【XI】#17 報い被る、敗北の酒の味は
祝福の鐘が聞こえる付近の森で臨、雪奈の両名と交戦し敗北した依音と疚罪は暫くの間、その場で待機していた。
完敗とまでは行かないが、それにしたって酷い負け方だった。戦力差もそこまで無かった筈なのに。
ぜぇぜぇと呼吸を荒くして、地面に寝っ転がっている疚罪とは対照的に、イズは涼しい顔で近くの木に凭れ掛かって時間を潰すために読書をしている。チラリと疚罪の事を見ると、ニヤついた顔と目が合う。
はっきり言って超不快だ。虚の指示がなければすぐにでもこの場から脱したいくらいに。
「随分と派手にやられたわね。さっきは勝ったんじゃなかったのかしら?」
「う、うっさいな……。流石にワイ一人じゃちと厳しかったわ……」
空を見上げ、倒れている疚罪はああ言っているが、別にイズ自身が一切戦ってない訳ではなかった。
彼らは確かに強かった。自分も精一杯サポートに徹したが、先に二人がかりで疚罪を速攻撃破され、そのまま自分も攻撃を仕掛けられようとした際にリザインしたのだ。
あくまで今回、イズ達が此処に配置されたのは時間稼ぎであり、彼女らと殺し合うことじゃない。
目的が達せられたのならば、無益な争いはする必要がない。イズはそう判断した。
今頃、彼らは虚の元へと辿り着いているのだろうか。無事であれば良いのだが。
「なぁ、イズはん。ちょい聞きたいんやけどさ」
「何よ。疲れてるなら今は体力回復に努めた方が良いんじゃないかしら?」
イズがあくまでピシャリとそう言うと、疚罪はグヌヌといった表情を見せるが、それでも何か自分に聞きたいことがあるらしく、大きな深呼吸で呼吸を無理矢理整える。
「あんたの戦い方、前に葵のアトリエの中で見とったんやけどさ。随分と「愛しい君」と一緒に戦う事を前提として動いとるよな?自分一人だとそもそも戦う気はないんか?」
「見てたのね、あの時。てっきり扉のすぐ近くに居たのは妹さんの方だと思っていたけれど」
彼の言う通り、確かに以前、「喪失」の面々と戦闘になった際は、虚の戦闘を邪魔しない方向に行動の基準をシフトさせていたのでそう見えていたのかも知れない。
「一人じゃまともに戦えないもの。支援者として強者に付き従うのが筋ってものでしょう?」
「その割には、ワイを助ける気更々なかったやろ……。完全にイズはんの支援魔術は遠距離系の攻撃職を支援することを想定して動いとったやん……」
実際問題、イズは自身が非常に弱いことを自覚している。その事を自覚した上で様々な訓練を経て強くあろうとしているが、中々実を結んでいない。
それに、戦闘訓練以外にも、この世界のことを知るために座学や勉学にも力と時間を注いでいる為、他の者と比較して成長速度は圧倒的に遅いだろう。
様々な要因が重なった結果、イズが戦闘面で重視したことが、先程疚罪が言ったように「特定の個人の支援による戦闘貢献」だった。
自身が強くなることよりも、自身の支援魔術や支援技術によって戦局を操作する方が効率がいいと判断した。
(まぁ、結果としてこうやって負けてしまえば、ざまぁ無いのだけれどね)
雪奈程ではないが、それなりに魔術の才覚があったお陰で、基礎四属性に加え、応用三属性、回復魔術に結界魔術、召喚魔術などなど、この世界の魔術の初歩は全て学ぶことが出来た。
「仕方ないわ。ホロウは近接戦闘が得意ではないもの。無論、私もね」
「なんでそんな誇らしげやねん……。アンバランス過ぎやろ……」
呆れ気味でそういう彼の言葉はご尤もだ。言い返す言葉もない、実際その通りでしか無い。
後衛職が後衛職を補佐することなど異例中の異例であり、ましてやその二人でパーティーを組み、行動していると聞けば、全探索者が鼻で笑う事だろう。
「お世辞にもバランスが良いとは言い難いけれど、今更ホロウが近接戦闘術を学べると思う?あんな槍斧を振り回せる訳じゃない。あの子、銃より重いものは持てないのよ?」
「自分が近接戦闘術を学んで前衛になるって考えはハナから無いんやな……」
「無いわ。魔術すら満足に使えないのに、他の分野に手なんて出してらんないもの」
