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【Ⅲ】#4 歪んだ愛なんて見慣れてる

虚華は現実ではない何処かで、パンドラと出会う。そのパンドラと友人になり、黒い扉を潜る。

 潜った先には、元の部屋。昨日、虚華が眠っていたはずの宿屋で虚華は目を覚ます。


 (今まで見ていたのは夢?それとも……)


 虚華は眠い目をこすりながら、自分の着ている服のポケットを弄る。すると、覚えのない物が一つ増えていた。手にとって見てみると、やはり黒い鍵だった。パンドラから貰った黒い鍵。

 先程まではどうせ夢だろうと、高を括っていた虚華も、いよいよこの証拠品を見てしまえば、現実だったと認めざるを得ない。その顔に笑顔は一切映らない。あるのは少しの戦慄と大半は恐怖だ。


 (あの人は一体、誰だったんだろう。なんで私の夢の中に居て、こんな物を渡したんだろう) 


 答えの出ない問題に延々と悩んでいると、隣で寝ていた雪奈がむくりと起き出す。虚華が時計を見るともう朝だった。あんまり休めた気がしていない虚華は、はぁっとため息をつくと雪奈に挨拶をする。


 「おはよう、雪。今日は早いね」

 「おはよ。だって虚が朝早くから依頼受けるって、言ってた」

 

 くあぁ……と長い欠伸をした雪奈は、少し離れた場所で寝ていた臨をドロップキックで乱雑に起こす。雪奈の力自体はそこまで強くはない。しかし、完全に寝入っていた臨は、受け身を取ることも出来ずに鳩尾付近に良い一撃を貰う。


 「ごはっ……虚……、起こすならもっと、優しく頼むよ」

 「おはよ、臨。いい朝」

 「お前が起こしていなきゃ、それなりにいい朝だったんだけどなぁ?」


 最初は虚華に起こされたと思って、恍惚気味に叱ろうとしていた。だが、起こしたのが雪奈だと気づくと目を見開いて飛び起きる。そして直様取っ組み合いの喧嘩が始まった。

 普段ならすぐに止めているが、パンドラとの邂逅のせいで疲れている虚華は喧嘩を止めなかった。

 朝起きてから、すぐに喧嘩を始められる二人の元気さを、羨ましいなぁと虚華は目を細めて眺める。


 (そう言えば、さっき、雪が朝早くから依頼を受けるから早起きしたって言ってたっけ)


 昨日の記憶がぼんやりとしか無い虚華は、そんな事を言った記憶なんて無いけどなぁと、一先ずは二人の言い争いを放っておいて支度する。まだ眠い目を覚ますために、虚華はカーテンを開ける。

 神々しく太陽は昇っており、その陽射はとても暖かく感じた。太陽なんてものも、大半の天気が曇天か、小雨だったディストピアでは滅多にお目にかかれるものではなかった。こんな些細なものでも、虚華が幸せを感じるほどには、この世界は恵まれている。

 

 「ゴホッ……朝から酷い目にあった……。虚。朝ごはんはどうする?ギルドの食堂で摂るか?」

 「んー。ギルドに向かう途中に確か市場があったよね。そこで良いのがあったらそれを食べない?」

 「ん。虚に一票」

 

 朝からボロボロになっている臨がお腹が空いたと、虚華に朝ごはんをどうするかの相談をしに来た。普段なら整えられている髪の毛も、雪奈の弱い魔術によって爆発させられている。

 臨が虚華と会話していると、何処からか雪奈が近寄ってくる。そしていつの間にか、虚華の片腕にくっついて独占している。その光景を見ると、臨は口にこそ出さないが、青筋を立てて眉を顰める。まるで、今はボクが話しているのだから邪魔するなと、牽制しているようだ。

 そんな二人の睨み合いを見ていると、虚華は楽しくてつい笑ってしまう。

 時々こうして笑っていると、こちらに怒りの矛先が飛んでくる事がある。けれど、今日は臨がお腹を空かせていたせいか、喧嘩も起きずに外出の準備を済ませて宿を出る。

 

