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【XI】#16 愼み恋う、歪んだ愛は何処までも



 白黒入り混じっている「歪曲」の館で、パンドラは退屈そうに水晶を眺めていた。

 今日は館内に構ってくれる人物が居ないのだ。ホロウは何やら真剣そうな面持ちで外出して行き、禍津は最近、蘇生魔術の研究に熱を入れており、今日も何やら忙しそうに館から外出している。

 アラディアや「カサンドラ」、タナトスは外に一定のコミュニティを築いており、そもそも館に滞在している事が多くないので、普通に留守だ。

 残るは「瑕疵」と「汚染」だが、どちらも自室から出てこないタイプの魔女なので、話し相手としては期待できない。

 パンドラは誰も居ないのを良いことに物凄い大きなため息を吐くと、突如眺めていた水晶が光り輝く。


 「ほぅ?珍しい。公認で覗き見が出来る日が来るとはのぉ」


 パンドラがぼんやりと眺めていたのは、ホロウと契約時に承諾を得ていた遠視用の魔導水晶。この水晶はホロウが許可を出せば、ホロウやその周囲の情景を映し出すことが出来る物だ。

 まぁ……見ようと思えばその誓約を無視して覗き見をすることも出来なくはないのだが、以前にそういった事をして人間達の時間で言う一ヶ月ほど口を利いてくれなくなったこともあり、基本的には見ないようにしていた。

 そんな水晶が光り輝き、なにやら陰鬱な光景が映っている。

 パンドラが普段よりも水晶に近付いて、状況を確認していると、突然肩に何か触れたような感触がした。

 

 「そんな至近距離で水晶の情景を見ていると、目を悪くすると思うが」

 「ひゃっっ!?ひゃあああああああ!!」


 パンドラはギョッと目を見開き、勢いよく振り向くと声を掛けてきた相手を視認する前に、強烈なビンタを頬にお見舞いした。

 相当びっくりしたのか、いつものパンドラからは絶対に聞けないような悲鳴とセットで、相当強烈にビンタしたであろう乾いた破裂音が大広間中に鳴り響く。

 いつもであれば、館内に居る誰かしらが様子を見に来てくれるのだが、今日入るのは引き籠もりの二人だけなので、誰も来ずに、パンドラは一人で呼吸を粗くしながら、ビンタした相手を涙目で睨もうとした。

 だが、すぐにその涙は別の意味合いに変わってしまう。


 「……顔を見て早々に強烈な張り手を喰らわせるとは……時が違えば軍法会議物だぞ」


 褐色の肌に、変な──特徴的なメガネを掛け、毒々しい色合いの髪の毛を無造作に纏め上げている「七つの罪源(パブリック・エネミー)」の一人である「汚染」のアティスは、パンドラのビンタが相当聞いたのか、真っ赤になった頬を擦りながらこちらを睨んでいる。


 「いや何て言うか……」

 「…………………………」


 アティスの特徴的──クソダサい眼鏡の奥からは、鋭い視線がパンドラを貫いている。

 流石にいたたまれなくなったのか、パンドラが頭を下げ、謝罪するとアティスは何事もなかったかのように、大広間のソファに深々と腰掛ける。

 

 「それで?それは一体何を映している?まさかだとは思うけど、盗撮に使っているんじゃないだろうね?」

 「あぁ……前にヴァールの事を話したと思うが……覚えておるか?」


 すぐには答えが出なかったのか、はて、と首を傾げてアティスは少し考え込む。

 彼女もまた、人としての生を捨てているため、一般人と同じ扱いをするのは酷というものだ。

 既に長い時を生きている為、人一人を思い出すのにも時間が掛かるのだろう。

 

 「おそらくだが、前回呼び出された時に居た白髮に翡翠色の瞳の細身の少女だろう?覚えているとも。あんなに特徴的な少女を忘れるわけがない」


 その割には思い出すのに時間結構掛かってないか?とツッコみたくなる気持ちを全力で抑えながら、パンドラは笑顔を顔に貼り付けて言葉を続ける。


 「其奴が許可を出した際は、この水晶にヴァールとその近辺の映像が映るようになっているんじゃが……一体どういう状況にあるのか、今一つ判別がつかなくての……」

 「ふむ、私にも見せて貰える?……これは」


 アティスはパンドラの近くに寄り、水晶を覗き込むとすぐさま顔色を曇らせる。

 数種類の映像が頻繁に切り替えられているため、認識能力に長けていないパンドラには、何がなんだか分からない、という状態になっている。

 辛うじて視認できたのは、ヴァールが何者かと一緒に行動しているシーン、イズが何者かと戦闘しているシーン、葵琴理が何者かに命を奪われようとしているシーンの三つだけ。

 確かに映っているものは、幸福の象徴ではないが、そこまでの物なのだろうか?