「その歳で初級魔術が全属性使える上に、かなり強度の高い結界魔術まで使えれば十分やと思うんやけどなぁ……」
確かに疚罪の言う通り、弱冠十四歳にて初級魔術全属性に加え、結界魔術、回復魔術、召喚魔術を扱える人物は逸材と言われてもおかしくはない。
しかし、全てを扱えるとはとても言えないのだ。ホロウの真似をして血を用いた強化魔術をしようとすれば貧血で倒れ、呪術も試したが、何故か自身が呪われる始末。
「全然よ。精進が足りない証だわ。召喚魔術も今、勉強中だけど中々うまく行かないし……。それに今度は貴方みたいにあちこち走り回るタイプも支援できるようになっておかないとね。私だってずっとホロウと一緒に動ける訳じゃないだろうし」
「一言余計なやっちゃな……。普通の魔術師は召喚魔術と結界魔術のどっちか使えたら上々やで?」
召喚魔術に至っては、出てくるのは精々最弱の魔物である不定形種が関の山だ。
言い訳などしたくはないが、時間が全然足りない。「歪曲」の館は時間の流れが歪んでいるお陰で、沢山の時間を自己投資に当てることが出来るが、それでも自身の成長速度に満足することはない。
──所詮自分は平凡な“元”人間に過ぎない。雪奈や虚華のように化け物ではないのだ。
あの時、非凡な人間の落雷を受けて死んだ筈の平凡な少女がこうして、お伽噺のような世界でもう一度生を謳歌している。
──それだけで十分ではないか。この世界はお伽噺のように見えてただの残酷な現実なのだから。
お伽噺にしては本当に良く出来ている。もしかすれば自分はあの落雷に打たれても死んでいなかったのかも知れないのだと、何度考えただろう。
イズは帯刀している魔導杖の機能が備えられた片手剣に視線を向ける。
かつての仲間であった葵琴理が、拵えた武器だ。拵えたと言っても、中央管理局の標準装備である片手剣に魔導杖の機能を搭載しただけのお粗末なものだ。
重さもあって、イズの筋力では片手剣としては扱えず、かといって高性能な魔導杖程の魔術補助だって期待できない。
良くも悪くも、子供が作った子どもの為の玩具でしかない。
イズの視線が魔導剣に向けられたのに気付いた疚罪も、魔導剣に視線を向ける。
「そういや、その得物。剣に見えるけど、イズはんは確か剣術とか使えないやんな」
「使えないわね。それにこの武器は私には重過ぎるから、良い物があれば新調したいわね」
大切なものではあるが、自分の枷になるのならば「歪曲」の館で保管しておきたい。
思い出は思い出の中で眠って貰い、自身の力になるものを手元に置きたいのだが、中々しっくり来るものがなくて困っているのだ。
(こんな時に琴理が生きていたら……何か良い物を作ってくれたのかしらね)
イズが既に散ってしまった仲間のことを思っていると、重く沈んだ声を疚罪が発した。
「良い物が欲しいなら、葵琴理を助けるべきなんとちゃうんか?アイツほどの名工は蒼の区域にもそうは居らんし。知り合いなんやろ?自分の手で助けんでええんか?」
「知り合いじゃないわ、他人の空似よ。物凄く似てるけど、違うの」
イズはそれに、と言葉を付け加える。
「貴方達【蝗害】の目的を忘れたとは言わないわよね?貴方こそ、助けたいんじゃないの?」
「はっ……、どうやろな。前に言うたかも知れへんけど、あくまで今のワイらの目的は中央管理局に強大な力が集約するのを避けたいんや。そういう面では今回、鎹が葵を殺そうっちゅーなら、別にそれはそれで構わへんねんけどな」
「まぁ、本当に殺すか信頼できないものね。自分達の手で無力化した方が確実だもの」
「そういう事や。さてさて、今度は……」
疚罪が何かを口にしようとしたタイミングで、イズは疚罪の唇に人差し指を添える。
静かに首を横に振り、今は静かにしていなさいとボディランゲージで指示する。
最初はそれを無視して何か言おうとしていた疚罪だったが、イズの表情に巫山戯が介在していないことを察すると、黙って頷く。
暫くの間、イズは周囲の気配を辿る為に、目を閉ざして集中していたが、すぐに目を開け、人差し指を引っ込める。
「なんや。何かあったんか」
「不味いことになったわ。中央広場の結界に向かおうとしている人影を確認した」