_______


 虚華達は宿を出て、ギルド《薄氷》へ向かう。その際にジアにある市場を通るのだが、どうやらこの街では朝市なるものが存在するらしく、朝に行くと新鮮な食材が多数陳列されているとの話を昨日、しのから聞いた。

 今まで食べていたものが食べていたものだった虚華達にとっては、新鮮さなどにあまり興味もなかったのだが、しのの勧めを無下にもするわけにも行かず、こうして市場を見て回っているのだ。

 

 「こうして見ると、本当に色んな種類の食材や料理があるんだね」

 「ん。これ、美味しそう」

 「変わったセンスをしているんだな、クリムは。ボクはこっちがいいな」

 「んー……じゃあ私は、これにしようかな」


 虚華達は各自一旦解散し、気になったものの屋台に並び、購入した。

 虚華は、チーズとケチャップが沢山塗られたパンをじっくり焼いたカリッカリのピザトースト。

 臨は、ジアの中でも有名なパンケーキ屋が作っているという朝ごはん用のふわふわパンケーキ。

 雪奈は、焼かれた肉を食べやすいサイズにカットしたものを串に挿してある肉串を数本買っていた。


 三人は市場を抜けた先の、ギルドへ向かう道にあるちょっと食事や休憩ができるスペースで待ち合わせていた。二人が並んでいる間に先に向かっていた虚華は、慣れない人混みに抗いながらも一人で先に進む。肌が触れ合ったりしないだけマシだが、この人の多さでは、少し気分も悪くなってしまう。


 (こうなるなら、二人を待っとけば良かったかなぁ)


 げんなりしながらも、軽く梱包してもらったピザトーストを小脇に抱えて守りつつ歩く虚華は、よそ見をしていたせいで急に立ち止まった誰かの背中に顔をぶつける。相手の体幹が良かったのか、虚華が弱いのか。虚華はわっ、小さな声を出し、尻もちを付いて転んでしまった。


 「あたた……すみません。不注意でぶつかってしまって」

 「あぁ、ごめんよぉ。まさか後ろに人がピッタリくっついているとは思わなかったんだ」


 虚華がぶつかった女性が申し訳無さそうに眉を下げながら虚華に手を伸ばす。

 一回りほど虚華よりも大きく、光の当たり方では銀色に見える綺麗な白髪に、右目も同じ白色が光に照らされて輝いているのがよく目立つ。左目が前髪で隠れてしまってはいるが、恐らくは同じ色なのだろう。そんな白髪セミロングの女性の手を借りて虚華は起き上がる。

 虚華は起き上がる際に、女性の衣服ちらりと見た。白を基調とした何処かの軍服のような堅苦しさを内包しているジャケットの上に、ボロボロのマントのようなものを羽織っている。

 (なんで、そんなきれいな制服の上に、ボロボロのマントを着ているんだろう?)

 複雑そうな表情を見せていると、手を差し伸ばしてくれて女性が申し訳無さそうに、虚華の目を見るために顔を膝をつく。


 「怪我はない?お嬢ちゃん」

 「ええ、ちょっとぶつかっただけですから。こちらこそごめんなさい」

 

 そう虚華が言うと、ぱぁあっと顔を綻ばせ、ふぅっと息を吐く。どうやら自分の過失で虚華を傷つけてしまうと、何かしらまずいと思った。そう虚華は考え、目の前の女性の顔を見る。急ぎ足で何処かへ向かう準備をしているのを見て、予想通りだなぁと虚華は目の前の女性の次の動きをじっと待つ。


 「大丈夫そうなら、ボク仕事があるから先に行くね。ほんとごめんね〜」

 「気にしないで下さい、お仕事頑張ってくださいね!」

 

 そう言って走り去る女性を虚華は見送り、今の現状を思い出す。大事に守っていたピザトーストはすっかり冷めてしまっていたが、何とか守りきれている。

 急いで包みを見るも、無事で何よりだぁと、少しだけスキップなんてしながら、虚華は集合場所へと歩いていった。



 __________


 待ち合わせに少しだけ遅れた虚華は、先に付いていた二人に軽く謝罪だけして席に付き、食事を摂る。

 さっきの女性のことも気になってはいたが、虚華はどちらかと言われるとあの服の方が気になっていた。何処で見たかは覚えていないが、あの綺麗な白色の制服に見覚えがある気がしていた。

