと思いません?」


 パンドラは最初に驚き、少し考え込み、最期に悩んだ後に静かに首を横に振った。

 何で当の本人を縛ったまま、そんなとんでもない話を平然と出来るのか、ホロウには理解できなかった。

 少し待っても、解放されないので、ホロウは少し苛立った声色でパンドラに懇願する。


 「良い訳無いでしょうが……。パンドラさん、話が進まないんで、解いて下ろしてください」

 「ふむ、まだ試験の途中じゃったな」


 指をパチンと鳴らすと、ホロウを縛っていた鎖がするりと解け、パンドラの身体を再び縛りあげる。

 何故か、若干残念そうにしていた里乃には触れずに、ホロウは小さく息を吐く。


 「もし仮に、私達が貴方を受け入れなかったら、どうするつもり?」

 「ん〜〜〜。表じゃもう生きてけないだろうから、適当に放浪しようかなとは思ってる」


 ホロウは彼女と出会ったときのやり取りを思い出した。


 『じゃあわたしはもう行くね。処刑の鐘があと五回鳴ったら、葵琴理と出灰依音を処刑する。断頭台に彼女達が上がって死んだ後なら、わたしを殺してもいいから』


 あの時は、ただの虚言癖野郎だと思っていたけれど、この背景を聞けばある程度は察する。

 本当に復讐を終えたら死んでも良かったのだろう。きっと、彼女を殺せばそれで終わりだと思っていた筈だ。

 それが本当の意味で両親の弔いになるわけがないと分かっていながら。


 ──ならば、少しだけ彼女の核心に触れてみようか。


 「少し気になったんだけど、琴理を殺そうとしたのって、ご両親を殺めた人が葵家の者だからって事だよね?だとしたら、琴理は関係ないんじゃ?」

 「うん、直接的にはないね。ただ、葵家に両親を殺されたわたしが復讐する手段って、葵家の人間を殺すこと──今代のとりわけ優秀な葵琴理を標的にするのは自然なことだと思わない?」


 言い返すことが出来なかった。彼女の行いが間違っているか、正しいかなんて自分には決められない。

 サラッとそう言った彼女には、悪気など更々無い様子だった。琴理に悪い、申し訳ないなどとは、微塵にも思っていないのだろう。

 自分も同じ立場なら、間違いなく殺しているだろう。勿論、躊躇いもなく。

 それ程までに大切にしているものを奪われたのなら、人生を擲って復讐鬼になるのもやむ無しだ。

 暫く、沈黙が流れた。ホロウは懸命に言葉を探し、自分の思いを伝える最善を探した。


 「間違っているとは言わない。けど、もし私がリノと同じ立場なら「実行犯」から探したかも」

 「「実行犯」かぁ。実際に殺った人は探してるんだけど、まだ見つからないんだよね〜」


 話を聞けば、何故葵家が殺したのかと判断した要因も刀の製造番号と帳簿の兼ね合いで、母親の体に刺さっていた物が、葵家の関係者が買っていた物だったから、という理由らしい。

 確たる証拠もなしに、顔見知りを殺そうとしていた彼女に憤りを覚えるも、一度は全てを飲み込む。

 要するに、彼女は職権乱用で無辜の人間を殺そうとし、失敗した事で支部長の座を追われ、中央管理局からも指名手配される人物だという事だ。


 (確かに彼女が咎人なのは理解できるけど……)


 だからといって、認めてしまっても良いのだろうか。確かに彼女は復讐心で琴理を殺そうと画策し、様々な策を講じた挙げ句に、失敗しこうして追われる身となった。

 そもそも推薦人の禍津と同行していたアラディアにも話を聞かないとこれ以上先は進めないのではないか?


 「そう。分かった。パンドラさん、私の聞きたかったことは以上です。追われている理由もだいたい想像がつきましたし」

 「む?彼女が大体的に騒動を起こしたからではないのか?」


 パンドラが不思議そうにしているも、ホロウは首を横に振る。


 「いいえ。その程度の騒動なら、支部長や立場にもよるでしょうが即刻身柄を確保すべく指名手配までされることはないでしょう。恐らくリノは……」


 あくまで状況証拠と、イドルやスメラ達の反応からの推測でしか無いが、可能性は十二分にある。

 考えと言葉が纏め上げた後に、ホロウは静かに、宣告するように一つの考えを提示した。


 「仮説の域を出ませんが、今回の葵琴理を殺す作戦を「緋色の烏スカーレット・レイヴン」と共同で実行していたのでは?」

 「へぇ……?」


 里乃のホロウを見る目が変わる。どうやら間違っていなかったらしい。

 パンドラも、途端に顔色が陰り始める。どうやら此処からが第二ラウンドになりそうだ。

 


 


 

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