イズが額に冷や汗をかき、そういうと疚罪は露骨に肩を落とし、胸を撫で下ろす。
どうやら彼はもっと深刻な状況に陥ったのだと思っていたらしいのだが、恐らくそれよりも、もっと悲惨で凄惨な状況だと、イズは思っている。
「それって「愛しい君」とかリーダーの先行班と「絶糸」らの話やろ?無事で何よりやん。それの何が不味いん?」
「あくまで私の索敵魔術の範囲内で検出された人数なんだけど、自分達含めて十三人いるの。勿論、結界に居る三人+一匹を除いてね」
「は……?ワイらが把握してるのは、ワイら二人に、リーダーら三人、「絶糸」らの二人で七人やろ?あとの六人は何者やねん」
「……そこまでは分からないけど、それぞれ二人ずつで行動していることと……分かることはあと二つだけ」
先程までは緩々だった空気が一気に張り詰められる。
イズの表情が強張り、怯えすら滲んでいるその顔から、疚罪は冗談で言っている訳ではないことを察する。
「それぞれが中央広場に向かっていること。……と、六人の内、ある二人は絶対に会っちゃだめ。接敵しようものなら間違いなく殺される。それに残り四人もかなりの手練れだと思うから避けるべきね」
「絶対に接敵しちゃいけへん二人が、誰か……イズはんは分かってるん?」
「えぇ、勿論よ。彼らは……」
イズが言葉に詰まっている間、疚罪も周囲に索敵魔術を展開する。けれど、精度が悪いのか、隠密されたのかで、索敵網には七人しか引っ掛からなかった。
固唾をのんで、イズの言葉を待っていると、重々しい雰囲気の中、イズは口を開いた。
「「七つの罪源」が二柱。「禁忌」の禍津に、「虚飾」のアラディア。世の咎とされる大罪人が二人もこの場に来てるわ。他の四人にもなるべく会わないほうが良いかも。どうする?私達だけでも離脱する?」
「……せやな。ワイらが今から出来ることはない。お役目も果たしたし、離脱しよか」
二人の意見が合致し、すぐさま離脱することになったが、イズは心の中で思案していた。
どうして禍津にアラディアがこの場に来ているのか。一人がふらふらと各地に現れるのはよくあることなのだが、複数人が一緒に行動しているということは、何かしらの意図や目的があってのことだ。
事前に想定されていることならば、今回の行動を報告した際に、パンドラから禍津らが同じ場所に向かっているなどの説明を受ける筈。
なので、彼らの行動は「七つの罪源」としての行動ではなく、あくまで個人間での行動だと、推測する。
(琴理に関しては私と虚に一任しているはず。つまりは……)
イズは思考回路に全力で情報を流し込んで、彼らが此処に居る理由を探し出す。
彼らが此処に来た理由が何かしらのイレギュラーに対処することだとしたら、もう答えは決まったようなものだ。
もしかせずとも“あれ”は想定外の代物だったんだろうなと、イズは走りながら苦笑いをする。
(私達の仕事は終わりだし、早めに疚罪と別行動を取って、再分析しなきゃね)
此度の敗北の味を噛み締めながら、イズはブラゥ市街へと抜けるべく、走り続ける。
早く「歪曲」の館に戻りたいが、疚罪に何かを勘ぐられると面倒なので、暫くの間は一緒にいることにした。
ちなみにだが、この間に変な表情をコロコロと変えながら走っていたイズの話を、ホロウは後に知り、なんとも言えない表情で苦笑いをしていたのだとか。
「それはそれとして、貴方、あの二人をこっちに誘導しないで欲しいってお願いしたわよね?」
「や〜。そんな事もあったかも知れへんなぁ〜。でも、ワイらもアイツらに負けたし、しゃあなくない〜?」
「しょうがないわけないでしょうがぁああああ!!」
「わ〜!!ロリっ子が怒った!逃げな〜!!」
「誰がロリっ子よ!十四歳はロリじゃないでしょうがぁああ!!」
「十分ロリやで〜!!や〜い、ロリロリローリロリ〜!!」
(((何やってんだ、あいつら……)))
※疚罪との鬼ごっこをしていたせいで、イズは「歪曲」の館に戻るまでに時間を要しており、結界内でのやり取りの一部を見逃しています。
なので、事の顛末の全てを確認できておらず、何が起きたかを半分以上理解せずに推測で補っています。