 少ししなってしまっているトーストをかじりながら、腕を組んで考え事をしている虚華を見て、臨はまた何かあったんだろうなぁと頭を悩ませる。

 律儀に待っていた雪奈は虚華の方を見ながら、肉串をもぐもぐと齧っていた。そそくさと食べ終わると、雪奈は、臨にこっそりと耳打ちをした。まだ温かいパンケーキを満足気に頬張っていた臨は露骨に表情を曇らせながら、雪奈の耳打ちに応じる。


 「ホロウ、何があった?」

 「さぁ。ボクらより先に会計を済ませていたはずだから、遅れてくるはずはないんだけどね」

 

 臨達がひそひそ話をしているのにも気づかず、虚華はトーストをちびちびと食べながら、物憂げに空を眺めている。

 その姿を見た雪奈は何かを思いついたかのように、再度臨に耳打ちする。


 「あれ、もしかして、恋?」

 「は!?ホロウが!?嘘でしょありえないよ!」

 「バカ。うるさい」 


 耳元で話していたのに、急に大きな声を出した臨の耳を雪奈は無表情で引っ張る。顔にこそ出てはいないが、かなり苛立っている雪奈は怒りを隠すこともなく、臨に注意する。

 普段の虚華であれば、そんな問答があれば、怒りこそしないが、何かしらの指摘や注意は必ず飛んでくる。

 更には雪奈は既に食べ終わって自分が待たせている現状にある。こんな時は遅食気味の虚華では合ったが、急いで食べようと意気込んだりもする。だが、今日の朝ご飯タイムではそのどちらも一切なかったせいで、二人は困惑していた。

 これから探索者としての初めての依頼があるというのに、自分達のリーダーがこんな状態で大丈夫なのだろうかと、臨は虚華の周りを独りでにくるくると回りながら、心配する。

 そんな臨に目も暮れずに虚華はちびちびと食べ続けていたトーストをようやく食べ終える。


 「確か、もう初仕事の依頼は決めてて、後は受注して、その依頼先に行くんだったよね?」

 「え、あぁ。そうだ……ね。どうしたの、急に改まって」

 「いや、初めての依頼料でちょっとしたいことがあってさ。それを考えてたんだ」


 その言葉を聞いた臨は、虚華が恋で悩んでいたのではなく、その《したいこと》で悩んでいたことを知って、口角をくぃぃっと釣り上げて笑う。それを見た雪奈はやれやれと両手を上げながら呆れた顔になる。


 「ご飯も済んだし、ギルド行こ、ホロウ」

 「うん、ブルームも一人漫才みたいなことしてないで、行くよ?」 

 「あぁ、待っていてホロウ。ボクはきっと君を迎えに行くから……」

 「……ねぇ、クリム。あの子どうしよう?」

 「置き去ろう、この場所に」


 虚華が雪奈に手を引かれて移動させられようとしている間、臨は自分だけの世界にトリップしていた。一人二役でどうやら会話を続けていたらしく、他の街の住人にも心配そうな目を向けられていた。

 雪奈は即答で置き去ることを決め、虚華と共に朝市場の休憩場を後にした。



________________


 虚華と雪奈は臨を置き去って、一足先にギルドに到着する。二人で依頼を受けて先に行くのは流石に気が引けたので、先に行こうとする雪奈をどうにか宥めて、朝市場で一人トリップしていた臨の到着を待つ。

 待っている間、虚華は酒場の席に座り、辺りをふと見回した。やはり朝早くだからか、食事を摂る人はおろか、そもそも人が圧倒的に少ない。昨日の昼間はまるで人が賑わう本通りの中心部。あまりの喧騒に鼓膜が破けてしまいそうになっていた程なのに、今は人通りの少ない路地裏といった感じだ。

 いつもの指定席の方を見ると、碧髪碧眼の眼鏡の美丈夫、ディルクがこんな時間から読書をしていた。


 (何でこんな朝早くからこんな場所で本読んでるんだろ?自室とかあるだろうに)