 「「汚染」、すこ……」

 「アティスだ。いくら貴様が此処の主であろうとも、その二つ名で呼ぶことは許さない。「汚染」と呼んで良いのは作戦中だけだ」


 ピシャリとそう言われたパンドラは借りてきた猫のようになり、アティス、と言い直す。


 「アティス、この状況を妾にも分かりやすく説明して貰えるかの?戦況が良くない状況なのは分かるのじゃが、お主の表情を見るに、相当悪いんじゃろう?」

 「……分かった。今水晶は三箇所を継続的に切り替えられ映されている。一つ目は、ヴァールと灰色マッシュの少年、赤黒い髪……恐らくだが玄緋一族の末裔の少女……?の三人が大きな結界の貼られた場所へと向かっているシーン。これは特に言うことはない」


 辛うじてパンドラが視認できていた物は、アティスもちゃんと見ることが出来ていたようだ。

 この光景自体はまだ危険ではない。同意見だったパンドラは、何も言わずにただ首を一度縦に振る。


 「二つ目は……これは白髮翡翠瞳の少女(ホロウ・ブランシュ)の隣りに居た灰色髪の少女と、こやつの隣にも玄緋一族の男が隣に立っている。相手は……!?」


 アティスは言葉に詰まる。投影中の水晶は高温を発しているので触ることは推奨されないが、それでも間近で見るために火傷覚悟で水晶をガシリと掴む。

 じゅぅうと肉が焼ける音がしながらも、それでも水晶の映像を見逃さんとするアティスの狂気に一瞬硬直したものの、パンドラは慌てて水晶からアティスを引き剥がす。

 回復魔術が込められた簡易魔術紙を使用し、両手の火傷を治療すると、アティスは目を白黒させながら連続的に映像が変わっていく水晶をぼんやりと眺めている。


 「私の見間違いだろうか……?私には雪奈お嬢が居るように見えた……。パンドラ、私の目までおかしくなってしまったのだろうか?」

 「何さり気なく妾の目がおかしい前提で話を進めておるのじゃ、しばき倒すぞ」


 つい心の声が漏れ出してしまったパンドラは、しまったと急いで自身の口を両手で塞ぐも、アティスはそんな暴言など聞いていなかったらしく、引き剥がされても尚、水晶から視線を外すことが出来ないで居た。


 「それで、お主はあの水晶から何を見たのじゃ?」

 「すまない、少し取り乱した。二つ目は灰色髪の少女、玄緋一族の男と黒髪の……ドレスを着た女と雪奈お嬢に酷似した少女が二対二で戦っているようだ。どうにもイズ……だったか?そちら側の陣営は酷く手を抜いているように見えるが、未だに勝負が決する様子はなさそうだ」


 あれで少し……?とパンドラは首を傾げるが、アティスの話を脳内で整理する。

 要するに、イズと疚罪、ノワールと雪奈のコンビで争っているということだろう。どうしてその組み合わせで戦っているのかもわからないし、なぜホロウの近くでドンパチやってるのかも分からない。

 分からないことが多すぎる中、パンドラはアティスに落ち着いてゆっくり話せ、と指示する。

 深呼吸をさせて、少しだけ落ち着いたのか、アティスはパンドラに礼を言って話を続ける。


 「そして三つ目のシーンだが、これは恐らく結界内を映されている。中には……葵琴理と鎹里乃と……、これはさっきの灰色髪の少女と酷似しているが……姉妹か……?とあとは怪物が乱戦になっているな。どうやら腐蝕性が非常に強い体液や得物を駆使して戦闘するスタイルの化け物みたいだ」 

 「成程。ではヴァール達はそこへと向かっているという訳じゃな」


 パンドラはアティスから得た情報を持って、ヴァールや他の者の行動の意図を思案する。

 ヴァールの目的や行動の意図は明白だ。パンドラは彼女の旅の目的を知っている。ただただ、彼女は目的の為に自分自身の命を賭けて動いているだけだ。

 その場に葵琴理が居るのならば、当然、ホロウ・ブランシュは彼女を助けに行くだろう。

 ただ、葵琴理の生死は問わず、綺麗に身体が残っていればそれで良い、と。端から聞けば最悪なことを平然と言ってのけるのだろうが。


 「ん?雪奈お嬢の映るシーンが大きく動いた……。どうやら灰色髪と玄緋を下して、結界へと向かっているようだ。あの足捌きや身のこなし方……かつてのお嬢よりも数段上だ。……彼女は一体……?」


 ズレかかっていたメガネを直したアティスは、瞬時に移り変わる水晶から的確に情報を引き抜いていく。

 パンドラがこの水晶から得られた情報はたった一つ。


 (此度の騒動に、妾が出る幕は無いようじゃの。それに……)


 アティスには言っていないが、この場にはアラディアと禍津も派遣されている。そう遠くない未来に、彼らが干渉することだろう。

 ブラゥ原産の茶葉を用いた温かい緑茶の湯気が未だにのぼる中、パンドラはコロコロ変わるアティスの表情と水晶をぼんやりと眺めながら、ホロウの無事を祈ることにした。






 

 

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