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【XI】#20 陰り翳る、暗雲が立ち籠める


 結論から言ってしまおう、鎹里乃は両親を殺めてしまった。

 勿論、命を奪うことなどはしていない。幻想を断ち切り、真実を閲覧しようと手を伸ばしただけだ。

 両親が居た筈のそこには紫髪の龍の魔術刻印の男と、賭博に全財産賭けて負けた賭博狂みたいな女が息を切らしながら、慈しんだ表情でこちらを見ていただけだったのだ。

 彼らには見覚えがあった。No.Ⅱ「禁忌」の禍津に、No.Ⅶ「虚飾」のアラディア。

 どちらも世界の咎たる「七つの罪源(パブリック・エネミー)」のメンバーだ。最優先で捕縛、もしくは無力化を要請されている最重要人物だ。

 そんな彼らがどうして両親のフリをして、自分なんかを助けたのか。

 眼の前が真っ暗に染まり行く中で、里乃は先刻までの出来事を走馬灯のように想起することにした。

 

____________


 「はぁはぁ……何、あの化物……。アイツ(夜桜透)にしては知性が足りて無いぃ……」

 

 腐蝕性を体液を武器にして攻撃してきた化物が斃れ、結界を保つ理由を失った里乃は、魔術を解除して両親の元へと駆け寄った。


 「里乃、お前も無事みたいだな。よくこの広場を守ってくれた。流石は俺の娘だ」

 「何言ってるの、貴方。私達の娘、でしょう?けれど、なんだったのかしらね、あの化物は」

 

 零落は剣を杖代わりにして、化物の死骸を注意深く観察し、麗奈は周囲に他の適性存在が居ないか、簡単に索敵魔術を展開していた。

 そんな見覚えのある光景に、里乃は目尻に涙を貯めながら走り寄る。本当は二人の胸に飛び込みたかったが、理性とその他にも邪魔な物がそれを拒んだのを、疎みながら。

 

 「父さん、母さん……。無事で本当に良かったぁ……。本当にわたし、心配したんだよ?」

 「迷惑掛けたな、里乃。お前の活躍はついこの間ではあるが、全て聞かせて貰ったぞ」

 「えぇ、何でも私の後を次いで支部長にまで上り詰めたんだとか。凄いじゃない!」

 

 二人もかなり消耗していたが、五体満足で立っている。里乃が声を掛けると手を振りながら、互いの顔を見やり、麗奈は強めに里乃の頭を撫で回している。

 

 ──本当に懐かしい。確かに母さんがわたしを褒める時はいつもこうされてたっけ。

 

 彼らの笑顔や立ち振舞には、何の齟齬もなかった。麗奈のこの褒め方だって、頭では忘れかかっていても、されてしまうと、懐かしいとまで思わせるレベルだ。

 そんな彼らに事情を聞くと、ついこの間、蘇ったばかりだと言う。

 彼らの主張通りの記憶に、行動規律、戦い方まで、全部が全部、里乃の想像通りの物だった。

 それ故に、里乃は眼の前の光景を受け入れることが出来ず、彼らを抱きしめることが出来ないで居た。

 

 ──そんな報告は聞いていない。もしそれが本当ならば、絶対に自分に情報が回る。


 中央管理局は、上に上がれば上がる程、自由度が上がると共に、得られる情報の濃度も上がる。

 「並行世界の人間をこの世界(フィーア)へと攫って殺す。そしてその人間を蘇生すると人格が変わる」

 要するに、並行世界の人間をフィーアで死体にした後に蘇生すると、人格がフィーアに住まう者へと変わるということらしいのだ。 

 勿論、この現象を起こす条件として、フィーアでの人間が死亡しているのが前提となる。それ以外にも、そもそも並行世界の人間をどうやってフィーアへと呼び寄せるのか、などの問題も山積みで、とても現実味のある話ではなかった。

 まさしく、眉唾物だと言われていたそれらの話は、結局は絵空事だと言われて、話半分で終わった。


 ──けれど、わたしが行動を起こしたせいで状況がガラッと変わってしまった。


 「七つの罪源」のNo.Ⅷ、イズと呼ばれている少女が、最近蒼の区域に現れた事がトリガーだった。

 見た目は十三歳から十五歳程に見えるが、恐るべき知能を持ち、同じく「七つの罪源」のメンバーである「虚妄」のヴァールとセットで行動されているのを多数目撃されている。

 ヴァールと同じで聖骸布で顔を隠している為、正体は一切不明だった。イズもヴァールも恐らくは十代後半の女性だろう。その程度の認識だった。

 しかし、その認識は覆された。里乃が葵琴理を捕縛するついでに出灰依音を捕縛した事が切っ掛けで、中央管理局内で大きな波乱を呼んだのだ。

 中央管理局の本部がある中央区には、犯罪者のデータを管理する魔導書があるのだが、その魔導書に出灰依音の情報を登録しようとした所、イズのデータと重複する部分が多数確認されたため、登録出来ないという事があった。

 今までにも、数カ所が重複している為、要確認。ということはあった。それでもその箇所を修正なりしてしまえば、登録は出来たのだが、今回はあまりにもその要素が多すぎたため、魔導書が登録不可だと判断したのだ。


 (だから捕縛したわたしが調べることになったんだけど、どう証明するか悩んでたんだよね〜)


 中央管理局の総司令が、鎹里乃に命じたことは一つ。


 ──フィーア以外の世界の存在を証明せよ、だった。正直無理難題も良い所だ。

 自分が支部長になったのも、葵琴理を殺したかったから。ただの八つ当たりだったのだ。

 基本的に、総司令の命令に背くことは出来ないのだが、里乃は喜んで総司令の命令を拝命した。

 中央管理局の総司令が命じたことは最優先事項として処理される。その為、総司令の命令が発令されると様々な特例があるのだが、そのうちの一つが里乃にとって非常に魅力的であった。