 そんな事を考えていると、ディルクと視線が合う。虚華は軽く会釈したが、ディルクは直ぐに視線を本に戻し、読書を再開する。


 「ホロウ、もう依頼は受注するだけ、カウンター行こ」

 「いやでも、ブルームも待たなきゃ……」

 「もう居る。後ろ」

 

 雪奈が半目でほれ、そっち、と指を指す。まるでそっちに臨が居るみたいに。

 虚華はぎょっとした表情で、首をぎこちなく後ろに傾ける。そこには息を切らした臨が、肩で息をしながら死にそうな表情で立っていた。


 「ボクの事はいい、依頼を、受注しよう」

 「う、うん。ブルームもお疲れ、休んでも良いんだよ?」

 「い、いや、大丈夫だ、もう大分落ち着いた」


 ぜはー、ぜはーと荒い息を吐いている臨を見ても、大丈夫とは思えなかった虚華だったが、何となく歯向かうと嫌な予感しかしなかったので、冷や汗をさっと拭いてカウンターへ向かう。

 後ろからふらふらと付いてくる臨に、休んでも良いよと声を掛けるも、返事は同じだったので諦める。

 雪奈が魔術で臨、凍らせる?みたいな事を耳打ちしてきたが、そんな事したら最悪の場合死んでしまうから却下だ。別に死んで欲しい訳じゃない。無理はして欲しくない(休んで欲しい)だけなのだから。


 「何か依頼をお探しかいっ?お三方っ」


 既に見繕っていた依頼を掲示板から剥がし、提出しようとしていた虚華に、後ろから声が掛かった。

 着ている衣服がこのギルド支給の制服、セエレと同じものを着ていたので、彼女も受付嬢の一人なのだろう。


 (にしても、私より歳下なんじゃない?物凄く幼く見えるけど)


 薄い金髪の髪の毛をおさげツインと珍しい髪型をしている眼の前の少女は、体型や容姿、髪型からもかなりあどけなさや幼さを感じさせる。その少女は後ろに手を組んで、虚華のことを上目遣いでこちらを見ている。

 目の前の少女の服の似合わなさに、受付嬢の娘が制服だけを拝借している、といったほうがまだ納得できる。そんな事を考えていると、目の前の受付嬢がむすっと顔を顰めて、こちらを睨んでくる。


 「凄い失礼なこと考えてるでしょ。これでも十五過ぎてる立派なオトナなのよ?」

 「えぇっ、そうなんですか?昨日探索者になったばかりで知らなかったんです」

 「あー。通りでね。だから癸種/十級の依頼を見てたのね。じゃ、あたしの事も知らないよね」


 さらっと読心術のように虚華の心を呼んできた少女は、後ろで呼吸を整えていた臨に、ウインクした後にスカートの裾を掴み、優雅に挨拶をする。

 はうっと胸を抑えている臨に白い目を向けた女子二人は、再度、受付嬢の方を見る。


 「初めてまして。あたしは“薄氷”の受付嬢、リオン。リオン・ファル。リオン“さん”って呼んでね☆」

 「よ、宜しくお願いします。リオンさん」


 リオンは笑顔で、そう言っていたが、虚華達には凄まじい圧を感じた気がして、気圧される。リオンが思っているであろう可愛らしいポーズ、目元でピースをしているその姿も本来であれば可愛いものなのだろう。ただ、恐怖の対象がそれをしても、可愛らしいとは到底思えないのである。

 臨と雪奈も、虚華に習い、軽く会釈をするが、顔は引き攣っていた。顔がいいだけに、その違和感が凄かったのだろうと、虚華は後々分析する。


 「で、なんかもう依頼を見つけて、受注するって感じだったよね、あたしが承諾しよっか?」 

 「じゃあ、お願いします。これにしようかなって思っていて」


 リオンは、虚華から手渡された依頼を見て、ふむと少し考える。その瞳には、先程までのおふざけなどは一切無かった。公私混同しないタイプなのだろうか?と虚華はリオンの返事を待っていると、すぐに真面目そうなトーンでリオンからの返事は返ってきた。


