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【XI】#18 悔い蔑み、己が責任を果たす為


 イズらが撤退し始めた頃合いに、禍津は少し離れた場所から、結界を遠視魔術で傍観していた。

 此処に訪れた目的は勿論、自身の転換魔術によって異形化した紫髪の少女の様子を伺う為だ。

 初めは一人だけで行くつもりだったが、何故かアラディアまで着いてきてしまった。


 「で、どうなの。状況は……キヒ」


 相変わらずの気色の悪い笑い声を発しながら、アラディアは心配そうな表情でこちらを見ている。

 いつもは葵薺──葵琴理の姉の姿をしているのだが、流石に具合が悪いと悟ったのか、アラディア本来の姿でブラゥの地に降り立っている。

 声を掛けられた禍津は一度、遠視魔術を解除してアラディアを一瞥する。

 目の下の隈はかなり深く、酷く痩せ細った不健康そうな体型。銀と白の入り混じった髪の毛もボサボサで手入れされてないその様は、人の最も求める姿で現れる事から「虚飾」の名を冠している魔女とはとても思えない風体だった。

 まじまじと見られて気恥ずかしさを覚えたのか、アラディアはローブで身体を隠して顔を赤らめる。

 

 「な、何よ。そんな目で私を見て……醜いって思ったんでしょ。キヒヒ」

 「あぁ。醜いな。隣に歩かれたら不快に思う程にな」


 ガーンと自分で言って露骨に落ち込んでいる様を確認すると、禍津は再び遠視魔術で、結界内の様子を窺う。

 中には葵琴理、出灰依音、鎹里乃の三名に紫髪の少女の成れの果てが居る。

 彼女らは先に化物を倒す為に一時休戦しているようだが、倒し終えた瞬間に里乃によって殺されてしまうことに気付けないのだろうか。


 (極限状態に陥っていないのは一歩上手の証か)


 状況は把握出来た。元々は処刑の鐘が鳴るまで開放されなかった結界を食い破って化物が内部に侵入した。その結界の穴を目指してヴァール達が向かっている、といった感じだ。

 ヴァール達が結界に到着するまでもう幾許の猶予もない。彼女らの目を欺いて化物を処分する方法はない。


 (なら、どうしようか。鎹はともかく、あの二人に死なれるのは具合が悪いだろう)


 かといってあのまま放置しても、結果は同じだ。最終的に鎹が二人を処刑して終わり。

 それを守れなかったヴァールは塞ぎ込み、自分がパンドラに説教を食らう。

 見え透いた結末が脳内で駆け巡ってきて、自分まで吐き気を催しそうになる。


 (それに、探知魔術と索敵魔術を織り交ぜて使ってたから気づいていたが……)


 そう離れていない位置に、中央管理局の職員が二人、あちらもこちらと同じく待機している。

 片方には見覚えがある。中央管理局の制服の上にボロボロのマントを着込んでいる白髮の女は確か、イドル・B・フィルレイスとかいう名前だった筈だ。

 探索者や運び屋が簡単に区域間移動が出来るからと、在職中に資格を取得して三足の草鞋を履いているイカれた女だと聞いている。

 他にも様々な話をヴァールの報告書から読み取ることが出来るが、彼女は控えめに言って狂人だ。

 関わるに越したことはない。正直、これ以上面倒臭い女と知り合いになるのは勘弁願いたい。

 その隣に居るピンク髪の女は記憶にない。ならば、恐らくは中央区を行動の拠点としている人間なのだろう。

 あの女と同行している時点で、相当の曲者か、切れ者なのは間違いないだろうが。


 「なんだよぉ……禍津も私が醜いっていうのかよぉ……」


 面倒な女のことを考えていたら、別の面倒な女が隣で半べそ掻きながら自身の服にしがみついている。

 禍津は内心、ぶっ飛ばしてやろうかと考えながらも、アラディアの目尻に溜まった涙を布で拭う。


 「確かに素は醜いが、お前の「虚飾」は誰よりも美しいものだ。それに、その醜さは己の不摂生から生じている、云わば怠惰の証だ。お前が怠惰でなくなれば、誰よりも輝くだろうさ」

 「禍津……」


 感涙極まるのは自由にしてくれて構わないのだが、髪の毛を引っ張るのは辞めて頂きたい。

 お陰で綺麗な紫の髪が引っ張られて物凄く痛い。自分の失言のせいでこうなったとはいえ、やはりアラディアと行動を共にしたのは失敗と言わざるを得ない。


 「……で、禍津。これからどうするの?「欠片」の面々はホロウちゃんが勝手に回収するだろうけど、私達は見てるだけ?」

 「んむ、そうだな……」


 禍津は顎を擦り、この状況を打破する手段を画策する。

 少し離れた場所にいる中央管理局の職員さえ居なければ、適当に踏み込んで、適当に化物を処理した後に、ヴァールがすぐに倒せる程度に痛めつけて撤退するつもりだったのだが。