 内容としては、この世界においての禁忌の一つ、「他種族及び、同族を故意に殺めること」これが中央管理局総司令部の名のもとに許される。これが何よりも大きかった。

 

 ──つまるところ、里乃本人における人殺しが黙認されるようになる。


 里乃とは有り体に言えば、葵家や世界を恨み嫉み生きてきた復讐鬼のような存在だ。

 母を暗殺され、父を惨殺された少女に、正常な感情など残っておらず、鎹家が没落した後により勢力を伸ばしていった葵家を逆恨みの形で憎んでいたような無垢で家族思いの普通の少女だったのだ。

 

 (葵琴理さえ殺せば、葵家もすぐに没落する。だから、彼女を殺せばわたしは)


 最後のわがままとして、総司令から貰い受けた特権を持って琴理を殺した後には、忠実な犬として職務を全うしようとしていた。その実、ホロウに敵討ちという形で殺されても何ら問題ないと思っていた。

 そんな事を考え、作戦を練りに練って、大広場に処刑台を拵え、琴理を殺す準備をした。

 アイツさえ殺してしまえば、あとはホロウに殺されて人生を終える。

 親に、同僚に、組織に、仇敵に、先代に、何もかもに雁字搦めにされていた少女の生は、一人の少女の死と共に終える筈だったのだ。()()()()()()()()()のだ。


 (でも、そんな筋書きはいとも容易く打ち破られた)

 

 里乃の想定通りに物事が進んでいた矢先に、突如想定外の化け物が現れ、里乃が練り上げた強固な結界すら簡単に溶かしてしまう見たこともない化け物が現れた。

 何処から現れたかすら不明、存在もデータベースに無いその化物は、まるで琴理達を救わんとしているようにも見えたが、肝心の彼女らは足が竦んで動けなかったのか、ただただ子鹿のように震えているだけだった。

 その時思ったのだ。こんな何の責任も抱いていない子どもを殺して何になるのだと。

 自分が手を下すまでもなく、死んでしまうのなら、自分が平行世界を探し出して、両親ともう一度会えば良いではないか。


 「……里乃?疲れたのかしら?結界の展開に相当力を使っていたから……」

 「まさかあの里乃がな……感慨深いものだ」


 眼の前では自分の心配をしてくれている両親がいる。彼らは……自分が喪った筈の者。

 二年前のあの日の光景を今でも鮮明に思い出せる。葬式では涙が出せずに、異端者だと罵る者も居た。

 

 ──……リノ……リノ?

 「……ん、誰かと思えば、アナトか。どうかした?」


 両親との再会のせいか、どうやらずっと声を掛けていたらしい疑似ヰデルのアナトの声が今の今まで聞こえていなかったらしい。

 ずっと声を掛けていたのに、とへそを曲げる彼を見ると、何だか少しだけ頬を緩めてしまいそうになる。

 両親が訝しげにこちらを見ていたので、少しだけ離れてアナトにもう一度声を掛けると、アナトがピカピカと明滅する。


 ──あの二人、前に会った事ある。でもあんな姿じゃなかったよ

 「え、アナト……、分かるの?」


 驚いたような声色でそう答えると、装身具であるアナトの明滅が少しだけ強くなる。


 ──うん。半分は魔術で偽造してるだけだけど、もう半分は良く分からない力で隠してる。

 「……そう。やっぱり本物じゃないだぁ」


 悲しげな表情でそう呟くと、アナトも同様に明滅を弱くさせる。

 こんな機械にまで気を使わせていると思うと、なんだか少しだけ笑けてくる。


 ──私の力を使えば、暴けるかも知れない、どうする?

 「……どうって?わたしに選択肢を与えるの?」

 

 ──うん。私は自分の意志では行動しないよ。リノが決めて。


 見たくもない真実を掴むのか、それとも心地よい偽りの安寧で身を埋めるのか。

 そんな事、聞かれずとも答えは決まっている。


 「暴いて。わたしの見たくもない真実を知るために。それが愚者の行いだったとしても」

 ──分かった。じゃあ私を使って。三本くらい鋼線を二人に放って。


 里乃は一つコクリと頷くと、二人めがけて鋼線を放つと、両親の身体に鋼線が入り込み、いきなり身体が溶け始める。

 一度どろどろに溶けた身体が再構築され、元の人の体に戻った頃には、そこには両親の姿はなかった。

 両親が居た筈のそこには、紫髪の龍の魔術刻印の男と、賭博に全財産賭けて負けた賭博(ギャンブル)狂みたいな女が息を切らしながら、慈しんだ表情でこちらを見ていただけだったのだ。


 「む。これは……疑似ヰデルの仕業か?まぁ良い。目的は達した」

 「キヒヒ、でも娘ちゃんは納得入ってなさそうだよ?キヒヒ。禍津、どうする〜?」

 

 彼らには見覚えがあった。No.Ⅱ「禁忌」の禍津に、No.Ⅶ「虚飾」のアラディア。

 どちらも世界の咎たる「七つの罪源(パブリック・エネミー)」のメンバーだ。最優先で捕縛、もしくは無力化を要請されている最重要人物だ。

 そんな彼らがどうして両親のフリをして、自分なんかを助けたのか。

 真実を知った里乃は、膝から崩れ落ち、偽りの両親の姿を視認したまま、意識を喪ってしまった。


 

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