 「君達は戦闘経験はあるの?この「三種のキノコ狩り。白雪の森にて」って、この森には魔物も出るし、最悪の場合は戦闘しなきゃならないけど。まぁ此処ならそんなにやばいのは出ないはずだけどね」

 「勿論、その覚悟はしています。戦闘技術もありますが、いざとなったら逃げますし」

 「まだ癸種ですけど、それなりに戦えるはずですから」


 虚華と臨の受け答えを聞いた後に、リオンはふぅうと息を吐いて、依頼書を再度見る。

 リオンが、この森には危険な生物。魔物が出るから、この依頼は本来なら癸種に交付するものじゃないはずなんだけどなぁと、依頼掲示板の管理人に悪態をつく。

 確かに虚華達が、この依頼を選んだ理由は、シンプルに依頼報酬が高かったからというのもある。だが、一番の理由が、この白雪の森というのが、ログハウスのある、あの鬱蒼な森のことを指しているというのが理由に含まれていた。


 (あの森のことは知っておきたいし、依頼で色々探し回れるなら、一石二鳥だよね)


 二人が戦えるという情報と、雪奈の装備を見たリオンは、三人を見る。少し時間を置いてからリオンはきゅぴーんと何かをひらめいたかの如く、依頼掲示板の元に走っていった。その後、一枚の依頼を剥がして虚華に手渡してきた。

 少しだけリオンがニヤリと口角を釣り上げていたのを見て、ふと嫌な予感を虚華の脳裏を過る。理屈ではなく、本能でこの依頼を見ないほうが良い気がしている虚華を無視して、臨と雪奈が手元の依頼書を見る。


 「白雪の森に蔓延るゴブリン退治?何これ?こんなの、癸種の依頼欄には無かった筈ですけど」

 「そりゃあ、無期限依頼だもの。癸種の依頼欄には無くて当然ね」

 「無期限依頼?ってなんですか?」

 「あら、登録時に聞かなかった?簡単に言えば、いつでも誰でも受けられる依頼。指定の素材を持ってくればその分だけ換金してくれる依頼の事ね。案外副産物でゴブリンを倒してくる人も居てねー。そういう人に勧めてるのよ」


 ふむ……と虚華は考え込むが、臨は割と賛成気味で、別に受けても損がないなら良いんじゃないか?と楽観視していた。臨の事は一旦スルーし、再度、リオンの言葉を頭の中で復唱する。

 そんな姿を見たリオンは、「勿論、倒さなくても違約金と掛からないし、受け得なだけの物よ」と言葉を付け加える。リオンは優しい物言いでこの無期限依頼を勧めてくる事に虚華はどうにも違和感を感じた。

 明るく元気に!をモットーとしているのか、身振り手振りも含めて、自分達とそう年の変わらない立ち回りをしているリオンは確かに幼く、そして慈悲深い優しさも垣間見える。けど……。虚華は意を決してリオンに尋ねる。


 「《この依頼、私達には相当危険なのを理解して推奨してますよね?これは貴方の意志ですか?》」

 

 目の前でニッコリとしていたリオンの表情が、虚華のその一言によって、一瞬で崩れ去る。先程までの明るさや優しさなどが嘘のように消え去り、綺麗だったリオンの瞳は一気に濁った気がした。


 「へえ。凄いじゃん。そういう事を言ってくるなんて。君、他の二人とはなんか違うね。他の十歳頃の子って、こういうのに良く喰い付くんだよ。お金がない子だったり、プライドだけが凄い子だったりね」


 リオンは濁った瞳を虚華に向けて拍手を少しの間した後に言葉を続ける。すっかりリオンの変貌ぶりに怯えたのか、臨と雪奈は、虚華の後ろに隠れる。


 「確かにこの依頼は君の言う通り、癸種、ましてや初仕事の子に勧めるものじゃないね。本来なら止めるべき代物と言っても良い。ゴブリン、非人(あらずびと)共は危険だ。戦闘経験があっても、癸種が遭遇して命を落とすケースは沢山ある。でもね、それでもあたしは勧めるよ。多いんだよねぇ。自分が強いって錯覚して、上の位の依頼を強請る子達がさ。そういった子を少しでも減らせるように、現実を見させる為に“敢えて”ゴブリンのような敵性生物と遭遇させ、身の程を知らせる。そうすると命を大事にして、堅実に生きるような賢い探索者に育つんだよ」