 今、中央管理局の職員の前に出てしまえば、まさにまな板の上の鯉だ。


 ──()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()


 その事に気づいた禍津は、未だにくっついているアラディアを引き剥がして、肩を握る。

 あまりにも急だったその行動に、アラディアは生娘のような反応を見せるが、お構いなしだ。

 

 ──もうあまり、彼女の命は永くない。ならば、せめて介錯くらいせねばならないだろう。


 「え、何?もしかして私、ハッピーエンド?こんな所でプロポーズ?ニヒ……」

 「アラディア、聞いてくれ」


 何やら聞き捨てならない世迷い言を言っている気がするが、お構いなしだ。

 今は戯言に付き合ってる場合じゃない。真剣な眼差しでアラディアを見つめると、なにやら黄色い吐息が彼女から漏れ出す。


 「はひ……なんでも聞きますぅ……キヒヒ……」

 「お前の……………………、…………?」

 

 「はひ……はい?」

 「だから……、……は、………のかと聞いているんだ」


 禍津はあまりにも真剣な眼差しでそういったせいか、アラディアは目を丸くしてキョトンとする。

 一体何と勘違いしたんだ、この愚か者は、と禍津は眉を顰めるも、すぐに表情を戻す。


 「うん、まぁ。出来なくはないけど。……に……………の?」

 「決まってる。…………の…………だ」


 禍津が何かを言った途端に、先程までの惚けた表情のアラディアは消え去り、いつもの邪悪な顔つきを取り戻した。

 禍津も、その事を確認してか、ようやくそっと胸を撫で下ろす。


 「へぇ?別に出来なくはないけど、私その人知らないよ?情報はあるの?」

 「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる。「万物記録(アカシック・レコード)」、「禁忌」の禍津だぞ」 


 禍津は歪に笑うと、何処からか、一冊の本を取り出し。精神を集中させる。

 欲しい情報を一冊の小さな本から取り出すために、思考の海に飛び込むのだ。





 _________________



 「ちっ……何なのよ、あの化物……まるでどっかの誰かさんみたいじゃない……!」

 「これ、君達が呼んだんじゃないの〜?わたし、こんなエキストラ呼んだ覚え無いんだけどさぁ〜」


 結界内で、出灰依音と鎹里乃は、ひとまずの間、休戦協定を結ぶことにした。

 相手側──里乃はあの化物に琴理を殺されては堪らないから、こちらは純粋にあの化物と里乃の二方向からの攻撃に、茫然自失状態の琴理を守りながら戦うことなど到底出来ない。

 つまり、利害が一致した。依音達もあの化物の体液で溶かされて死ぬなんて御免被る。


 (私自身は死んでも構わないけど、琴理を死なせる訳には行かない……!)


 才能のない依音自身が死ぬのは、まだ納得がいく。この場を切り抜ける手段すら持ち合わせていない。

 使える魔術も、魔導杖がなければ精々中級の基礎四属性魔術と簡易的な結界魔術が関の山だ。

 今も突如現れた結界すらも簡単に腐敗させる化物の攻撃を防ぐので精一杯である。

 そんな、依音が生還を諦めかけていた……その時だった。何者かが、結界の隙間から侵入してきたのを目視した。

 此処が死地だと、分かった上でのその行動。きっとホロウに違いない。

 勢いよく上空から着地したせいで、凄まじい土煙が周囲に立ち込め、化物は耳を劈く奇声を発し、警戒心を露わにする。

 土煙が収まり、ようやく人の姿が確認できるようになった頃、依音は目を凝らして結界への侵入者が誰かを確認した所、蒼の区域でよくある衣服に身を包んだ四十代の男女のように見えた。

 流石にホロウが来る訳無いか……と、依音自身の淡い期待を裏切られた気分に陥っていた依音の隣で、わなわなと震えながら、その男女に手を伸ばすものが居た。


 「どうして……どうして此処に……なんで……」

 「あの人達は……誰なの?」

  

 完全に土煙が払われてから、依音は再度、目を凝らして中年の男女を見る。何処か見覚えのある風体だったが、どうにも思い出せない。

 そんな依音など意に介さず、里乃は中年の男女に手を伸ばして、一歩ずつ、一歩ずつ歩き出す。

 表情はもうぐちゃぐちゃだ、涙を流しながらも尚、お構い無しでただひたすらに手を伸ばす。


 「なんでこんな所に母さんと父さんが居るの……、どうしてわたしを置いてったの……」

 「里乃……」

 「里乃、済まなかったな……」


 彼女の反応を見て、依音はふと思い出した。

 女性の方は数年前に亡くなった鎹麗奈──二代前の蒼の区域長だ。


 

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