 濁り切った瞳を輝かせ、リオンは恍惚そうな表情を見せながら、虚華に対して雄弁に自論を語る。

 要するに、ゴブリン討伐の無期限依頼を自分達に勧めたのは彼女なりの“歪みきった”気遣いだった訳だ。目の前のリオンを虚華はちらっと見る、あぁ、なんて自分は良い行いをしているのでしょうと、まるで自分が正しい行いをしている。自分が善であると勝手に思い込んでいる、自分に酔っているタイプの質の悪い宗教関係者と同じ顔をしている。

 その質の悪い心遣いの結果、魔物に対する恐怖心が植え付けられ、魔物を討伐できる新人が減ってしまっているのだろう。その証拠に、上の方の依頼は魔物などを討伐する系統の依頼が多く残されている。

 

 (フィーアの人間にも悪い人は居るとは思っていたけど、倫理的にこうも歪んでる人は初めて。いや、黒咲夢葉以来かも知れないな) 

 

 あの悪魔のような女にも、もしかしたら何かしらの慈悲ようなものがあるのだろうかと虚華は思案する。だが、答えが出ない問題に費やす時間などは無いので、頭の中の悪魔(夢葉)から目を背け、直ぐに目の前の悪魔(リオン)に目を向ける。

 もうこちらのことを見ていないリオンに、虚華は頭を下げる。臨達はそんな事しなくていいと、反論の声を上げているが、それでも虚華は頭を下げるのを止めない。


 「そうですか、お気遣いありがとうございます。では、リオンさんの言う通りに、その無期限以来と自分達が予め受ける予定だった物の二つの受領をお願いします。倒せるなら斃し、無理そうなら逃げてしまっても構わないんですよね?」

 「うんうん!やっぱり新人君(ニュービー)は素直なのが一番だよ!辛種/八級とかになると生意気で困っちゃうんだよねぇ」

 

 虚華の言葉に気を良くしたのか、リオンはうんうんと満足そうに頷く。その顔には笑顔が貼り付けられており、先程の濁った瞳や、吐き気を催すような邪悪な表情は鳴りを潜めていた。


 (この手の相手は、危険だから敵に回さないほうが良い。それにゴブリンを倒せとは言われていない。挑むだけ挑む、もしくは挑まずに逃げればいい)


 どちらにせよ、探索者になったからには命の危険は何時だってあることは既に自覚している。森に入り、キノコを採取するのだってリスクが付いて回る。だからこうして自分達に依頼金を払ってでも依頼をするのだ。そういったキノコが採取できる森くらいは管理して欲しいものだと、虚華は小さくため息を付いた。

 

 ギルドを出る前に、リオンが満面の笑みを浮かべ、こちらを見送るように手を振ってくれている。

 それに答えるように、虚華も笑顔で手を振り返す。そんなやり取りを雪奈達は不満そうに見ていた。


 「何であんな奴の言うこと、聞いたの」

 「そうだよ、ホロウ。あんな性悪女の言うことなんて聞かなくたっていいじゃないか」

 「自分が気に入らないからって無下にしていい人間なんて居ないよ。どんな人間にも人脈と言う物があるの。ましてや今の私達の人脈はゼロに等しいから」


 左右から反論を受けた虚華は、ひらりと躱すように反論する。自分の意見が通らないと理解した雪奈は、ふーんと、もう関心を失ったかのように読書を再開する。臨はかなり反感を抱いているようで噛み付いているが、虚華はそれでも意見を曲げること無く目的地まで歩く。


「《無駄にしていい人間なんて存在しない。喰うも喰わぬも最大限活用せよ》」

 (この言葉を教えてくれた人は、人間を食べるタイプの人だったのかなぁ)


 頭の片隅に残っていた記憶に従って虚華は行動するが、この言葉を教えてくれた人の素性が少しずつ気にはなっていった。


__________





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